第60話 駆け出し冒険者
結論から言えば、大翔たち勇者一行は、運営からの措置を受け入れることになった。
理由としては、与えられた二つの宝物、『花飾りの王冠』と『人界の指輪』が紛れもなく本物だったからである。
透明な氷細工で編まれた花の王冠――『花飾りの王冠』には確かに、冬の女王に近い属性の力が込められていた。それこそ、大翔が持つ『銀灰のコート』と同等以上のレベルで。
これが本当に冬の女王との交渉を有利に進めてくれるのかは、実際にやってみなければわからない。ただ、冬の女王に関わる何かだということだけは確かだった。
もちろん、当然ながら、このような不安定な要素だけでは納得はできない。
いかに権能クラスの力を秘めた宝物だろうとも、役に立つかどうかわからない代物では話にならない。
故に、大翔たちが運営からの措置を受け入れることになった最大の理由は、『人界の指輪』の効果が本物だったからである。
一見するとそれは、単なる黒色の指輪に過ぎない。
『アマテラス』の造形とも異なり、単なる黒い金属のリングがあるだけの指輪だ。
けれども、それを大翔の指に嵌めた瞬間、大翔は確かに実感を得ていた。
非常に曖昧で、境界線を越えている者にしか理解できない感覚ではあるが、確かに『超越存在化』を抑え込んでいる、という効果を実感することができたのである。
例えるのであれば、宙へと浮上する体を鎖で縛りつけているような、不快でありながらもどこか安心感のある感覚を。
だからこそ、大翔とその仲間たちは運営からの措置を受け入れたのだ。
超越存在の判断に抗うことになる危険性からではなく、大翔という勇者が人に留まれるという保証が、あまりにも望んでいたものだったが故に。
「ご納得いただきありがとうございます。ですが、大翔様はご注意を。『人界の指輪』は我らが主、首無しの王が最大限の権能を持って作り上げた一品です。滅多なことではその効果は破れないでしょうが、もしも貴方様がそれすらも凌駕する存在と成り果ててしまうのであれば、それはもはやどうにもなりませんので」
ただし、それは絶対なる保証ではない。
超越存在の権能ですら、同じ超越存在には通じないこともある。
マクガフィンズからの忠告は、大翔たち勇者一行の心中に深く刻まれることになった。
仲間たちはこれ以上大翔に負担をかけないように。
大翔自身も無理を超えるような真似はしないように。
それぞれ、喜びを覚えつつも深く戒めの気持ちを刻み込んだのである。
『《それで、我々の最大戦力が二人も抜けましたが。これからどうしましょうか?》』
ただ、それはそれとして。
明らかに攻略するための戦力が減った問題に対して、勇者一行はそこから更に、作戦会議を重ねることになったのだが。
●●●
天涯魔塔に於ける1~4階層は『子供のお使い』のようなものだ。
冒険者として登録した誰もが、『こんなものか』と鼻で笑うような低レベルの難易度である。それこそ、辺境の森を歩く方が危険なのではないか? と誰もが思うほどに。
出現する魔物は、下級。
戦い方を間違えなければ、子供でも対処できる程度の強さ。
ダンジョンの構造はシンプル。
異様なほど規則正しく敷き詰められた石畳。
破壊不能な謎の石壁。
定期的に配置されている、LED照明の如き謎の光源。
多少ファンタジーからズレている部分はあるものの、概ね、オーソドックスなダンジョン。通路が入り組んでいるというわけでもなく、迷宮に良くあるような罠も仕掛けられていない。
まさしく、『子供のお使い』という言葉が相応しいチュートリアルダンジョンだった。
「はぁ、はぁっ……これが天涯魔塔……超越存在の試練っ!」
そんな低レベルの階層で、権能を複数有する勇者――佐藤大翔は苦戦していた。
ただ、その苦戦はおおよそ、一般的な苦戦とは様子が異なるものである。
「うぉおおっ! 物凄く高くて性能の良いロングソードの一撃を食らえ――あっ」
まず、大翔は剣を振れば壁に当たる。
まともに敵には当たらない。
下級の魔物――汚らわしき緑色の小人こと、ゴブリンが相手でも当たらない。
腰程度の体躯しかなく、筋力も十歳にも満たない子供程度。振り回す武器も、粗末で切れ味の悪い代物。まさしく、やられ役という言葉が相応しい魔物、ゴブリン。
『ゴブェ……?』
そんなゴブリンでさえも、大翔の奇行からの自爆には戸惑っていた。
とはいえ、下級でも魔物。馬鹿が勝手に馬鹿をやった隙を見逃すことはなく、思いきり粗末な鉈を振り下ろす。
「甘いっ!」
『ゴブ!?』
けれども、大翔はそれをさらりと回避。
先ほどの奇行は何だったんだ? と言わんばかりのキレのある動きで回避し、そのままスムーズに収納空間から術札を取り出す。
それは、簡易な魔術が込められた一枚。
周囲の空間に、弾ける衝撃を与える一枚。
「起動せよ! って、あ――」
しかし、大翔が放ったそれは、これまでのスムーズな術札の使い方が嘘のように、自爆を招く。具体的には、目測を誤り、衝撃の効果範囲が自分を含めてしまい――結果。
「ぎぃやああああ!?」
『ゴブェエエエエ!?』
大翔はゴブリンと共に衝撃に巻き込まれ、そのまま石壁に叩きつけられてしまった。
ゴブリンの方はその衝撃で倒れ、消滅する。天涯魔塔に於ける魔物は、致死のダメージを受けると死体が魔力の粒子となって消え去るのだ。
そして、運が良ければドロップアイテムなども落とす。
今回はどうやら、粗末な鉈がドロップアイテムのようだが、大翔はそれに見向きもしない。正確に言えば、そんな精神的な余裕は無かった。
「うごごごご」
ロスティア制の魔法装備に、『銀灰のコート』のおかげで、多少なりとも自爆しようが、大翔の肉体には傷一つ付かない。
だが、大翔の精神は先ほどの醜態でズタボロだった。
最高のアーティファクトで万全の準備を整えている癖に、下級魔物一匹すらまともに倒せないのだから、その無様さは相当である。
「なんで攻撃になると、俺はこうなんだ……」
大翔は他の下級魔物の追撃を余裕で回避しつつ、自虐の言葉を呟く。
そう、前々から誰からも言われていることではあるが、大翔に戦いの才能は無い。
具体的に言うのであれば、攻撃の才能が無い。攻撃を補助する才能も無い。それはもう、いっそのこと呪われているのでは? と疑いたくなるほどに才能が無いのだ。
回避や防御だけならば、今の状態ならソルの相手すらもできる練度はあるのだが、何故か攻撃だけは本当に向いていないのである。
普通ならば、多少は向いてなくとも下級魔物ぐらいは倒せるものだが、大翔はそれすらも困難な状態らしい。
もちろん、冬の権能を使えば余裕で倒すことはできるが、それは『戦わずに倒す』という状態であり、まるで意味を為さない。
大翔は今、権能に頼らないために、ダンジョンアタックに挑戦しているのだから。
「風の獣よ。その鋭い爪で、我が障害を切り裂け」
そんな大翔が、下級魔物の攻撃を回避しながら思い悩むという器用な真似をしている時、ふと魔術の詠唱が響く。
大翔の声ではない。
だが、大翔からすれば親しみのある声で、その詠唱は紡がれていた。
『ガギャッ!?』
『ギギィッ!?』
そして、次の瞬間、不可視の刃によって下級魔物たちは切り裂かれた。
風を操り、敵を切り裂く魔術。
基礎的な攻撃魔術を放った主は、「はぁあああ」というため息と共に大翔の下へと歩み寄って来る。
「なんで、その装備でそんな醜態を晒せるんだよ、お前は?」
呆れ果てた声と共に、黒い瞳で大翔を見下ろすのは赤茶けた髪色の少年だ。
魔術師のような枯草色のローブを着ているが、その下から覗く細身の体は引き締まっている。そう、かつてのように痩せ細った体ではない。
「それは一番、俺自身が知りたいと思うよ、ニコラス」
ニコラス。
大翔が赤茶けた髪の少年へと苦笑交じりに呟いた名前は、かつて暗夜を共に潜り抜けた孤児のもの。
けれども、今は違う。
孤児であったことは変わりないが、今のニコラスの役割は違う。
守られるべき庇護対象ではない。
「とりあえず、気が済んだなら隊列はシラノが提案した奴に戻すぞ。文句は無いよな、ヒロト?」
「文句はないけど、慰めの言葉は欲しい」
「俺の都合のいいパトロンになってくれてありがとう。精々、俺が強くなるために金と物資を吐き出してくれ」
「ふへへへ、任せてくれよぉ、ニコラス!」
「こんなんでいいのか……」
大翔と共に成長し、天涯魔塔を攻略する仲間なのだ。
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大翔が何故、天涯魔塔にニコラスと共に挑むことになったのか?
普通に考えれば、仲間を集めるのならば、ちょうどいい強さの傭兵を雇うなり、故郷の世界で待つ優秀な生存者たちを、協力者として召喚すればいいだけのことである。
わざわざ、ニコラスのように未熟な魔術師見習いを仲間にする必要はない。
ただ、それはあくまでも『効率的な攻略』だけを考えれば、という前提の話である。
「良い機会だから、俺もそろそろ本格的に鍛えたい」
大翔は仲間たちとの作戦会議中、このような提案を出した。
いくら黒幕の行動を封じていようが、このまま何事もなく引き下がるわけがない、というのが大翔も含めた仲間たちの総意だ。
そんな時、今までと同じように大翔だけが『経験不足』のままでいれば、今度は本当に死んでしまう。銀狼の時のように、上手く保険が働くという幸運は続かないだろう。
ならばソルとの修行だけではなく、実際にダンジョンを攻略することによって、実戦の経験を増やしておこう、と大翔は提案したのだ。
「なるほど。確かにそれは正論だね。僕も確かに、その考えには賛同だよ。大翔はそろそろ、実戦を経験した方がいいと思う。ただ、そのためにはちょうどいい力量の仲間が必要だね。あまり強すぎる相手だと、ほとんど引率扱いになるから」
そして、経験を増やすのであれば、強すぎる仲間は返って非効率的となる。
故に、大翔は傭兵を雇うことも、生存者たちに協力を求めることもしなかったのだ。
では、仲間にするのは誰が適任なのか?
「そう、未熟だけども将来性があって、大翔を絶対に裏切らない相手……いやぁ、全然、僕は思いつかないなぁ!」
『《はい。それじゃあ、私からニコラスに連絡しておきますね》』
「シラノ? 僕との約束は???」
『《孤児の安全は保障します。ただし、ニコラスは大翔の友達です。さぁて、こういう時、ひと声でもかけないのは、果たして保護と言えるのでしょうか? 逆に彼の精神を傷つける結果にならないのでしょうか?》』
「ぬぐぐぐっ! と、とりあえず、声をかけるだけだからね! 本人が嫌と言ったら、僕は認めないから!」
シラノとソルの相談の結果、白羽の矢が立ったのがニコラスだったというわけである。
なお、ニコラスはシラノからの要請に対して、即座に学校へ休学届を出すことを答えにしたという。
それもう、即決即断の速さで大翔の仲間となったのだ。
天涯魔塔、第5階層。
そこはいわゆる『ボス部屋』である。
チュートリアルである1~4階層を抜けた冒険者を待ち受けるのは、『ゴブリン・ウォーリア』という中級魔物だ。
下級のゴブリンとは違い、筋骨隆々の成人男性ほどの肉体を持ち、剣と弓矢。近距離と遠距離を使い分けて戦う、駆け出しにとっての強敵だ。
温いチュートリアルとは違い、『子供のお使い』では済まされない。
冒険者として、一体の戦士を打ち倒さなければならない。
まさしく、駆け出しにとっての『卒業試験』に等しいボス部屋だった。
『マスター。貴方の命令ならばどんな敵にも私は剣を振るうわ。でもね、貴方のためを思って忠告してあげる』
「はい」
『私は、貴方が思っているよりもずっと強いわ』
「はい、思い知りました」
『貴方自身が経験を積みたいのなら、私を呼び出すのはもうちょっと上層からにした方がいいと思うの』
「イフのおっしゃる通りです」
そんな卒業試験官である『ゴブリン・ウォーリア』であるが、一撃で倒されてしまっていた。
ニコラスと大翔。
後方支援兼囮と魔術師見習い。
明らかに前衛が欠けているパーティー構成に不安を覚えた大翔が、魔法剣士であるイフを召喚した結果がこれである。
仲間が強すぎる所為で、イフの強さをいまいち理解しきれていなかった大翔だったが、今回はそれが露骨に悪い面として現れていた。
イフは世界最強クラスには及ばないが、紛れもなく一騎当千の英雄クラス。
こんな下層で呼び出していい戦力ではなかったのである。
「おい、馬鹿」
「はい、馬鹿です」
「早急に『ちょうどいい前衛』を探すぞ、いいな?」
「はい、気合を入れて勧誘します」
その後、5階層をズルして攻略してしまった気分になった大翔は、ニコラスと共に前衛探しに励むことになった。
どうやら、この駆け出し冒険者たちの道行きは、前途多難で始まるらしい。




