第37話 決闘の裏側
まず、大前提として大翔は弱い。
ソルやロスティアが説明していたように、戦闘の才能が皆無なのだ。手ごろな武器を持たせても、相手よりも先に自分が怪我をする勢いで才能が無い。
その代わり、逃げることに関してだけは一流の技量を持つ。ソルにとことんしごかれたことにより、逃走と回避にだけは磨きがかかっているのだ。フル装備の状態で、最初から逃げるつもりだったのならば、大翔を捉えることは一騎当千の英雄でも難しいだろう。
しかし、今回は手持ちの魔法道具は一切使わず、装備も学生服程度。当然、魔力による身体強化などという芸当はできず、攻撃魔術や妨害魔術も使えない。
そんな状態で、果たしてリザードマンであるディルグに、大翔は勝てるのだろうか?
――――勝てない。そう、勝てるわけがないのだ。
「…………え、マジでアンタ、その実力なのか? もはや、完全に一般人じゃん。いや、何の武術も修めていない一般人よりも弱いまであるぞ?」
「だから何度も言ってるじゃん、これが俺の実力なんだって」
以上のことをディルグが理解するまで、合計七度の決闘が行われた。
あまりにも早い決着に、ディルグは大翔が『わざと負けた』と憤慨してしまったため、大翔の実力を把握するのに時間がかかったのだ。
「一回で理解してよ、一回で。なんで七回もやったの? 怪我はしないとはいえ、痛みはある設定なんだよ?」
「いや、本気を出してないと思って……」
「本気だったんですけど? 君が本気で殴って来いって言うから本気で殴って、拳が砕けた時ぐらい痛い思いをしたんですけど?」
「魔力強化せずにリザードマンの鱗を殴る奴があるかよ……」
「素で魔力強化なんてできたら苦労しないんだよ!!」
七度も大翔に勝利したディルグだったが、今は勝ち誇るでもなく、敗者からの説教を受けていた。これがある程度、同格の戦い――せめて戦える者同士の決闘だったのならば、ディルグはそんな説教に訊く耳は持たないのだが、今回は明らかに『申し訳ないことをしてしまった』という自覚があった。
何せ、クソ雑魚である大翔の実力を見誤り、何度も繰り返して決闘をやり直させたのである。大翔が痛みに慣れていなければ、普通にいじめと処断されでもおかしくない行動だった。
「ディルグ、君さぁ……」
「マジでどうかと思うわよ、そういうの」
外野であるヒヒルとマチルダからも非難の視線が向けられている。
ディルグとは友達である二人だが、だからこそ、友達の悪いと思うところは容赦なく指摘するだけの友情があった。
「…………大変申し訳ございませんでした」
そして、そのことを理解しているディルグは、大翔に向かって頭を下げていた。
素の口調ではなく、敬語で深々と地面に額を近づける謝罪である。短気で逸りがちの傾向があるディルグであるが、その性根は歪んでいない。自分が悪いと理解すれば、素直に謝れる人間なのだ。
「いや、そこまでガチで謝らなくてもいいよ……俺も、自分の弱さを棚に上げて、被害者面をし過ぎたと思うから」
大翔としては、決闘の勝者にそこまで謝られると妙に落ち着かない。
決闘を何度もやり直したことも、一応ではあるが渋々に同意したのだ。その上で、勝者が敗者に頭を下げるのはどうだろうか?
「じゃあ、決闘は終わりということで、ディルグ君。俺に何を聞きたいの?」
そのような気持ちもあった所為か、大翔は努めて明るく、話題を切り換えようとする。
「え、でも、俺は……」
「はいはい、そういうのはなし! 謝罪はさっき貰ったから、それで何度も決闘を繰り返した分のやり取りは終わり! ここからは、決闘の勝敗について! オッケー!?」
「あ、ああ、わかった」
からっとした笑顔で話を進める大翔に、ディルグは戸惑いながらも、認識を改めていた。
ロスティアという、偉大なる師の一番弟子。その癖、周囲の学生たちをそつなく交流を強いてみせる、世渡り上手の天才。
今まで大翔のことをそのように思っていたのだが、思ったよりも普通の学生――そう、普通の良い奴であることに気づいたのだ。
「ヒロト、俺がアンタに訊きたいのは、『どうやって、ロスティア教授の弟子になったのか?』だ。それを知りたい」
「ふむ、それはまたどうして? 君もあの師匠に弟子入りしたいの?」
「……いや、俺じゃない」
だからこそ、ディルグは自分の質問、その裏側まで明かそうと思ったのかもしれない。
「俺のダチが、何度もロスティア教授に弟子入りを頼み込んでいるんだ……だが、あの方は弟子を取らねぇ。五百年以上、この学園が設立される前からそうだったんだ。だからこそ、ダチは諦めてはいなかったが、どこか『仕方がない』って納得はしていた」
「なるほど。そこに突然、一番弟子になった俺が現れたから、何か上手い方法があるんじゃないかと、そう思ったわけだ」
「ああ、その通りだ。もちろん、何かの契約や、深刻な事情に触れることなら言わなくていい。そういうことなら、どの道、知ったとしても何も変わらねぇ」
「……ふぅむ」
ディルグからの真っ直ぐな頼みに対して、大翔は唸るような声を出した後、問い返した。
「一つ目、余計な部分をぼやかした説明を聞く。二つ目、明らかに余計で、もしかしたら知らなくてもいい情報も含めて、全部説明を聞く。どっちがいい?」
「どちらの方が、ダチが弟子になれる可能性が上がると思う?」
「俺の見解としては、どちらも可能性は変わらない――等しく、可能性はゼロだ。師匠は俺以外の弟子を取ろうとしないと思うよ」
大翔の言葉は、容赦はないが誠実だ。
優しさを間違えることなく、きちんと正しい見解を口にする。例えそれで、相手が痛みを覚えることになろうとも、それは必要な痛みだと知っているから。
「だから、俺のお勧めは一つ目だよ。二つ目はまぁ、知っても害はないかもしれないけど、知らないに越したことはないから」
「…………その見解の理由も含めて、二つ目を選んでもいいか? そして、できれば俺のダチの前で説明してくれるとありがたい。その方が、諦めるにせよ、挑戦するにせよ、あいつのためだと思うから」
だからこそ、痛みを恐れずに前へ進む決断を、大翔は歓迎する。
柔らかな微笑みで、ディルグの要求を受け入れる。
「わかったよ、ディルグ君――いや、ディルグ。決闘の敗者として、俺は義務を果たそう」
勇気あるお節介へと、少しでもマシな結末を用意するために。
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「ディルグとは友達だが、あいつとは友達じゃない」
「私が同行すると、確実に状況を拗らせるから行かないにゃー」
ヒヒルとマチルダとは、訓練場で別れることになった。
理由としては、『ディルグのダチ』との個人的な確執に関わることらしい。何せ、人間に近い獣人であるヒヒルはともかく、猫の顔に近いマチルダの『嫌そうな表情』すら、大翔が理解してしまうほどの露骨な態度である。
ディルグもその件に関しては二人に対して、特に抗議も弁明もしていなかったのだから、大翔としては、あまり良くない予感を抱くのは当然だろう。
「いや、ちげぇんだよ、ヒロト。誤解しないでくれ……その、あいつはあの二人と色々あったからああいう態度であって…………根は良い奴なんだ」
「つまり、性根以外は問題があると」
「うぐっ」
なお、その予感は説明へと向かう道中、ディルグが外見には似合わない気遣いを見せていたことから、確信へと変わっていった。
「だ、大丈夫だ! いざって時は、俺が止める!」
「いざって時が考慮される人物に会いたくないんだけど……まぁ、約束だからね」
しかし、いくら厄介事になりそうとはいえ、約束は約束。
大翔は乾いた笑みをディルグに向けながらも、逃げることなく件の人物の下へと辿り着いたのだった。
「おーい、ミシェル! 俺だ! おーい!」
辿り着いた場所は、学園内にある部室棟の一室である。
部室棟は、古めかしい木造住宅のアパートメントのような建物だ。ディルグが声を掛けるドアの前には、『第四アーティファクト制作部』と封印都市で使われる公共言語で書かれた表札がある。
「ミシェル! 端末に連絡入れただろうが! おいっ! …………ったく」
ディルグは大声で呼びかけながら、乱暴にドアを叩く。
しかし、反応は返ってこない。不審に思ったディルグが、そのドアノブをひねるとすんなりとドアが開いた。
どうやら、その部室に鍵はかかっていなかったらしい。
「ヒロト、警戒してくれ。十中八九、あいつが……ミシェルが不意打ちをしてくるパターンだ、これは」
「何故に?」
「…………多分、アンタの実力を自分で測りたいんだと思う」
「ははは、仲良しだねぇ」
「いや、俺の場合は訓練場できっちりと公式の手続きも済ませるから。ミシェルと一緒にしないでくれ」
顔を顰めながらも、ディルグは部室へと入っていく。
無駄だと理解しながらも、なんとか隠密中の友達――ミシェルが馬鹿をやらかす前に見つけ出すため、探査の魔術を発動しながら。
そう、これ見よがしに鍵のかかっていない、部室の中へと。
――――不意打ちは、部室の外側から行われた。
手順はシンプル。
部室の鍵を開けておいて、自分は部室棟の屋根で待機。
光学迷彩の魔法道具と、気配遮断の魔術を組み合わせた隠密で息を殺し、タイミングを待つ。
後は、ディルグが警戒しながら部室の中へと入っていくタイミングで、奇襲を行う。
ディルグの意識が部室内へと向けられている内に、屋根から音も無く大翔の背後へと着地。対象を無効化する『雷獣の皮手袋』を発動させ、無防備な背中へと触れる。
「手荒な歓迎だね」
――その直前、大翔の周囲に暴風が吹き荒れた。
突如として、嵐が部室棟を襲ったかのような暴風は、敵意ある攻撃を許さない。奇襲を行った者を手荒く吹き飛ばし、十メートルほど強制的に後退させた。
「んなっ!?」
突然の攻防に驚愕するディルグへは視線を向けず、大翔は油断なく襲撃者を見定める。
その手に、ワンアクションで魔術を発動させる札を幾枚も携えて。
「これは普通に、校則違反だと思うんだけど?」
「はっ! バレなきゃどうとでもなるんだよ!」
大翔の問いかけに悪辣な言葉で答えたのは、一人の獣人だった。
けれども、その姿はヒヒルやマチルダよりも遥かに人に近い。
肌は毛皮に覆われておらず、髪色は灰色。耳は猫のそれに近いが、位置は人の物と変わらない。瞳は金色であり、猫の物と同じであるが、顔に髭は生えていない。
目つきの悪い灰色髪の少女が、制服姿でちょっとした仮装をしている。そのように間違われてもおかしくないほど、その獣人――ミシェルは、獣人としての特徴が少なかった。
「これからテメェを叩きのめして、口を封じればなぁ!!」
けれども、大翔が封印都市で出会った獣人の中で、一番獰猛なのはミシェルだった。
言葉よりも先に力を示し、力を試す。
野生の獣の如き理屈で動く少女こそ、『ディルグのダチ』であり、ロスティアへの弟子入り希望する学生だった。




