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第28話 封印都市

 吊るされた肉塊から肉片が削ぎ落されていく。

 専用のナイフを使った、迷いない手つき。ただ、その手は人間のそれよりも巨大だ。

 鬼人。あるいはオーガ。頭部から突き出る角は、個体によって異なるが、店員であるオーガの角は一本だった。

 サイの如き角を生やす、オーガ。身長は三メートルを超え、肉体はしなやかで筋肉質だ。

 ただ、その巨体は戦闘のためにだけに使われる物とは限らない。少なくとも、猫のキャラクターがプリントされてあるエプロンを愛用し、可愛らしい童顔である彼女は、戦いよりも違う道を選んだようだった。


「ちょーっと待っててねー?」


 ふんわりと、綿毛を連想させる柔らかな声とは裏腹に、店員オーガの手つきは鮮やかだ。

 削ぎ落した肉片をピタパンに乗せると、果実の混ざった甘酸っぱいソースをひとかけ。そこに、レタス。玉ねぎ、トマトなどの野菜をトッピングすると、専用の紙でひと包み。後は、絶妙な力加減でそっと挟めば、ケバフサンドの完成だ。

 なお、これらの野菜や肉は、収斂進化の関係で概ねその通りの野菜なのだが、正確に言えば『レタスっぽい何か』であることは否めない。食感も若干異なるのだが、いちいち追及していると限りが無いので、詳細は割愛させていただく。


「はぁーい、おまたせー。お兄さんが格好良いから、おまけしちゃったよー?」

「本当!? いやぁ、嬉しいなぁ!」


 店員オーガは、屋台でケバフを売っているオーガの少女だ。

 外見からは分かりにくいのだが、大体十代半ばぐらいの年齢である。学費を稼ぐため、数多のバイトを掛け持ちしながらも、持ち前の強靱な肉体でそれを全然と苦にしない、タフな少女なのだ。

 おまけに、店員オーガは同種族の中でも、特に愛想が良い少女だった。

 勘違いさせない程度の笑顔と、何度でも見たくなる可愛らしい童顔。それと、嫌味にならないお世辞の上手さ。これにより、店員オーガは学生バイトながらも、正社員に負けない給料を貰っている優秀な人材となっていた。


「聞いた、シラノ? 格好良いってさ、俺。やっぱり、世界を越えてもわかる人はわかるんだよね」

『《店員のお世辞一つでここまで気分良くなれるのは、ある意味才能ですよ、大翔》』


 そして、その接客技術にまんまと虜にされているのが、佐藤大翔。故郷の世界を救うべく、数多の異世界を旅する勇者であった。


「ふふふっ、これでケバフが美味しかったら、街に滞在している間、通い詰めるかもしれない。適度に自尊心は補給しておかないと」

『《褒めてほしいのなら、私が担当しますが?》』

「いや、相棒からは誉め言葉はもっとこう、いざという時に取っておきたいというか。心が折れた時にお願いします。普段使いすると、効果が弱まるんで」

『《心が折れることを予定にしないでください》』


 店員オーガは知らない。

 暢気な顔で、調子よくドリンクまで買ってくれた少年が、過酷な使命を背負う勇者であることを。

 これから、この街――封印都市に、波乱の運命を呼び寄せる存在であることを。



●●●



 とある世界のとある国。

 その北方に位置する場所には、封印都市と呼ばれる『魔導書の街』が存在する。

 数多の異世界の中でも、人類が万物の霊長として君臨している世界群――主に、世界番号がA~Fに割りふられている世界――では、随一の魔導書の蔵書数を誇る街だ。

 神話の時代から受け継がれてきた魔導書から、最近出版された魔導書まで、その街では古今東西の魔導書が取り揃えられている。魔術師ならば、一度はこの封印都市を訪れなければ、一人前にはなれないと冗談交じりに囁かれるほど、魔法に特化している場所なのだ。

 ただ、当然ながら、多種多様の魔導書が集まるということは、その分、危険な魔導書も集まるということである。そう、封印しなければ、人の世に仇を為すような魔導書が。


 幸いなことに、この街には多くの魔術師が滞在しているが故に、それらの封印に困ることは少ない。そのため、いつしか普通の魔導書だけではなく封印が必要な物、危険な魔導書、魔法道具、魔法遺物なども多く、この街に集まるようになったのである。

 『魔導書の街』でありながら、魔法に関わる危険物を封印するための街。

 だからこそ、この街は封印都市と呼ばれているのだ。


「んんー、このケバフはリピート決定の美味しさ」


 そんな街で現在、大翔はのんびりとケバフにかぶり付いていた。

 周囲に剣呑な雰囲気はない。

 大翔が腰かけているのは、小さな公園のベンチだ。そのベンチの周囲では、獣人――個体によって獣化の範囲は異なる――の親子が和やかに、ボールで遊んでいる。

 辺獄市場のように、どこからか悲鳴や怒声が聞こえてくることもなく、けれども、静謐というほど静かではない。公園の傍の歩道では、制服姿の学生たち――獣耳や鱗の肌を持つ若者たち――が、魔導式の携帯端末を手にしながら、流行の曲の感想を語り合っていた。


「……平和だなぁ」


 大翔の呟きの通り、封印都市は平和だった。

 都市の物騒な由来とは異なり、この世界の中でも有数の治安の良さを誇る街である。

 物騒な魔導書、その他、封印すべき様々な物品を扱う街であるが故に、警備は数多の世界から一流クラスが派遣されている。そのため、皮肉なことではあるが、封印すべき物があるからこそ、封印都市の治安は上等なものになっているのだ。

 そう、住民の安全性だけでいえば、大翔の故郷すら凌駕するほどに。


「さて、食事も終わったことだし。シラノ、そろそろ説明をよろしく」

『《了解しました。この封印都市で、我々が為すべきことを語らせていただきます》』


 けれども、大翔たちは観光のために封印都市を訪れたわけではない。

 故郷の世界を救うための作戦。超越存在を対話によって退去させる、そのために必要なクエストを達成するために、この場に居るのだ。


『《まずは、状況をおさらいしましょう。我々は、ソルという世界最強クラスの護衛を雇うことに成功し、更には、夜鯨に対処するために必要な要素――聖火を得ることができました》』

「合コンに持って行く、お高めの腕時計ぐらいの効力がある奴ね?」

『《はい。これで夜鯨との接触に関しては問題ないでしょう。従って、次は冬の女王との接触を成功させるため、伝説――いえ、権能クラスの装備を手に入れなければいけません》』

「それって、ソルが使っている黒剣みたいな奴?」

『《そうですね。ついこの間、終わりかけの世界に止めを刺した、例のあれです》』

「…………明らかに、見つけたとしても俺には使えなさそうな装備だと思うんだけど?」


 大翔は過去の出来事を思い出して、陰鬱な溜息を吐く。

 伝説の武具を扱う店。そこで起こった、人型兵器との邂逅。それに伴う心の傷は、大翔の中に確かなコンプレックスを刻んでいた。


「そもそも、聖火で冬の女王の影響に対抗できないの?」

『《残滓程度ならば可能でしょう。ですが、直接接触する場合、冬の女王は人間に対して寄り添いません。存在の脆さを考慮しません。言葉を発するだけで、対話する存在の心身を傷つけ、触れようとするだけで存在を消し飛ばします。陽光の乙女のように、人間に合った規格で対話しようとしない個体なのです》』

「なるほど、女王って異名が付くぐらいだ。相当プライドが高い奴なんだろうな。人間程度に合わせるなんてことはしない。人間側が合わせてこい、ってわけか」

『《元々、超越存在は人類から外れた思考の個体であることが多いですが、特に、冬の女王は意思疎通が困難であるとされています。対話を望むのならば、聖火だけで足りません。冬の女王の力に、ある程度抗える装備でなければ》』


 大翔とシラノの推測は間違っていない。

 冬の女王と接触するのならば、それぐらいの準備を整えなければ、対話の途中で存在が消し飛ぶ可能性は多大にある。

 しかし、実際はプライドの高さによるものではなく、むしろ逆。人懐っこさすら見せる、駄犬の如きスキンシップにより、人類側が勝手に滅びてしまうのだ。

 冬の女王による、即死スキンシップ。

 それに耐えるためには確かに、権能クラスの装備が必要となるだろう。


「聖火だけだと危険性が高いのはわかった。ただ、やっぱりソルみたいな適性が無いと、そういう装備は使えないと思う。その点はどうするの?」

『《ご心配なく。あのポンコツ兵器の反省を踏まえて、私は作戦を考えています》』


 ポンコツ兵器、という言葉に怒りを含ませるシラノだが、それもすぐに切り替えられる。

 努めて冷静に、理知的な口調でシラノは語り始めた。


『《権能を有するほどの装備は、確かに使い手を選ぶでしょう。使い手を選んでなお、計り知れない危険を伴うでしょう。ですが、ここで発想を逆転させてみましょうか》』

「発想を、逆転……ええと、つまり使い手が装備を選ぶってこと? でも、そうなると量産品が精々で――」

『《オーダーメイド》』


 途中、大翔のネガティブな考えを遮り、シラノが断言する。


『《装備に使用者を選ばせるなんてナンセンスです。最初から、権能を有した装備を――大翔のためだけに作りましょう。そうすれば、資格云々の問題は一気に解決します》』


 前提を覆せば、大翔にも権能クラスの装備を扱うことが可能であると。


「それは、可能なの?」


 当然、疑問はあった。

 シラノの作戦は、『それができたなら苦労しない』とされる類のものだ。最初から可能であれば、伝説の武具を買いに行かずとも、そうすればいい。そうしなかったということは、辺獄市場の時点ではそれが不可能であったということだ。


『《可能です。今の我々であれば》』


 だが、大翔たちは大冒険を乗り越えて、確実に成長している。

 一流の達人がゴミのように死ぬようなダンジョンを乗り越えて、既に、権能の一つ――聖火を手に入れているのだ。

 そう、大翔自身が何より、不可能ではないことを証明していた。


『《そのための条件は二つ。一つは、超越存在の力が強く残っている素材の獲得。もう一つは、獲得した素材を使って、オーダーメイドの装備を作ることが可能な職人の確保です》』

「力が強く残っている……となると、アイス程度だと駄目か」

『《ええ、ですが素材の元となる存在には見当が付いています。現在、ソルを偵察に向かわせていますので、じきに報告があるでしょう》』

「ああ、姿が見えないと思ったら、仕事を頼んでいたのね」

『《そして、職人に関しても既に、権能クラスの装備を作れる職人は発見しています。この封印都市で暮らしているようなので、素材が手に入り次第、仕事を頼みましょう》』

「おおっ!」


 シラノの説明に、大翔は感動の声を上げる。

 今までは多少のトラブルによって、予定が変更されることが多かったが、今回はまさしく【攻略本】を名乗るに相応しい活躍だった。

 聖火の時とは異なり、大翔が命を賭ける必要性が無さそうというのが、何よりの感動のポイントである。

 勇者として覚悟を決めている大翔であるが、それはそれとして、危ない目に遭いたいわけではないので、安全な作戦があるのならそれにこしたことはないのだ。


「凄いね……流石だ、シラノ。まさしく、完璧な仕事だよ! ふふっ、これじゃあ、今回は俺の出る幕はなさそうだ」

『《…………》』

「あの、シラノさん。その沈黙の仕方は、何か問題がある奴ですよね?」


 ただ、当然のことながら、この作戦には問題がある。むしろ、権能クラスの装備をオーダーメイドするなんて作戦に、問題がない方がおかしいのだ。


『《大丈夫です、大翔。恐らく、命の危険はありません》』

「うん、真っ先に命の保証はどうかと思うけど、実際に安心したよ、ありがとうね」

『《どういたしまして……それで、ですね。問題というのが、発見した職人というのが、これまた物凄く……かなーり面倒で、拗らせていて、すごく偏屈な性格の持ち主でして》』

「そんなに?」


 先ほどまでの理知的な声とは異なり、うんざりとした気持ちがこもった声だった。


『《きちんと手順を踏めば交渉は可能でしょうが、そのためにはまず、手順を踏むための手順が必要になるというか、普通に会いに行っても第一印象で嫌われたら、数年ぐらいは口を利かないというのも十分にあり得る方みたいなので》』

「ごめん。流石の俺も、それだけの偏屈な職人さんを相手に、パーフェクトコミュニケーションを決めるだけの自信はないわ」

『《ええ、存じています。従って、可能な限り不安要素を取り除き、職人といい出会いをするために、大翔には少しばかりお使いの連鎖を頑張ってもらいます》』

「お使いの連鎖!?」


 なにそれ、初めて聞く単語! と驚く大翔へ、シラノは優しく告げる。


『《そう、勇者らしく――RPG風のお使いイベントをこなしましょう。五十個ぐらい》』

「五十個ぐらい!?」


 【攻略本】らしく、安全と効率を考えて、それでもなお、面倒な作戦内容を。


 封印都市。

 数多の禁忌と秘密が眠る街で、大翔たちは安全なルートを走り始める。

 そのルートの先に、敵対者の悪意が待っているとも知らずに。

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