第34話 魔導技師見習い
魔導技師として必要な才能の一つは、魔力を扱うことらしい。
ならば、魔力とはそもそも何なのか? そのようなことを、大翔はロスティアに訊ねたことがある。
しかし、返って来た答えは以下の通りだった。
「なんかこう、便利なエネルギー? 頑張れば魂から生み出せるし、空気中や自然現象からも引っ張り出せるから、使い勝手がいい」
学術的な説明は皆無の、感覚オンリーの答えである。
ただ、大翔としても、『魔力とはなんぞや?』ということにそこまで興味はないので、なんとなくの理解で留めておくことにした。
「では師匠、俺は魔力を扱う才能があるということですか?」
「まぁ、そこそこ?」
「何故疑問形……じゃあ、攻撃魔術とか、支援魔術とか……」
「あ、お前に戦う才能は無いから、そこら辺は諦めろ。後衛ですらなく、戦闘から離れた後方要員だ」
「ソルと同じことを言ってる……」
なお、魔力を扱う才能はそこそこあるらしいので、もしかしたら戦闘型魔術師として行けるのではないか? という甘い考えは、即座に打ち砕かれている。
それに関しては、いつものことなので大翔は大して動揺していない。
問題なのは、何かしらの才能があるらしいという事実の方だ。
「魔力を扱う才能があれば、魔導技師になれるんですか?」
「いいや? あくまでも、それは必要な要素の一つに過ぎない。手先がそれなりに器用でなければいけないし、物体に魔力を込めることもできなければならないし、それなりに勉強もできなければならない」
「なるほど、俺には無理そうですね」
「毎朝、それなりの出来の朝食を作って、科学的な高等教育を受けているお前は、この条件を満たしている」
「物体に魔力を込めるとかはできませんが?」
「聖火で料理を祝福したり、呪いを浄化したりできるだろう? あの感覚だ」
「あの感覚かー」
才能があるということに関して、大翔はとても懐疑的だ。
だが、今までの道程を思えば、それも当然のことだろう。
戦う才能はない。特別な異能に覚醒したりしない。伝説の人型兵器に対面キャンセルされる。今ある性能のほとんどは、外付けの物。唯一、胸を張れる力があるとすれば、それは己の心に宿す勇気ぐらいだ。
今更、才能があると言われても信じにくいものがある。
「……聖火を使うためのレクチャーは、超越存在の化身から受けましたからね。そのおかげで、才能が捏造されたのかもしれません」
「化身からのレクチャー!? い、いや、気になるが今は置いておこう……ごほん。いいか、弟子よ。確かに、それもプラス要素であるが、私がお前を一番弟子に見込んだ、一番の要点はそこじゃない」
「と言うと?」
だから、ロスティアから告げられた次の言葉にも、懐疑的だった。
「魔導技師という職業に対して、冷めていること。乾いていること。その癖に、必要なことを成し遂げる、惰性の如き義務感。それが、魔導技師に――いや、私の一番弟子にとって必要な才能だ」
魔導技師としての修行を始めた後でも、その言葉の意味は理解できていない。
魔導技師としての修行が始まってから数日後。
大翔は、屋敷の地下にあるロスティアの工房に居た。
魔導技師の工房と聞くと、如何にもファンタジーな間取りを連想するかもしれないが、ロスティアの工房は、どちらかと言えばSF染みた空間だった。
壁と床は、石造りでも木造でもなく、白色の特殊建材。魔術にも薬品にも耐性を持つ、頑丈な代物。
天井には、LEDライトの如き魔導式照明が幾つも付けられており、工房全体を明るく照らしている。
魔道具を制作するための道具は、ほとんどが機械式だ。
魔導式のディスプレイと連動し、複雑な部品の組み合わせである機械が、人間の手では難しい精密な作業を行っていた。その癖、駆動音は滑らかで静かである。
「科学はレアな技術体系だけど、習得はさほど難しくない。魔術だけで作るよりも、効率的になるのであれば、機械を導入するのも手の一つだろう。まぁ、オーダーメイドだけは、手作業でこなさなければいけないので、万能ではないが」
このSF染みた工房に関して、師匠であるロスティアはこのような発言をしていた。
弟子である大翔からすれば、ファンタジーに対する浪漫が崩れるような意見であるが、すぐに『超技術ファンタジーも悪くない』と立ち直っている。大翔は機械と魔法の組み合わせも、結構好きなのだ。
そのため、機械溢れる地下工房は、大翔にとって決して悪くない修行環境となっていた。
主に、モチベーション向上的な意味として。
「まぁ、こんな機械に囲まれてやる修行といえば、折り紙なんだけどね」
ただ、それはそれとして、大翔はあくまでも魔導技師見習いだ。
それはもう、新米中の新米である。ロスティアが扱うような機材には、手を触れることすら許されていない。機材を満足に扱う実力ではないのはもちろん、単純に危険だからだ。
ロスティアが作るアーティファクトは機嫌が伴わなくとも、超一流である。
当然、そこに込められる魔力も並大抵のものではないので、下手に触れると体の一部どころか、体が全て吹き飛ばされる可能性がある物もあるのだ。
従って現在、大翔が行っている修行は、機材を使わぬ安全なものとなっている。
「なんか小学校の頃を思い出すなぁ」
紙片に魔力を込めて、何かを作り出せ。
師匠であるロスティアからの課題は、このようにアバウトである。具体的に、何を作れなどは言われていない。大翔が詳しく尋ねても、『フィーリングで行け』とふわふわとした言葉しか返さないのだ。
これが、魔導技師という職業に対して熱意を持つ弟子だったのならば、ロスティアの言葉の意味を深く取られて、しばらく考え込んだだろう。
しかし、大翔は魔導技師という職業に対して、あまり興味を持たない弟子だ。
意味など特に考えず、タスクを消化する感覚で折り紙を始めたのである。
「……ふぃー、こんなもんかな?」
地下工房の隅。ロスティアが用意した金属製のデスクの上には、無数の折り紙が作られていた。形は鶴やら蛙やら、ドラゴンなどの複雑な折り方の物まで様々な種類がある。
それらは、大翔の魔力が込められてあるので、ある程度は大翔の意志通りに動くが、ただそれだけ。特殊な能力などは何もない。それどころか、大翔が感知できる範囲の外に行けば、操作すら不可能になるだろう。
修行の一環ではあるが、こんなものを作って一体何の役に立つのか、大翔にはさっぱり理解できなかった。
「ねぇ、シラノ。これにはどんな意味があると思う?」
『《さぁ? 後で、ロスティア殿に聞けばいいのでは?》』
「今は聖火の研究に夢中だから、俺の言葉を認識できるようになるのは、大体六時間後ぐらいだよ」
『《予定を告げられずとも察するとは、随分と弟子らしくなりましたね》』
その意図をシラノに訊ねてみても、答えは素っ気ない。
本来であれば、師匠であるロスティアに訊ねるべきことなのだろうが、ロスティアは現在、聖火の研究中である。声をかけることはできない。そもそも、ロスティアの修行は大抵、『これをやっておけ』という課題を渡されるだけ。直接的に何かを指導してもらうこともなければ、大翔が修行をしている様子を見ているわけでもないのだ。
なので、シラノから『弟子らしくなった』と言われても、さっぱり実感が湧かない。
「弟子らしくなったと言われてもなぁ……やっていることはハウスキーパーだし。魔導技師としての修行も、内職みたいなものばっかりだし。この前の課題なんか、魔力を込めた糸を操作して、手を使わずに針の穴に通せっていう、よくわからない奴だったんだぜ?」
『《でも、あっという間にこなしていたらしいじゃないですか》』
「母親から、雑巾ぐらいは繕える程度の教えは受けているからね。そもそも、慣れれば誰でもできるよ、あんなの。全然、修行しているつもりになれない」
『《…………なるほど》』
「ソルとやった逃走訓練の方が、よほど修行っぽいまであるよ」
『《ああ、そういえばソルから、偵察の合間にそちらの訓練も再開するとの連絡が》』
「…………多重弟子生活かぁ」
ロスティアの世話をしながら、ソルからボコボコにされる日々を想像する大翔。
頭が痛くなるような予定であるが、どれも世界を救うためには有益なことである。逃げるわけにはいかない。逃げるわけにはいかないが、少しぐらいは手加減してもいいんじゃないかな、と思う大翔だった。
「ねぇ、シラノ。俺って本当に、魔導技師としての才能があると思う? せめて、比較対象が欲しいっていうか、無意味なことをやってはいないという実感が欲しい」
『《そうですね。あくまでも私の推測ですが、十年ぐらい修行を続ければ、それなりの腕前にはなると思いますよ? 魔法道具の制作に限るのであれば、辺獄市場でアイスを買い取ったラーウムという魔術師ぐらいにはなるかと》』
「つまり、即戦力にはならないから、今まで通りにラーウム製の魔法道具を使った方が良いってことだね?」
『《いえ、ロスティア殿の協力が得られそうなので、そろそろ魔法道具をグレードアップさせる予定です》』
「即戦力にならないことは否定してくれない……」
『《まー、あまり詳しく言うと修行の妨げになるかもしれませんから。では、私はそろそろ、銀狼の文献調査に戻りますので》』
「あ、うん。愚痴に付き合ってくれてありがとう」
シラノとの通信が切れると、大翔はため息を吐く。
正直に言えば、大翔は『才能がある』と誰かに言われたこと自体は嬉しかった。世界を救う旅を始める前、普通の高校生として過ごしていた時も、そんな物が自分にあるとは思っていなかったからだ。
勇者としての旅の途中でなければ、もっと素直に喜んでいたかもしれない。意味のわからない修行に対しても、もっと意欲的に取り組めたかもしれない。
だが、今の大翔はあくまでも勇者だ。
世界を救わなければならない義務がある。従って必然と、即戦力となり得ない才能に関しては、冷めた考えを抱かざるを得なかった。
「才能があっても、性能が足りないのは変わらず、かぁ」
どこか拗ねたように呟くと、大翔はデスクの上の折り紙を操って、暇潰しをする。即興の寸劇をボイス付きで行って、魔力操作とボイストレーニングを同時進行させる。
それが魔導技師を志す者にとって、どれだけ困難であるかも知らずに。
●●●
大翔が魔導技師としての修行を始めてから、一週間後の朝。
「弟子よ、そろそろ次のステップに進むぞ」
もそもそとクッキーを食べるロスティアから、そう宣言された。
ある意味、弟子として一定の技量を認められた証拠であるが、大翔はあまり実感が湧かない。大抵の時間、一人で課題をこなしているだけだったので湧くわけがない。
「はぁ、そうですか」
「なんだ、嬉しくないのか? 多分、それなりに筋が良い方だぞ、お前。まぁ、弟子を取るのはお前が初めてだから、上達速度の比較はさっぱりできんが」
「あははは」
「なんだ、その乾いた笑みは……ふむ、仕方ない。弟子のモチベーションを上げるのも師匠の務めだ。いいか、よく聞け、ヒロト。お前には恐らく、多分、才能がある……かもしれん!」
「わぁい、すっごいふわふわな保障!」
真顔でクッキーを食べ、紅茶を飲みながらのロスティアの励ましは、当然ながら大翔には届かない。乾いた笑みを浮かべながらも、『次の朝食は甘い物以外に挑戦しようかなー?』などと思考が家事へと向けられている。
これには、流石のロスティアもまずいと感じたらしい。
慌ててフォローの言葉を紡ごうと試行錯誤する。
「いや、待て……待て。私の社交性では良い感じの比較対象は出せないが、本当に才能はある方なんだぞ?」
「ああ、冷めていると乾いている、と言う奴ですね?」
「一番大事なのはもちろんそれだが、魔導技師見習いとしての上達が早いのは確かだぞ」
ロスティアの言葉に、疑いの視線を向ける大翔。
この一週間の修行の成果として、ロスティアの師匠適性を完全に信じられなくなっているらしい。
「待て、そんな目を向けるんじゃない、弟子よ……あー、うん! 百年も修行をすれば、私の助手を務められる程度には才能があるぞ! これは確実だとはっきり言える!」
「それだけ修行すれば、誰だってそれなりにはなるでしょう? というか、俺は百年も生きられませんよ、種族の寿命的に」
「えっ?」
「えっ?」
「…………ああ、まぁ、うん。そういう可能性も無きにしも非ず、か」
「待って、師匠。え、何? 俺って寿命がおかしいことになっているの!? え、どっちが原因!? 勇者の方!? 聖火の方!?」
励ましの言葉の最中に、ロスティアは地雷を発掘してしまった。
本来、知るべきではないことを知ってしまった大翔は、いつになく動揺している。流石の大翔であっても、不意打ちで人間卒業宣告は辛い物があるのだ。
「ご、ごほん! それはさておき!」
「とても気になることなんですが!?」
「ええい、後で相棒と護衛から詳しいことを聞け! 今は! 魔導技師としての修行に集中しろ! わかったな!!?」
「わかったので、俺の周囲を帯電させるのは止めてください。無詠唱での電撃魔術はお控えください、師匠」
故に、その動揺を収めるために、多少強引な手段を取るのも仕方ないことだっただろう。
事実、身の安全に敏感な大翔は、ロスティアからの攻撃を察知して、強制的に思考を止めていた。古い家電製品ではないが、混乱した大翔をどうにかする時、強めに精神的衝撃を与えることは有効であることを、ロスティアは学んでいた。
どうやら、大翔が弟子として成長しているのと同じように、ロスティアも師匠として成長している部分があるらしい。
「いいか、お前は魔導技師としての基本を学んだ」
「はい」
「なので、これからは発展と応用だ」
「はい」
「そのためには、他者との交流がそれなりに必要になるので、渋々、とても面倒ではあるが、学園に通わせようと思う」
「はい……はい?」
ばちばちと周囲に紫電が迸る中、大翔は首を傾げる。
今さっき、とても師匠の口から似合わない単語が出たぞ、と。
「ヒロト、お前を魔法学園の特待生として入学させる。今から準備を始めるぞ」
具体的に何がどう必要で、魔法学園に入学することが不明だし、特待生という制度もわからない。そもそも、勇者である大翔は教育機関に通う暇なんてないのだが、それを指摘すると確実に拗ねることを大翔は知っている。
従って、真面目な顔で言葉を告げる師匠に対して、弟子が答える言葉は一つだけ。
「…………はい」
かくして大翔は、師匠からの命令で魔法学園に通うことになったのだった。




