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第5話 岩に刺さっている聖剣とかを引き抜けないタイプの勇者

 大翔にとって異世界という言葉で連想するものは、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界だった。次点で、蒸気と魔法が交じり合うようなスチームパンク。大穴として、現代日本よりも遥かに優れた魔法文明の都市など、そのようなものだった。

 しかし、大翔が訪れた異世界――その中に存在する都市の一つ。

 辺獄市場と呼ばれている場所については、どのイメージにも当てはまらなかった。


「なんというか、普通に海外の貿易都市と言われても納得する感じだね、ここ」

『《文明レベルの低い異世界に行ったところで、今の我々が得る物はありませんので。それに、こちらの方が馴染みやすいでしょう?》』

「時々、悲鳴と怒号が路地裏方面から聞こえてこなければ、そうだったかもしれない」


 街並みは、現代の建物と遜色がない。科学の代わりに魔法を使っているだけで、派手に光る看板やら、街中に流れる喧しい宣伝音楽などは、現代日本とそう大差はない。

 また、辺獄市場を歩く人の姿も、ほとんどが大翔と大差ない形をしていた。

 服装に差異はあれども、概ね人間。ホモサピエンスと判断しても問題ない肉体の持ち主が大多数である。

 時々、頭の部分に丸時計がある怪人やら、蜥蜴が二足歩行しているような人物も居るが、人々は特に奇異の視線を向けたりなどはしない。

 どうやら、辺獄市場という場所に於いて、外見による差別は良くも悪くも少ないようだ。

 ただ、その代わり、偏見も差別も無い純粋な暴力が交差して、絶えずに騒動が街のどこかで起こっている。

 辺獄市場では翻訳魔術を使うよりも、肉体言語の方が手っ取り早く伝わりやすいのだ。


「シンプルに治安が悪い」

『《ええ、取引を終えるまでは正直、大翔は三歩進めばチンピラやスリに遭遇するようなカモ状態だったことは否めません》』

「そんなに?」

『《ですが、ご安心を。私が居る限りはそんな些事に時間は取らせませんし、万が一、悪党どもに絡まれたとしても、買い取った呪符で返り討ちにしてやりましょう》』

「シラノ。可能な限り、殺害は避けてね?」

『《なるほど、あえて生き地獄を与えて、関係者の報復と復讐を予防するというわけですか。大翔も中々やりますね? 私でさえ、そのアイディアはちょっと躊躇ったのに》』

「躊躇った君のままでいて。というか、争いごとは可能な限り避けていこう?」

『《確かに、潤沢な資金と物資を手に入れたとはいえ、三下ではなく達人級の相手に因縁を付けられると死にますからね、大翔が》』

「達人級という単語は知らないけど、凄く強いことだけは伝わって来るなぁ」


 大翔はそんな悪徳の街を、シラノの案内で歩いていた。

 辺獄市場に転移した直後は、好奇心やら緊張で足元がおぼつかなかった大翔であるが、現在はしっかりとした足取りで進んでいる。

 耳から入って来る異世界の言語も、既に、勇者の資格による適応力によって解析済み。今ではほとんど日本語と同レベルの理解度で聞き取れる。異世界の文字に関しては、まだ情報量が少ないためか適応は遅いが、一般的な生活に支障がない程度には達していた。


 勇者の資格。

 世界でたった一人に与えられる、ユニークスキル。

 二体の超越存在の影響さえも防ぐ加護は、確かに大翔に恩恵を与えていた。

 もっとも、その恩恵が凄ければ凄いほど、大翔としては『やっぱり別の奴に与えた方がよかったのでは?』と疑問を覚えてしまうのだが。


「それでシラノ、次の予定は?」

『《大翔の戦力を大幅強化しましょう》』

「え、さらに? 結構凄い魔法道具とか、沢山ゲットしたよね?」


 大翔とシラノは、相談しながら街中を歩く。

 シラノによるナビゲーションにより、辺獄市場でも治安がマシな大通りを狙って歩いているので、大翔は未だに絡まれていない。

 加えて、多種多様な異世界の交流点である辺獄市場では、『しゃべるラジオ』などは珍しくもなく、好奇心で声を掛けようなどと思う輩も少ないのだ。


『《ええ、大翔の演技のお陰で資金は潤沢。便利な魔法道具なども沢山手に入りました。これでようやく、最低ラインの自己防衛は可能となったのです》』

「逆に言えば、自己防衛以外は無理だと?」

『《はい。あの魔術師が作った魔法道具は優秀ですが、世界崩壊級の問題に挑むには、まるで足りません。最低限、これからの試練を乗り越えるには、単独で国家を滅ぼせるぐらいの力が必要なのです》』

「そりゃあ、あの超越存在たちを考えれば過剰戦力とは言えないけど……具体的にはどうするの? 御覧の通り、俺はクソザコ勇者だよ?」

『《もちろん、策はあります》』


 そのため、大翔は遠慮なくシラノの言葉に耳を傾ける。

 辺獄市場に来たばかりの時は、常に周囲を警戒していたが、自分の警戒よりもシラノの指示に従う方が確実に安全だと思い知っているが故に。


『《伝説の武具を買いに行きましょう、大翔》』

「…………はい?」


 ただ、大翔は思い出すべきだったのだ。

 シラノが自ら『間違うかもしれない』と前もって告げていたことを。



●●●



 それは例えるのならば、博物館のような場所だった。

 ショーケースの中に並ぶ、剣、槍、斧、鎧、銃器。その他、様々な武器。戦いのための道具。

 照明と共に展示されているそれらは、けれども博物館とは違い、鑑賞するために設置された物ではない。非売品ではない。

 過去、持ち主と共に偉業を成し遂げた伝説の武具は、商品としてこの場に展示されているのだ。ただ、値札が付いていないところを見れば、一筋縄では購入できない商品だと察しが付くだろう。


「ようこそお越しくださいました。ラーウム様から話は伺っております。どうぞ、今日は心行くまで貴方の『運命』をお選びください」


 そして、そんな店の主であるスキンヘッドの巨漢が、大翔を恭しく迎えていた。

 身に纏う黒のスーツは、明らかに特注品。身長が優に三メートルを超え、筋骨隆々の姿は、巨人の末裔だと説明されれば信じてしまいそうなほど。

 だが、店主はそのようにいかつい肉体なれども、顔に浮かべるビジネススマイルは非の打ち所がないほど愛想に満ちている。


 辺獄市場の中でも、相応の地位の持ち主からの紹介状が無ければ入れない、特殊な店。

 伝説の武具を売る商売人は、伝説の戦士のように強靱な肉体の持ち主だった。


「え、あー、はい、どうも……あの、シラノ?」

『《何でしょうか? 大翔》』

「伝説の武具って、普通に店売りされているんだね?」

『《ええ、ここは辺獄市場。数多の世界の交流点ですので、こういう店もあります。ただし、購入するためには相応の条件がありますが……そうでしょう?》』


 店主はシラノに促させると、恭しく説明を始める。


「はい、その通りでございます。この店のコンセプトは『運命の出会い』。伝説の武具には、相応しい持ち主が付き物です。従って、商品である伝説の武具に認められれば、喜んでお売りしましょう」


 本来、商売としてはあるまじき、商品が客を選ぶという店のシステムを。


「ですが、武具に認められなければ、どれだけお金を積まれようとも私は応じることはできません。中には諦めきれずに『無理やり』という手段を取る方もいらっしゃいますが、その際は私も誠心誠意『説得』させていただきますので、ご容赦を」


 店主の説明を聞きながら、大翔は早速憂鬱になっていた。

 伝説の武具に認められた者にのみ、商品として売り出す特殊な店。

 それはいい。何も問題ない。かなり強気の経営スタイルだとは思うが、ほとんど趣味で経営していることは、商品の値札がどこにも見当たらない時点でわかり切っている。

 問題があるとすれば、それは大翔自身のことだ。


「…………シラノ。あのさ、はっきり言っておくけどね? 俺は運命とか、宿命とか、そういう物にまったく縁がないというか……絶対に伝説の武具に選ばれない類の人間だと思う」


 伝説の武具に憧れる気持ちはあるが、大翔は自分自身がそういう物を持っている姿を想像することはできなかった。

 何せ、明らかに凡人だ。何かの手違いで世界を救う使命を背負った端役だ。そんな大層な物に選ばれる資格があるとは到底思えない。


『《安心してください、勝算はあります》』

「ほんとぉ?」

『《まぁまぁ、聞いてください》』


 けれども、どうやらシラノはそうは考えていないようだった。

 まるで、自分だけゲームの裏技を発見した子供のように、得意げに語り始める。


『《確かに、大翔は平凡です。ごく普通の男子高校生です。正直、勇者の資格が何でこの人にあるんだろう? と今でも疑問に思いますし、絶対クリア不可能のクソゲーを押し付けられた気分にもなったことがあります》』

「ねぇ、今のところ、旅を始めてからの最大ダメージはフレンドリーファイアなんだけど?」


 遠慮ない言葉に凹む大翔であるが、シラノは語りを止めない。むしろ、これからが本番だと言わんばかりに意気揚々と声のボリュームを上げる。


『《ですが! でーすーがっ! そんな貴方だからこそ! 無力を嘆きながらも、前に進むことを選んだ勇気ある貴方だからこそ! 応えてくれる物もあるはずなのです》』

「む、それは……」

『《店主。何の変哲もない普通の人間が、使い手だった伝説の武具もある、そうでしょう?》』


 シラノの問いかけに、店主は静かなる笑みで答えた。


「ええ、その通りでございます。英雄、などと称される者の大半は、偉業を為すまでは何者でもありません。運命を掴み、離さぬように駆け抜けたからこそ、英雄となったのでしょう」


 お世辞ではなく、紛れもない本音での言葉だった。

 あるいは、店のポリシーに関わる問いかけだからこそ、真摯に答えたのかもしれない。


「…………わかったよ。そこまで言われたら、文句は言えないさ。いいぜ、やってやろうじゃないか。この場所、この店で――――俺は『運命』とやらを掴んでやる!」


 そして、ここまで背を押されて、逃げ出すほど大翔は腰抜けではない。

 例え、どんな結果になろうとも胸を張ってやる、と覚悟を決めた表情で啖呵を切ったのだった。



●●●



 三時間後。


「………………はい、終わりでーす」


 大翔は店の隅で体育座りしていた。

 とてもではないが、三時間前に啖呵を切った者と同一人物だと思えないほどの落ち込み具合だった。

 しかし、結果を考えれば無理もないだろう。

 三時間。店にある伝説の武具全てとの相性を試し、何一つ応えてくれる物が見つからなかったのだから。


「は、ははははっ…………はぁ」


 それはたっぷりと時間をかけた自己否定に等しい所業だった。

 一つ一つ、次こそはと思いながら、気力を絶やさずに伝説の武具と向かい合ったのだ。さながら、好きな異性に告白するぐらいの勇気と気力が必要な行動だっただろう。

 それが全て無意味だったとなれば、学校中の異性から振られるぐらいの精神的なダメージになってもおかしくない。


『《…………》』

「…………」


 体育座りの大翔に対して、他二名はかける言葉が見つからなかった。

 どちらも、大翔の背中を押してしまった罪悪感と、『え? マジで一つも相性の良い武具が無いの?』という驚愕で声も出ない。

 正直、伝説の武具の中でも呪いの魔剣の類ならば、平凡な使い手だろうとも『だからこそ面白い』とばかりに、対価と引き換えに力を貸すパターンに落ち着く可能性が一番高い、と考えていた二人である。まさか、それにすらも引っ掛からないとは思わなかったのだ。


「ふ、ふふふっ。そうさ、俺に運命なんて…………っとぉ?」


 そんな時だった。

 誰しも――大翔自身でさえ、何も期待していなかった時、異変は起こった。

 体育座りから立ち上がろうとした大翔が、体をよろけさせて掴んでしまった何か。

 唯一、ショーケースに守られず、オブジェのように鎮座していた戦女神の石像。その台座に大翔が触れた瞬間、眩いほどの光が石像から放たれたのである。


「なになになに!? え、警報!? 変なところを押した!? ちょ、店主さぁーん!?」


 当然、大翔は混乱しながら助けを求めるが、店主はそれには応えない。応えられない。


「馬鹿な……戦神が作り上げた戦乙女シリーズの中で、誰にも反応を示さなかったノワールが、彼に呼応した? 生きた武具が、彼を選んだというのか?」


 辺獄市場で長い時間、伝説の武具を相応しい者の手に渡して来た店主をして、それは異常事態だった。

 ただの武具ではない。

 意思を持ち、人の肉体を持った『戦乙女』が覚醒したのだ。

 単体で一つの大陸を滅ぼすとさえ言われている、恐ろしくも美しい武具――否、戦略兵器と呼ぶに相応しい存在が。


『《いえ、何もおかしなことはありません。彼は勇者です。絶望的な破滅を目にしてなお、それに抗おうとする勇気ある者です――――運命が応えないはずがない》』


 戸惑う店主とは反対に、シラノは落ち着いていた。

 こうなるべきだと信じていたが故に。ようやく待ち望んだ展開になったという安堵すら抱いて、大翔へ呼びかける。


『《さぁ、大翔! 貴方の運命を掴んでください!》』


 シラノの声が響くと同時に、光は収まった。

 そして、大翔の前にはもう、戦乙女を象った石像は存在していない。


「――――あ」


 思わず声を漏らしてしまった大翔の視線の先。

 さきほどまで石像があった台座の上。

 そこには美しい黒髪の少女が現れていた。

 腰まで伸びた漆黒の黒髪。白雪よりもなお純白の肌。幼くも、怖気すら抱かせる人形の美貌。何もかもを見透かすような金色の瞳。身に纏うのは、髪と同色の貫頭衣。

 神聖、という言葉が具現化したような少女は、すっと大翔に視線を合わせた。


「…………あなた」


 そして、己を覚醒させた運命の相手に対して、鈴の音の如き声で告げる。


「――――顔が好みじゃないから、パス」

「んんん???」


 あまりにも無慈悲で、けれども、本人としては至極当たり前の言葉を。


 こうして、大翔は自分がつくづく運命と無縁であることを思い知ったのだった。

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