第42話 準備完了
ミシェルの弟子問題を、ひとまず前向きな保留に収めることができた大翔は、次なる問題に取り掛かることにした。
それは、ロスティアから言いつけられた課題の件である。
自分が担当する授業の学生たちを全員、単位取得に導いてやらなければならない。
残り時間は、作戦が決行される前の僅かな日数のみ。
それ以上の時間はかけられない。仮に、銀狼の呪いを解く作戦が上手く行ったとしても、その後は足踏みをしている時間は無いのだから。
「皆さん。まずは用意した紙に絵を描きましょう」
そのため、大翔はこの授業時間中に、課題を終わらせる算段を付けていた。
残り日数的にはまだ余裕はあるが、何が起こるかわからない。学生たちが、何かしらのトラブルで授業に出られないこともあるかもしれない。
それを考えると、学生たちが全員出席している内に、課題を終わらせてしまうのが一番だと判断したのだ。
「絵の内容はなんでもいいです。画材も何を使っても構いません。まずは、自分が絵を描いた紙に魔力を込められるようにしましょう」
実習室での、学生たちを相手にした授業。
既に、手慣れ始めている大翔は、大勢の学生たちに囲まれながらも、焦ることなく、堂々とした面持ちで指示を与えていた。
「はーい、先生! それはどんな意味があるのでしょうか!?」
大翔の指示に疑問を覚えたのか、羊の角を生やした女子学生は、真っ直ぐ手を伸ばして質問を投げかけてくる。
もはや、師匠であるロスティアは顔も出さないため、大翔が完全に『先生』扱いされてしまっているのだ。
「良い質問ですね、フォルトゥナさん。皆さんの最終目標は、ただの紙片に魔力を込めることです。しかし、何事も段階というものがあります。準備運動もせずに、いきなり全力疾走をしても良い結果は残せませんからね」
女子学生の名前を呼び、きちんと視線を合わせて説明を始める大翔。
その様子は確かに、教師として妙に雰囲気がある。
「準備運動として、自分で絵を描いた紙に魔力を込めて貰うのです。それならいくらかはやりやすいでしょう?」
「んー、多少は? 新品の物体よりも、使い込んだ物体の方が、魔力伝達率は同じでも、魔力を込めやすい気はするし」
「その通り! 物体に魔力を込める上で、魔力伝達率は確かに大切です。しかし、もっと肝心なのはイメージなのです。自分はこの物体を理解している。そういうイメージがあればあるほど、魔力を込めることは楽になるのです。何故ならば、魔力とは精神に影響を受けやすいエネルギーだからです」
学園の講義で得た知識を噛み砕き、大翔は可能な限り、わかりやすく学生たちに伝えようと試みる。
幸いなことに、この学園の学生たちは優秀だ。
むしろ、大翔よりも魔力に関して深く知っている学生たちの方が多いぐらいである。
だからこそ、肝心なのは『気づき』なのだと大翔は考えていた。
「いいですか? できて当然だと思ってください。知識としてではなく、感覚として『できる』ことを理解してください。魔力伝達率はあくまでも、魔力の通りやすさを示すための基準です。魔力伝達率の良い物質を使えば、その分だけ魔力のロスが少なくなるでしょう。ですが、逆に言えば――魔力ロスを考慮しないのであれば、どんな物質にも魔力は込められます」
泳げなかった人間が、水の中で掻き出す瞬間。
自転車に乗れなかった人間が、支えられることなく進んでいく瞬間。
できないことができるようになった瞬間には、そういう『気づき』がある。
行き止まりの壁の前で立ち尽くすのではなく、その壁は迂回しても、登ってもいいのだという『気づき』が。
「だから、まずは俺が保証しましょう。皆さんは、この授業中に必ず、紙片に魔力を込められるようになる。あの放任主義の師匠が出した課題も、無事にクリアして、単位を取得することができる」
その『気づき』を促すために、大翔はまず学生たちを肯定する。
無根拠の保証ではない。
この授業に至るまで、様々な試行錯誤により、『今日の授業中に終わらせることが可能だ』と判断したが故の保証であり、結論だった。
そして、大翔が意図することを、学生たちもまた理解していた。
「はーい、先生! 一位になったら何かいいことありますかぁー?」
「先生になんでも質問していいんですよね?」
「いや、先生になんでもして貰えるって奴じゃなかった?」
「先生になんでも……じゅるっ」
「吸血鬼の子たちは、やたら先生を狙っているよねぇ……美味しい獲物を狙うような目で」
各々、大翔の保証に対して、笑顔で大言を返している。
無根拠な自信ではなく、今まで積み重ねた授業と信頼があるからこそ、あえて競うような言葉を言い合っているのだ。
「そうですね。一位になったら……美味しいご飯でも奢ってあげましょう」
「「「よっしゃあ!!」」」
だから、大翔もその勢いに乗るように、学生たちの言葉を肯定する。
当然のように、課題が終わることなんて大前提のように。
意気揚々と課題に取り組み始める学生たちへ、確かな期待を向けて。
そして、授業が終わる頃。
実習室の中には、課題を達成できなかった学生は一人も居なかった。
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「大体、魔導技師について理解したことだろう。そろそろ、何か習作の一つでも作ってみるがいい。ただし、作戦が始まる前に完成させること。魔導技師見習いが、作品を作りかけで冒険に出るなんて不吉極まりないからな」
授業を受け持った学生たち全員を、見事に単位取得へと導いた後。
大翔は師匠であるロスティアから、新たなる課題を与えられていた。
魔導技師の見習いを初めてから、ようやくと言うべきか、あるいは早くもと言うべきか、大翔は自分の作品の制作へ着手することになったのである。
とはいえ、期限は残り数日。
あまり大層なアーティファクトは作れないし、作る気が起きない。
「それと、材料は自分で用意すること。材料を自前で用意するのも、魔導技師として必要な技術の一つだ」
しかも、ロスティアから倉庫の素材を使うことは禁じられている。
学園で勉強したおかげか、ある程度、アーティファクトの作り方なんかは察してはいるものの、材料や道具がなければ何もできない。
今からそれらを集めようと思ったところで、確実に中途半端な結果になるだけ。そうならないためにも、大翔は真っ先に自分がやるべきことを理解していた。
「というわけで、アーティファクトの制作を手伝ってよ、ミシェル」
「…………はぁ!? いや、なんで私が!?」
そう、『分かっている』他人へ頼ること。
つまりは、部下であり、魔導技師としての先輩であるミシェルを頼ったのだ。
「ちなみに、手伝ってくれたら師匠の好物を教えてあげる」
「水臭いな、兄貴ぃ! 私ぁ、アンタの頼みだったらなんでも引き受けるぜぇ!」
そして、頼み事には対価は付き物である。
大翔は既に、ミシェルがロスティアに信奉していることを知っていたので、そこを上手く利用――もとい、互いの利益になるように取引きしたのだった。
こうして、大翔は初めてのアーティファクト制作に取り掛かるのだった。
アーティファクトとは、大雑把に言えば『魔力』が籠っている物体である。
なので、そこら辺の石に魔力を込めただけの物も、アーティファクトという扱いになる。例え、何も効果を及ぼさない物体であったとしても、分類としてはそうなる。
もちろん、そんな物をロスティアに提出したのならば、碌な結果にならないことは大翔も理解している。
そのため、作るべきアーティファクトは魔法道具か、魔法装備か、選ばなければならない。
魔法道具はそのまま、魔法の効果が込められた道具である。
油の代わりに、魔力で灯りを生み出すランタン。
身に付ければ、持ち主を守ってくれる護符。
収納空間を有した背嚢。
それらは、日用品のような物から使い捨ての消耗品のような物まで多種多様な用途のものがある。
一方、魔法装備はアーティファクトの中でも、戦闘用に特化した『使い捨てではない』物である。
魔法道具と具体的にきっちりと境界線が引かれているわけではないが、剣や槍などの武具。鎧や服などの防具。アクセサリーなども戦闘用ならば魔法装備と呼ぶことが多い。
更に、『使い捨て』の有無に関係なく、特に破壊に特化した物を『魔法兵器』と呼ぶこともあるが、今回は関係ないので説明は割愛させていただく。
そして、主に魔導技師とは、それらの物体を製造の段階から、魔力を込めて組み立てていく職業である。
既にある物体へと魔術を刻むのは、『付与魔術師』という職業であり、魔導技師とは呼ばない。
どちらが優れているかはさておき、狙った効果を持つアーティファクトを作り出すという点では、魔導技師の方が向いているだろう。
そのため、魔導技師として作品を作るのならばコンセプトが大切なのだ。
「いいかい、兄貴。コンセプトがぶれている作品は、出来栄えもパッとしない。何のために使うのか? 頭の中に一からきっちりと設計図を引いて、『これだ!』と思ってから作品を作り始めるんだよ」
そのようなことをミシェルから真剣に告げられたため、大翔は言われた通りに、まずは脳内で設計図を引くことにした。
とはいっても、大翔は元々普通の高校生である。
武器を作り出した経験はもちろん、アクセサリーなどの小物もほとんど作った記憶がない。
従って、大翔はまず『自分が作れる物』をリストアップするところから始めた。
コンセプトは大事であるが、大翔としては『でも、実際は使わない奴だしなぁ』という気分もあるので、あくまでもコンセプトは自分の行動の補助程度。一時的に手足の延長になるような魔法装備。それでいて、自分が持つ特異性をいくらか付与できればいい。
そんなノリで、ちまちまと従者としての仕事の合間に、アーティファクトを制作することになったわけである。
制作に使う道具は、ミシェルと共に都市の店で購入。
幸いなことに、今回は特別な道具は必要としないので、手間も費用も掛かることなく済んだ。代わりに、コンセプトを貫くため、少し手に入れるのが難儀な素材が必要となったのだが、そこは大翔の顔の広さや役に立つことになった。
具体的に言えば、魔法学園の女子学生――例の吸血鬼――と取り引きすることにより、素材を入手することができたのだった。
後はひたすら、忙しい時間の合間を縫って制作するのみ。
「うぐぅおおおお……これが、これがロスティア様の認めた才能っ!! うぐぐぐ、く、悔しいが、私も認めるしかないのか……っ!」
なお、作業場所として、ミシェルの部室を使わせてもらうことが多かった大翔だが、その際、羨望と嫉妬が混じった唸り声が聞こえるという弊害も生まれていた。
そんなこんなで、製作期間はおおよそ三日間。
途中、魔法道具や魔法薬による集中力や、器用さを向上させることにより、なんとか作戦開示の前日にはアーティファクトを仕上げることができたのだった。
「なんとか形になったかな?」
「…………いや、初めての作品なら上等……というか、ヤバいだろ、これは」
「そうかな?」
「魔術としての効果はともかく、権能で祝福しているのがなぁ」
そして現在、大翔とミシェルは、共に部室で完成した作品を眺めていた。
机の上に置かれた、アーティファクト。
それは真紅のマフラーである。
特殊な蜘蛛が生成する糸。それを染料で染めた、特殊な編み物用の素材。それを用いて、大翔は一つのマフラーを編み上げていた。
魔術として込められた効果は、伸縮自在。
このマフラーは大翔の手足のように、思い通りに動き、なおかつどこまでも伸びるのだ。用途としては、逃亡時の行動補助や、敵対者の無力化に使われる予定である。
だが、このマフラーの特筆すべき点は、そこではない。
「まぁ、今の俺が使える、唯一の特性だからね。有効活用しないと」
このマフラーは聖火によって祝福されており、あらゆる呪いを弾く防具でもある。
加えて、大翔が使えば、聖火の媒体として扱うこともできるので、まさしく大翔専用の魔法装備なのだ。
「……うーん。でも、これぐらいの出来だったら、今度支給される師匠の魔法装備を優先した方がいいかなぁ?」
もっとも、作った大翔本人としては、その出来ではまだ実用段階にない、と判断しているようだが。
「なんて羨ましい……じゃなくて! 兄貴! 魔導技師だったら、自分が作った魔法装備の一つぐらい、身に着けておくのが『たしなみ』ってもんだぜ! 使わなくても、身に着けておいた方がいいと思うぞ!」
「そうかなぁ?」
「そうだよ! つーか、名前! 制作者なんだから、名前ぐらい付けろよ?」
「じゃあ、試作一号で」
「ちゃんとした名前にしやがれ! 後悔するのはアンタだぞ!?」
ただ、乾いて冷めている大翔とは異なり、ミシェルの意見には熱がある。
互いの価値観の違いはあれども、大翔はミシェルの勢いに押されて、このアーティファクトを装備することになった。
「んー、『赤いマフラー』?」
「そのまんまかよ!?」
「ええと、『蜘蛛の糸マフラー、聖火を添えて』で」
「料理名か!」
もっとも、そのアーティファクトを名付ける際、互いのモチベーションの違いにより、喧々諤々の話し合いになってしまったのだが。
ともあれ、これにて準備完了。
学園に対する未練もなく、魔導技師見習いとしての義理も果たした。
これから先は、勇者の時間である。
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「では、余分な後日談を終わらせましょうか」
だが、忘れてはならない。
勇者が準備を整える時間の分だけ、黒幕もまた、準備を重ねているのだと。




