第56話 望まぬ覚醒
更新再開です。
そろそろ書き溜めの余裕がなくなって来たので、隔日更新になりました。
超越存在。
生命を超越し、通常の生命体とは次元の異なる領域に君臨する存在。
彼らに対して『強さ』という基準は意味を為さない。
二次元の住人がどれだけ最強の設定を得ようが、三次元の住人を直接害することができないように。同次元の存在でなければ、戦うという行為すら無意味になる。
真なる意味で、超越存在は超越存在しか倒せないのだ。
あるいは、とてもとても迂遠な方法を重ねれば、超越存在を『誘導』するぐらいはできるだろうが、権能クラスの異能が無ければ基本的には不可能である。
さて、それでは超越存在に対抗するため、超越存在となることは有効なのか?
この疑問に対する答えはイエスであり、ノーでもある。
大前提として、そもそも超越存在に成ってしまう生命体は数多の異世界でも、かなり限られる。そのため、超越存在になる方法を探すぐらいならば、超越存在と交渉するために、権能を集めて回る方がよっぽど効率的なやり方だ。
その大前提を踏まえた上で、確かに超越存在へ対抗するために、超越存在に成り果てることは有効である。同じ土俵に立ち、超越存在へ干渉することは間違いなく、多大な影響を与える結果にはなるだろう。
――――もっとも、それが良い結果をもたらすとは限らないが。
何故ならば、どんな生命体であろうが、超越を果たした存在は変化するからだ。
価値観も、記憶も、形も、精神も、何もかもが超越の影響を受けるからだ。
とある少女が、『冬』と成り果てて誰とも触れ合えなくなったように。
とある猫が、『夜』と成り果てて鯨に変貌してしまったように。
とある神が、『太陽』と成り果てて人と触れ合えなくなったように。
生命体は超越した瞬間、その意味を失うのだ。
故に、世界の救済を目的として超越存在へと成り果てようが、それが正しく為されるかどうかは不明である。新しく超越存在が誕生するだけで、それがどのような方向性で世界に干渉するかは誰にも理解できない。
つまり、超越存在へ対抗するために、自らもまた超越するという手段は非常に不安定で賭けにもならない手法なのである。対抗しようとした結果、守ろうとした世界すらも滅ぼしてしまう可能性が多大に発生する程度には。
即ち、佐藤大翔という勇者にとって、この覚醒は望ましいものではない。
力に溺れるような闇堕ちフラグではない。
自己犠牲による陶酔すら与えるものですらない。
――――単なる、約束された破滅への序曲に過ぎないのだ。
●●●
「というわけで、俺はどうしたらいいと思う?」
「突然、そんな相談を持ち掛けられる私の方が『どうしたらいいと思う?』って状況なのだけれどね?」
現在、大翔の目の前では銀髪碧眼の美少女――白樺志乃が困り顔を浮かべていた。
故郷である滅びかけた世界の、とある地方にある学校の応接間。
そこで大翔は、志乃へと相談事を持ちかけていたのである。
「いや、無茶を言っていることはわかっているんだけどさ。正直、シラノやソルへと相談する前に、ワンクッションを置きたくて」
シラノやソルにも内密に。
騙すわけではなく、『志乃に大事な話があるから、しばらくの間、二人きりにして欲しい』と頼み込んだ上で、相談に来ていたのである。
「私は都合のいいクッション扱いかい?」
「志乃だったら、俺に遠慮することなく、思いっきり現実的な意見でボコボコにしてくれるだろう?」
「精神的なマゾなのかな?」
志乃から向けられる侮蔑の視線へ、大翔は「そうそう、その調子」と微笑みを返した。
祝祭の後。
大翔はリーンによって、自らが超越存在へと成りかけていることを看破された。
薄々と自覚はしていた大翔であったが、つい最近まで銀狼だったリーンに指摘されてしまえば、もはや現実逃避はできない。
何故ならば、リーンは恐らく誰よりも超越存在に近い視点を持っている存在だからだ。
長い時間、冬の眷属として活動をしていたリーンは、存在の格が極めて高い。人間として権能を扱うソルよりも、眷属そのものとして活動をしていたリーンの方が、超越存在の影響を深く受けている。
そんなリーンが看破したことならば、ほぼ間違いなく事実なのだ。
けれども、事実であると理解したからといって、現実は好転しない。
超越存在に成りかけていると確信を得たところで、一体、何ができるだろうか?
その場で大翔にできたことは、『なんでもする』と捨て身の償いを約束しようとするリーンを必死で宥めることぐらいだった。
ただでさえ、元々絶望的な状況だったというのに。それがようやく改善され、世界救済へと明確な希望が消えて来た最中だったというのに。
ここでさらに、『勇者が超越存在に成りかけているので、もしかしたら全部無意味になるかもしれません』なんて絶望を追加されてしまえば、流石に大翔といえども辛い。
辛いが、今更世界救済を辞めようなどとは思えず、シラノやソルという仲間たちを見捨てて逃げるような真似もできない。
従って、大翔はボロボロのメンタルを引きずりながらも、仕方なく前向きに対策をしようと行動を始めたのだった。
具体的にはまず、自分にとって一番『耳に痛い諫言』をしてくれる協力者を頼ることにしたのだ。
「はぁ……じゃあ、遠慮なく言うけれどね? シラノよりも先に私へ相談に来た時点で、既に駄目だと思うよ。普段、相棒なんて言い合っている仲なら、まずは誰よりも先に、シラノに相談するべきじゃなかったのかな?」
「うぐっ」
そして、大翔の望み通り、志乃は一切の遠慮なく諫言を告げている。
「偽善的な君のことだ。大方、『折角、希望が見えて来たところで辛い現実を教えたくない』などと考えたのだろう? そのために、私と会話することで情報と気持ちを整理することを選んだんだろう? ああ、間違いじゃあないさ、間違いではない、正しいよ。でも、相棒としては駄目だね。まったく、シラノがあんなに君のことを信頼しているというのに、君は傷つけることを恐れて、その信頼を踏みにじったんだ。あーあ、可哀そうに。シラノはショックだろうなぁ。だって、君の相棒のつもりだったんだもの。本当だったら、私という余計なクッションを挟まずに、一番に相談して欲しかっただろうに。これはもう、あれだね。解散の危機かもしれないね? 君のような駄目人間なんてもう見捨てて――――シラノはそんな情が薄い子じゃありませんっ!!!」
「あの、志乃? 志乃さん???」
とはいえ、超然とした雰囲気を纏っていようが、志乃も人間だ。外見相応の少女だ。
いきなり『超越存在に成りそうなんだよね』と相談を持ちかけられてしまえば、多少なりとも混乱する。外面は意地で平静を装っているが、内心は『なんでだよ!』と叫びたくて仕方ないのが本当のところだ。
少なくとも、精神的な余裕は皆無であるため、このように珍しく思いのたけが漏れてしまったのだろう。
「げほっ、ごほん! あー、失礼。私も実は、衝撃の事実で動揺していてね?」
「そ、そっかぁ」
「ともかく、大翔君はシラノの信頼を裏切った。それは優しさではなく、君自身の臆病さによるものだと猛省して欲しい」
志乃は咳払いの後、努めて平静を装う。
内心は三十分間ほどずっと、大翔に対して文句をぶつけてやりたい気分ではあるが、そこをぐっとこらえて、(志乃にとっては)短い言葉でまとめることにしたのだ。
「ああ、わかった。俺はもうシラノに対して隠し事なんてしない。いや、遅いかもしれないけど、今からシラノに話して――」
「まぁ、待ちたまえ」
ただ、それはそれとして、大翔の行動が間違いとは言い切れないことを志乃は理解している。
志乃が知る限り、シラノはとても真面目で、(志乃からすれば)ほんの少しだけ不器用な性格の持ち主だ。
突然、相棒である大翔からこのような相談を受ければ、『まともに言葉を紡げないほどに混乱してしまう』ことは確実である。
――――というよりも、『そうなった』ので、時間を稼ぐ必要が生まれたのだ。
「大翔君。自分の非を認めてすぐに行動に移せるのは、紛れもなく君の美点だろう。しかし、柔軟さが足りない。君がシラノに対して不義理をしてしまった事実は変わらないのだから、もはや急ぐ意味は薄れてしまっているのだよ」
「……でも」
「無為無策な突撃でシラノを混乱させるよりも、今、私と言葉を交わして、少しでも有意義な情報を得てから行動した方がいいんじゃないかな?」
「…………それは、確かに」
賢人の如き超然とした語りかけに、大翔は納得して頷く。
今の行動は誠実さに欠けたものだったと。自分の失点を取り返そうと、更に無様を重ねる行動だったと、深く反省した。
「理解して貰えたのなら、まずは情報整理から始めよう。頭の中で理解していることでも、口に出して誰かと考察を交わせば、新たな事実を見つけられるかもしれないよ?」
頷き、項垂れる大翔の肩を叩き、志乃は明るく提案する。
とある事情による時間稼ぎ、という切実な事情を顔に出さないままに。
●●●
超越存在に成りかけている原因は?
「聖火の権能を使い過ぎたのが不味いと思う。呪いの浄化や、残滓を焼き払う程度だったらどうにかなったけど、真正面から銀狼の権能をぶつかったのが不味かったね。あそこで確実に、境界線を踏み越えたって自覚があったもん」
魔法装備の影響は?
「師匠――ロスティアの作品は問題ないよ。『アマテラス』も『銀灰のコート』も俺を害する要素は無い。むしろ、その装備のお陰で安定している面もあると思う」
権能の使用による超越存在化の進行は?
「化身や銀狼みたいな上位眷属を相手にしない限りはなんとか停滞が続くと思う。魔法装備のおかげで負担が減っているし、普段使い程度だったらいくら使っても問題ないから、安心してほしい」
魔法装備で安定しているということは、それを身に着けていなければ、超越存在化は進んでいくのだろうか?
「いいや、そうでもない。そもそも、超越存在に成りかけている自覚はあるけれど、今すぐにそうなるってわけではないんだよ。感覚的な話になるんだけど、このまま何もしなければ、俺が超越存在に成り果てるのは、少なくとも百年……千年? それぐらいの長い年月を経た後だと思う。ゴールは定まってしまったけど、そこに至るまでの道のりは凄く長くて果てしない、みたいな?」
ならば、緊急で対処しなければならない問題ではない?
「少なくとも俺自身はそう判断しているよ。明日明後日の問題になるなら、流石に真っ先にシラノやソルに相談しているって」
では、仮に『そういう問題』が起こるとしたら、それはどんな状況になるだろうか?
「うーん……例えばの話、超越存在化の侵攻を覚悟で上位眷属や化身と戦っても、そんな緊急事態にはならないと思うし。ほとんどの場合、世界を救うことに支障が起こるほどの問題は起こらないと思うけれど。でも、そうだね。俺が考える限り、そんなことが起こり得る可能性があるとすれば」
あるとすれば?
「何かとんでもないことが起こって、俺たちが超越存在の本体に抗うことになった時だろうね。でも、そんなのは杞憂というか――――空が落ちてくることを心配しても、どうしようもないよ、志乃」
以上、大翔と志乃による情報整理は終わった。
結論は『今すぐの問題ではないが、いずれ対処しなければならない』というもの。
「いやぁ、助かったよ、志乃。実際、超越存在に成りかけていると指摘された時は焦ったけど、うん。改めて情報整理してみれば、意外となんとかなりそうだよね」
少なくとも、大翔にとっては『まだ大丈夫』と幾分か冷静さを取り戻すものになった。
これなら世界を救うこと自体は問題ないだろう、と。
「…………」
その楽観に対して、志乃は危ういものを感じ取っていた。
普通の人間であれば、そう、かつて志乃と邂逅したばかりの大翔であれば、もっと落ち込むか動揺するはずの結論だった。
けれども、将来、世界を滅ぼす怪物に成り果てるという結論になっても、動揺せずに『世界を救える猶予はある』と安堵する様は、まさしく勇者だ。
聖人の如き自己犠牲の果てに、世界を救ってしまえるような『特別な人間』の考えだ。
それを大翔の成長と捉えるほど、志乃は楽観的ではない。
「ああ、本当によかった。これなら、シラノやソルの期待を裏切ることはなさそうだ」
心底安堵したように言う大翔の姿は、どこまでも平常だ。強がりや虚勢ではなかった。
確実に、過去の大翔とは異なる言動。冒険を経ての成長だけではなく、超越による心身の変化。
共に冒険をしていない志乃だからこそ、それを明確に感じ取っていた。
超越存在に成り果てるまでに猶予はあったとしても、その間に、佐藤大翔という存在は跡形も無く『違う何か』に変わってしまうかもしれない。
だが、それは志乃にとっては好都合で。
けれども、志乃が愛するシラノにとっては不都合な変化だろう。
「そうかい。それはよかったね、大翔君。じゃあ、そんな君に素敵なお知らせだ」
だからこそ、志乃はあえてその変化をぶち壊す行動を取る。
自己犠牲に溢れた特別な勇者ではなく、シラノが信頼した普通の男子高校生へと戻すため。
志乃は制服のポケットから、一つの携帯端末を取り出した。
「今までの話。実は最初からシラノに聞かせていたから」
「…………えっ?」
そう、ラジオと同様に、シラノが同期するために扱う端末を。
元々、志乃がシラノと連絡を取るために所持していた物を。
「あの、えっと、え? じょ、冗談だよね、志乃? だって、二人きりで話すって前置きもきっちりしたし。シラノにもきちんと了承して貰ったし。いやいや、嘘だよね? だって、それが本当だったら、俺はかなりシラノに対して格好悪いところを――」
『《大翔》』
「はい」
狼狽して言葉を重ねる大翔を、シラノが一言で制する。
その音声は紛れもなく、志乃の携帯端末から発せられていて。
『《これからお話があります》』
「…………はい」
姿勢を正した大翔へ、シラノからの処刑宣告が伝えられた。




