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第43話 冬に挑む者たち

 踏み込みと共に、ソルは剣を振るう。

 いつもの木刀ではない。けれども、黒剣でもない。

 店売りのロングソード。明らかに数打ちであり、生活に困窮した剣士が辛うじて購入できるような、お値段安めで、性能は最低ランクの一品。

 しかし、そんな剣でも、ソルが振るえば金属すら簡単に切断する。


「っとぉ!」


 振るわれた斬撃を、大翔は半歩動いただけで回避した。

 威力自体は斬鉄に達する一撃ではあるが、速度はそこまで速くない。ついでに言えば、行動の『起こり』もわかりやすくしているので、回避はしやすいのだ。


「いいね、真剣にも怯えていない。じゃあ、次はもっと難易度を上げるよ?」

「どんとこい! 師匠から貰った装備の凄さを教えてやるぜ!」

「そこは日ごろの練習の成果も含めて欲しかったな」


 ソルと大翔は、ロスティアの屋敷。その庭先で模擬訓練を行っていた。

 ただ、いつもと異なるのは、ソルが木刀ではなく真剣を使っていること。

 そして何より、大翔の装備が一新されていることだった。


「さぁ、斬撃を七つ。捌いてみなさい」


 ソルが穏やかな笑みと共に振るう斬撃は、明らかに間合いがおかしい。

 一つ目の斬撃は、刀身と腕の長さに釣り合っている。

 だが、二つ目の斬撃は明らかに、刀身よりも離れた位置へと『斬撃が飛んでいる』のだ。

 しかも、三つ目から六つ目の斬撃は、一振りで三つ。異なる角度から斬撃が放たれている。

 物理法則を易々と凌駕し、相対した者を屠る『魔剣』の妙技。

 けれども、今の大翔にとっては、それを避けることはそう難しくはない。


「っづおぉ!? んもう、試運転なのに手荒いなぁ!」


 一つ目の斬撃は、バックステップで回避。二つ目の斬撃は飛んでくる空間を予期して、半歩ずらして避ける。三つ目から五つ目までは、体をしゃがませて辛うじて攻撃範囲を避ける。

 そして、どうしても避けられない六つ目の斬撃は、首元に巻いたマフラーが、大翔の意志に従って弾いた。


「試運転だからこそ、効果は試さないといけないんだよ?」


 それでも、そこが大翔の限界である。

 七つ目の斬撃は、ソルによる神速の踏み込みによって行われた。

 魔術による産物ではなく、武術による『意識の間隙』を縫う動き。速度ではなく、早さを求めた効率的な移動により、大翔の虚を突き、刃が振るわれたのだ。


 ――――ぎぃんっ。


 そう、刃は確かに大翔の胴体へと振り下ろされて――しかし、体に達するよりも前。鼠色の防寒コートから発生られた防御障壁により、刃はへし折られることになった。


「へぇ、悪くないね。なまくらとはいえ、僕の太刀を防ぐなんて」

「死ぬかと思った! 今のは普通に死ぬかと思った!」


 ぎゃあぎゃあと弱音を吐く大翔であるが、その体には傷一つ無い。

 鼠色の防寒コート。上着。下着。ズボン。防寒ブーツ。雪除けのゴーグル。これらは全て、師匠であるロスティアが手掛けた超一流の魔法装備である。

 その性能たるや、この通り――手加減済みとはいえ――ソルの一撃を完全に防ぐほど。


 更には、コートの内側には以前よりも更に、スペースが広がった収納空間が。

 そこに収められている使い捨ての魔法道具たちも、ロスティアが手掛けた超一流の高品質のみ。以前、追われた赤竜のドラゴンブレスなど、今の大翔が扱う魔法道具ならば、単に防ぐだけではなく、麻痺の呪詛も込めて倍返しにしてくれる護身道具もあるぐらいだ。

 ロスティアの説明では、この魔法装備と魔法道具を十全に駆使することができれば、世界最強クラス相手であっても、『ほんの少し面倒だな』程度には煩わせることが可能となるらしい。


「じゃあ、次はこっちで斬るから。ヒロトは上手く避けたり、弾くように」

「ちょっと、それは『夜の剣』じゃん! 君のメインウェポンじゃん!!」

「ははは、これぐらいやらないと信頼性は確認できないから」


 従って、ロスティアが与えたアーティファクト。その性能をきちんと測るためには、このような形の模擬戦闘になるのは必然だった。


「んがぁああああああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!?」

「あははははっ! 凄いよ、ヒロト! これぐらい堅いのなら、守る方も大分助かる!」

「護衛が! 前に大百足を殺したような! 斬撃を! 雇用主に向けるんじゃねぇ!!」


 ハイテンションで剣を振るい、洒落にならない周辺被害を巻き起こすソル。

 そのハイテンションの攻撃を涙目で凌ぎ、時折、『今の障壁を貫いて来たよね!?』と肝を冷やす大翔。

 そんな二人の様子を、少し離れた場所からロスティアとシラノが見守っていた。


『《流石ですね、ロスティア殿。あのソル相手に、あれだけ凌げるなんて》』

「ふん。あれでも手加減しているだろうがな。世界最強クラスの本気の一撃を防げるのならともかく、あんなものは単なる保険に過ぎん。むしろ、私は弟子の方を称賛してやりたいよ」

『《ああ、大翔はあれでも回避することと逃げることに関しては優秀なんですよ?》』

「いや、それもあるが、私が注目しているのはあのマフラーだ」


 ロスティアの視線の先には、大翔が涙目で黒剣の一撃を凌いでいる姿がある。

 その際、首に巻いていたマフラーを振り回しており、驚くことにそれは時折、黒剣の刀身を弾いているのだ。


「確か、『緋色のアラクネ』と命名した作品だった。素材はさほど珍しくないが、編む際に権能による祝福を施せたのは、驚きだった」

『《そんなに凄いことなのでしょうか?》』

「あのランクの素材だと、ほぼ間違いなく、定着せずに流れるか、権能によって焼かれると思っていたのだが……よほどあの聖火と弟子の相性が良いらしい。見習いにしては、上手くやった方だよ、あのマフラーは」

『《ほほう。ならば、素っ気ない態度ではなく、直接褒めてあげたらどうですか? 私の勇者は、褒められるとモチベーションがかなり上がりますが?》』

「…………弟子を褒めるなんて、柄じゃあない」


 仏頂面のまま、小さく呟くロスティア。

 けれども、一番弟子の奮闘をしばらく眺めていると、ぽつりと追加で言葉を呟いた。


「だが、対等な仲間としてなら、まぁ、そうだな。信頼できる。奴が……ヒロトが居てくれるのなら、どんな困難も何とかなる気がする」

『《ふふふっ。ええ、それに関しては同感です》』


 呟かれたロスティアの言葉を、シラノは柔らかい声で歓迎する。

 師匠と相棒。

 立場は違えども、勇者である大翔を信頼している者同士、通じ合えているようだった。



●●●



 模擬戦闘による試運転は概ね、問題なく行われた。


「はぁはぁ……これから作戦を決行するんだから! こっちの体力を考えてよね!」

「あははは、ごめーん。いや、僕も反省しているから、無言で聖火を向けるのはやめて欲しい」



 途中、ソルの猛威にさらされ続けた大翔が「やめろって言ってんだろうがぁ!!」とブチ切れて、聖火による思わぬ復讐に出たこと以外は。

 どうやら、他者を傷つけない聖火であるが、夜鯨の恩恵を強く受けているソルにとっては『物凄く痛い嫌がらせ』として機能するらしく、珍しく逆襲が決まったらしい。

 ともあれ、アーティファクトの試運転が終わったのならば、後はブリーフィングだ。


『《では、大翔とソルの準備ができたところで、作戦の説明に入りたいと思います》』


 場所は変わらず、けれども、シラノの言葉によって場の空気は引き締められる。

 ソルと大翔も、きちんとシラノの音声が届く範囲へと戻って来ており、シラノの前には、ロスティアも含めた三人が並んで説明を待っていた。


『《まず、作戦の目的をおさらいしましょう。我々の目的は、銀狼と呼ばれる冬の眷属――呪いによって、その姿になってしまったリーンという女性の救出です。そう、優先事項の第一位はあくまでも人命救助。次に冬の毛皮という素材の入手です。仮に、呪いを解くには冬の毛皮を焼却しなければいけなくなった時は、大翔。迷わずに実行してください、いいですね?》』

「ああ、もちろん。今更、師匠のお姉さんを見捨てるなんてあり得ない」


 シラノの説明に、大翔は迷いなく頷いた。

 これはロスティアに情が移ったことによる、完全なる感情的な判断であるが、あながち間違いではない。

 主に、仲間以外のことに関することはドライなシラノから見ても、肝心なのはリーンの救助である。何故ならば、超越存在の力が残っている素材は希少であるが、権能に匹敵するアーティファクトを造れる職人は、それ以上に希少である。滅多に居るものではないのだ。

 超越存在にある程度抗える装備を作るという点に於いて、ロスティアの協力を得ることは必須。つまり、リーンの救助は『絶対に成し遂げなければならない最優先事項』となったわけだ。


「弟子……」


 もちろん、ロスティアもそれを理解している。シラノの言葉が合理的な判断によって為されていることも。

 大翔という一番弟子が、真っ先に感情論で頷いてくれたことも。

 だからこそ、ロスティアはリーンの救助に関して、大翔とその仲間たちに全幅の信頼を置くことにしたのだ。


『《はい、前提の確認ができたところで、具体的な作戦の手順に入りましょう。ソル、偵察した貴方の所感をどうぞ》』

「うん、了解。ええと、銀狼が居ると思わしき極東の『冬の結界』内部に潜入したんだけど、まず、無理やり潜入すると、冬の眷属――その亡霊たちが襲撃してきます」

「眷属の亡霊?」

「ああ、どうやら、あの銀狼には『死した同胞を使役する力』があるらしくてね?」


 大翔の疑問に、ソルは以下の事実を報告した。

 銀狼には、無数の眷属の亡霊を操る力があること。

 亡霊は、銀狼本体には及ばないが、冬の力で攻撃してくること。

 冬の力は、近づく者や触れる物を凍らせる効果があること。

 そもそも、冬の結界内部では、勇者の資格を持たない者は、相応の装備がなければ凍えて動けなくなること。


「おい、魔剣使い。その『相応』という奴は、私の装備ではどれぐらい持つ?」


 その事実に関して、詳しく確認を取るために、ロスティアはソルへと問いかける。


「長く見て、一時間。本格的な戦闘が始まったとしたら、ニ十分持てばいい方だね」

「……ちっ。やはり、私の装備で抗えるのはその程度か」


 ソルの返答に、ロスティアは思わず悪態を吐いた。

 二千年近い研鑽を経ても、超越存在――その眷属の影響すら、完全には防げないという事実に、『想定していた通りの事実』に、苛立ちを覚えたのだ。

 だが、その苛立ちは直ぐに消える。


「そうなると、シラノ。作戦内容は『速攻』で良いのかな?」

『《ええ、その通りです、大翔。聖火を持つ大翔が居れば、冬の結界を中和し、そのまま空間転移で移動することが可能です。転移後は、ソルと私で銀狼本体の居場所を探知。前衛であるソルに切り込んでもらった後、隙を見てお二人を投入しましょう》』

「僕が銀狼を抑え付けるから、ロスティアは銀狼の拘束、行動阻害を。少しでも動きが鈍ったら、今度はヒロトが『例の奴』で聖火を放つ……でいいと思うよ」


 何故ならば、この場にはロスティアに並ぶ者が三人も居るのだから。

 大翔、ソル、シラノ。それぞれが役割を持ち、共に銀狼に挑む仲間たち。

 今まで孤独な到達者であったロスティアは、その仲間たちの頼もしさを実感していた。


「弟子。渡した装備――『アマテラス』に不明な点はないか?」


 だからこそ、ロスティアも気兼ねなく大翔へ訊ねる。

 対等であると認めているが故に、使用者の感想を求めたのだ。

 『アマテラス』。大翔の故郷に由来した太陽神。

 その名前を付けた、聖火を扱うためだけの専用装備の感想を。


「問題ありませんよ、師匠。いえ、問題ないどころか、これを付けていると今まで以上に、いくらでも聖火を扱える気分になります」


 師匠からの問いかけに、大翔は笑顔で右手の手袋を外す。

 その下に隠された中指。そこに嵌っている指輪は、紅蓮をそのまま指輪の形に留めたかのように、鮮やかな赤色をしていた。

 炎が円を描いているような真っ赤な指輪。

 それは、大翔が持つ権能、聖火の力を十全以上に引き出す性能を持っていた。


「こいつがあればきっと、師匠のお姉さんも助けられますよ!」

「……ああ、それならいい。だが、くれぐれもやり過ぎるなよ? 確かにそれは、お前だけの装備だ。お前が聖火を扱うためだけのアーティファクトだ。だが、あまりにも聖火を引き出し過ぎれば、最悪、お前の存在が変質するかもしれん」


 太鼓判を押すような大翔の言葉に、けれどもロスティアは心配を返す。

 『アマテラス』は間違いなく、ロスティアの生涯における最高傑作となった。だが、最高傑作だからこそ心配なのだ。

 神の名を冠する指輪は、大翔という勇者をどこまでも『引き上げ過ぎてしまう』のではないのかと。


「あははは! 今更、俺に『覚醒』なんて王道イベントが起こるわけがないですよ! だよな、シラノ?」

『《…………ロスティア殿の忠告、心に刻みましょう。ですが、問題ありません。ソルの戦闘勘に加えて、私の計算によれば、銀狼相手にそうなる可能性は限りなく低いですから》』

「僕が不意打ちで弱らせたところにぶち込めば、いくら銀狼でも大丈夫だよ」


 ただ、それでもなお、勇者は止まらない。

 その仲間たちも止まらない。

 危険などは今更なのだ。今更、危険な賭けもせずに世界を救えると思っている者は、誰一人として居ない。

 もちろん、ロスティアもこの期に及んで止まることなどできないのだ。


「お前たちの意見はわかった。なら、私も全力を尽くそう。戦闘はそこまで得意ではないが、全てのアーティファクトを吐き出すつもりで挑ませて貰う」

『《ええ、頼りにしていますよ、ロスティア殿》』


 懸念事項は、もちろんある。

 だが、冬に挑む者たちは、それでも前に進むのだ。

 冬を越えた先で、己が望む未来を掴むために。


『《さぁ、ブリーフィングはここまで。準備万端。いざ、神話から続く呪いを焼き払いに行きましょうか》』


 そして、シラノの号令と共に、転移ゲートが四人の前に形成されて。


 ――――空から、灰が降って来た。

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