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第36話 決闘

 大翔が魔法学園の学生となって、八日間が過ぎた。

 基礎魔導技術を学生たちに教えつつ、魔術について他の学生たちと混ざって講義を受ける日々は、大翔にとって充実したものだった。

 興味のない才能とはいえ、誰かに頼られて『先生気取り』をすることは、大翔の自尊心を回復させてくれたらしい。傲慢な振る舞いになったわけではないが、段々と講師の真似事は上手くなっていった。


 また、魔術を学ぶために学生たちと混ざって講義を受けることも、大翔にとっては精神の疲労を癒すものだった。何せ、大翔は元々普通の高校生である。同世代の人間と一緒に授業を受けるという行いは、かつての日常を想起させるもの。

 始まりはロスティアからの無茶ぶりだったのだが、案外、大翔は魔法学園の日常を楽しんでいたようだ。

 ――――だが、どれだけ平穏な日々を過ごそうとも、それは幕間に過ぎない。



『《大翔。銀狼を攻略するための準備が整いました。詰めの段階が残っていますが、一週間以内には、作戦の実行に入るでしょう》』


 大翔は世界を救う勇者なのだから、この日々はあくまでも一時的なもの。

 次なる冒険の準備が整えば、平穏な幕間には終わりを告げなければならないのだ。


「聖火の研究はどうなったの?」

『《ロスティア殿からの報告によれば、満足の行く結果になったと》』

「なるほど。弟子の俺よりも先に、シラノに報告するんだから、本当にあの人は……」

『《まぁまぁ。ロスティア殿の研究成果を私が早く知れたのは、単に、あの人の研究を私が別端末で手伝っていただけに過ぎませんよ。そこに他意はありません》』

「そりゃあ、そうだろうけど…………え、別端末?」

『《あ、言い忘れていましたが、大翔。私は別に、ラジオの付喪神というわけではないので、相応の媒体があれば、同期する端末を増やすことができるのですよ。封印都市は良い媒体がたくさんあったので、ちょっと端末を量産してみました》』

「それはもっと早くに報告して欲しかった」


 学園の敷地内。

 食堂に隣接されたテラス席で、大翔はシラノと今後の予定について話し合っていた。

 ロスティアとの協定通り、冬の毛皮を手に入れるための算段を。


「ともあれ、勝算はあるってことでいいんだよね?」

『《ええ、ロスティア殿の研究結果は素晴らしいです。流石は、生きた伝説と言ったところですね。銀狼が持つ呪いに関して、確実に対処が可能な装備を作ってくれています》』

「…………その装備を付けるのは誰だろうね?」

『《聖火の出力の関係で、どうしてもこう……出力の関係で本体ではないといけないらしく。大翔、私たちがフォローするので頑張ってください》』

「いや、あのさ? 軽くこの世界の神話を調べてみたけど、銀狼って――」


 言葉の途中で、大翔は何者かの視線を感じて口を閉じる。

 テラス席には大翔以外の学生の姿もあるが、視線の主はそこに居ない。食堂側、窓ガラス越しに視線を向けてくる者が、複数人。大翔に向けて近づいてくる気配を察していた。


「シラノ」

『《任せてください、呪殺します》』

「シラノ???」

『《冗談です、ご安心を》』


 シラノから冗談が返って来ると、大翔は露骨に脱力した。

 警戒態勢を解いて、大きくため息を吐く。

 少なくない時間を共に過ごしている相棒同士だからこそ、知っているのだ。シラノが茶目っ気溢れる冗談を返してくる時は大抵、来訪者に危険は感じられないということを。

 事実、大翔の下へやって来たのは三人組の学生だった。

 虚ろな目をしているわけでも、爆発物を体に巻いているわけでも、凶器を持っているわけでもない。殺意も感じない。ただし、少しばかりの敵意が混ざっていたので、大翔は警戒してしまったのだろう。


「はぁ、心配して損した」


 ほっと胸をなでおろした大翔は、改めて三人組の学生を観察する。


 一人は狼型の獣人。毛皮の上から制服を着る、二足歩行の人狼だ。けれども、夜の残滓によって怪物化した存在よりも、よほど人間に近い造形をしている。狼の顔をしていながらも、人間の表情がある獣人。それがこの学生だった。


 もう一人は猫型の獣人。だが、身長は隣の狼型の獣人よりも遥かに低い。普通の猫よりは大きいが、それでも小学校低学年程度の体の大きさしかない。猫の身体的特徴を持つ人間というよりは、人間に近い猫と呼んでも差し支えがない姿だった。


 そして、最後の一人に至っては、ファンタジー映画からそのまま出て来たようなリザードマンだった。緑の鱗を持ち、強靱な手足に長い尻尾。造形が竜に近い人型。三人の中では体が遥かに大きい。二メートル近くはある。ただ、その巨体が学園の制服に収められているのは、やや滑稽でもある。似合っていない。特に、いかついサングラスをかけている所為で、制服との乖離が激しい。

 三人とも、大翔とは面識がない学生だった。ちらっと顔を見た程度はあるかもしれないが、少なくとも言葉を交わしたことはない、そんな間柄である。


「いよぉ、特待生。ちょっと俺たちと一緒に来てくれねぇか?」

「んんん?」


 そんな学生の中の一人、リザードマンが『如何にも呼び出し』をしてくるものだから、大翔としては困惑してしまった。

 勇者となる前の大翔であったのならば、この言葉だけでも露骨に怯えてしまったかもしれないが、今は違う。あるのは困惑だけだった。死線を幾重にも潜り抜け、地獄を抜け出し、大冒険を達成した大翔の間では、不良っぽいリザードマンの学生など、何の脅威にもならない。

 あるのは、単なる困惑だけだ。一体、何で声をかけて来たのだろうか? と。


「ええと、君は――」

「「声のかけ方が悪い!」」


 なので、大翔はとりあえずリザードマンの事情を訊ねようとしたのだが、その前に、他二人の学生が、リザードマンへと痛烈な打撃を叩き込んでいる。

 その勢いたるや、頑強な鱗を持っているはずのリザードマンが「うぎゃっ!?」と声を漏らして、床に蹲るほど。


「ディルグ、君は馬鹿か? ロスティア教授の一番弟子に、なんで喧嘩を売るような言葉をかけるんだ? もっと丁寧な言葉遣いを心掛けられないのか?」

「ほーんと、ありえにゃい。ディルグ、一人で自爆するのはいいけど、私たちを巻き込まないでくれるかにゃー?」


 そして、リザードマン――ディルグに掛けられる言葉は、辛辣で容赦がない。

 けれども、どこか気安く、慣れ切った友達同士であるが故の罵倒に見えた。


「うぐぐ……ヒヒルに、マチルダ! 俺が悪かったのはわかるが! 殴る前に、注意してくれてもいいだろうが! 言葉で!」

「「殴られるような真似をするのが悪い」」

「くっそ、両サイドから罵倒をハモらせるんじゃねぇ!」


 その証拠に、立ち上がったディルグの言葉には、怒りはあれども恨みはない。

 ヒヒルと呼ばれた狼型の獣人。マチルダと呼ばれた猫型の獣人。その両者も、言葉の中には心配の色が見え隠れしていた。

 どうやら、この三人は対等な友達同士らしい。

 大翔は三人のやり取りを眺めて、そう結論付けた。


「あー、君たち? 俺に何か用事があるのかな?」


 少なくとも、悪い学生たちではなさそうだと。

 だからこそ、努めて朗らかに声を掛けたのである。シラノが『《くくくっ》』と笑い、確実に愉快で面倒なことになることを察していたとしても、精一杯の誠意を込めて。


「ほら、ちゃんと言え」

「次に不良みたいな言葉を吐いたら、ケツに杭をぶち込むにゃー」

「お、おうっ!」


 大翔の言葉に促され、友達二人の背中を叩かれ、ようやくディルグは用件を口にする。


「特待生、ヒロト! 俺と決闘してくれ! ――――学園の公式ルールに則って!」

「学園の公式ルール!?」


 そう、明らかに銀狼とは欠片も関係がない。学生同士の交流関係が絡んでいるだけの、実に穏当な決闘のお誘いを。



●●●



 リーン魔法学園には、決闘の公式ルールが存在する。

 この学園は実力主義だ。元々、学生同士の争いごとの大体が力関係で解決されることが多い。教師たちは技術や学問を教えることはあっても、個人の揉め事にまでは干渉しないのだ。それが生死の関わる喧嘩や、質の悪い傷害事件になるのならばともかく、基本的には学生同士が自己責任で解決すべきことだとしているのである。


 だが、その過程で学生としての本分が疎かになるのはいただけない。

 無秩序な決闘の横行により、学生が勉学に集中できなくなるのは論外なのだ。

 そのため、学園側は学生たちに対して、決闘の公式ルールを定めることにしたのである。

 互いが合意の上、この公式ルールに則った決闘を行うのであれば、その勝敗によってもたらされた結果については、学園側が保証しようと。

 そして今、大翔はその学園の公式ルールに則って、決闘を行うことになっていた。


「俺が勝ったら、アンタに一つ質問をさせて貰う。アンタはその質問に、可能な限り誠実に答えてくれ」

「わかった。じゃあ、俺が勝ったら君は……あー、購買でパンを買ってきてくれない? 後でお金を渡すから」

「ちょっと待て」


 そう、決闘を行うことになっていたのだが、その前準備の段階で既にグダグダだった。

 決闘の場所は、学園の訓練場。魔術の訓練を行う学生のため、意図的に造られた特殊空間だ。

 背景は青空と、どこまでも広がる荒野。学生たちのセレクトによって、他にもフィールドを指定できるが、大翔たちが選んだのはシンプルでだだっ広い場所だった。

 この特殊空間内部であれば、どのような魔術であっても傷を負わない。魔力で仮想的に組み上げた場所であるが故に、どれだけ破壊してもすぐに元通りになる。

 そのような法則が敷かれた、文字通りの訓練場だった。

 従って、この訓練場を使っての決闘ならば、学園側に決闘の審判を頼む必要すらない。申請書に署名することにより、簡易的な契約魔術が結ばれる。例外はあるが、基本的に学生レベルではこの契約に逆らうことはできず、決闘の勝敗は遵守されるのだった。


「なぁ、決闘だぞ? 互いに契約を結んで、戦うんだぞ? 互いに釣り合うと思う条件を宣言して、そこから決闘を始めるんだぞ? なのに、なんでアンタはそんな適当な条件なんだ?」

「いや、別に俺は、ディルグ君に頼みたいことなんてないし」

「うぐっ」


 そんな場所で決闘を行う大翔とディルグであるが、両者の間には、まるで緊張感が無かった。


「ディルグの奴、今更、完全にお情けで決闘をして貰っているということに気づいたのか?」

「特待生は完全に、決闘をするメリットがゼロだからにゃー」


 そして、少し離れた位置から二人を眺める者たちにも、やはり緊張はない。それどころか、完全に弛緩した空気の中、暢気にスナック菓子と炭酸飲料水を口にしている。


「そもそも、俺に何か聞きたいことがあるのなら、決闘しなくても答えるし」

「……それは、その。実習を受けている奴らに悪いっていうか」

「ん、ああ。そういえば、課題を達成できた人から質問に答えるって約束だったね。なるほど、そこを尊重して、決闘することにしたわけか……うん、中々に律儀な奴だなぁ、君は」

「そういうアンタは、決闘前でも暢気な奴だな?」

「命が失われる戦いじゃないから、多少はね」


 決闘の経緯はシンプルなものだ。

 ディルグという学生が、大翔に何か尋ねたいことがあり、その答えを求めるために決闘を申し込んだ。

 そして、大翔は『魔法学園で決闘って、何か面白そう』という理由だけで、それを受けることにしたのである。


「へぇ、随分と言うじゃねーか。やっぱり、特待生ってのは相応の実力者ってことか?」

「さぁ? それをこれから確かめればいいんじゃない?」


 闘争心が刺激されたのか、獰猛に笑うディルグ。

 リザードマン。数多の人種が集まる封印都市においても、一二を争うほどの戦闘に秀でた種族。しかも、魔法学園に所属する学生となれば、単なる力自慢はあり得ない。

 種族的な強靱さを持ちながらも、魔術を扱えるだけの知性を持つ者、それがディルグだ。


「ただ、最初に言っておくと――俺は、一切の手加減をしないから、そのつもりで」


 そんなディルグを前にして、大翔は一切の動揺が無かった。

 シラノは既に、ロスティアに預けてある。いつも大翔の身を護る魔法道具の数々も、学生同士の決闘には過剰すぎると、学園側に預けなければならなかった。

 唯一、まともな装備と言えるのは、魔法学園の制服のみ。


「俺も、今の自分の実力を測るために君を利用しよう」


 それでも、大翔は不敵に笑う。

 限りなく一般人に近い条件でありながら、ディルグを見据える瞳に揺るぎはない。


「ははっ、そうでないと」


 不敵でありながら、一見すると隙だらけ。不気味なほどに脅威を感じない大翔へ、ディルグは沸き立つ闘志を抑えきれずにいた。

 ディルグの経験上、一見すると弱そうに見える奴ほど強いというパターンはそれなりに多かった。ましてや、大翔は特待生にして、ロスティアの一番弟子である。

 外見通りの実力であるはずがない、と全身に魔力をたぎらせた。


「互いの距離は十メートル。勝敗の判定は、戦闘続行不可能か、降参の宣言によって――異議は?」

「無いよ。その条件で始めようか」

「わかった。なら、開始の合図はピストル音にするぞ。この訓練場全体から音が発生するから、互いに音速の範囲で誤差は無いはずだ…………設定時間は、今から十秒後」


 訓練場に来た時のグダグダ感は、既に無い。

 両者の間には、戦いが始まる直前の、ひりつくような刺激的な空気が流れて。


「「――――いくぞっ」」


 十秒後、二人の声が闘志と共にぶつかり合った。




 そして、決闘開始から三秒後。


「…………誇るがいい。君の、勝ちだ…………ぐはっ」

「えぇ……」


 ディルグの牽制の左フックにより、大翔は地面に倒れ伏していた。

 何の不思議もない、実力通りの順当な敗北だった。

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