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第73話 闇クラン

 酒場兼クランの拠点である『飛び跳ねる獅子の尻尾亭』は現在、喧騒に満ちていた。

 だが、そこに険悪さは含まれていない。

 酒場に響く声はどれも明るく、酒場特有の浮き足立つような雰囲気に包まれている。

 加えて、この雰囲気には、たっぷりと香辛料を使った料理のかぐわしき匂いと、上等な酒精の香りが入り混じっていた。

 そう、今やこの酒場は『合同打ち上げ』の会場となっているのだ。



「……あー、拷問してごめんね? 倒したことは後悔していないけど、流石に拷問をしたのはやり過ぎだと反省しているよ」

「がははは! 気にするなよ、兄ちゃん!」

「拷問とか割と慣れているよな!」

「そうそう! つーか、兄ちゃんの拷問はまだまだ優しさが残っているから、そんなに辛く無かったぜ! ほれ、互いに酒を飲んで忘れちまおうぜ!」

「普通に良い奴らだったから、僕の罪悪感がヤバい」


 ソルは自分が拷問してしまった相手に謝罪し、ゴロツキフェイスの勇者三人はそれを快く受け入れていた。

 どうやら、外見とは異なり、ゴロツキフェイスであっても中身は勇者に相応しい人格者であるらしい。

 もっとも、だからこそソルは今、申し訳なさでいっぱいになっているのだが。



「弓術凄いですね!」

「狩人さんですか!?」

「私にも弓術を教えてください! 斥候として更にスキルアップしたいんです!」

「ええとぉ、それで貴方たちへの謝罪になるのならぁ……えへへへ」


 リーンは世界最強クラスの女性ということで、主に年下の少女たちから尊敬を集めていた。

 目を輝かせて尊敬の視線を送る少女たちであるが、彼女たちもまた勇者である。ついでに言えば、先ほどリーンにコテンパンに倒された敗北者でもあった。

 しかし、そんな敗北を気にするよりも今はやることがあるとばかりに、リーンへの質問に夢中になっている。

 長命種族の特徴故、酒では酔わないリーンであるが、この尊敬の視線が集まる雰囲気には頬を赤らめて、露骨に浮かれていた。



「へぇ、その年でもう上級まで使えんのか」

「無詠唱もできるとはやるじゃねぇか」

「……ふん。装備に助けられなきゃ、中層じゃやっていけないガキを無理して褒めなくてもいいぞ、オッサンたち」

「オッサン……」

「そうか、ガキから見たら俺たちはもう……」

「そういえば最近、枕から親父みたいな臭いがさ……」

「…………なんか悪かった」


 ニコラスは主に、魔術師タイプの勇者たちに絡まれていた。

 素直じゃない発展途上の子供というのは、勇者たちの面倒見の良さを掻き立てる存在らしく、素直じゃない性格に反して、中々の人気者だ。

 ニコラスの方も、年上の野郎共に囲まれてうんざりはしているものの、さらりと魔術の要訣や秘奥を教えてくれたりするので、まんざらでもない状況でもあるようだった。



「美味い! 美味い! おかわりぃ!」

「おお、良い食いっぷりだ!」

「あははは、どんどん食べちゃって! お姉さんが奢ってあげる!」

「嬢ちゃん、次はうちの世界の郷土料理も食べてみないか!?」

「ごちになりまーす! それはそうと、オレの男装ってもしかして全然意味を成してなかったりするの!?」

「「「男装のつもりだったの???」」」


 アレスは瞬く間に『錆びた聖剣』のメンバーと仲良くなり、酒場で一番多く人を集めるテーブルの中心に居た。

 元々、年長者というものは子供の食いっぷりが良いと気分も良くなる存在である。

 財布の心配がないときは、美味しそうに料理を食べてくれる子供を微笑ましく眺めてしまうものだ。

 従って、美味しいご飯が大好きなアレスは『錆びた聖剣』のメンバーに一瞬で懐き、また、彼らもアレスをとても気に入るようになっていた。



 大翔たちパーティーと『錆びた聖剣』は、最初こそ一触即発な雰囲気があったが、お互いのリーダーたちの仲裁で事なきを得ることになった。

 元々、『錆びた聖剣』は勇者に選ばれるような者ばかりが所属するクランである。一度仲裁を得た後ならば、そこまで恨みは引きずらない。加えて、大翔たちパーティーには子供が多く、それが余計に勇者たちの庇護欲を刺激したのか、瞬く間に関係が改善されていったらしい。


「ヒロト、酒は飲まんのか?」

「未成年……あー、お酒を飲んではいけない年頃なので」

「そうか。確かにまぁ、顔はまだまだガキだな」

「ははは、ゴライさんと比べれば誰でも若造でしょう?」

「はん、そいつらの覇気が足りんだけだ」


 そして、リーダーである二人は、喧騒が満ちた酒場の中央で話し合っていた。

 大翔は軽食のみで、酒類には手を付けていない。

 ゴライは骨付き肉にかぶり付き、琥珀色の酒を喉ならしながら飲み込んでいるが――その顔に僅かな赤味も帯びていない。

 勇者には毒は通じないため、酒を飲んでもまるで酔わないのだ。

 それは、この酒場に集まる勇者たちの誰もがそうである。

 酔っているように見える者が居たとしたら、それは酒ではなく雰囲気に酔っているのだろう。


「それで、勘違いの元になった闇クランについてですが、どうして俺たちを関係者だと間違えたのですか?」

「……悪かったとは思っている」

「ああ、いや、すみません。責めているつもりはないんです。純粋な疑問と今後の対策として」

「そうか」


 ゴライは苦虫を噛み潰しているような表情で、闇クランについて説明を始めた。


「奴らのやり口はこうだ。天涯魔塔に来た新米、それも『ろくに戦力が揃っていない』奴を狙い、甘い言葉で勧誘する。俺たちのクランに入れば、凄いアーティファクトが使い放題だ、ってな」

「……なんか、詐欺の見本みたいな手口ですね?」

「最初は誰もがそうやって警戒する。大抵の奴は、そんな怪しい勧誘は断る。だが、そいつらも攻略に詰まり、資金繰りが難しくなると『一度ぐらいなら試してやるか』みてぇな弱気が生まれる。んで、実際にクランに加入すれば、謳い文句通りに強力なアーティファクトをいくらでも貸し出してくれるってわけだ」

「洗脳……いや、呪いのデメリット付きで?」

「おうとも、概ねそんなところだ」


 真剣な表情で訊ねる大翔に、ゴライは吐き捨てるように答える。


「闇クランが流通させているアーティファクトには、堕落の呪いが付与されてやがる。強力だが、使えば使うほど精神が堕落し、アーティファクトに依存する。研鑽を怠る。わざわざ手前を鍛えるよりも、強い装備、強い武器を整えた方が楽だってな」

「あいたたた、俺もそういう考え方に心当たりがあるから、心が痛い」

「お前の場合は楽をしているっていうよりも、劇物と最終兵器で曲芸をかます稀代のイカレ野郎って感じだ。全然違うから安心しろ」

「なにそれ、逆に安心できない……ごほん! ともあれ、だ」


 ゴライから珍妙な物を見るような目で見られていることを自覚しつつ、大翔は咳払いと共に本題へと戻す。

 即ち、どうして『勘違い』を受けたのか、という問題に。


「貴方たちが勘違いしたのは、俺たちの攻略速度が早すぎたからですね? それこそ、その闇クランのアーティファクトが関わっているんじゃないかって、疑いたくなるほどに」

「ああ、そうだ。ぶっちゃけ、お前らの攻略速度は明らかに異常だったんだが……まぁ、あの剣士と狩人が居るなら納得だな」

「あ、いや。あの二人はちょっとダンジョンから出禁を食らっていまして?」

「は?」

「今は、俺、ニコラス、アレスの三人で攻略中って感じです」

「はぁ!?」


 驚愕の表情を浮かべるゴライ。

 どうやら、如何にも豪胆といったゴライがそんな顔になる程度には、大翔たちの事情は例外中の例外らしい。


「ええと、実はですね」


 大翔はゴライに対して、今までの経緯を問題ない範囲で説明した。

 出禁の理屈と、その対価。

 大翔たちパーティーの結成と、アレスの成長系チート。

 そして、大翔たちには潤沢なバックアップがあり、そのおかげで異常とも呼べる速度で攻略を進めていることを。


「むぅ、成長速度が促進される異能……だが、それにしては……」


 大翔の説明を受け、ゴライが考え込む。

 出禁についての仕組みでも、大翔たちの背後事情でもない。

 ゴライが気にしたのは、アレスの異能に関して、である。

 多くの勇者の頭領をしているゴライだからこそ、勇者が持つ素質には並外れた見識を持つ。故に、ゴライはアレスの異能に対して、自らが抱えた違和感を口に出そうとして。


『《大翔、敵襲です》』


 酒場の喧騒をぴたりと止める、シラノからの警告が伝えられた。



◆◆◆



 結局は世の中、『上手くやる』ことが肝心だ、と襲撃者たちはほくそ笑んだ。

 襲撃者たちの視線の先にあるのは、『飛び跳ねる獅子の尻尾亭』という酒場である。

 忌々しい『錆びた聖剣』の拠点であり、一騎当千の勇者たちが集まる場所。

 本来であれば、強力なアーティファクトを持つ襲撃者たちとはいえ、近づこうとも思わない危険地帯だ。

 だが、今は違う。

 今こそが、絶好の機会なのだ。

 何せ、つい先ほど――『錆びた聖剣』のメンバーが大打撃を受けたと、観測に特化した仲間から連絡があったのだから。


「へへへっ、漁夫の利を頂かせてもらうぜ」

「トンビの餌拾いか?」

「カンダリのソソロは輝かない、だろ?」

「…………言葉の壁って面倒くせぇなぁ」


 襲撃者たちは隠密の魔法装備、『暗闇の外套』に身を包み、気楽に言葉を交わしていた。

 余裕ではない。

 強力な認識阻害を発生させる魔法装備を身に着けているからこそ、生まれてしまった油断だった。


 彼らは闇クランではまだ下っ端であるが、中層を第54階層まで攻略済みの冒険者だ。

 かつては下層と中層の境界を敷く、ラインキーパーに勝てずに燻っていたが、今は違う。クランマスターから与えられたアーティファクトにより、達人級だろうとも単独ならば易々と突破できるほどの実力を持っていた。

 そう、実力である。

 例えそれが、本人が鍛え上げたものではないにせよ。

 呪いのアーティファクトのデメリットにより、本人すら知らないうちに寿命が削り取られているとしても、彼らが中層を攻略するだけの力を持った冒険者なのは確かだった。


「どうする? 皆殺しにするか?」

「馬鹿、親分の説明を聞いてなかったのか? 一発ぶちかましてから、逃げるんだよ」

「逃げんのか? 弱ってんのに」

「弱っていても、勇者だろ……つか、そんなに頑張る必要なくね?」

「そうそう。楽に殺して、さっさと逃げようぜ」

「大打撃っつっても、ゴライの怪物はぴんぴんしているだろうからなぁ」


 従って、襲撃者たちは油断していても、楽観的ではない。

 元々、襲撃者たちの数は遠距離のバックアップを含めても、六人程度。消耗しているという報告を受けても、『錆びた聖剣』を全滅させるには足りない。

 今回、襲撃者たちがクランマスターから任されたのは、あくまでも『嫌がらせ』の範疇。

 いけ好かない勇者どもを何人か殺して、『錆びた聖剣』の士気を下げればいいだけ。


「ま、奴らの悲鳴を堪能できないのは残念だけどなぁ」


 襲撃者たちは愉悦の笑みを浮かべて、各自、アーティファクト――その中でも、魔法兵器とも呼ばれる、殺傷力の高いものを構える。

 闇クランに属する者にとって、この瞬間こそが『生きがい』だった。

 地道に努力してきた奴の研鑽を、たった一つの道具で覆す。

 上手くやれない馬鹿どもを、上手くやれる自分たちが、楽々と蹂躙する。

 ズルい? チート? そんなものは負け犬共の遠吠えに過ぎない。どんな世界であっても、要するに結果が全てだ。

 死んでから文句を言ったところで、何にもならない。

 正義も道徳も、誰かの偉ぶった説教も何も意味など無いのだ。

 悪だろうとも、反則だろうとも、勝つことこそが全て。


「ひひひっ、あばよ、馬鹿ども」


 襲撃者たちは歪んだ人生哲学を噛みしめながら、魔法兵器を発動させる。

 そう、『暢気に喧騒が響く酒場』へと、魔法兵器が生み出す殲滅級の魔術を撃ち込んで、心地の良い悲鳴を響かせる。

 ――――現実の彼らは、そんな都合のいい夢に囚われて、すやすやと眠っていた。




「いいか、ガキ? 精神干渉系の魔術は――」

「ニコラス」

「あー、そうだったか。うん、悪い。それで精神干渉は相手が油断しているほど――」

「ニコラス」

「…………ニコラス。精神干渉系の魔術は、相手が油断している時にガツンとやるイメージで行け。薬物とかも併用すると効果が増すぞ――――こんな風にな」

「おうよ」


 現実では、仲間たちは全て『錆びた聖剣』によって捕らえられているとも知らずに。

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