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第51話 嵐が来る

 種明かしをしてしまえば、黒幕が持つ異能は『運命の観測と干渉』である。

 運命。

 それは黒幕にとって、川の流れのようなものだった。

 強い力を持つ者は、それだけ強い水流を持ち、多くの存在へと影響を与える。

 力を持たない者の水流は弱く、易々と他者から流れを変えられてしまう。

 そして、黒幕にはある程度、その川の流れを操作するような真似が可能だった。


『お前のそれは、蝶の羽ばたきで台風を起こすようなものだ』


 かつて、黒幕の最も親しい友人――朝比奈久遠からは、そう称された運命干渉能力。

 それはシラノの未来操作よりも遥かに迂遠で、けれども、だからこそ強固だ。

 その者が持つ『流れ』に逆らわず、少しだけ流れる方向を誘導してやれば、ある程度の範囲では運命に干渉することが可能なのである。


 例えば、超越存在を二体ほど、自分の世界に招き入れたり。

 例えば、親愛なる朝比奈久遠の隙を突き、敗北を決定づけたり。

 例えば――――佐藤大翔という最弱の勇者に、死を決定づけたり。


 だから、何も問題は無かったはずなのだ。



「そんなわけがない」


 自らが放った『魔弾』が易々と弾かれた時、黒幕は愕然とその場に立ち尽くした。

 早く逃げなければ、恐ろしい護衛が息の根を止めに来ることは理解している。だが、それでもなお、黒幕にとってそれは、衝撃的な出来事だったのだ。


「久遠さん以外に、私の異能が破られるわけがない」


 運命を観測し、決定付ける異能。

 使い勝手が悪く、忌々しさすら感じる異能ではあるが、黒幕はこの異能に関しては自信を持っていた。諦め、と呼んでも良いかもしれない。

 自らが決定づけた運命は覆らない。

 例外があるとすれば、絶大なる『運命力』を持つ朝比奈久遠のみ。

 だが、もう朝比奈久遠は退場させてある。いずれ来る終末の時まで、特等席で休ませてあるのだ。干渉なんてしてくるわけがない。

 従って、黒幕が決定づけた死の運命を大翔は覆せない。

 ――――そのはずだったのだ。


「あり得ない! そんなことはあり得ない! あり得ないのに…………待て、待ってください。『あり得ない』? だったら、そもそもの話…………」


 驚愕に染まる黒幕の脳裏に、冷静な理性が忍び寄る。

 唯一、運命を覆せる存在、朝比奈久遠。

 その朝比奈久遠の干渉によって、勇者となった佐藤大翔。

 そう、そもそもの話――運命を観測する黒幕ですら、絶対にあり得ないと考えていた『異常事態』が起こり、大翔は勇者の資格を得ているのだ。

 ならば、こうは考えられないだろうか?

 その時から既に、運命は覆され始めているのだと。


「う、うううっ」


 兆候は既にあった。

 本来、大翔は狙撃を受ける前に死ぬ運命だったのだ。冬の結界の内部で、銀狼という怪物に肉体を噛み千切られて。

 事実、大翔は一度、銀狼によって殺されてしまっているのだが、黒幕の観測範囲ではそれを知らない。ただ、何故か銀狼を解呪して、生き延びている大翔が居たから、予備プランとして用意していた狙撃を行う羽目になったのだ。

 つまり、その時から既に異常は始まっているのである。


「な、なんで? いや、いやいや、待って? それは『何』だ!?」


 そして、黒幕はようやくその異常を観測することができた。

 運命。

 本来、あるべき物事の流れ。水流の如き法則。

 それが、大翔を中心に狂い始めていることを。

 川は氾濫し、流れは狂い、暴風の如き理不尽な例外が運命を崩壊させる。


 朝比奈久遠による勇者指名。

 ミシェルとの契約による死からの復活。

 二つのあり得ない例外が重なった時、それは運命という法則にとって致命傷となった。

 さながら、堅牢なるダムが小さなひび割れ一つから崩壊が始まるように。

 運命を覆す嵐が、大翔を中心として吹き荒れようとしていた。


「待て、待て待てぇ! おかしい! おかしいぞ、それは!?」


 異能を覆される驚愕。

 今まで生きて来た価値観が破壊されるような恐怖。

 その二つに精神を削られながらも、黒幕の理性は冷静だった。

 無数の灰色の腕を掻い潜り、今こそ巨人を焼き払わんとする大翔の姿を観測しながらも、まだ冷静さを保っていた。


「運命はともかく! 大翔もシラノも! 私の狙撃は観測できない! そのはずだ!」


 だからこそ、矛盾を指摘する。

 運命を抜きにした、あり得ないはずの所業を指摘する。

 大翔が偶然ではなく、明らかに狙撃を予測して『魔弾』を弾いていたことを。


「何をした!? 一体、何を――」


 しかし、その指摘は届くことはない。

 黒幕へ疑問の答えが返ってくることはない。

 何故ならば、そんな余裕など、これから先の黒幕には訪れないのだから。


「やぁ、久しぶり。死ね」


 黒剣を振るう勇者――ソルが、黒幕の下へと辿り着いてしまったのだから。



◆◆◆



 種明かしをしてしまえば、大翔が黒幕の狙撃を防げた理由は存在する。

 そして、その理由はとてもシンプルな物だった。

 ――――見えていたのだ、狙撃を行う黒幕の姿が。


「っだぁ! あっぶない! 本当あっぶない! ギリギリ、この『異能』で感知することができてよかったよ!」


 黒幕からの狙撃を防いだ大翔は、無数に伸ばされる灰色の手の中を疾走する。

 縦横無尽。

 あらゆる角度から、当然、死角からも掴まんと伸ばされる手を、大翔はノールックで回避し続けていた。

 まるで、最初から灰色の巨人の動きが分かっていたかのように。


「本当に、相棒の策のお陰で助かった」


 首筋には冷や汗を。

 口元には引きつった笑みを。

 死の恐怖を感じながらも、虚勢を張りながら大翔は巨人の頭部を目指す。

 ――――千里眼。

 シラノから貸与された異能に導かれて。



『《今から私は、大翔とより深く同期します。貴方の精神と結びつき、私の持つ異能を貸与します。そうすれば、タイムラグ無しで最善のルートを駆け抜けることができるでしょう。ただ、私の異能は使い過ぎると廃人になってしまうので、くれぐれもお気を付けて》』



 今までの同期とは異なる、遥かに深い同期。

 精神をそのまま捧げるようなシラノの献身を経て、大翔は一時的に千里眼の異能を得た。

 過去。現在。未来。三つの時間軸を観測することが可能な異能、千里眼。

 もっとも、今の大翔ではいくらシラノによる献身があろうとも、観測できるのは現在と直近の未来のみ。それもかなり不安定な代物だ。

 とてもではないが、シラノが行う精度とは比べ物にならない。


「よし、見える……見えるぜ、勝利へのルートが――っとぉ!? 危なかった! 聖火で焼き払わないと危なかった! はい、調子に乗ってすみません! マジで気を付けます!」


 従って当然、大翔の回避運動も割とギリギリのルートだ。最善とは呼び難い。

 ただし、その代わりとして――――大翔が扱う千里眼には、制限が無い。

 勇者の資格を持ち、聖火を身に宿す大翔は、最弱の勇者なれども存在の格は高い。超越存在が作り出す化身と、ほぼ同格の反則存在だ。

 だからこそ、『格上は観測できない』という制限が取り払われて、黒幕の存在を認識することができていたのである。

 狙撃を防いだのも、灰色の巨人の動きを予測できるのも、全てそのおかげだ。


「うし、それじゃあ油断も消えたところで」


 シラノが大翔を信頼し、異能を貸与すると決めたおかげだ。

 だからこそ、大翔は最弱の勇者でありながら、巨大なる理不尽へと挑めるのである。


「――――しぃっ!」


 鋭く呼気を吐き、大翔は己の精神を研ぎ澄ます。

 空を駆け上がる足は止めずに、より深く、シラノが貸与してくれる異能――その精神と同調し、同期し、神髄を引きずり出す。

 たった数秒間の死線を潜り抜けるために。


「行くぜ、相棒」


 呟いた言葉に返事は無い。

 答えなんて最初から求めていない。

 シラノは異能貸与のため、意識を失った状態で大翔と同期している。大翔の動きを邪魔しないために、余計な思考を閉ざしている。

 故に、それは己の覚悟を示すための言葉だ。


「づ、あ」


 イソギンチャクの触手にも似た無数の手の群れ。

 大翔はそこへ突っ込む。

 躊躇いはしない。その先にしか巨人の頭部は存在せず、遠回りなんてできないのだから。


「お、ご、ぐ、う、ああ、ああああっ!」


 聖火を纏い、緋色のマフラーを振り回す。

 そんな大翔の姿はきっと、とても格好悪いだろう。自分が作った魔法装備、『緋色のアラクネ』は、師匠であるロスティアの作品とは比べ物にならないほど未熟な出来だ。もう少しマシな腕ならば、『アマテラス』の出力にも耐えられたはずだったのに。

 そんな風に己の不足を噛みしめながらも、ボロボロになっていくマフラーを大翔は手放さない。魔導技師の見習いとして、嗜みとして、最後まで己の作品を使い尽くしていく。


「ここ、だぁ!」


 無数の群れを焼き払い、最短距離のルートを踏破した大翔。

 その過程で、コートはほぼ全て破れ、辛うじてボロボロのシャツが残っている程度の有様になっている。

 けれども、止まらない。

 自分の醜態なんて気にしない、目に入らない。

 たった数歩の距離を縮めるため、更に踏み込む。加速する。

 大岩の如き、巨人の頭部に触れるために。


「――――待たせたな」


 そして、その時はやって来た。

 無数の手が大翔を掴むより前に、大翔の手が巨人の頭部に触れていた。

 ざらり、と灰が掌を削るような感触は紛れもなく苦痛。

 それは、大翔の笑みが思わず引きつってほどのものだ。恐らく、巨人の肉体を構成する灰が、大翔を浸食しようとしているのだろう。

 ただ、不思議と大翔が頭部に触れた瞬間から、巨人の手は動きを止めていた。灰色の手は観念したのか、あるいは望みが叶ったのか、その動きを止める。

 まるで、大翔の行いを厳かに受け入れるかのように。


「君はもう、休んでいい」


 だからこそ、大翔は労いの言葉をかける。

 大翔たちからすれば、本当にはた迷惑この上ない存在だったけれども、藻掻き、動き回る姿はどこか救いを求めているようだったから。


「おやすみなさい」


 大翔は、全力の聖火を放つ瞬間、そんな言葉を紡いだのだった。



◆◆◆



 灰色の巨人は、それを歓迎する。

 全ての手を広げて、受け入れる。

 終わりの象徴。

 弔うための火。

 かつての主が人にもたらした権能――聖火。

 それがもたらす弔いと終わりを受け入れて、見送られて逝く。

 この終わりに不満なんてない。

 取り返しがつかなくなる前に終わることができる。そんな結末に、灰色の巨人は間違いなく救いを感じている。


「おやすみなさい」


 ただ一つ。

 終わりをもたらす者から、自分を弔うための声が聞こえたから。

 例えそれが――――『同類を憐れむような声』だったとしても、巨人は労われたのだから。



「『【嵐を背負う者よ、その道行きに幸多からんことを】』」



 最後の最後、その巨人は祝福を与えて終わることを選んだ。

 同類の――大翔のこれからを労うかのように。



 こうして、灰色の巨人は死ぬ。

 長い長い苦痛の果てに、たった一人の同類に弔われて、ようやく死ぬ。

 冷たい灰が、この世界にまき散らされることは、もうないだろう。

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