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第35話 特待生

 封印都市には、魔法に関わる様々な技術と知識を学ぶための教育機関がある。

 正式名称は、リーン魔法学園。

 とある神話の登場人物の名を冠する教育機関である。

 設立は、現在からおおよそ五百年ほど前。とある魔導技師の下に、その技術を学びたいと世界各地、更には、異なる世界からも弟子希望が殺到したことがきっかけだ。

 とある魔導技師――ロスティアは、その弟子希望者を『面倒臭い』の一言で切り捨てたが、その程度で諦めるような輩ならば、封印都市まで押しかけたりはしない。

 せめて、その技術を見て学ばせて欲しいと頼み込み、ロスティアが製造した作品を解析し始めたのが、学園の始まりだと言われている。


 最初は、職人同士の寄り合い場所。

 次は、職人同士が技術を教え合う学び場。

 そこにはいつの間にか、職人たちから持ち込まれた、多くの技術書、魔導書が持ち込まれるようになった。そう、とても書庫には収まらないほど大量の本が。


「それならばいっそのこと、図書館にでもすればいいのでは?」


 誰がそう言ったのか、正式な記録はないが、きっかけはその言葉だった。ロスティアに届かぬ技術であれば、秘匿しても意味はない。より多くの者たちへと公開し、さらなる発展を目指すべし。

 そのような尊い志で設立された図書館だったが、そこに収められた技術書、魔導書の類は全てが難解だった。何せ、ロスティアには及ばずとも、一流の職人たちが己の技術の粋を記した書物である。素人どころか、魔術に携わる大半の者たちですら解読できなかったのだ。


「仕方ない、最低限のラインを引き上げよう」


 職人たちはさらなる発展のため、図書館で頭を抱える者たちへと、己の技術、魔術を教えるようになった。最初は本当に渋々であったが、素人同然だった者たちが、目覚しい成長を遂げることもあってか、やがて教育機関として体裁を整えるようになっていく。


 これが、魔法学園の始まり。

 さながら、豚汁を継ぎ足しで作り続けていたら、いつの間にかカレーになっていたが如き変容であるが、これで意外と上手く回っているらしい。

 元々、多種多様な職人たちが押しかけていた現場であるが故に、種族的な差別は少ない。その代わり、実力主義が強めの校風ではあるが、それは弱者を進んで虐げるようなものではなかった。

 遥かな高みに向けて、手を伸ばし続けること。

 それこそが、リーン魔法学園が掲げる教育方針なのだ。



●●●



「魔導技師の基礎は、物体に魔力を込めることだ。魔力伝達率が高い物体から初めて、最後は伝導率がほぼ無い紙片に魔力を込めろ。この課題ができた者から単位を与える」


 五百年の歴史を持つ魔法学園に、前代未聞の異変が起こっていた。

 それは、偏屈で拗らせた性格のロスティアが、講師として教鞭を取っていること――ではない。確かに、ロスティアの授業はとても稀なイベントであるが、一年に数回ぐらいは渋々、特別授業を請け負うぐらいには協力的だった。

 己が立ち上げに関わった学園に愛着があるのか、あるいは、もっと別の理由なのかわからないが、ロスティアは比較的、魔法学園には顔を出す方である。

 ならば、一体、何が前代未聞なのか?


「課題の途中でわからないところがあったら、この弟子に訊け。弟子は、この有象無象どもでもわかりやすく教えるように。いいな?」

「はい」


 それはもちろん、ロスティアの隣で愛想笑いを浮かべる弟子――大翔の存在だった。

 広々とした多目的ホールに、作業着姿でずらりと並ぶ学生たち。その興味の視線が向けられているのは、紛れもなく大翔に対してである。

 何せ、ロスティアが口頭で『弟子である』と認めた存在なのだ。

 今までのように、『あの偉大なる職人はロスティアの弟子のようなものだ』と勝手に噂されるようなものではなく、ロスティア公認の弟子。魔法学園の先進たる職人たちが、求めてやまなかった立場にある存在こそが、大翔なのである。

 一体、何者なのかと興味を向けるのも仕方ないだろう。


「では、後は勝手にやるように」

「師匠、どこへ行かれるので?」

「禁書庫だ。用事がある」

「いや、場所を訊ねたわけではなく、師匠に対して『マジかよ、おい』と正気を訊ねているのですよ。事前説明が一切なかった癖に、監督責任も果たさないのですか?」

「ああ、そうだ」

「軽やかに肯定するなぁ、この人は!」


 しかも、偏屈な気分屋であり、学生が声を掛けても大体無視されると噂のロスティアに対して、親しげに会話を成立させている。

 このポイントが更に、学生たちの好奇心を掻き立ててしまった。

 もしかして、『そういう相手』でもあるのか、と。


「マジで出ていきやがった、あの駄目人間……あー、ごほん! というわけで、講師が途中離脱して大変申し訳ございません。代わりに、自分ができる限りの対応をさせていただきますので、何かご不明な点がございましたら、遠慮なく申し付けてください」


 ロスティアが多目的ホールから退出すると、学生たちの空気は途端に緩む。

 今までは歴史的な偉人の目の前にいる、という心の制限があったが、居なくなったのならば、後は物腰柔らかな興味の対象が居るだけ。


「では、実習開始です。皆さん、怪我に気を付けて行動を始めてください」


 実習を始めた学生たちによって、大翔が質問攻めに遭うのは、もはや確定的に明らかだった。


「ヒロト君はロスティア教授とは、どういう関係なんだ!?」

「ヒロト! ロスティア教授にどうやって弟子入りを!?」

「ヒロトさんはロスティア教授に、いつ弟子入りしたんだ?」


 学生たちの質問は主に、大翔とロスティアの関係について。

 ロスティアからは特に口止めはされていないし、別に隠すような素性ではないのだが、これでも大翔は勇者である。超越存在の権能を身に宿し、世界を救うために旅を続ける勇者だ。

 実態はともかく、年頃の学生たちを惑わすのには十分な肩書である。大翔だって、同じ立場だったら目を輝かせて、余計な手を突っ込んでしまうことを否定できない。

 その先に、どんな災厄が待ち受けているのか、想像することも無く。


「あー、質問については、実習が上手くできた方からお答えします。皆さん、余計なおしゃべりがしたいのなら、まずは師匠からの課題をこなしましょう。あれであの人、課題の難易度には気を遣っているみたいなんですよ?」


 学生たちの質問に、大翔は曖昧な笑みを浮かべて保留することを選んだ。

 もちろん、はぐらかすような受け答えだったが、言葉の内容に嘘はない。課題ができた者には、多少の質問に答えようという誠意はあったのだ。


「…………あの方が、難易度に?」

「気を、遣っている?」

「え、ふるい落としではなく?」

「全員に達成させるつもりで? え?」


 ただし、大翔の予想とは裏腹に、学生たちにロスティアの課題は難し過ぎた。

 大翔がなんとなくの感覚でやってのける、『魔力を物体に込める』という作業は、それほどまでに困難らしい。自分の肉体や、魔力の伝達率が良い特殊素材ならばできる学生たちは多い。けれども、ただの紙片に魔力を込めることは、油紙を色水で染めるようなものなのだとか。


「ヒロト君……助けてください」

「ううっ、銀はともかく、銅は難しいよぅ」

「え、待って? 課題をクリアすれば単位を貰えるってことは逆に……」

「課題をクリアしないと、単位は貰えないってこと!?」


 結果、最初の授業が終わる頃に、課題を達成できた学生の数はゼロ。

 大翔による懇切丁寧な解説により、ある程度の進捗は見られたが、課題は次回の授業へと引き継がれることになったのだった。

 これにより、大翔は学生たちの質問に答える必要性は無くなったのだが、代わりに責任と義務を背負うことになった。


「…………ひょっとしてこれ、次回からも俺が教える流れ?」


 そう、ロスティアの課題を学生たちに達成させること。

 それがロスティアから大翔に与えられた、新たなる課題だったのである。



●●●



 感覚を言語化して、誰かに教えるということは難しい。

 呼吸。歩行。食事。日常で無意識に行っている行動すらも、完全にその仕組みを教えることは難しい。ましてや、自分が当然のようにできることを、できない誰かへと教え込むのは非常に困難だ。


 それは、ロスティアに才能を認められた大翔であっても例外ではなかった。

 自分が簡単にできることが、他人にはできない。

 この違和感は、今まで普通の高校生だった大翔にとっては中々辛い『ズレ』だ。その上、大翔は家庭教師のアルバイトをしていた経験もない。誰かに教えるという経験も、精々がクラスメイトに課題の解き方を教える程度。

 当然ながら、突然に教師の真似事をやれと言われても、まず自分自身が何も理解できていないので、教えられることはほとんど感覚的なことになってしまうのだ。


「いや、流石にフィーリングだけでは限度がある」


 大翔は直ぐに、この教え方の限界を悟った。

 学生たちの何割かは、感覚的に教えるだけでも課題をこなせるだろう。だが、学生たち全員となると、それは不可能だ。感覚を理解できず、単位を落とす学生が必ず出てくる。

 ロスティアからは、学生たち全員を課題達成させるように言われてない。だが、大翔としては、どうせ教えるのならば、全員をきっちり課題達成へと導きたかったのである。

 ただ、そのためにはどうしても、大翔自身に足りない物があった。

 それは、知識だ。

 魔術に関する知識が、圧倒的に不足していたのである。


「仕方ない。聖火の研究成果が出るまで暇だし……うん、真面目に学生やってみますか」


 従って、大翔は学生たちに講義するのと並行して、自主的に魔術について勉強を始めることにしたのだ。

 そう、魔法学園の学生らしく、他の学生たちと肩を並べて。



「え、魔術? いやいや、俺は全然使えないよ。うん、魔導技師としての修行は始めたばっかりだし。だからまぁ、俺もまだまだ勉強の途中ということで」


 大翔は学園へ、特待生という扱いで入学していた。

 このリーン魔法学園に於いて、特待生という意味は二つある。

 一つは、学費や生活費、その他を全て学園側が免除するほど、優秀な学生という意味。

 もう一つは、学生レベルでは収まらない『何か』を持つ、特別な学生という意味だ。

 前者は優秀な成績と共に、無事に卒業することを望まれる。

 後者は『自分で勝手に必要な知識を学べ』という、放任主義が極まった物。というよりも、ほぼ聴講生の扱いであり、まともに単位を取らずに、必要なことを学んだら自主退学する者が大半だ。その上、実習の手本やら、教師の代役として働くこともあるのだから、学生という領域から半分以上逸脱している存在なのだ。


 どちらがより優秀な学生であるかは、個人の価値観によって判断が分かれるだろうが、変人が多いのは圧倒的に後者だった。

 いつの間にか入学し、勝手に学び取って、知らない内に消えていく。

 大翔は明らかに、後者の特待生として連れて来られた人間である。従って、この天才も当然、自分たちのことなど歯牙にもかけず、いつの間にか消えていく存在だと、学生たちには思われていたのである。


「……はぁ、この理論さっぱりわからないんだけど? ねぇ、ちょっとそこの君、学食でお昼を奢るから、ここら辺詳しく教えてくれない?」


 だが、大翔は積極的に周囲の学生たちに話しかけた。

 自分が講義を請け負っている学生だけではなく、魔導技師以外の教科を学ぶ学生にも声を掛けて、魔法と魔術に関して、理解できない部分の説明を求めたりしたのだ。

 これには、学生たちも驚きを隠せない様子だった。

 何せ、大翔は特待生である。その上、ロスティアという偉大なる師の一番弟子だ。プライドが高い天才か、有象無象の学生とは言葉も交わさない変人だと思われていたのも当然だろう。

 けれども、大翔はまるで、普通の学生のように周囲へと声を掛ける。

 自分がわからない箇所を、他者に訊くことを躊躇わない。

 学生たちの、『何故、自分たちの教えを受けようとするのか?』という問いに対して、大翔はこのような言葉を返した。


「いや、他人に訊いてわかるんだったら、そっちの方が早いだろ? 俺も色々とやることがあるからさ、手っ取り早い方が助かるんだよ」


 本当にごく自然に。

 バイトがあるから、早く課題を終わらせたい、とでも言うような態度で。

 ロスティアの一番弟子という、歴史上の登場人物にもなれる天才であるはずなのに、大多数の平凡な学生たちと似通った人間性の持ち主だった。


「うん? 違う違う! 嫌味とかじゃなくて、本当にわからないの! つーか、俺はこの間まで、科学文明の世界で暮らしていたから、魔法とかさっぱりわからないの! 大前提の知識が圧倒的に欠けているの! マジで助けて欲しいから頼んでいるんだって!」


 そして、魔導技師に関すること以外はほとんど無知だったことが、何よりも学生たちの親近感を誘ったのかもしれない。

 天才でも完璧ではないのだという安心感と、ロスティアの一番弟子に勉強を教えているという、優越感。

 この二つが織り交ざった親近感は、多くの学生の警戒心を解きほぐしていた。


「…………ほら、きちんと魔術理論を学ばないと、魔導技師の講義もやりにくいだろ? 師匠は駄目人間だけど、せめて弟子の俺だけでも、請け負った人たちの責任は負わないと」


 何より、ロスティアという偉大なる師から投げつけられた無茶ぶり。それを真面目にこなそうと努力を重ねる大翔の姿は、教師も含めた、周囲の共感を呼ぶものだったのである。

 従って、大翔という存在は、魔法学園の学生たちから好意的に受け入れられ始めていた。




「いよぉ、特待生。ちょっと俺たちと一緒に来てくれねぇか?」

「んんん?」


 ――――一部の者を除いて。

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