第64話 ショッピングと成長系チート(暫定)
ダンジョン攻略に於いて、大切なものは何だろうか?
冒険者自身の力量?
確かにそれは大切だ。最重要と言っても過言ではない。ただ、最重要過ぎてもはや大前提となっているので、除外しよう。何せ、向上させようと思っても一朝一夕で変わるものではないのだから。
ダンジョンの情報?
もちろん、それも大切だ。ダンジョンの情報を予め知ることができたのならば、危険な罠や、注意すべき魔物を避けて通れるかもしれない。ただし、情報に頼り過ぎるのは危険だ。どれだけ情報を用意していても、ダンジョン攻略は未知の塊。常に予想外のアクシデントを警戒しているぐらいがちょうどいい。
装備の更新?
これもやはり大切だ。最上の装備であれば、必ずダンジョンを攻略できるということではないが、装備は性能が良いに越したことはない。ダンジョン内で窮地に陥った時、装備の性能差が勝敗を分けるなんてことは、よくある話だろう。
さて、ダンジョン攻略では大切なものが結構ある。
どれか一つを軽視してしまえば、手痛い失敗を経験することは確実だ。故に、これらの大切なものをバランスよく満たすために、必要となってくるものがある。
それは、金である。
資金力である。
身も蓋も無いことを言ってしまえば、ダンジョン攻略に大切な要素の大半は、金でカバーすることができるのだ。
つまり、現在進行形で資金力が足りていないアレスは、とてもダンジョン攻略に向いていない状態にあった。
●●●
『《無担保、無利子でポイントを貸してあげるので、さっさと装備を整えましょう》』
「嫌だっ! 借金は怖い!」
迷宮都市西部。
鍛冶の音が日夜響き、金物の臭いが辺りに漂う路地。
冒険者たちが、己の装備をより良い物へと更新するため、武器や防具を見て回る区域。
そんな場所で大翔は、シラノとアレスが言い争いをしている様子を眺めていた。
『《あのですね、アレス。一体、何が怖いのですか? 無担保で無利子。しかも、仮に貴方が踏み倒しても何の罰則も無い。更には、契約はマクガフィンズを仲介することによって、絶対的な保証を約束しています。正直、貴方が『施しは受けない』とか面倒なことを言い出すから、渋々、面倒な手続きをしてポイントを貸し出そうとしているのですよ?》』
「そんな良い話があるもんか! オレは騙されない!」
『《貴方を騙したところで、こちらが得することなんて皆無ですが?》』
シラノ側の提案としては、同じパーティーであるアレスを強化するために、質の良い装備を買って欲しい。そのため、必要なポイントを一時的に貸与し、今後、ダンジョンで稼いだ分でゆっくりと返していこう、というものだった。
千里眼の持ち主であるシラノからすれば、迷宮都市に於けるポイントなんてものは、いくらでも増やせる数字に過ぎない。そのため、どれだけポイントを消費しようとも、アレスが効率的に強化されることの方が優先すべきことなのである。
「やだっ! 頭の良い奴はそうやって、オレたちみたいな馬鹿を騙すんだ!」
しかし、その提案をアレスは『借金は怖い』という感情的な理由で拒否。
無知な子供かよ、と思われるかもしれないが、実際にアレスは無知な子供である。
今は勇者であっても、数か月前はただの村娘。しかも、世界が滅びに向かっている最中、誰もが他者を出し抜こうと企んでいた環境を体験した村娘である。
シラノからの――対面せず、ラジオという端末から声を発しているだけの相手からの提案なんて、とてもではないが信用できない。
『《はぁ、アレスは分からず屋ですね》』
その上、アレスはこんな有様でも世界に選ばれた勇者だ。
シラノの千里眼は通じない。異能によって、交渉を確定成功させることはできない。
『《大翔、この分からず屋に何か言ってください》』
従って、シラノが相棒である大翔を頼ったのは自然の流れだろう。
ニコラス、ソル、リーンはそれぞれの事情により、この買い物には不在。必然とシラノが助けを求められる相手は大翔だけなのだから。
ただ、仮に、この場に他の三人が居たとしても、シラノは真っ先に大翔へ助けを求めただろうが。
「うーん、そうだね……アレス」
「う、な、なんだよ? 言っておくけど、借金は――」
「わかる」
「は?」
「借金ってさ、超怖いよな?」
大翔の本領は、感情が強く関わる交渉事である。
これは、これだけは外付けではない。元々、社交的な男子高校生だった大翔が持っていた技術であり、それは世界救済の旅を経て、立派な武器へと鍛え上げられていた。
「いや、今は勇者とかやっている俺だけどさ? 元々は庶民っていうか、平民って感じでね? 借金なんて全然したことないのよ。つーか、軽々と借金する奴は駄目人間、みたいな訓戒もあるぐらいでさぁ」
「お、同じ! そう、オレも同じだ! その……数か月前まで、本当にただの平民で。算術だってまともにできなくて、剣の扱いも勇者になってから始めたばっかりで……だから正直、借金って言われても、こう、うわーって体が拒否して」
「なー? 借金って、なんか嫌だよな?」
大翔はまず、気さくな笑顔と共にアレスの意見に同調する。
シラノからは『《は? 浮気ですか?》』などと、よくわからない言葉をかけられたが、今は一旦スルー。
勇者相手ではなく、十代前半の少女――大翔はとっくに男装を看破済み――を相手にしているという気持ちで、言葉を重ねていく。
「例え損が無いって理解していても、借金ってハードル高いよなー?」
「そう! それ! オレも同じ気持ち! 自分のじゃないお金を使うのって気持ち悪い!」
「うんうん、わかる。ただ、シラノも不器用だからさ。善意で言っていて、間違いなく君のためになる提案なんだけど、ちょっと心の準備を飛ばしてくる傾向があってね?」
「あ、あー、そう言われると……確かに、騙すって感じじゃなかったし……でも、うーん」
「だからさ、アレス。今日は下見ってことにしないか?」
「下見?」
完全に油断して村娘の顔になっているアレスへ、大翔の言葉は優しく寄り添う。
「そうそう。まずは君の予算内で必要な物をぱっと買っちゃってさ。その後、今後どんなものが欲しいのかを考えながら、ちょいと店を冷やかしに行くわけ」
「えー、怒られない?」
「怒られない、怒られない。だって、俺たちは新進気鋭の勇者一行だぜ? 仮に何かを言われても、自信たっぷりに『その内、買うかもしれないから下見に来ています』って返せばいいんだよ」
「…………子供の冷やかしって、侮られない?」
「その時は、英雄クラスである俺の従者を召喚します」
「対応が大人げない!?」
世界の命運を背負った元一般人同士。
互いに分かり合うものがあったのか、アレスは言葉を交わしていく内に、段々と大翔への警戒を緩めていく。
やがて、共に都市西部を巡り終わった頃には、『大翔の知り合いの魔導技師見習いから、安い値段で実験的な作品を譲り受ける』という提案を受け入れられるようになっていた。
『《…………》』
「あの、シラノ?」
『《………………》』
「ラジオ越しにでもわかる機嫌の悪さは何? 無言でも伝わって来るんだけど?」
『《いえ、大翔は『子供』相手には優しい勇者なんだなぁ、と》』
「俺は基本的に、誰にでも優しい勇者だよ。そりゃあ聖人君子じゃないから、害のある相手は助けることを躊躇ったり、優先順位を付けたりする程度には俗物だけど」
『《ほう。では、子供は優先順位が高そうですね?》』
「やけに絡んでくるなぁ、今日は。まぁ、そうだね。子供は自助努力してくださいって見捨てると俺のメンタルが削られそうだし。基本的には助ける方針だよ。でも、アレスの場合は少し違うかな」
『《ふむ、というと?》』
「――――同じ勇者としての勘だよ。アレスは助けておいた方がいい、ってね」
●●●
世界から勇者の資格を与えられる者には、とある特徴がある。
それは、常人を遥かに逸脱する『異能』や『スキル』を持っていることだ。
他を圧倒する才能、特異性と言い換えてもいい。
権能クラスの魔剣、『夜の剣』の過剰適合者であるソルのように。
概念クラスの異能、『流動』を操る救世主、朝比奈久遠のように。
勇者には、『チート』と呼んでも差し支えのない何かがあるのだ。
なお、大翔は例外である。佐藤大翔は世界ではなく、朝比奈久遠に選ばれた勇者なので、そういう特別性は無い。強いて言えば、虚勢と社交性程度だろうが――ともあれ、大翔のような例外は滅多に存在しない。
即ちそれは、アレスにも勇者に相応しい特異性が存在しているということだ。
天蓋魔塔、第25階層。
祭祀場と思わしき、宗教的オブジェクトが多数存在している広間。
厳かながらも、朽ち果てた信仰の残りが漂う空間。
そこには、三メートルほどの巨体で、四本腕を持つボスエネミーが待ち構えていた。
ダンジョンによって名付けられたそのボスエネミーの名前は、『四重葬者』である。
『水よ『雷よ『風よ『炎よ』』』』
『『『『迸れ』』』』
四つの腕から、それぞれ詠唱が多重に響く。
それは、四つの腕に異なる魂と補助脳を組み合わせたことによって発動する、四属性の多重同時発動だ。
単に魔術を複数放つだけではない。
四つの属性の魔術を重ね合わせることにより、単数属性での魔術防御を至難にする効果があるのだ。
「ぐっ! 自前じゃなくて、魔法道具に頼っちまった!」
ニコラスが得意属性の炎魔術だけで打ち消せず、予備として持たされていた魔法道具を使ったのも、そのためである。
ダンジョン内に発生する魂無き魔物とはいえ、ボスエネミー。
この時点で既に、魔術師見習いであるニコラスの力量を上回るほどの使い手だった。
「どうする、二人とも? 倒せるなら続けるけど、無理そうなら一時撤退だよ」
そんなボスエネミーである『四重葬者』を前にして、大翔は大して焦りを見せていない。
今まで戦ってきた相手が強すぎるため、この程度の魔物であれば、冷静に判断を下すことが可能となっているのである。
「……くそ」
大翔の冷静さに頼もしさを覚えつつも、ニコラスは撤退の言葉を口にしようとする。
今のところ、最大火力である自分の魔術が通じない相手は、分が悪いだろうと。
「いいや、大丈夫っ!」
しかし、ニコラスの言葉よりも先に、アレスが『四重葬者』に向かって駆け出した。
「ちょ、ま――」
「ニコラス。多分、問題ないよ」
反射的に手を伸ばそうとするニコラスを、大翔の言葉が制止する。
無論、それはアレスを見捨てる行動ではなく、確信を持ったからこそ。
そう、アレスは間違いなくボスエネミーを倒せるという、確信を。
「【や、る、ぞぉおおおおおおおっ!!】」
気合の籠った大声には、大翔から教えられた魔力を込める威嚇術が使われていた。
それは、一瞬ではあるが、空間にある魔力を自らの色に染め上げる。牽制、妨害として発動される。
『水よ『雷よ『風よ『炎よ――』』』』
「遅いっ!」
即ち、魔術師タイプである『四重葬者』にとっては、己の魔術の発動を遅らせる厄介な技となるのだ。
「一つ、二つ!」
アレスは魔術を発動されるよりも先に、四つの腕の半分を切り落とした。
右腕を二つ。上から一文字に切り捨てる。
『風よ『炎よ』』
『『迸れ』』
だが、『四重葬者』は止まらない。
残った二つの腕を使い、二つの属性の魔術を放つ。
風と炎。
二つの魔術は混ざり合い、さながら大蛇の如くアレスを飲み込まんとする。
「三つ、四つ」
その魔術を、アレスが振るう剣は切り裂いた。
振り下ろした状態から、バネ仕掛けのように刃を振り上げたのである。
特殊な魔剣ではない。迷宮都市で売られている、少し上等なロングソードだ。しかし、隅々まで魔力を行き渡らせて振るえば、相応の剣技が伴っているのならば、粗製の魔術程度は易々と切り裂くことができる。
魔術を放った、残り二つの腕も合わせて。
「ソル師匠曰く、完全にぶち殺しても油断するな、だ」
アレスが、自身に言い聞かせるように言葉を吐いた時、既に『四重葬者』は魔力の塵へと帰っていた。
四つの腕を切り落とした後も、一呼吸置くこともなく、アレスが『四重葬者』を細切れにしたためである。
ソルとの訓練によって、アレスが身に着けた剣技。
それは確かに、天蓋魔塔のボスエネミーに通用していた。
「…………腐っても勇者かよ、くそが」
その一部始終を眺めていたニコラスが、思わず悪態を吐いてしまうほどに。
――――僅か四日の鍛錬で身に着けたとは、到底思えないほど見事に。
「いよっし! オレ、完全勝利ぃ!!」
意気揚々と大翔へ勝利を報告するアレス。
その姿は、年相応の子供にしか見えないが、それでも彼女は勇者である。
異常なほどの速度で成長し、様々なスキルを掴み取る。
そんな、成長系チートの如き特異性を持った、正真正銘の勇者だった。




