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第55話 ポイント・オブ・ノー・リターン

ひとまずはここまで。

続きは一か月から一カ月半後を予定しております。なお、努力目標です。

 場所は極北。

 かつて冬の結界により、閉ざされていた冬山。

 けれども今、そこは聖火と冬の権能の激突により、ほとんど禿山の如き悲惨な有様となっていた。草木はおろか、雪の一粒すらも残っていない。更には、山の一部は戦いの余波によって削れ、なだらかな荒野と化してしまっている。


「さて、と」


 そんな荒野で、大翔は『銀灰のコート』を纏っていた。

 姿形は平凡であり、特異なことは何もない。ミリタリー系に寄せた形はしているが、普通に店売りされても不思議ではないコートだ。

 だが、観察眼に秀でた者が目にすれば、すぐに異様であると気づくだろう。

 何故ならば、そのコートには数多の『不可解』が詰まっているのだから。


 例えば、コートの表面から零れる銀の雪。

 例えば、コートの周囲が時折、『停まってしまう』という、怪異現象。

 例えば、コート自体が持ち主の意志に応じて動く、謎の意思疎通。

 さながら、それは一着の服と言うよりは、『一体の怪物』と数えた方が良いほど、奇怪で強大な力に満ちていた。


「着心地は最高。能力の増大も好調。違和感はゼロ……うん、流石師匠だ。誇張でもなんでもなく、あの人以上の魔導技師なんて存在しないと断言できる」


 けれども、大翔はそんな『銀灰のコート』を平然と着こなしている。

 通常の人間ならば、触れただけで意識を失い、大魔術師ですら万全の準備が無ければ着ることも敵わないそれを、己の体の一部のように扱っていた。

 しかし、それも当然である。

 ロスティアが作り上げた『銀灰のコート』は、大翔のためだけのオーダーメイド。

 あらゆる要素は大翔のためだけに存在してあり、大翔を守護することはあれども、害することはあり得ない。

 ましてや、素材として使った冬の毛皮は、既に大翔の手によって調伏済み。聖火によって呪いを焼き払い、銀狼の恨みすらも弔った大翔は、間違いなく所有者足る資格がある。


「つまり、絶好調だよ、ソル。今なら、君が本気で追ってきても逃げ切れるかもしれない」

「戦えるじゃなくて、逃げ切れるかもしれない、ってところがヒロトらしいね」


 そして、『銀灰のコート』を纏う大翔が相対するのは、黒衣を纏うソルだ。

 既に、その右手には『夜の剣』を抜身で携えており、戦う準備が為されている。


「じゃあ、それが勘違いじゃないってことを証明してみようか」

「おうとも。少しは勇者らしいところを見せてやるぜ」


 ソルが愉快そうに笑い、大翔が頬を引きつらせながらも笑みで応じた。


 ――――次の瞬間、二人の勇者は互いに音速を越えた。


 繰り返し振るわれる、黒の剣閃。

 易々と大地を切り裂き、山を崩し、あらゆる防具を切り裂く斬撃の嵐。

 けれども、それは大翔を捉えられない。

 ロスティアの魔法装備による身体強化に、『銀灰のコート』が与える魂魄強化。二つが重なった結果、相乗効果により、大翔は世界最強クラスにすら及ぶ『速さ』を手に入れていた。


「面白い」


 僅か数秒の攻防により、荒野は崩壊寸前へと陥っている。

 それでも、ソルはまったく容赦などしない。むしろ攻撃的に笑みを深め、さらなる力を振るわんと黒衣を翻らせた。


「ナイフを千本」


 ソルの黒衣から生み出されるのは、無数の刃。

 周囲を覆い尽くすほどの刃の群れが、魚群の如き動きで大翔へと殺到する。

 数千年クラスのドラゴンを貫ける程度の攻撃力しかなく、『夜の剣』には遠く及ばない刃の群れであるが、数が合わされば足止め程度にはなる。

 そして、足が止まった隙に本命の一撃で切り伏せる。

 それがソルの必勝パターンの一つだった。


【『「停まれ」』】


 だが、その必勝パターンは大翔の言葉一つで崩される。

 『銀灰のコート』が持つ権能が一つ。

 停止の権能により、無数の刃は動きを止めた。運動エネルギーなどまるで考慮せず、出来の悪い映像編集のように、急停止させられたのだ。


【『「眠れ」』】


 次いで、大翔が言葉を告げると、『銀灰のコート』を中心として、世界が凍り始めた。

 足元からは霜がピキキキと音を立てて走り始め、空気中の分子すらも止まり、全てが凍り付いていく。

 そう、冬の女王の到来と同じように。

 大翔は今、世界の時間すらも凍り付かせる権能を行使していた。


「俺はそれを避け切れるほど体術に秀でてないからさ。悪いけど、外付けのチートで対処させてもらうよ、ソル」


 『銀灰のコート』が持つ権能が一つ。

 停止と双璧を為す、凍結の権能。

 それは、世界を焼く劫火ですら凍らせてしまうほどの力だ。


「ははっ、これはもう――――最弱なんて名乗れないよ、ヒロト!」


 けれども、ソルは怯まない。

 かつて故郷を凍らせた力を前にしながら、躊躇わずに踏み込み、『夜の剣』を振るう。

 己の中にある夜の因子。

 夜鯨の恩恵を凝縮させ、あらゆる存在を断絶する一閃を放つ。


「いや、ちょ――づ、ぐ、がぁああああああああ!!!」


 凍り付く世界すら両断する、黒の一閃。

 当然の如く避ける暇すらないそれを、大翔は驚愕の表情で受け止めた。

 停止と凍結。

 二つの権能を掛け合わせて、世界最強の必殺に抗う。


「ざっけんなぁ!」


 黒と白の拮抗は数秒間続き、やがて二つが相克されることによって決着した。

 ソルの必殺の一撃を、大翔が凌ぎ切ったのである。

 もっとも、顔面蒼白である上に、全身から嫌な汗が流れ出るという満身創痍の状態ではあったが。


「装備の! 試運転中に! というか、訓練で! 必殺技を放つ奴がどこにいる!?」

「でも、ヒロト。訓練中にできないことは、本番でも大体できないよ?」

「一理あるけど、一理しかない理屈はやめろぉ! 練習するんだったら、せめて予告しろ! もう少し威力を絞れ! なんだあの、凍った世界すら両断する一撃は!?」

「でも、ヒロト。君はその一撃を不意打ちでも防ぎ切ったんだ。存分に誇っていい」

「良い笑顔でサムズアップするんじゃねぇ! もう少し反省しろぉ!!」


 権能同士がぶつかり合う、壮絶極まりない破壊の後。

 しかし、その中で二人の勇者は騒々しく言葉を交わし合う。

 神話の如き戦いを繰り広げた後で、こんなものは日常の一部に過ぎないとばかりに。


「いやぁ、僕は嬉しいよ、ヒロト。君の防御性能が各段に向上したおかげで、僕自身も遠慮なく訓練できそうだし」

「遠慮はなくても良いけど、手加減はしろよ!? さっきの一撃がフェイントを織り交ぜて放たれると、俺は死んじゃうんだからな!?」


 元農民と元一般人の勇者は、破壊を振りまく訓練を続けるのだった。



●●●



 『銀灰のコート』の試運転は問題なく行われた。

 大翔による権能に使用も、疲労感を覚えても心身に害を及ぼさない。リーンのように、銀狼へと変貌する様子も見られない。

 何より、防御と回避に限定はされるものの、大翔へ世界最強クラスと渡り合えるだけの能力を与えるのだ。

 間違いなく、大翔たちの要望を満たすに足るだけの性能があった。

 ソルやシラノですら、これならば絶対に冬の女王の『じゃれつき』を凌げるだろうと太鼓判を押すほどである。

 そう、それほどまでに『銀灰のコート』を纏った大翔は、『権能使い』として圧倒的な性能を誇るようになっていた。


『《いやぁ、嬉しい誤算がありましたね! 大翔がまさかこんなに動けるようになるとは。これで『攻略ルート』を考えるのも大分楽になりますよ!》』


 シラノが『銀灰のコート』の試運転後、いつになく浮かれた様子で大翔を褒めたのも、無理はない行動だっただろう。

 その後、すぐに『《……ごほん! あー、ちょっと異能に集中するので留守にしますね?》』と通信を切ったのも、明らかに照れ隠しだった。

 いつもは感情を制御し、努めて平静であろうとするシラノがはしゃいでいた。


『《ええ、本当にあと少しなのです。あと一つ。あと一つの冒険を乗り越えれば、ようやく私たちは世界を救うためのスタートラインに立てるのです》』


 その理由は、通信を切る間際、小さく呟かれた言葉が示している。

 駄目元で始めた、世界救済の旅。

 それがようやく実を結ぼうとしているのだと。

 もうすぐ、使命を果たすことができるのだと。

 ――――従って、『見落とし』があったことを責めるのは、あまりにも酷だろう。



「……ふぅ。ようやく一息つけた」


 大翔は談話室のソファーに倒れ込み、そのまま行儀悪く横長に体を伸ばした。

 普段ならば、従者という立場上、滅多にやらない行い。

 けれども今、それを咎める屋敷のハウスキーパーたちは居ない。祝祭後、屋敷の主であるロスティアが休暇を申請させたため、屋敷に残った従者兼弟子は、大翔とミシェルのみ。そのミシェルもまた、弟子になった興奮が冷めていないのか、地下の工房に籠って創作意欲を発散している。

 そして、師匠であるロスティアも試運転を経たデータを踏まえて、『銀灰のコート』の最終調整中だ。しばらく工房から戻って来ないだろう。

 ソルとイフは、大翔の活躍に刺激されたのか、屋敷の庭先で剣術の訓練中。大翔の護衛として周辺を警戒しつつも、大翔の言葉や仕草を拾おうとはしない。

 シラノは成長した大翔の要素も考慮して、残り一つの冒険、ひいては超越存在との対話を上手く行かせるため、異能をフル活用中だ。通信を遮断し、千里眼によって最善の攻略ルートを模索している。

 つまり、今の大翔は一人きりで休暇を満喫しているモードに入っていた。


「はぁあああああ……いや、本当に今回ばかりは駄目かと……でも、まぁ。なんとかなったし、後はもう少しだけらしいし…………きっと」


 ぶつぶつと弱音交じりの独り言を呟きつつ、大翔は心地よい疲労感に身をゆだねようとする。


「ん?」


 ただ、目をつむった瞬間、何かの違和感を抱いたので、眠気を意識的に強制遮断。ソファーから素早く起き上がり、周囲を見回す。敵意や悪意どころか、周囲からは怪しい物音も聞こえなかったが、それでも慣れ切った動作で周囲を警戒し――――見つけた。


「あらら」


 そろそろと、音も無く大翔に忍び寄ろうとしていたリーンの姿を。

 パーカーにジーンズという如何にもラフな私服姿でありながら、衣擦れの音すら発生させない隠形は、紛れもなく超一流のもの。

 しかし、今の大翔はやたら勘が冴えている所為か、あっさりとリーンを見つけることができたのだ。


「バレちゃいましたわ。獲物に忍び寄る技術には自信があったのですが」

「いや、偶々ですよ」


 バツが悪そうに苦笑するリーンへ、大翔は慰めの言葉をかける。

 実際、妙な勘の鋭さで違和感を抱かなければ、リーンの隠形には気づけなかっただろう。恐らく、至近距離で凶器を構えていたとしても、普段の大翔ならばまったく気づかない。

 長いブランクがあろうとも、リーンは紛れもなく超一流の狩人なのだから。


「それと、敬語はよしてください。師匠の姉さんから敬語を使われると、複雑な心境になるので。もう、互いにラフで語り合いませんか?」

「んー、じゃあ、勇者様からお願いしても?」

「……堅苦しいのは今後、無しにしようぜ、リーン」

「ええ。それじゃあ、遠慮なく。これからは友達以上恋人未満のノリでトークしていくわぁ」

「やけに具体的な関係性だね!?」


 軽快に言葉を交わし合った後、リーンはそっと大翔の隣へ座る。

 ソファーの背もたれに体重の半分を預けながら、もう半分は大翔の体に預ける形で。控えめに言っても、恋人同士みたいな距離感で大翔の隣に座っている。


「あの、リーンさん?」

「呼び捨てでいいのよ?」

「そちらが俺を名前で呼んでくれるのなら」

「気軽に呼び捨てにしてくださいな、ヒロト様?」

「……できれば様付けされるのも、こう、違和感があるんだけど?」

「ごめんなさい、こればかりは譲れないわぁ」


 だが、大翔に寄りかかりながらも、リーンの意志は揺るがない。

 その上、言葉には悲痛さすら籠っている。


「だって、貴方に対する負債を返しきるまで、私に貴方を呼び捨てにする権利はないもの」


 寄りかかる動きも、恋人のそれとはまるで異なっている。最初は恋人同士のような距離感で近づいたリーンはけれども、今はまるで縋りつくかのように大翔に触れていた。

 そう、まるで自分の身代わりに死んでしまった誰かを悼むような姿で。


「いや、そんなに気負われなくても。これは師匠と俺の取引――」

「足りないわ」


 そんなリーンへ気遣いの言葉をかけようとする大翔が、それは途中で切り捨てられる。

 大翔の脳内にあった、とある真実を隠すために並べ立てようとしていた言葉すらもまとめて。悲痛な声は、全部切り捨てたのだ。


「…………」

「足りなくなってしまったの」


 何か上手い言い訳を考えようとする大翔の肩を掴み、リーンは自分と向き合わせる。

 瞳が震え、涙が零れそうな顔でリーンは、大翔と見つめ合う。

 己の罪と、大翔が背負った代償を明らかにするために。



「貴方が私を救うために、『境界線』を踏み越えてしまったから」



 絶望に相応しい言葉を紡いだ。


「………………ああ、うん」


 悲痛な覚悟と共に紡がれた言葉に、大翔は苦笑で応える。


「知っているよ」


 全て承知の上だったと。

 銀狼と死闘を繰り広げた時にはもう、覚悟を決めていたのだと。

 そもそもの話、『平凡な自分が権能なんて使って、何も代償を支払わずに済む』なんてことはあり得ないと、ずっと前から理解していた。


「でも俺は、勇者だからさ」


 何もかもを理解した上で、大翔はその道を進んだのだ。

 だから、苦悩はあったとしても後悔はない。

 後戻りできないと知りつつも、大翔は限界を超越することを選んだのだから。


 故に、ここから先、大翔は何があっても勇者であろうとするだろう。

 例え、その道の果てに待っているのが、『小さな約束』すら果たせない、無惨な末路だったとしても。

 ――――自分が超越存在に成りかけているとしても。

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