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第53話 祝祭

 銀狼は冬を越えて。

 灰色の巨人は弔われて。

 悪意の影は過ぎ去った。

 つまりは、戦いは終わったのである。


 ――――とはいえ、大きな戦いの後にはお決まりのものが残っている。

 それは、とても面倒で。

 けれど、とても大切で。

 きちんとやり遂げなければいけないもの。

 後始末。

 そう、大きな戦いの後には、それに見合う後始末をしなければならなかったのである。



●●●



 ロスティアとリーンの再会を見届けた後、大翔は緊急入院をすることになった。

 ただ、いきなり血を吐いて倒れたわけでも、頭が『ぱぁん』と弾けたわけでもない。単なる検査入院である。


「いや、あの、大げさじゃない?」

『《一度死んだ人間は文句を言わないでください》』

「でも、体調としてはむしろ良いぐらいで――」

『《黙れ》』

「はい」


 大翔からは検査入院は大げさだという意見もあったが、ガチギレしたシラノの言葉によって封殺された。

 どうやら、自分の見ていないところで大翔が死んだことに対して、かなりの怒りを抱いているらしい。

 もっとも、その怒りの大半は大翔を一人にしてしまった自分自身のふがいなさに対する怒りだ。大翔に対しては、怒りよりも心配が上回っている。

 だからこそ、『問題なし』と病院の医者たちに太鼓判を押されるまで、大翔を病院から一歩も外に出さない構えだったという。



「弟子よ、挨拶周りに行くぞ」

「はい?」


 そして、無事に退院した大翔を迎えたのは、ぶっきらぼうな口調のロスティアだった。

 ただ、いつも通りを装ってはいるが、ロスティアの姿はいつもよりも明らかに小奇麗である。髪型はきっちりと整えられて、服装も上等なスーツ。纏う香りは、主張しすぎない程度の柑橘系。そう、ロスティアはとてもお洒落した状態で大翔を出迎えたのである。


「どうしたんですか、師匠? そんな綺麗な姿で」

「…………ふん。忌々しいことだが、今回のことで都市外の諸国に出向かなければならない。何せ、世界の存亡をかけた戦いの結末だ。いくら面倒だったとしても、ある程度、この世界の権力者どもにも説明しなければならないのだ」

「なるほど。だから、いつもと違う気合の入った姿だったんですね!」

「………………ああ」


 諸国の権力者への挨拶周り。

 如何にも面倒極まりない後始末であるが、大翔としては納得していた。だから、いつもの洒落っ気を極限まで削ぎ落した姿ではなく、小奇麗に飾っているのだと。

 しかし、実際のところ、ロスティアにはそういう常識という者は皆無であり、諸国の権力者の前にも化粧無しで顔を出すような感性の持ち主である。

 つまり、今の姿は理由を付けて、大翔から『綺麗』と言われたい乙女心をとても面倒な形で包み隠した状態であるが、流石の大翔といえども気づけない。自分に対して、そこまで好感を持たれているとは思わない。


「えーと、それはやっぱり俺も行かないと駄目な感じですか?」

「駄目な感じだ。とても駄目な感じだ。だってお前は、この世界を救った勇者だぞ?」


 むしろ今は、それよりも権力者に対する挨拶周りのことで頭が一杯だった。

 基本的に大翔は小市民なので、勇者という肩書を持っていたとしても、権力者と会うのはとても緊張する。可能な限り、王様とか大統領とか、そういう偉い人とは会いたくないのだ。


「言葉にされると凄い違和感ですけど、うん、まぁ、間違ってはない……かな?」

「そんな功労者が顔を出さないとなると、『あれ? なんかある? え、うちの国って勇者に何か悪いことした?』みたいな懸念を抱かれることになるぞ」

「うげぇ」

「まぁ、どうしても嫌だというのなら、師匠として私がどうにかしてやるが?」

「…………いえ、是非とも御同行させていただきます」

「おい、どうして私の気遣いの言葉で覚悟を決めた?」


 しかし、その結果、余計な火種を生む可能性は見逃せない。

 具体的に言えば、明らかにコミュニケーション能力に欠けるロスティアに事情を説明させて、権力者たちから悪感情を抱かれることは避けたい。

 従って、大翔は渋々ではあるが、ロスティアの挨拶周りに同行することになった。


『《…………二千年近く生きているのに、今更とか》』

「おい、弟子。お前の相棒が私に敵意を向けている」

「ん、ああ、シラノは不器用ですからね! 大丈夫、敵意はあっても悪意はありませんよ、多分!」


 挨拶周りの間、妙にシラノからロスティアに対する当たりが強かったが、それ以外に問題は起こらない。むしろ、発生しようがない。

 何せ、挨拶周りには大翔の護衛としてソルも付いていくのだ。

 しかも、ソルは過去に傭兵として活動していた時、『偉そうにしている奴』が嫌いになるような出来事があったらしく、終始不機嫌。そのため、世界最強クラスの護衛が常に、場の空気を制圧しているという、相手からすれば地獄のような挨拶周りになったのである。


 ロスティア一人だけならば、灰色の巨人の復活に関して、多少は『政治的な交渉』を行うかもしれないが、流石にこの状況でそんな真似ができるほどの余裕はない。

 従って、諸国の権力者に対する挨拶周りは、本当に挨拶と単なる事実確認だけで終了することになった。


「ふぃー、思ったよりもあっさり終わってよかったですね、師匠」

「ああ、お前らのお陰でいつもよりも楽だった……じゃあ、次だな」

「えっと、あー、作戦成功を祝っての打ち上げとか?」

「間違ってはいないぞ。まぁ、打ち上げの規模は都市全域だが」

「……お祭りですか?」

「祝祭だ。恐らく、今後も続く伝統になりそうだからな。街の役人を集めて、色々と話し合わなければならん……そして、当事者の意見は貴重だ」

「あ、はい。この後も付き合わせていただきます」


 ただ、挨拶周りが終わったとしても、まだまだやるべきことは残っている。

 師匠であるロスティアと共に、封印都市の役人との祭りの会議。それに伴う、様々な会議。事前の打ち合わせ。その間を縫って、ミシェルへ礼を告げるための外出。冬の毛皮の状態を研究機関で検査。復活したリーンの処遇についての話し合い。

 そう、大翔は祝祭が開始される一週間後まで、とても忙しい日々を送ることになるのだ。

 勇者として、世界を救った後の責務を果たすために。



●●●



 祝祭は厳かに。

 灰色の巨人という、憐れで恐ろしい存在への鎮魂として。


 祝祭は華やかに。

 神話の英雄にして、ロスティアの姉。リーンの復活を歓迎して。


 祝祭は騒々しく。

 誰一人欠けることなく、世界の危機を越えたことを感謝して。


 三日三晩、祝祭は続けられることになった。



「うぉおおおおっ! ロスティア様ぁ!」

「おめでとう、ロスティア様!」

「ありがとう、ロスティア様!」

「ヒロト! 異邦の勇者よ! 停滞を焼き尽くす者よ!」

「灰を弔う聖者!」

「この世界に来てくれてありがとう!」

「リーン様ぁ! こっち向いてぇ!」

「うう、尊い……姉妹の再会……尊すぎる……」

「あははははっ! なんかもう、今日は朝から酒を飲むしかねぇな!」

「肉を食おうぜ、肉ぅ!」

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど、流石だよな」

「勇者なんて眉唾だったけどさぁ」

「やはり、ロスティア様は偉大なる師! ヒロトという勇者を見出した観察眼は、我々も見習わなければ!」

「えー、ケバフー。ケバフはいりませんかー? 勇者様の大好物のケバフですよぉー」

「うふふふっ、勇者様の血を飲んだ吸血鬼とか、歴史に残りそう」

「いやぁ、学園でもヒロトって勇者は、誰にも優しくてさぁ」



 祭りの喧騒が続く間、大翔、ロスティア、リーンの三人はひたすら愛想を振りまきながら、周囲の歓声に応える作業が続いた。

 流石に、三日三晩休むまずというわけではなく、途中で休憩時間を何度か挟みつつではあったのだが、それでも主役である三人は気が休まらない。

 封印都市の住民たちの握手に応じたり、突如として来訪した、他国の王族との挨拶。大魔術師と呼んでも過言ではない人物たちから、感謝を込めた贈り物。それを警戒しつつも笑顔で受け取り、その場で『うわぁ、なんて凄い品なんだ!』ときちんと喜びを表現する。

 その他、数えきれないほどの雑事はあったが、三人はなんとか最後まで乗り切ることができたのだった。


 一人だけならば、確実に途中で逃げ出していたかもしれない。しかし、三人揃ってしまえば、それぞれの立場の意地があるのか、とても周囲に優しくなれる時間が持続するようになっていたのだ。

 結果、祝祭は近年稀に見ないほどの大盛況で成功を修め、灰色の巨人の出現によって怯えた人々の精神は十分に慰撫されることになった。



「ロスティアに勇者様、お疲れ様だったわねぇ」

「……師匠。どうしてリーンさんは、俺たちと同じことをやっていたのに、平然としているんですかね?」

「体力。うちの姉はほら、英雄クラスの体力お化けだからな」

「んもぉー、失礼ねぇ? 私は生真面目な二人と違って、力の抜き方を心得ているんですぅー」


 そして、三人がようやく休めるようになったのは、祭りの後。

 封印都市の住民たちが、誰しも祭りの喧騒を引きずって疲労している朝。祭りを惜しむような寂しさが、静寂として現れている時間帯。

 忙し過ぎて、まともに食事を取れていなかった三人は、ロスティアの屋敷で揃って朝食を迎えることにしたのだ。


「ほらほら、ご飯を作ってあげたんだから! いつまでもテーブルに突っ伏していたら駄目よ、二人とも!」

「むむぅ……わかったよ、姉さん」

「あら? リーンお姉ちゃん、じゃないの?」

「…………私にも立場とプライドがある」

「うふふふっ、そうね。からかってごめんなさい」


 長い年月を経て再会した姉妹は、朝日が差し込む食堂で、和やかに言葉を交わす。

 いつもよりも柔らかな口調のロスティア。

 ロスティアの成長を喜び、張り切って働こうとするリーン。

 この姉妹のやり取りは、大翔にとって邪魔をしてはならないものだと考えていた。だからこそ、今更になって遠慮がちに提案する。


「ええと、二人とも。どうせだったら、俺が居ない方が姉妹水入らずで――」

「「却下」」

「ああもう、姉妹らしさが溢れるハモった即答」


 しかし、その提案は姉妹によってあっさりと却下されてしまう。

 どうやら、姉妹は大翔を全く邪魔に思っていないらしい。

 むしろ、そんな提案をした大翔を逃がさないように、姉妹できっちりと両腕をホールドする程度には、この場に必要な存在だと思っているのだ。


「逃げるな、弟子。冷静になると、久しぶり過ぎて何を話していいかわからなくなる」

「逃げないでね、勇者様。貴方が居ないと、ロスティアちゃんが寂しそうなの」

「…………まぁ、お二人が望むのなら」


 かくして、大翔は姉妹と共に食事を取ることになった。

 姉妹の会話は、主にリーンがロスティアに多くを訊ねる内容である。

 自分が居ない千年以上の長い時間。一体、どのようなことがあったのかと、楽しそうに問いかけるのだ。

 ただ、ロスティアは千年以上生きていたとしても、コミュニケーション能力が皆無の拗らせ美女。長い時間を生きて来た割には、大分薄い内容しか答えを返せず、途中で黙り込んでしまうこともしばしば。

 そういう時、弟子である大翔に視線を向けて、露骨に助けを求めてくるのだ。


「そういえばロスティアちゃん。勇者様以外のお弟子さんたちは、どこにいらっしゃるのかしら?」


 そう、例えば、こんな時。

 期待に満ちた目を向けながら、リーンがロスティアへ弟子の所在を訊ねた時などは、かつてないほど『助けて欲しい』という気配を発していた。

 どうやら、リーンの中ではロスティアは『とても凄くて、誰からの尊敬する魔導技師』という立場の印象が強く、ならば当然、弟子もたくさん居るだろうと思っていたらしい。

 そんな視線を、愛しい姉から向けられてしまえば、流石のロスティアも『そこの弟子一人だけです』とは言いだしづらいだろう。


「いや、リーンさん。ご期待のところ申し訳ありませんが、今のところ、弟子は俺一人だけなんですよ。とはいっても、特例みたいなものですけどね?」

「特例?」


 故に、大翔はロスティアからのヘルプを自然に請け負った。


「ええ。何せ、師匠はこの世界で最も偉大なる魔導技師なんです。昔はともかく、今では軽々と弟子を取ってしまうと、周囲の政治的なパワーバランスにも影響がありましてね?」

「まぁ、それは確かに大変ですねぇ」


 それはもう、さも当然のように『嘘ではない事実』を並べ立てながら、『今は弟子が少ないんだよなぁ! 残念だなぁ!』というリアクションをして見せたのである。

 恩人である大翔からそのような説明があれば、リーンは何の疑いもなく信じるだろう。

 まさしく、弟子として完璧な仕事だと、ロスティアは大翔の働きぶりに感激していた。祭りの最中、何度も『大翔を弟子にしてよかった』と思ったが、今回は一際の想いだった。


「ですが、ご安心を。つい最近、ようやく師匠の弟子に相応しい人が来てくれましてね? 今は見習い従者として働いてもらっているんですけど、そろそろ正式に弟子にしてもおかしくないぐらいの腕前の持ち主なんですよ……そうですよね、師匠?」


 とはいえ、大翔との師弟関係はあくまでもギブアンドテイクが基本だ。

 度重なる便利使いの意趣返しとして、このように言質を求められてもおかしくない。


「む、それは……」


 大翔からの意趣返しに、ロスティアは反射的に何かの言い訳を考えたのだが……口に出すよりも前に、その考えは霧散する。

 愛想よく微笑む大翔の顔。

 期待に満ちたリーンの顔。

 この両方を眺めていたら、なんだか訂正するのも馬鹿らしくなったのだ。


「あの子が試験に合格したら、考えておこう」


 だから、ロスティアはようやく一歩目を踏み出す。

 無意味だからと否定していたことに意味を見出して。

 ロスティアという魔導技師は、この時ようやく、教え導く者として歩み出したのだ。

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