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第30話 狩猟と修行

 緑王と呼ばれる魔獣は、封印都市からニ十キロほど離れた森林地帯に生息している。

 全長三メートル超。毛皮はその名が示すように、苔むすような緑色だ。頭部から生える二本の角は、一見すれば枯れた樹木のように見えるが、その強度は金剛石すら貫くほど。

 しかし、緑王の恐ろしさは巨体でも、強靱な角でもない。


 ――――植物操作。


 自身を起点として、半径一キロ圏内の植物を全て、己の手足のように動かせる固有能力を持つが故に、討伐が困難とされているのだ。

 植物操作は攻防一体にして、感知も兼ねた固有能力である。その上、操作した植物を餌として動物たちに与えることにより、多くの群れを束ねる統率力も持つ。

 数百年を生きた竜種であっても、彼らの縄張りには近づかないだろう。


 まさしく、緑の王。

 植物を操る自然の猛威こそが、緑王という名の魔獣なのだ。



「課題の魔力触媒は、こいつの角でいいかな? 僕は保存の魔術は得意じゃないから、あまり鮮度は保証できないけど」

「あ、大丈夫だぞ、ソル。保存は、俺の得意魔術になっているから。つーか、そのためにシラノの奴に協力者に指名されたわけだし」

「はははっ、貧乏性のニコラスらしい」

「食材を大量に買い込むと、おまけして貰えることが多いんだよ。節約家って言え。それに、今は節約するだけじゃなくて、きちんとバイトもしている」


 そして、緑王という魔獣は現在、二人の人間によって解体されていた。

 近くに沢がある場所で、きちんと肉を即製の三脚に吊るしての作業である。


 緑王といえども、世界最強の傭兵であるソルには及ばない。

 半径一キロ圏内が支配領域ならば、領域外から斬撃を飛ばして、首を切断すればいい。

 そんなコロンブスの卵にもならない、力任せのごり押しによって、恐るべき魔獣は食物や素材へと姿を変えることになった。


「封印都市に来たのも、地元の魔法学校から請け負ったバイトの一種だからな。魔術触媒の調達。パシリみたいなもんだけど、珍しい魔術触媒を手に入れることができたら、その分、ボーナスが入るんだよ」

「へぇ、それじゃあ、この魔獣の素材はボーナスになりそうだね」

「ボーナスっていうか……上等過ぎて、帰り道が怖いぐらいだぞ?」

「きちんと僕が信頼できる護衛を探してあげるよ。それとも、シラノに送り届けて貰うようにするかい?」

「いいや、ヒロトはともかく、あいつに借りは作りたくねぇ……にしても、だ」

「うん?」


 手早く解体を進めるソルと、解体された肉に保存の魔術をかけていくニコラス。

 二人は作業を止めずに、視線を合わせないままに言葉を交わしている。


「随分、マシな顔をするようになったじゃねーか、ソル」

「…………わかる?」

「そりゃあ、年単位で暮らしていれば、お前の変化ぐらい気づけるわ。つーか、明らかに重苦しい空気を背負っていた奴が、そんな顔をしていたら、誰だって気づけるんじゃねーか?」

「え、どんな顔?」

「間抜け面」

「間抜け面で魔獣を解体していたのか、僕」

「安心しろ、しみったれた面よりは大分マシだ」


 そうかそうか、と嬉しそうに笑うソル。

 そんなソルの様子を横目で確認すると、ニコラスはどこか拗ねたように呟く。


「よっぽど、あのクソ馬鹿野郎が気に入ったんだな?」

「まぁね。でも、今でも教会の皆は、僕の家族だと思っているよ」

「…………別に、当てつけで言っているわけじゃねーよ!」


 明らかに、当てつけも混じっていたニコラスであるが、意地でもそんなことは認めない。今更、家族なんて言葉で喜んでしまったことを誤魔化すように、話題転換を図る。


「俺が言いたいのは、その……あれだ! ヒロトのクソ馬鹿野郎は、口だけじゃなくて、やっぱりちゃんとした勇者だったんだな、ってことだよ!」

「ああ、そうだね。ヒロトは紛れもなく勇者だよ。戦闘能力は皆無だけど」

「まだ皆無なのかよ!? シラノの奴から、なんか聖火っていう凄い力を手に入れたって聞いたけど!?」

「それね、攻撃力はゼロなんだ。呪いとか、超越存在の影響で怪物化した奴を浄化したりはできるけど。攻撃として使っても、相手に『なんか温かい』程度の効果しか及ぼさないんだ」

「勇者の癖に、完全に僧侶のポジションじゃん!」

「むしろ、ヒロトを戦闘に参加させたら負け、って気分だよ、今の僕は」


 勇者、佐藤大翔。

 その話題は、二人の間で尽きることはない。

 ニコラスとしては、とっさの話題転換だったのだが、大翔という存在については語りたいことが山ほどあった。

 たった数日の交流だったとしても、大翔という勇者はあまりにも記憶に残る存在だったのだから。


「でも、聖火って奴を手に入れるために、大冒険したんだろ?」

「ほぼ戦闘は僕だったけどね」

「じゃあ、役に立たなかったのか?」

「いや、ヒロトが居なかったら本当に危なかったって場面が、少なくとも二つはあるから。そういう観点から言えば、役に立つどころか大活躍だったよ、彼は」

「戦闘力皆無だったのに!?」


 戦闘力皆無なのに、勇者。

 どこからどう見ても、自分と大差ないような人間。

 そんな奴が、ソルと共に神話の如き大冒険をしたとあれば、ニコラスでなくとも詳細を聞きたがるだろう。


「うん。はっきり言えば、ヒロトは弱い。今、ニコラスと戦っても普通に負ける」

「そこまで弱いのかよ!? つーか、そこまで弱いのに、大活躍!?」

「ああ、そうだよ。ヒロトはとても弱いのに……だけど、一緒に居ると不思議と『何とかなる』って気分にさせてくれるんだ。特別な何かができるわけじゃない。正解の道を指し示してくれるわけじゃない。でも、彼は僕に勇気を分けてくれたんだ」


 ソルは護衛対象としてではなく、『対等の仲間』として大翔を語っていた。

 家族というカテゴリーであるが、『守るべき者』として扱われているニコラスとしては、複雑な心境ではあるが、ソルの言葉には納得している。

 何故ならば、ニコラスもまた知っているからだ。

 大翔の背中に乗って、ドラゴンから逃げ回ったあの夜。ニコラスは確かに、ソルが語っているような勇気を感じていたのだから。


「だからね、ニコラス。今の僕は、傭兵でもあるけれど――勇者でもあるんだ。本当に今更なんだけどさ、もう一度頑張ってみようと思えたんだ。そのために、僕は大翔と一緒に旅をすることを決意したんだよ」

「……そっかぁ」


 故に、嫉妬は感じつつも、ニコラスは大翔に対して苛立つ感情はない。

 そんな物よりも、ずっと胸の中に燻っていた感情が、燃え上がろうとしていた。


「だったら、俺も負けてられねぇな」


 友達に恥じない自分でありたい。

 負けたくない。

 そんな当たり前の見栄から、ニコラスはさらなる成長を遂げるため、奮起していくのだった。



●●●



 ニコラスが奮起している頃、大翔もまた新たな成長を遂げようとしていた。

 大翔は確かに、勇者としては明らかに性能が足りていない。

 一般人としては十分であるが、世界最強クラスや権能クラスの存在が跋扈するような旅の中では、あまりにも無力だ。


 高位の魔術師が用意した魔法道具。

 聖女から継承した聖火。

 これらの外付けにより、多少はマシな活動ができるが、それでも足りていない。地力が足りていない。ソルによる特訓のお陰か、逃走技術だけは一級品だが、いつか逃げるだけでは解決しない時も来るだろう。

 故に、大翔は考えたのだ。

 ソルやニコラスと同様に、自分自身も鍛えられるところは鍛えて、勇者として成長していこうと。


「はい、音階を意識して! なんとなく声を流さない! 一つ一つの音を意識して! 無意識でやっていた部分を、全部意識的に取り換えるつもりでもう一度!」

「わかりました、コーチ!」


 その決断の結果、大翔は有り余る資金を使って、ボイストレーニング講座を受けていた。

 封印都市にある音楽スタジオ。その一室を借り切って、喉に負担がかかり過ぎない、最大効率の時間をトレーニングに費やしているのである。


「視点が近いわ! もっと遠くに! 声で山を吹き飛ばすつもりで!」

「わかりました、コーチ!」


 トレーニングのコーチは、滅多にスケジュールが開かないはずの超人気ボイストレーナー。

 小柄な体躯と、三毛猫の如き獣耳。ぴんと伸ばされた尻尾は、まさしくワーキャットという獣人の証明であった。

 本来、ワーキャットという獣人は言葉が『にゃ』と訛りやすい舌の構造なのだが、このボイストレーナーは、それを自力で克服した強者だ。

 その経験により、滑舌と音階の改善と目的としたトレーニングが得意分野となっているらしい。


「はい、今の声! 今の声が良かったわ! さぁ、もう一度!」

「わかりました、コーチ!」


 当然、超一流のボイストレーナーのスケジュールを、運だけで確保できたわけではない。

 学生吸血鬼を初めとする、お使いの連鎖で出会った人々。彼らとのコネクションを総動員することによって、何とか三日分のトレーニング時間を確保できたのだった。


「中々よろしいわ、大翔君! さあ、次は声に魔力を込めて!」

「声に魔力を込めて!?」

「返事は?」

「わ、わかりました、コーチ!」


 ボイストレーニングは、ソルの特訓とは違った意味で過酷だった。

 零からではなく、カラオケ上手というある程度の自信と我流の技術があるところが出発点。そこから、プロのボイストレーナーによる自信の破壊。誤った技術の訂正。声を扱うことを、プロとして技術まで昇華させるには、まず、大翔の素人意識から改善しなければならなかったのだ。


「できなくて当然と思わないで! 貴方はできる! 才能とか努力とか、そういう言葉なんて頭から蹴り出しなさい! 貴方はできるから、できるの! 貴方自身を肯定しないと、何も始まらないわ!」

「わかりました、コーチ!」


 三日間という時間は、決して長くはない。

 いくら超一流のボイストレーナーだったとしても、素人をこんな短期間でプロにすることはできない。

 けれども、プロへと向かうための指針、その一歩を踏ませることは可能だった。


「ら、ら、【ラァッ!!!】」

「はい、その感触! その感触が声に魔力を込めることよ!」


 具体的に言えば、大翔は声に魔力を込めるという謎技術を獲得していた。

 それは間違いなく成功体験だっただろう。勇者として旅を始めてから、大翔が己の成長を明確に実感できたのは、この時が初めてだったのだから。


「トレーニング方法はわかったわね? 貴方に教えたのは基礎だけ。でも、その基礎を極めれば、貴方はきっと殻を破って、プロへの階梯を上るはずよ……頑張りなさい、大翔君」

「はいっ! お世話になりました、コーチっ!!」


 こうして、大翔は無事に三日間の修行を終えたのだった。



『《ところで、何故急にボイストレーニングを?》』

「ライブコンサートに出るなら、相応の練習ぐらいはしないといけないだろ? コネだったとしても、一応の礼儀として。まぁ、一芸枠だけど歌えるに越したことはないだろうし」

『《大翔は割と真面目ですよね、そういうところ》』

「ははは、そうでもないよ。今のところ、俺の素の性能で役立っているのは、言葉を用いる類の技能だったから。こう、何の役に立つかわからないけど強化しておきたいじゃん?」

『《魔獣と和解し、聖女の隙を作った功績があると、中々否定しづらいですね》』


 なお、このボイストレーニングが、勇者としての活動にどれだけ役立つかは、シラノの千里眼をもってしてもわからなかったという。

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