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第59話 入場制限

『《天涯魔塔は超越存在が与える試練ですが、我々ならば問題ありません。過去に、世界最強クラスにも満たない英雄たちが完全攻略した記録も残っています。ならば、世界最強クラスと、伝説の狩人。複数の権能を使いこなす勇者。そして、どんな罠だろうとも見透かす千里眼の私が居れば、このようなオーソドックスなダンジョンなどRTA染みた最速攻略で片付けてしまえるでしょう》』


 天涯魔塔という迷宮都市に到着して早々、シラノはこのような発言をしていた。

 傍から見れば調子に乗っている、いかにもこれからダンジョン攻略の難しさを思い知らされる『新入り』の戯言にしか聞こえないだろうが、シラノは千里眼の持ち主である。

 首無しの王の管理下である『試練の塔』内部は覗けないが、既に、試練を攻略済みの英雄や、都市内に住む実力派の冒険者たちから攻略情報を抜き取ってある。

 天涯魔塔というダンジョンの九割はもう、シラノによって丸裸の状態だった。

 その上で、過去最高の戦力を携えながら攻略に挑むのだ。もはや、失敗する要素などは無いに等しい。


「やれやれ、シラノは調子に乗り過ぎだよ。ダンジョンには何があるかわからないんだから」


 仲間の中で最高の戦力であるソルは、シラノの傲慢を諫めながらも、間違いだとは指摘しなかった。今の仲間たちと一緒ならば、どんなダンジョンでも攻略できるという自信があったからだろう。

 悠々と都市の街路を歩くソルの姿は、かつての気弱な傭兵ではなく、世界最強クラスに相応しい威風堂々としたものだった。


「ふふふっ、ご心配なく。獣たちとの生存競争を繰り広げていた私なら、ダンジョン内のどんな異変も事前に察知して見せるわぁ」


 そして、勇者一行には新たなる仲間も加わっていた。

 ロスティアの姉にして神話の狩人、リーン。

 大翔に対する恩義を返すための参戦であり、その過程でロスティアが大変拗らせて文句を言っていたが、ダンジョン攻略に対するとある『安全措置』のおかげで説得に成功。

 無事に勇者一行における斥候と遠距離攻撃担当として、天涯魔境に挑むことになったのだ。


「…………うーん」


 そんな頼もしい仲間たちを引きつれているのが、勇者である大翔である。

 旅を始めた当初は名実ともに最弱の勇者だったが、今は違う。ロスティアのアーティファクトで身を包み、『銀灰のコート』による最高の防御を身に着け、複数の権能を使い分けるようになったのだ。

 更には、世界最強クラスであるソルによる修行と、幾度も死線を潜り抜けた経験により、防戦だけならば、この中の誰にも見劣りしない実力を身に付けつつある。


「間違いなく、これ以上なく頼もしい仲間たちなんだけど、こう、何か引っかかるような? 嫌な予感ってわけじゃないんだけど、ううむ?」


 しかし、そんな最高の勇者一行の中で、大翔だけは妙な不安を抱いていた。

 命の危険に関わるような寒気ではない。間違いなく、命の危険はないと保証はできる。ただし、それ以外の何かを忘れているような、当たり前すぎて何かを見落としているような、そんな予感がするのだ。


『《ふむ、大翔の直感ですか》』

「杞憂だと言いたいけど、君の直感は良く当たるからね」

「ええ、ヒロト様の不安を取り除くつもりで、私も頑張るから!」


 そんな大翔の不安を、最高の仲間たちは見逃さない。

 自らの自信はそのままに、けれども『何かはある』と覚悟を決めて気を引き締める。

 この中では新入りのリーンでさえ、勇者としての大翔を信じているのだ。従って、大翔の不安や予感を見逃すことなんてあり得ない。


『《大翔、何かに気づいたらすぐに伝えてください。街中での戦闘は無いかもしれませんが、ここは超越存在の領域。理性的な個体とはいえ、何が起こるかわからない――そのことを貴方が思い出させてくれましたので》』

「あ、ああ、うん……だけど、そうでもないような? いや、あんまり不安な事ばかり言うのも駄目だよな、うん! 皆、よろしく!」


 大翔の呼びかけに仲間たちはそれぞれ頷き、改めてダンジョン攻略に対する油断を完全に消し去る。

 その甲斐もあってか、街中で大翔たちに絡んでくる無謀なゴロツキは現れず、何事もなくダンジョン前まで到着することになった。



「初めまして、冒険者の皆さん」

「試練に挑む前に、我々マクガフィンズからの注意事項をご確認ください」

「我らが主、首無しの王が与える試練――天蓋魔塔は全百階層からなるダンジョンです」

「内部には、我らが主の作り出した魔物が徘徊しています。階層によっては罠もありますので、ご注意を」

「チェックポイントはそれぞれ一階層ごとに存在しており、石碑の形をしています。そこに触れれば、ダンジョンの入り口であるここに戻って来られます」

「再入場の際は、我々が攻略済みのチェックポイントへ転移させることもできます」

「ダンジョン内で入手した物品の所有権は、冒険者にあります」

「冒険者同士の争いは自己責任で」

「基本的に、我々は冒険者同士の問題には関わりません」

「ただし、都市の運営の邪魔になる行動は、罰則の対象となるのでご注意ください」

「入場時間の制限はありません」

「特殊な入場制限はございますので、お気を付けください」

「それと、一つ。とても大切な注意事項です」

「このダンジョン内では【二度の死】を許容します」

「ダンジョン内で死亡した冒険者は、蘇生した状態でダンジョン入り口まで転移することになります」

「その際、ダンジョンで入手した物品の半分は失うので悪しからず」

「ご清聴ありがとうございました」

「何かご質問がありましたら、いつでも遠慮なくどうぞ」

「「ではでは、良いダンジョンアタックを」」



 灰色の塔。

 見上げても果てが見えない、天と地を繋ぐ一本の線。

 その根元には、大型トラックが二台横に並んで悠々と入れるほどの穴があった。

 穴は暗く、外からではほんの少し先も見えない。覗こうとするのならば、穴の前に立つ二体のマクガフィンズ――同一の顔を持った王の眷属とエンカウントしなければならない。


 マクガフィンズ。

 男女、二つの性別ごとに分かれた同一の顔だらけのエキストラ。

 首無しの王の眷属。

 彼ら、あるいは彼女たちに相違があるとすれば、役割ごとに異なる服装のみ。

 まるで、一昔前のRPGのNPCのように、マクガフィンズは冒険者たちに応じる。

 それは、ダンジョンの入り口に立つ、二体のマクガフィンズも例外ではない。

 革鎧を纏い、槍を携えた男性タイプのマクガフィンズ。深緑の髪をした少年たちは、通例通り、大翔たちへダンジョン内での説明を告げた。


『《予想通りですね。リーン殿、最終確認ですが、『ダンジョン内で二度目の死を体験するまで、我々と同行する』――この条件でよろしいですね?》』

「うん、問題ないよ、シラノちゃん。本当は最後まで付き合いたいけど、ロスティアを泣かせるわけにはいかないからねぇ」


 もっとも、ここまでの情報はシラノの事前調査により、理解していたことだ。

 だからこそ、リーンも渋るロスティアを説得することができたのである。

 ――――ダンジョン内では二度の死を許容する。

 これは、首無しの王から冒険者たちに対する慈悲だ。

 塔の内部では、魂が輪廻を巡るよりも先に魂を確保し、肉体の修復と共に蘇生させる。

 試練に挑む者たちが、たった一度の挫折で終わらないようにするために。


「…………まさか、こんなご丁寧なもてなしをしてくれる超越存在が居るとはね。長い間、傭兵として異世界を渡り歩いたけど、僕は初めて知ったよ」


 だからこそ、ソルは天蓋魔塔の在り方に懐疑的だった。

 理性的で人間に友好的な超越存在なんて存在するわけがないという固定概念を、この期に及んでも覆せずにいる。


『《人類が万物の霊長となっている世界群は、非常に多いですからね。ソルが世界最強の傭兵と言えども、全ての異世界への切符が与えられるわけではありません。私のように世界を超える千里眼が無ければ、この場所を見つけ出すのは難しいでしょう》』

「つまり、運が悪かったと?」

『《いえ、ソルは幸運ですよ? 大翔に出会えたのですから》』


 しかし、シラノから冗談のように告げられた本音を受けて、「それもそうか」と小さく笑みを浮かべた。

 真っ当な説明では感情が納得しなかったかもしれない。

 だが、共に冒険を潜り抜けた戦友が告げた言葉ならば、とりあえずは複雑な感情を飲み込む程度には納得できる。


「むむむ?」


 一方、仲間たちから信頼を向けられている大翔は、マクガフィンズやダンジョンの入り口を眺めて首を傾げていた。

 何か違和感がある。引っ掛かることがある。見落としがあるような気がする。

 ただ、今の状態では答えが出ない。


「いや、いいか。悩む時間がもったいない。行こう、皆!」


 だからこそ、大翔は先に進むことを選んだ。

 答えが見えなくても、とりあえず進む。仲間たちを先導する。

 勇気をもって、前進を選んだのだ。


「おうとも!」

「行きましょう!」

『《最速で片付けましょうか》』


 そして、仲間たちも大翔の後へと続く。

 暗い、ダンジョンの入口へと進む。

 例え、どのような困難が待ち構えていようとも、大翔と共に在るのならば大丈夫だと己を奮い立たせて。


「申し訳ございません。ソル様、リーン様。お二人にはダンジョンへの入場はご遠慮いただきますようお願いします」

「「えっ?」」


 最高戦力の二人が、ダンジョン攻略前に離脱することになった。



●●●



 ソルとリーン。

 両名の入場を拒んだ理由を、マクガフィンズは以下のように説明した。


「お二人はあまりにも強すぎるのです」

「ええ、お二人がその気になれば、試練の踏破はおろか――試練に挑む冒険者たちを全員、その日の内に駆逐してしまえるほどに」

「我々はダンジョン内の争いには関与しませんが、流石に冒険者たちが全滅する可能性がある者を入場させることはできません」


 そう、二人は強すぎたのだ。

 世界最強クラスに位置する二人にとって、この天涯魔境は『難易度が低すぎる』ため、運営側がストップをかけてしまったのである。


「「…………」」


 当然、二人はそんな説明では納得できない。

 自分たちに非が無い理由で入場を断られたまま、『はいそうですか』と退くことはできない。超越存在本体と相対する真似はできないが、それでも眷属に対して何かしらの譲歩を求めるように、無言の威圧を向ける。


「お二人の気持ちを御察しします」

「もちろん、これはこちら側の事情でございます」


 無言の威圧を受けても、マクガフィンズの口調に乱れは起きない。

 ただ、元々そのままで済ませるつもりはなかったのか、二人に対してさらなる補足を説明する。


「我々の主、首無しの王が持つ理は【試練】です」

「困難を乗り越えた者には、祝福を与えられるべき」

「しかし、こちら側の事情で、試練に挑む機会すら与えられないのは理不尽極まりない」

「従って、我らの王はこのように判断しました」



「「ソル様、リーン様、おめでとうございます。お二人は戦わずして試練を踏破しました。我らが主から、お二人へ褒美を授けましょう」」



 マクガフィンズの言葉に、世界最強クラスの二人は揃って目を丸めた。

 警戒心は保ちつつも、告げられた内容を噛み砕けぬままにマクガフィンズを見つめ続けて。


「こちら、『花飾りの王冠』です。冬の女王との交渉が有利に進むでしょう」

「こちら、『人界の指輪』です。超越する者を留まらせることができるでしょう」

「「あ、はい」」


 そのまま、あっさりと目的としていた『褒美』を手渡されてしまう。

 真に望んだ物かどうかの判別はつかないが、明らかに権能クラスであることがわかる宝物を手渡された二人は、とりあえず、そのまま大翔の方へと視線を向けた。


「あの、ヒロト」

「えっと、ヒロト様」

「…………うん、そうだね」


 世界最強クラスの戸惑いを受け取った大翔は、頷いた後、リーダーらしく宣言する。


「とりあえず、作戦会議を始めまぁーす!」


 思わぬ成果に対する現状整理と、今後の展望を話し合うために。


 かくして、最高の冒険者パーティーはダンジョン前で解散することになったのである。

 ただし、望んでいた『褒美』を先渡しされるという、複雑な感情を抱かざるを得ない形で。

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