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第6話 旅先にトラブルは付き物

 大翔の目の前には、香ばしい匂いを放つ、奇妙な物体があった。

 それは例えるのであれば、骨付き肉という言葉が相応しい。事実、その肉は鶏肉だった。きちんと内部までグリルによって調理され、たっぷりの香辛料を振りかけた鶏肉。それは、間違いなく美味しそうという表現が似合う骨付き肉だ。

 問題があるとすれば、骨付き肉の一部に、持ち手のように『岩石』がくっ付いていることだろうか。


「……ふぅむ」


 唸りながらも観察を続ける大翔。

 恐らくは、その岩石部分を持って、肉に食いつけという店側の意図。その証拠に、岩石の部分は温かくはあるが、火傷するほどの熱は持っていない。肉部分は無骨な木皿の上に置かれているが、岩石部分はどんとテーブルに置かれたところを見ると、食用ではないことは確かだった。いや、それ以前に食用であったとしても、流石に岩石に齧りつこうとは思えない。

 なので、岩石部分を持って肉を食らう、というのが正しい食べ方なのだろうと大翔は推察する。メニューに書かれた料理名が『岩石鳥のグリル』であることも考えると、この岩石部分はひょっとしたら異世界に生息する生物の外殻なのかもしれない。


「いただきます」


 初めて目にする料理に疑問は尽きないが、何を食おうが勇者の資格によって食あたりを起こす心配だけはない。故に、大翔は料理が冷めないうちに齧りつくことにした。

 男子高校生らしく、大口を開けて肉に齧りつき、そのままはぎ取って咀嚼する。


「…………ん!?」


 すると、口内に溢れたのは奇妙な旨味だった。

 味付けがおかしかったわけではない。塩と香草類を中心とした味付けは、肉の臭みを消し、旨味を増幅している。そう、奇妙だったのは肉自身の旨味だ。


「鶏肉なのに、蟹っぽい?」


 歯ごたえとしては紛れもなく鶏肉。しかし、芳醇なスープのような旨味が口内に溢れる感覚は、蟹に似ている。上等な蟹の身のように、濃い旨味が鶏肉から溢れ出ているのだ。


「面白いなぁ、これ」


 奇妙で、けれども間違いなく美味な肉に、大翔は瞬く間に夢中になった。

 頬を緩ませながら肉を食らい、存分に気力を補充する。


 付け合わせに出て来たパンとスープも、あくまでおまけ程度の量であるが、やはり味は美味。少々歯ごたえはあるが、鶏肉の味をしっかりと受け止めるパン。濃い味付けに飽きた時、さっぱりと口の中を洗い流してくれる野菜スープ。

 飽食の時代ともいわれる現代日本に存在していたとしても、見劣りしない。否、高級料理店で出て来てもおかしくない一品に、大翔は大満足していた。


「失礼します。食後のお飲み物でございます」

「ああ、ありがとう」


 骸骨頭のウェイターから、透明なグラスに注がれた柑橘系のジュースを受け取ると、そのまま口を付ける。

 オレンジとレモンの中間の味がするそれは、甘すぎない。柑橘系特有の爽やかだけを抽出したような液体が、喉をするりと通っていく。

 これも付け合わせの中に含まれる一品であることを考えると、食後にこのジュースを飲むところまで含めて、『岩石鳥のチキン』という料理なのだろうと、大翔は納得していた。

 流石は、現代日本換算で五万円ぐらいはする料理だと。

 辺獄市場で例えるのであれば、安全な宿で一泊はできるぐらいの値段の料理だと。


「やっぱり人間、たまには良い物を食べないと」


 現在、大翔は辺獄市場の中でも、かなりの高級レストランで食事を取っていた。

 怒声と悲鳴と喧騒がBGMの辺獄市場の中で、静かで安全なレストランというだけで貴重であるが、この店はさらに料理が美味かった。

 本来、一見さんはお断りの店であるが、例によってラーウムとのコネクションがここで活きてくる。辺獄市場では、一定の地位がなければまともに食事をすることもできないのだ。


『《大翔……元気は出ましたか?》』


 食事を終えた大翔に、シラノが心配そうに声をかける。

 まるで、傷跡に触れるような声であるが、大翔は特に気にした様子は無く、笑顔で答えた。


「ああ、気力は十分だよ。これで心機一転、明日から頑張れる」

『《そ、そうですか。大翔は、その、強いですね?》』

「ははは、そんなことない。今だって、シラノの協力が無ければ、こんなに美味しい食事は食べられなかったんだ……っと、ごめん。俺は飯を食べちゃったけど、シラノはどうなの? 今、飯を食える状況だったりする?」

『《ん、んんんー、あー、大丈夫です、お気遣いなく。そういうのは大丈夫なので、私。それよりもですね、私はその……》』

「シラノ」


 罰が悪そうに話すシラノへ、大翔は優しく語り掛ける。


「心配しなくても、大丈夫だよ。俺は健全な男子高校生だぜ? ちょっとやそっとメンタルが崩れようとも、美味しい肉を食べていれば、あっという間に立ち直るさ! ほら、もうこんなに元気!」

『《そ、それなら、よかったです……はい。でも、その、ね? 私が自信満々にあの店に連れて行ったことは、えっと、謝りたくてですね?》』

「シラノが謝る必要なんて全然ない」


 優しい口調のまま、笑顔を保ったまま――死んだ目で大翔は言った。


「俺が調子に乗って運命や、ロマンスを求めたのが間違いだったんだ。今後は身の程を弁えて、一切何も期待せずに、淡々と世界を救うために粉骨砕身の覚悟で挑むから」

『《いや、明らかに立ち直っていませんよね!?》』


 伝説の武具を取り扱う店から、何も買わずに立ち去ってから数時間後。

 未だに、大翔の精神は回復していなかった。



●●●



「大人になるってことは、クソみたいな気分の日でも仕事ができるようになるってことだ」


 大翔は親戚の叔父が呟いていた言葉を、今になって思い出していた。

 ブラック企業で十年間働いた経験のある叔父は、今では自分が立ち上げた会社で、福利厚生の整ったホワイトな経営をしているらしい。

 労働を憎み、けれども犯罪に走らず、正しい行いを続けている叔父のことを、大翔は今も尊敬している。

 だからこそ、その言葉が正しかったことを今、実感していた。


「運命力が無くてごめんね、シラノ」

『《謝らないでください。あれは私の判断ミスです。悪いとすれば、それは私…………いえ、最後の最後に関しては、絶対にあっちが悪いですが。本当にあれは最低ですが》』


 高級レストランでの食事を終えた大翔は、シラノの案内でホテルへと向かっていた。

 既に、大通りでは陽の光よりも、魔法によって彩られた街灯の光の方が強い。薄暗い空とは対照的に、段々と悪徳の街は極彩色な輝きが増していた。


『《大体、あそこまで演出を決めておいて、顔が気に入らないからパスはどうかと思います。せめて、精神性とか力の有無に言及しているのならばともかく、完全に外見の問題ではありませんか。だったら、今まで売れ残ってないで、さっさと好みのイケメンにでも買われていればよかったんですよ、兵器風情が》』


 不機嫌を隠さずに愚痴を言うシラノへ、大翔は苦笑と共に言葉を告げる。


「いや、選ぶのはあちら側だから、何を言われても仕方ないさ。だけど、俺のために怒ってくれるのは素直に嬉しいよ、シラノ」

『《別に、貴方のためではありません。これはその、私の計画が狂わされたことに対して、私が勝手に怒っているだけなのでお気になさらずに》』

「そっか。でも、ありがとう」


 シラノは大翔の内心を代弁するように愚痴を言っていた。

 大翔が明らかに無理をして、内心に文句を貯めていることを察して、わざと嫌な役を買っているのだろう。自分が少しでも口汚く罵れば、その分、大翔の精神が軽くなると信じているのかもしれない。

 実際、大翔の精神はシラノが気を遣ってくれたことにより、いくらかマシな状態にまで立ち直っている。完全復活には程遠いが、いつまでもいじけては居られない程度には、メンタルが戻っていた。


『《ごほん……とはいえ、いつまでも愚痴を言っても始まりません。今後の話をしましょう》』

「ああ、賛成だ。俺の戦力強化が失敗した分、何かしら代わりの計画が必要だろうし」


 咳払いと共に冷静さを取り戻したシラノは、明日から行うべき、現実的なプランを説明し始める。


『《大翔自身の強化が望めないのであれば、外部から戦力を補充するしかないでしょう。つまり、傭兵を雇います》』

「傭兵ね。またラーウムって人のコネクションを使うの?」

『《いいえ。彼は有能で慎重な魔術師です。ハッタリで誤魔化すことができるのは初回ぐらいでしょう。これ以上、彼のコネクションを使えば、余計な貸しを作ってしまう可能性が高い。加えて、彼の性格と所属は悪党よりです。彼のコネクションを使っても、信頼できる傭兵は雇えません》』

「なるほど。そうなると、シラノの出番かな?」

『《ええ、私の能力を使えば信頼に足る傭兵を探し出すことは、造作もありません……ただ、そのためには少し、私はその作業に集中しなければいけませんが》』

「というと?」

『《しばらくの間、私は貴方と通信ができなくなります》』


 シラノから告げられた言葉を理解するより前に、大翔の喉が「ひゅっ」とか細い声を出した。明らかに、ネガティブな何かを吐き出そうとする予兆だった。そのため、大翔は意識的に舌を動かし、胸から湧き上がる感覚をねじ伏せて、言葉を紡ぐ。


「明日の朝までに間に合う?」

『《それはもちろん。しばらくと言っても、ほんの数時間程度です。無論、作業に集中していたとしても、貴方の生命の危機には反応するように細工を施していますので、ご安心を。いざという時にはきちんと対応します》』

「ははは、大丈夫だよ。後は予約したホテルにチェックインして、明日の朝まで眠っているだけだろう? 問題を起こす方が難しい」


 できるだけ軽く、当たり前のように。

 自信ではなく、当然として捉えているように。

 凍えてしまいそうな内心を隠して、大翔は強がりの言葉を吐いていた。


「それに、あのホテルは辺獄市場の中でも最高級。あそこが安全でなければ、この辺獄市場でどこが安全なんだ? ってぐらいの場所なんだろう? だったら、大丈夫だ。何も問題ない」

『《そう、ですね。ええ、何も問題はありません……すみません、我ながら過保護でした》』

「いいや、その過保護には助かっているよ」


 言葉を交わし合いながら進んでいくと、いつの間にか、目的のホテルは目の前にあった。

 雑多な街の空気とは隔絶した、静謐な空気を纏う巨大なビルディング。見上げるほどに高いその建物は、現代日本の都心に存在しても、何ら違和感のない外観だった。

 このホテルなら問題ない、という意識が少しだけ大翔の精神を軽くする。


「だからまぁ、しばらくの間、俺のことは気にせず集中して欲しい。それと、俺だけじゃなくてシラノだって休憩すべきだと思う。具体的には、作業が終わったら朝まで休めばいいと思う」

『《しかし、大翔が》』

「俺は大丈夫だよ。というか、休め時に休んでもらわないと、本当に大切な時に動けなくなる可能性もあるからさ」

『《…………確かに、そうですね。わかりました、ではお言葉に甘えて、朝まで失礼します。ただ、忘れないでください。私は貴方が本当に危険な時は、必ず助けますから》』

「うん。そこは信頼している」


 だからこそ、大翔は微笑んでシラノを送り出すことができた。

 僅かな別れ。

 ほんの少し、朝までの間。ホテルにチェックインして、シャワーを浴びて。ベッドに潜り込めばきっと、あっという間に朝だ。寂しがる暇など無い、と大翔は自分を誤魔化す。


『《では、また朝にお会いしましょう》』


 ぶつん、と電波が途絶えたような音の後に、ラジオの音声は途絶えた。

 試しにラジオに触れてみたり、名前を呼んでも反応はない。その事実に心が凍えそうになるが、『子供じゃあるまいし』と強がって前を向く。


「さぁ、俺もさっさと休むか――」


 そして、予定通りにホテルに向かおうとしたところで、大翔を不運が襲った。いや、不運が襲ったというよりは悪運が守った、と言った方が適切だろう。

 何故ならば、『それ』に巻き込まれずに済んだのだから。


 ――――どぉおんっ!!


 空から巨大な鉄槌が下されたような轟音。

 目の前にあった巨大な物体が崩れ、熱を含んだ暴風があたりに吹き荒れる現象。

 その原因は、空にあった。


「…………は?」


 赤い鱗を持つ、巨大なドラゴン。

 鱗で覆われた四肢と、一対の翼。長い首。獣よりも鋭い牙。合わせて、特撮映画に出てくる怪獣よりも巨大な肉体。抗おうと思うのすら馬鹿らしくなる災害が、国すら焼き尽くす炎――竜の息吹を眼下に向けて吐き出していたのである。


 つまりは、難易度変更のお知らせ。

 ホテルで寝ているだけのイージーミッションから、生死を賭けた追いかけっこへの難易度変更。竜という名の災害から逃げ回り、悪徳の街を駆け抜けるという、理不尽なミッションが発生したのだ。

 どうやら、佐藤大翔という人間は、運命には選ばれていないが、トラブルの類にはとことん愛されているらしい。

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