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第62話 パーティー結成

 同期の新入り冒険者が少ない。

 この問題には、大翔とニコラスも頭を悩ませていた。


 大翔は戦えない。

 囮や後方支援が関の山。

 アーティファクトの性能でごり押せば、無理やり『タンク役』として機能するだろうが、それでは実戦経験を得ることはできない。逆に、外付けの力でゴリ押しという、悪癖を生むきっかけになるだろう。


 そして、ニコラスは魔術師見習いであり、明らかに後衛タイプ。

 ストリートチルドレンとしての経験があるため、多少の荒事はこなせるが、それだけ。訓練を受けた兵士には敵わないし、ましてや魔物との素手で殴り合うなんてことはできない。

 ただ、ニコラスは魔術師見習いではあるが、事、戦闘に関する魔術の使用に関しては、その才覚は非凡なもの。

 戦闘中という異常な状況でも、呪文詠唱を失敗しない。自らが持つ手札を確認しつつ、その場で最善の魔術を選ぶことができる。

 もちろん、まだまだ魔術の腕は見習いの域を出ない。しかし、大翔の用意した魔力ストックを用いれば、それなりに高威力の魔術を放つことも可能なのだ。


 つまり今、明らかに必要なのは前衛だった。

 大翔が囮としてヘイトを管理している間、魔物へと斬り込める勇ましい戦士が必要なのだ。可能であれば、ニコラスが魔術を放つまで持ちこたえるぐらい頑丈な者が望ましい。

 しかし、優秀な前衛や、将来有望な前衛というのは大抵、フリーではない。大抵、どこかのパーティーに所属しているか、冒険者のクランで抱えているものだ。

 ソロの前衛でダンジョン攻略しているフリーも居るには居るが、そういう強者は大抵、下層をとっくに抜け出ている。

 加えて、強すぎる前衛では引率になってしまうので、本末転倒である。


 即ち、如何にも余裕たっぷりの表情でアレスを勧誘している大翔であったが、その実、割と切実な期待が込められていたのだった。



◆◆◆



「へぇ、君ってば勇者なんだ? 奇遇だね、俺もだよ」

「アンタもなのか!? その……オレはアンタと違って未熟な勇者だけど、その、世界を助けたいって気持ちは本物で……っ!」

「いやいや、俺なんてまだまだ全然だよ。修行が足りてないっていうかね?」

「……でも、アンタにはあんなに凄い仲間が居るじゃないか。あんな、規格外の仲間が居れば、この天涯魔塔だって――」

「入場制限された」

「えっ?」

「メイン戦力が二人、入場制限されちゃってね?」


 大翔は現在、第14階層でアレスの手当てを行っていた。

 もちろん、安全圏は確保済み。

 ロスティアが手掛けた魔法道具ならば、下層程度の魔物を近寄らせず、あらゆる攻撃を遮断する程度の結界は余裕で展開できるのだ。


「いやぁ、入場制限の代わりに、相応の物は貰えたけれど、ご覧の通りに戦力は激減。ちまちまと下層の攻略をしていたわけなのさ」

「や、でも、だとしても、アンタ自身が居るだろ?」

「俺は弱いよ」

「えっ? そんな凄そうな……その、神話に出てくる神器みたいな凄い装備を身に着けているのに?」

「防御力はともかく攻撃力がね、カスなんだ」

「カス……」


 へらへらと自虐する大翔の態度に、アレスは戸惑いの表情を見せる。

 軽業師の如く魔物を翻弄し、こうして最高峰の魔法道具を惜しみなく使っている時点で、明らかにただ者ではない。しかし、そのただ者ではない人物が平然と『自分は弱い』と言っているのだ。過剰な謙遜か、そうでなければ質の悪い冗談ではないかと混乱しているのだろう。

 従って、アレスは何かを確認するように、先ほどから仏頂面で座っているニコラスへと視線を向けた。


「……本当だぞ。ヒロトはカスのような攻撃力しか持たない雑魚だ。最大火力の必殺技として、自爆という手段はあるが、それを使えば俺が死ぬから使えないからな」

「やっぱり、護符をたくさん君のローブに仕込んでおく?」

「そこは自爆を使わない方向で考えろよ。俺の耐久性を上げようとするんじゃねぇ」


 仏頂面のニコラスが返した言葉は、大翔の自虐の通り。

 ただし、その割には気安く、ニコラスは大翔を心底馬鹿にしているわけではない。むしろ、大翔に対する視線には絶大な信頼すら滲んでいるほどだ。

 そんな反応をされてしまえば、アレスとしては余計分からなくなるのは当然だろう。


「ということで、ええと……アレスでよかったよね?」

「お、おう」

「君の都合が良ければ、でいいんだけど、俺たちと一緒にパーティーを組まない?」

「…………それは」


 だからこそ、アレスは返答に困ってしまう。

 アレスとしても一緒に冒険する仲間が増えるのは歓迎だ。しかし、その相手が得体のしれない相手ならば、二の足を踏む。

 自分一人だけの冒険ならともかく、アレスは世界を救うために冒険に挑んでいるのだから。


「っと、ごめんね。流石に、この状況で勧誘するのはアンフェアだったよ。だから、答えはダンジョンから無事に出た後でどうかな?」

「あ、うん。じゃあ、それで頼む」


 そんなアレスの困惑を素早く読み取り、大翔は方向転換。

 急ぎ過ぎだと自戒しながら、さりげなくダンジョンから出た後のことを考え始める。


「よかった。だったら、一緒に食事をしながら今後について話そうよ。美味しいステーキを出してくれる店を見つけたからさ、君にも是非味わって欲しいんだ」

「美味しいステーキ……」


 一方、アレスは『美味しいステーキ』という単語に一瞬で心を奪われていた。

 ステーキ。

 しかも、『美味しいステーキ』だ。

 故郷が枯渇してからは口にしたことがない、途轍もない贅沢品。

 その上、この流れはひょっとしたら奢ってくれる奴である。育ち盛りのアレスとしては、思わず涎を垂らしそうになるのも無理はないだろう。


「い、いいやっ! 食事は結構!」

「そう?」


 しかし、アレスは何とかこの誘惑を断ち切った。

 正直、大翔のことを悪い奴だとは思っていないが、これ以上の借りを作るわけにはいかないと、なけなしのプライドが働いたのである。


「そういうことは! きちんとオレがアンタに礼を返してからだ! 助けてくれた分と、こうして傷を治してくれた分! 前者はともかく、後者はきっちりと金で補填する!」

「俺が勝手にやったことだから別にいいのに」

「いや、オレの気が済まないから!」


 ほとんどなけなしの意地を絞った末のアレスの言葉であるが、大翔は素直に感心しているようだ。

 うんうん、と何度も頷いた後、尊敬の視線をアレスに向けてくる。


「君は凄く立派だな。そこまで言うなら、うん、俺は素直に補填を受け取ろう」

「お、おう! 当然のことだからな!」

「いやいや、当然なんてそんな。防具も破損して、武器も失った状態で、そこまで言い切れる人はほとんどいないと思うよ、俺は」


 大翔の言葉は皮肉ではなく、本当に純粋な尊敬によって紡がれたものだった。

 そして、アレスはそんな大翔の言葉に「あっ」と間の抜けた言葉を出してしまう。

 白銀の鎧は、べこべこに凹んで。

 黄金の剣は、何処かに紛失した。

 なけなしの財産も、大翔に対する補填として回さなければならない。

 しかも、そうしようと決めたのは他ならぬアレス自身である。


「……食事は結構だけど、その…………武器も防具も駄目になった前衛だけど、恩返しのためにパーティーに参加させて貰ってもいいですか?」


 故に、少しの沈黙の後、大翔に頭を下げることは躊躇わなかった。

 プライドは大切だが、プライドでは飯は食えない。

 過去の経験により、アレスはそのことをよく知っていた。



●●●



 腹が減っては戦ができぬ。

 この格言と同じような意味を持つ言葉は、大抵、どの世界にも存在する。

 それこそ、人類が万物の霊長である世界でなくとも、生存のために食事を必要とする種族が存在するのであれば、大体このような意味の言葉が存在するのだ。


「うわぁああ……本物のステーキだぁ」


 従って、アレスが大翔によって丸め込まれたのも仕方がないのである。


「ほ、本当に食べてもいいのか?」

「もちろんだよ、アレス。こちらとしても、一緒のパーティーで戦ってもらう以上は、きちんとご飯を食べて欲しいからね。いざって時に空腹で力が出ない、なんてことにならないようにするためにさ」


 いわゆる必要経費という奴だよ、と大翔はアレスに微笑みかけた。

 明らかに善意以外にも、打算が含まれた申し出であるが、一応の理屈は通っている。

 何故ならば、既にアレスは大翔のパーティーに加入しているのだ。そして、そのパーティーのリーダーである大翔が『飯を食え』とステーキを奢ってくれているのである。

 パーティー加入を迷っている時ならともかく、ここで大翔の申し出を蹴るのは失礼だ。少なくとも、アレスはそう判断したらしい。


「そ、そうだよな……うん、仕方ない。むしろ、前衛の義務って奴で……」


 アレスは自分のプライドに言い訳しながら、テーブルの上のステーキと向き合う。

 暴れ牛の尻尾亭。

 それが現在、大翔たちが食事を取っている『冒険者の宿』の店名だ。

 『冒険者の宿』とは、公営の宿とは異なり、食事や酒も提供する、冒険者同士の交流の場だ。もっとも、冒険者だけしか利用できないというわけではないが、大抵の場合、冒険者は武装をしたまま食事を行うため、非武装の一般人はほとんど利用していない。

 その中でも暴れ牛の尻尾亭という『冒険者の宿』は、料理が絶品であると評判の店だ。特に、他の世界から仕入れた牛のステーキは絶品だと、店を訪れた誰もが口にしている。


「う、うんまぁ!」


 そして、アレスも恐らく今日からその口コミの一員となるだろう。


「な、なにこれ、うますぎる……」


 アレスが目を輝かせながら、夢中に頬張っているステーキ。

 それはいわゆる『赤身のステーキ』だった。

 木製のテーブルの上に、でん、と置かれたプレートは熱すぎない適温によって保たれている。

 そのプレート内に収まっている赤身の肉は、ミディアム。中心に赤味が残っているものの、それは肉が冷たいわけではない。きちんと内部まで熱が通った上で、なおかつ固くならない程度に留めた焼き具合なのだ。

 この状態を保存するためには、熱々のプレートや鉄板では逆効果。

 故に、この適温を保つプレートが使われているのだ。


「やわらかぁ、やわらかくて、じゅわぁ」


 この温度管理により、アレスの口の中で肉が程よい食感を与える。

 無論、肉の柔らかさ、旨味を閉じ込める工夫はこれ一つではない。

 油としての甘味、旨味ではなく、赤味の肉本来の旨味を引き出す。そのためには、丁寧な下ごしらえから、肉の厳選など様々な要素が必要となるが――――今は割愛しよう。

 肝心なことは、アレスがこのステーキを大変気に入ったということである。


「ヒロトさん! これ、すっごい美味しい!」

「ははは、気に入ったのなら、お代わりもいいぞ?」

「え、でも、それは流石に……」

「いやいや、良い筋肉を作るためには良い肉を食べないといけない。つまり、食べることも前衛の仕事の内だよ」

「し、仕事なら仕方ないなぁ!」


 アレスは大翔の口車に乗せられ、嬉々としてステーキのお代わりを頼んでいく。

 もはや、満腹になるまでその美食への欲望は止まることはないだろう。

 故に、気づかない。


「…………憐れな奴」


 大翔の隣の席で、もそもそと揚げたイモを齧っているニコラスから、憐憫の視線を向けられていることに。

 ニコラスの食事の量が、子供とは言えども、妙に少なめであることに。


「いっぱい食べて、いっぱい動いて、いっぱい修行しようぜ、アレス!」

「おうっ! ん、修行?」


 アレスは大翔の言葉に疑問を抱くが、些細なことだろうとスルーして、そのまま食事を続ける。

 その疑問の答えは、アレスがきっちりとステーキ肉を四枚ほど平らげた後。

 世界最強クラスの二人が、抜き打ちで修行を開始した時に気づいたという。



●●●



「今日は新人歓迎会で、修行はやらないって言ったじゃん!!」

「「騙さないと抜き打ちにならないじゃん」」


 もっとも、この抜き打ち修行を予期していたのはニコラスだけであり、大翔もこの通り、すっかり騙されていたのだが。

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