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第29話 お使いと再会

「大丈夫、だいじょーぶ! 痛くしないから!」


 金髪銀眼の美少女が、けらけらと笑いながら大翔の背中を叩く。

 子猫を連想させるような可愛らしい顔つきと、病人のように青白い肌。けらけらと笑う口元から見える、鋭い犬歯。明るい口調とは裏腹に、妙な影を感じさせる風貌の美少女だった。

 外見年齢は、大翔と同い年程度。封印都市に存在する、魔法学園の制服を着ているところから、学生であることは察することができた。


「……まぁ、痛いのは慣れているので、多少は大丈夫っすけど」

「ふふふっ、強がり可愛い! 何々、君ってこういうの初めて?」

「…………類似的な行為は、二回ぐらい?」

「うっそだぁ! 全然、そういう風に見えないもん!」


 現在、大翔は薄暗い室内に居た。

 時刻は昼間であるが、カーテンが閉め切られている所為で室内は薄暗い。室内にあるのは、背の高い本棚と、魔導式の小型冷蔵庫。レコードのように音楽を再生する道具と、後はベッドぐらいだ。

 そして、大翔は現在、そのベッドの上でカーキ色のコートを脱いでいた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫。私ってば、仲間内の中でも上手い方だもん」

「あるんですね、上手いとか下手とか」

「そりゃあね? 下手だと、もうリピートが続かないからさぁ。美味しい思いをしたいのなら、こういうのは上手いに越したことはないんだよー」


 にへら、と笑う美少女の話を聞きながら、大翔はおぼつかない手つきで、シャツのボタンを三つほど外す。

 無駄にうるさい鼓動を鎮めるため、何度か深呼吸すると、大翔は隣に座る美少女の匂いも吸い込んでしまう。

 花のように甘く、けれども、慣れ親しんだ毛布のように警戒心を薄れさせる匂い。

 こういうのも『種族特性』なんだろうなぁ、と思いながらも、大翔はゆっくりとベッドへ倒れ込む。仰向けに、美少女を見上げる形になるように。


「……どうぞ」

「うへへへ。じゃあ、いただきまぁーす」


 美少女は遠慮することなく、仰向けの大翔に圧し掛かる。

 異性との接触に、大翔は年相応に緊張し、妙に居心地が悪そうに視線を逸らした。

 奇しくも、その動作で大翔の首元がはだける。そこに、美少女はそっと形のいい唇を近づけていって――――かぶりと、容赦なく牙を突き立てた。


「いったぁあああああ!?」


 それはもう、野生の獣が獲物に食らいつくような勢いのかぶり付きだった。

 当然、大翔としては痛い。普通に痛い。麻酔や魅了系の魔術で痛覚を鈍らせてくれると思っていたばかりに、素直にその牙を受け入れてしまったのだが、痛い。まるで何も痛みが緩和していない。


「痛くしないって! 痛くしないって、言ってたのに!」

「じゅるるるるるっ」


 じたばた藻掻きながら、抗議を示すために美少女の背中を叩く大翔。

 だが、美少女は吸血行為を止めない。らんらんと輝かせた銀色の瞳は、種族としての本能に、理性が負けてしまった証拠だろう。


「というか、長い! 長くない!? ねぇ、『最初は味見程度。味が良かったら、本格的に取引してあげるよ』って言葉はどこへ行ったの!? 安心安全がモットーの献血取引じゃなかったのかなぁ!?」

「ごっきゅ、ごっきゅ」

「めっちゃ、喉を鳴らして飲んでるぅー!? 言っておくけど、本格的に命の危険になったら、ガチで銀の短刀を突き刺すからね、この吸血鬼!」


 美少女――学生吸血鬼は、大翔の言葉を理解しているのか、しないのか。何やら「もぎょもぎょ」などと答えを返して、吸血を再開した。

 どうやら、完全に血の虜になっているらしい。


「吸血鬼への献血って……思っていたよりも、なんか、全然淫靡でもなければ気持ちよくもないんだなぁ……」


 何やら浪漫が崩壊したような顔の大翔が解放されたのは、それから一分後。

 理性を取り戻した学生吸血鬼が、慌てて牙を首筋から離れさせてからだった。


「ご、ごっめーん! やっちゃった! 吸血鬼が嫌われるベストスリーに数えられる、暴走行為をやっちゃったよぉ! まさか、私がこんな吸血童貞みたいなことをやっちゃうなんて……うう、恥ずかしい」

「あの、すみません。鉄分サプリと、水をお願いします。レバーのパテとか欲しいです」

「真顔で怒ってる!? うう、今すぐ用意しまぁーす!」


 吸血鬼への献血行為には、その後のアフターケアもきちんと受けることが大切であるとされている。

 下手に貧血の状態で出歩けば、階段を踏み外したり、事故に遭うかもしれないからだ。

 そのため、大翔はやや不機嫌ながらも、黙々と学生吸血鬼から用意された『血液補充用』の食事を食べていた。


「注射器を刺される方が遥かにマシの痛みでしたが? もぐもぐ」

「ごめーん! 本当にごめーん! 完全に理性が飛んじゃってたんだよぅ!」

「…………いつもそんな感じなんっすか?」

「ちがっ、それは違うよ!」


 もぐもぐとレバーのパテをパンと一緒に食べながら、疑いの視線を向ける大翔。

 学生吸血鬼は、その疑いを晴らすために、勢いよく首を横に振ってから弁解を始めた。


「言い訳になっちゃうけど……その、君の血が美味し過ぎたから。いや、物凄く、めっちゃ、美味し過ぎたから……」

「そんなに?」

「うん! なんだろう? 例えるのなら、太陽をたっぷり受けて育ったオレンジ。その一級品ばかりを集めて作った、ジュースみたいな?」

「俺の血液、オレンジジュースだったのか……」

「あくまでも例え! 例え話ね!? 普通は光属性の血脈とは相性が悪いんだけど、こう、君の血は良い感じに緩和されているというか……多分、今年の……ううん、『美味血液大会』で殿堂入りを狙える美味しさだと思う」

「被捕食者としての優秀さを褒められても」


 複雑な気持ちになりながらも、大翔はシャツとコートを着直す。

 首元にある傷は、既に学生吸血鬼の魔術によって修復しているが、やや鈍痛が残っていた。

 それでも、大翔の中には怒りは少ない。吸血鬼への浪漫は崩れたが、契約自体は問題なくこなせたのだから。


「じゃあ、対価を」

「うん。君の血液に対してだったら、文句なしに渡せちゃう。はいこれ、『銀狼物語』の初版だよ。作者のサインと鑑定書付き。もちろん、保存の魔術も完備」

「…………ん、確かに」


 ハードカバーの本を受け取ると、大翔は頷いて収納空間へとしまい込む。

 これにて、契約は成立。多少、痛い思いや血液の減少はあれども、問題なく『お使い』の一部を達成した。


「それと、君にはこれも」

「…………これは?」

「私の連絡先! 何か手助けが必要になったら、いつでも呼んで? 君の血液のためだったら、私は大抵のことができちゃうかも?」


 美少女からの逆ナンパ。

 大翔は普通の高校生だった時に思い描いていた妄想が、こんなところで達成されることになって、心境は複雑だった。

 相棒からの『《貰えるコネは貰っておきましょう》』という、テレパシー助言が無ければ遠慮していたかもしれない。それぐらい、ガチ吸血状態の吸血鬼は恐ろしかったのだ。


「じゃあ、また。機会があれば」

「うん! 次はもっと上手く吸うから!」


 かくして、大翔は浪漫や血液と引き換えに、お使いの連鎖を続ける。

 RPGのようなクエスト。

 あるいは、風を吹かせて桶屋を儲からせるための、迂遠なコネクション作りを。



●●●



 シラノの千里眼で達成困難なことを成し遂げるためには、かなり迂遠な【攻略本】を必要とする。

 例えば、蝶の羽ばたきで台風を生むように。

 例えば、わらしべ長者のように。

 細かい因果の積み重ねを束ねて、確実に目標を達成させるのだ。

 大翔が学生吸血鬼と取引をしたのも、そのためである。

 入手した稀覯本は、直接、目的とする職人に関わるものではない。だが、巡り巡って、その稀覯本を欲しがる人物とのコネクションが、『職人との良好なファーストコンタクト』に繋がるのだ。

 なお、職人と会うこと自体は比較的簡単なのだが、良好なファーストコンタクトを演出するために、各段に難易度が上がっているらしい。


「どぅあー、俺は頑張ったぞぉー」


 そして、封印都市で大翔がお使いの連鎖により、駆けずり回ることになってから一週間後。途中で何回かハプニングはあったものの、目的まであともう少しというところまで辿り着くことができたのだった。


『《お疲れさまです、大翔。道先案内人として、勇者の生命には最大限の考慮をしたつもりですが、いかがでしたか?》』

「それはとても助かったよ、ありがとう。その代わり、精神が削られるお使いが多かったけどね!」

『《参考までに、何が一番辛かったですか?》』

「他種族混合、子供の世話~地獄の一日耐久~」

『《別れる時、泣いて縋られる程度には懐かれていた癖に?》』

「前にも言った通り、子供は苦手なんだよ。ニコラスぐらいまで精神年齢が高い奴はともかく、子供さぁ……傷つけないために、凄く気を遣わないといけないし」

『《なるほど、色んな意味で納得しました》』


 大翔とシラノは、とある大通りのカフェテラスで休憩していた。

 周囲には、大翔と同じぐらいの年齢の学生たちが点在しており、騒がしくも、明るい雰囲気の場所だった。


「次のお使いは何だっけ?」

『《職人行きつけの、隠れ家的なレストラン。その中でも特別なメニュー、『緑王のステーキ』を用意するためには、緑王という魔獣を狩猟しなければなりません。その魔獣の肉を卸せば、レストラン内部で行われるライブコンサートに参加できる権利が手に入りますので、そこで上手く職人とファーストコンタクトを行うわけです》』

「凄い! ついに、ここまで来たんだな!?」


 今まで迂遠極まりないお使いを重ねて来た大翔は、目前にまで差し掛かった目標に歓喜している。それほどまでに、この一週間は過酷な毎日を過ごしていたのだ。


『《ただし、緑王は強力な魔獣です。一流の調達者でも手こずる相手であり、控えめに言っても大翔には狩猟不可能でしょう》』

「駄目じゃん!」

『《ご安心を。こういう時のための傭兵です……さて、そろそろ来たみたいですね》』


 大翔とシラノが会話を交わす中、黒衣の青年――ソルが静かに姿を現す。

 魔術を使っているわけでもないというのに、ほとんど気配が無い。ごく自然に、最初からそこに居たかのような素振りで、大翔の隣の椅子へと座っていた。


「やぁ、ヒロト。一週間ぶり」

「うぉっ!? その登場の仕方は、心臓に悪いと思うぞ、ソル!」

「あははは、ごめん」


 朗らかに笑うソルの姿は、非武装に見える私服だった。

 黒衣は変わらずに纏っているが、その下には鎧や黒剣などは見えない。ごく普通の、防御力などなさそうに見えるインナーを着ている。傍目から見れば、戦いなんてまるで経験したこともないような優男に見えるだろう。

 もっとも、いざとなれば瞬き一つも終わらない間に、完全武装状態になれるだろうが。


「シラノ。偵察の結果は、概ね予想通りって感じ。このまま、プランAを進めた方が建設的だと思う」

『《ふむ。周辺被害を配慮しての発言ですか?》』

「まぁね。最悪、この街だけじゃなくて、大陸全土も滅ぶから」

『《では、仕方ありませんね。プランAを続行しましょう》』

「ソルとシラノが、物騒な会話をしている……」


 ソルとシラノが交わす言葉の内容を、大翔は完全には理解していない。

 例によって情報制限であるが、『知ったところで何も得しない』ことは理解しているので、深く追求しないことにしているのだ。


『《ソルにはこの後、緑王という名前の魔獣を狩猟していただきます。大翔の護衛レベルは最小にまで引き下げて構いません。この街の警備はレベルが高いので、ある程度の障害は勝手に処理して貰えます》』

「了解。警備が優秀で助かるよ、ほんと」

「いつもはソルに護衛を任せっぱなしだからねぇ……シラノ。時間に余裕があれば、一日ぐらいソルの休息に当ててもいいんじゃない?」

『《生憎、職人とファーストコンタクトを決めるまではスケジュールが詰まっていますので。ただ、私としても功労者に対して、何も思わないわけではありません》』


 シラノがそこまで言うと、カフェテラスに向かって近づいてくる、慌ただしい足音が一つ。

 その足音に、大翔は妙な既視感を覚えて首を傾げ、ソルは驚きで目を見開く。


『《緑王の狩猟を補佐するため、『たまたま近くに居た暇人』を協力者として雇いました。ソルの疲労が軽減するように、上手く使ってください》』


 やがて、その足音はカフェテラスに辿り着くと、緩やかな物へと変わった。

 駆けて来たことがばれないようにと息を整え、足音の主は平静を取り繕う。

 急いでなんていない。予定通りの時間に、ゆっくりと歩いて来たのだと言わんばかりの不敵さを張り付けて。


「よ、よう! 久しぶりだな、お前ら!」


 赤茶けた色の短髪。

 意志の強さを感じさせる、黒の瞳。

 そして、妙に小奇麗になった私服姿で、その少年――ニコラスと、大翔たちは再会したのだった。

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