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第65話 ラインキーパー

 アレスが自らの特異性に気づいたのは、つい数か月前のことだ。

 世界を救うため、異世界へと旅立つ前。

 王族たちが、せめてもの準備として、アレスに戦闘能力を与えようと腕利きの兵士に教育係を任せた時のことである。

 アレスは、稽古を始めて僅か五日の内に、腕利きの兵士と遜色ない腕前まで成長したのだ。

 もっとも、元々その世界は戦闘力の水準が低いため、精々がダンジョンの下層をソロでうろつける程度の実力しか身に付かなかったのだが。


 とはいえ、それでも稽古を始める前は普通の村娘だったものが、短期間でそれだけの実力を身に付ければ、それは劇的な変化である。突如として急成長を遂げたアレスに、周囲の人々は『流石勇者だ』と褒め称えたものだ。

 しかし、その成長はとある時点でぴたりと止まることになる。

 教育係である腕利きの兵士と同等の実力は身に着けたものの、それ以上にはならない。いや、若干ではあるが日々成長してはいるが、成長の速度が凡人程度になっていたのである。

 この経験により、アレスは自らの特異性に一つの仮説を立てた。


 ――――模倣成長。


 自らの特異性は、独自に成長するわけではなく、他者を模倣して、自らの糧にするものなのではないか? と。

 だからこそ、教育係の練度と同等になってしまえば、そこからは成長しなかったのだ。

 所詮は模倣。

 本物以上に成長するためには、自ら研鑽しなければならない。そういう制限があるのだと、アレスは考えている。

 その証拠に、単独でダンジョンを攻略している時、アレスは平凡極まりない有様だった。

 まるで成長することができず、疲労し、困惑し、少し力があるだけの小娘に過ぎない有様だったのである。

 天涯魔塔の攻略に対して、アレス自身が不安を抱いてしまうほどに。


 だが、今は違う。

 大翔のパーティーに加入することで、アレスは世界最強クラスの師匠を得た。

 特異性を最大限に発揮してもなお、まだまだ届く気配のない高みに存在している強者に師事しているのだ。

 これがアレスにとって、何よりもの恩恵となっているのである。

 故に、アレスはこの機会を逃さない。

 例え、二人の世界最強クラスから地獄の如き修行を受けようとも、パーティーから逃げ出すつもりはない。

 天蓋魔塔を踏破し、世界を救う。

 その使命を果たすまで、アレスは自分の特異性を存分に活用するつもりだった。



『《……うーん、成長チート? ですが、これはどうにも…………》』



 自分の特異性を、ほとんど理解していないままに。



●●●



 天涯魔塔、第29階層。


「へぇ。それじゃあ、アレスの世界は全体的なリソース不足って感じなんだね」

「リソース不足って?」

「あー、世界にはそれぞれ決まったリソースが存在していて。まぁ、生命力とか魔力とか、そういうもののもっと根本的なエネルギーなんだけど。それが足りなくなると、アレスの世界みたいな現象が起こるみたい」

「そ、そうなのか!? それで解決方法は!?」

「うーん、前に読んだ論文だと、新しくリソースを外から補給するのが手っ取り早いらしいんだけど…………その場合、他の異世界から略奪する形になるわけで」

「略奪!? オレって、勇者じゃなくて盗賊にならないといけないの!?」

「や、そうならないために天涯魔塔に挑んでいるんだからさ」


 大翔たちは既に、その階層を攻略済みであり、チェックポイントの前で休憩を取っていた。

 もちろん、万が一に備えて、ロスティアの魔法道具による結界を敷いての休憩である。加えて、シラノが異能で周囲を警戒しているので、よほどの相手でなければ大翔たちを奇襲することはできないだろう。


「あくまで俺の私見だけどね。首無しの王の権能なら、アレスの世界を満たすだけのリソースは補充できると思うよ? 少なくとも、リソースを確保するための手段ぐらいは、絶対に用意してくれる」

「……そんな凄い物を本当に褒美として貰えるのかな?」

「そういう超越存在だからね。『試練』を人々に課して、それを踏破した者には『褒美』を与える。そういう『理』の超越存在なんだよ、首無しの王は。だから、アレスが天涯魔塔を踏破したなら、褒美を惜しむことはないだろうさ」


 休憩の最中、大翔とアレスは二人で勇者らしい会話を交わしていた。

 話題は、それぞれの世界の危機について。


「そっか……そっかぁ! ありがとう、ヒロト兄ちゃん! 少し、気分が軽くなったわ!」

「ははは、それは良かった。まー、その『試練』を踏破するのが大変なんだけどね?」

「そこで士気を下げるなよ!」


 話題の重さに反して、二人の口調は軽い。

 勇者である二人にとって、世界の命運を背負っていることはあくまでも前提だ。互いに世界の重圧を背負っているからこそ、真剣ではあるものの、言葉を交わす様子は軽く見えてしまうのだろう。


「まったく、ヒロト兄ちゃんは話にオチを付けないと気が済まないの?」

「浮かれすぎるのも、気合入れ過ぎるのも良くないからね」

「……それはまぁ、そうだけど。つーか、オレにも言わせたんだから、ヒロト兄ちゃんの事情も教えろよな! 一体、どんな理由でヒロト兄ちゃんは勇者になったんだ?」

「超越存在が二体、同時に世界に来訪しちゃって」

「えっ?」

「超越存在が二体、同時に世界に来訪しちゃって…………色んな事情が重なった結果、まともに動けるのが俺だけだったからさ」


 ただ、そんな勇者同士の会話であっても、大翔の事情は一際異様らしい。


「えぇ……」


 アレスは戸惑いを通り越して、ドン引きしていた。


「マジなの?」

「マジだよ」

「えぇー、いや、だってそれ……絶望じゃん」

「絶望だねぇ」


 超越存在が二体、自分の世界に来訪している。

 それは他の勇者から見ても、紛れもなく絶望的な状況だ。詰んでいると宣言しているに等しい。初期装備の勇者が、そのままラストダンジョンに突っ込む方がまだ希望が見えるような状況だろう。


「…………それ、このダンジョンを踏破しても無理だろ? だって、単純計算でも二体分だぞ、二体分」

「そこは俺たちも考えていてね。あくまでも、首無しの王に求めるものは、超越存在との交渉を手助けしてくれるアイテムみたいなものさ。そいつを使って、どうにか二体の超越存在に立ち退き要求するのが、勇者である俺の役目ってわけ」


 しかし、大翔の表情に陰りは見えない。

 何故ならば、今更だからだ。この程度の状況確認で表情が曇るならば、とっくの昔に諦めている。

 無茶は承知の上。

 駄目で元々。

 それでも、世界を救おうと歩き始めたのが大翔という勇者なのだ。

 たかが絶望程度では、今の大翔の表情筋を変えることすら不可能だろう。


「立ち退き要求って……できるの?」

「倒すことは不可能だし。仮に倒したところで、戦いの余波で肝心の世界が滅んじゃうような相手だからね。頑張って説得するしかないのさ」


 飄々と告げる大翔の姿に、アレスは思わず息を飲む。

 誰もが逃げ出してしまいたくなるような難題を前にして、平然と『やる』のだと覚悟を決めている姿は、まさしく勇者そのものだ。

 少なくとも、新米勇者であるアレスにとっては、尊敬すべき姿だった。


「そっか、ヒロト兄ちゃんは凄いな。やっぱり、それだけの力がある人は、任せられる世界の危機も桁違いなのかも」


 だからこそ、その言葉はアレスにとっては純粋な称賛のつもりだったのである。


「――――そいつはちげぇよ」


 しかし、その言葉に黙っていられない人間が、この場に居た。

 大翔でもシラノでもない。その二人は他者からの称賛であると理解しているからこそ、余計な補足をしようとは思わない。

 従って、残るは一人。


「ヒロトのクソ馬鹿野郎は、最初から力があったわけじゃない。そんな、恵まれた強者とは対極に居るような奴なんだよ、新入り」


 先ほどまで黙々と魔法道具の点検をしていたニコラスが、怒りの混ざった言葉をアレスへぶつけていた。


「ヒロトは雑魚オブ雑魚だった頃から、やべぇ冒険を何度も乗り越えて、ようやくここまで来たんだ。そんな『恵まれている奴は凄いなぁ』みたいな、安い誉め言葉を使っていい相手じゃねーんだよ」

「…………いや、それに関しては驚きだし、悪いと思っているけどさぁ…………ニコラス。オレは、アンタにそんな態度をされるいわれもないんだけど?」


 その言葉に対して、アレスは瞬く間にぴきりと青筋を立てる。

 ニコラスとアレス。

 二人の少年少女の間には、紛れもない敵意が飛び交っていた。


「ヒロトは馬鹿が付くほどの善人だからな。言われて嫌なことも我慢するんだよ。だからその分、俺が代わりに文句を言っているわけだが? お前が来る前からの役割分担みたいなものなんだが?」

「はいはい、出たよ、古参マウント。オレに実力で追い越されたのが、そんなに気に入らないのかなぁ?」

「あ? やんのか?」

「は? 勝てると思ってんの?」


 そう、順調にダンジョンを攻略している大翔一行だったが、問題が一つ。

 ニコラスとアレスの仲が険悪なのである。

 理由としては、急成長するアレスに対する嫉妬やら。大翔のことを分かっているムーブをするニコラスに対する苛立ちやら。

 年が近い所為もあるのか、とにかく事あるごとに口喧嘩するようになっていたのだ。


「はいはい、二人ともそこまで」


 ただ、そんな険悪な言い争いに発展しても、パーティーが解散しないのは偏に、大翔の人徳によるものだった。


「元気が良いのはよろしいけど、俺たちの目的は第30階層のボスだろ? しかも、今までとは格の違う強敵らしいぜ? だから、その元気をぶつける相手は、これから戦うボスにしよう」

「むぅ」

「んんー」


 大翔が朗らかに笑って、両者の肩を叩く。

 たったそれだけの動作で、二人の間から険悪な空気が取り払われていた。

 元々、大翔のコミュニケーション能力が秀でていることと、二人とも大翔に助けられた経験があるからこそ、仲裁がすんなりと済むのだろう。


「さぁ、休憩はここまで! 準備を整えて、ボス戦と行こうか!」


 意気揚々と背中を叩く大翔に促されて、二人は渋々戦闘の準備を始める。

 なお、仲裁の途中、シラノから『《子供のお守りは大変ですね?》』と皮肉げな秘匿通信が入っていたことは、大翔の秘密だった。

 どうやら、このパーティーは大翔が間に挟まっていなければ、相性が悪い者ばかりの面子らしい。



●●●



 天涯魔塔には三つの区分があるとされている。

 攻略の最前線である上層。

 もっとも冒険者の集まる中層。

 ほぼ新入りしかいない下層。

 マクガフィンズによる公式な区分ではなく、冒険者たちによる区分であるが、その見識はあながち間違いではない。

 何故ならば、確かに居るからだ。

 5階層ごとに設置されているボスエネミーの中でも、群を抜く強さを持つ怪物が。

 下層、中層、上層。その区切りを、境界線を引くように守護し、冒険者たちの攻略を阻んでいるからだ。

 冒険者たちは、その一際強い怪物のことを、ラインキーパーと呼んでいる。


 そして、確認されている三体のラインキーパーの内の一体。

 下層と中層の境界線を守護する怪物が、第30階層のボスエネミーなのだ。




 天涯魔塔、第30階層。

 そこは何の変哲もない広間だった。

 特殊なギミックも、罠も存在しない。

 ただ、石畳が広がるだけの、遮蔽物一つすらない広いだけの空間だった。


「――――ぁ」


 けれども、アレスはその階層に足を踏み入れた瞬間、息が止まった。

 周囲の気温は何も変わっていないのに、寒気を感じる。精神が硬直する。

 広間の奥から到来する殺意。

 それが、アレスの息と歩みを止めていた。


「くそが」


 一方、ニコラスは悪態を吐く余裕はあるらしい。

 首から冷や汗をだらだらと流しつつも、広間の奥を睨む。心身を凍えさせるような殺意の主へと、視線を向ける。


 ――――がしゃん。


 鎧が擦れる音と共に、殺意の主はその姿を現した。

 二メートル越えの人型。纏う鎧は黒鉄。右手に持つは、斧槍。

 そして、頭部はドラゴンのそれに類似していた。

 リザードマン。

 竜人とも呼ばれる種族、その騎士――『竜騎士』と名付けられたラインキーパーは、静かに冒険者たちの下へと進んでいく。


 ――――がしゃん。


 だが、気づけば『竜騎士』の姿はアレスの隣にあった。

 いつの間に、と考える暇もない。既に、斧槍の射程圏内に入っていたアレスは、とっさに背後に下がろうとするが、遅い。

 旋風の如き斧槍の振り下ろし。

 それは、竜人の怪力と極まった技の冴えにより、アレスの頭部を逃さず捉えようとする。


「おっと、危ない」


 故に、大翔がアレスの体を抱き寄せていなければ、間違いなく死んでいただろう。

 斧槍の刃がアレスの頭部に突き刺さり、あっさりと死んでいただろう。

 その事実に、アレスは今更ながらに恐怖を覚えた。


「う、あ」


 強くなっていた、と思っていた。

 否、強くはなっている。確実に強くはなっている、調子に乗っても不自然ではない程度には、劇的な成長を遂げていたのだ。

 しかし、だからといって何もかもを凌駕できるわけではない。

 二人の世界最強クラスより、遥かに弱い相手だったとしても。


「ふぅん、達人クラスってところだね」


 達人クラス。

 大翔の考察通りのボスエネミー。一つの技術体系を極めた武人が相手ならば、何もできずに殺される程度の力しか持っていなかったのだ。


「ひ、ヒロト兄ちゃん……撤退、撤退を――」

「大丈夫だ」


 だからこそ、アレスは戦慄する。

 自分を抱き留めていた大翔が、『何の問題も無い』とばかりに微笑んだことに。


「二人とも、よく見ているように」


 平然と、『竜騎士』の前に立ち塞がったことに。


「やぁ、ラインキーパー」


 そう、さながらアレスとニコラス、二人の仲間を守るように大翔は立ち塞がっていた。

 かつて、普通の男子高校生だった勇者は、確かな自信と共に、『竜騎士』と相対している。


 それは、まるで物語の一幕。

 少なくとも、アレスにとっては目が焼けるような輝かしい瞬間で。


「俺たちの練習相手になってくれよ」

『――――』


 これから始まる戦いが、忘れられないものになることを予感していた。

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