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第27話 普通と特別の狭間に

 銀色の焚火台。

 キャンプなどでよく使われるアウトドア用品。そこに、薪と着火剤をセットして、聖火を放つ。すると、暖色の炎は無事に着火剤へと移り、数秒後には薪からも出火し始める。

 以上の作業を合計七回。

 避難所となっている学校の校庭で、大翔は手際よく作業をしていた。


「そうそう、最後はそこで頼むよ……うん、オッケー! 感謝しよう、大翔君。君のおかげで、校内は一時的に、夜と冬の影響から逃れられる場所となった。それに、これだけの聖火があれば、私たちだけでも生存者の浄化や、食材の無害化が可能となる。いやぁ、大翔君様々だねぇ!」


 大翔の作業を隣で監督していた銀髪美少女――白樺志乃は、最後の焚火台が設置されると、にんまりと笑ってその労をねぎらう。


「いや、前にも言ったけど、聖火を扱うこと自体はほとんど疲れないんだ。だから、これぐらいならいつでもお安い御用なんだけど……ええと、白樺さん?」

「親しみを込めて、志乃と呼んでくれたまえ。これから、浅からぬ関係になる仲なんだ、苗字で呼び合うのは寂しいだろう?」

「……志乃さん」

「志乃」

「…………志乃」

「ありがとう。ちなみに、私は君よりも一つ学年が上だけれども、そこら辺の年功序列はあまり気にせず、気軽に呼び捨てて欲しいな?」

「年齢を開示するタイミングが悪意に満ちている」

「いやだなぁ、ちょっとしたお茶目って奴さ」


 けらけらと、志乃は悪魔のように笑う。

 そう、小悪魔ではなく、悪魔。

 大翔と言葉を交わす様子は、親しみに溢れているが、その碧眼からは全く感情を悟らせない。警戒しているというよりも、初めからそのような人間らしい感情などは持ち合わせていない、とでも言うように。


「それに、名前の呼び方一つでも信頼関係を築き易くなると思うんだ。だから、大翔君。君は遠慮なく年上の私を呼び捨てにして欲しい」


 動作自体は親しくあっても、感情がまるで伴っていないがらんどう。

 それが、白樺志乃という美少女を悪魔のように感じさせてしまうのだ。


「…………そちら側は君付けなのは、そういうことかな?」

「おっと、これは失敬。ついうっかり、いつもの癖で。気になるようだったら、私の方からも呼び捨てにしよう。そうだ、恋人を呼ぶように、甘い声で呼び捨てにしようか?」

「素敵なお誘いだけど、遠慮しておく」

「そうかね? それは残念だなぁ、大翔君」


 唇を三日月に歪めて、志乃はにんまりと笑う。

 ――――苦手だ。

 大翔はファーストコンタクトの時から、つまり、怪物状態の時の姿から、志乃に苦手意識を持っていた。最初は、煙の怪物という姿に自分が怖がっているのではないかと思っていたが、人間に戻っても変わらないことから、純粋に志乃が苦手なのだと理解し始めている。

 銀髪碧眼の美少女。スタイルだって抜群。こんな緊急時でなければ、一目惚れしてもおかしくない美貌の持ち主だというのに、大翔はまったくそういう気分にはならなかった。


「それよりも、シラノの協力者としてのお話をして貰いたいんだけど?」

「ああ、もちろん。雑談によるコミュニケーションへの導入は済んだからね、ここからは効率的に行こう」


 その上、大翔の傍にはソルもシラノも存在しない。

 ソルは聖火と相性が悪いので、小学校から少し離れた場所での護衛。

 シラノは『《少し思うところがあるので、同期を切って作業に集中します。協力者は性格があれですが、害意は無いので適当に相手をしてやってください》』という言葉を最後に、通信が切れてしまっている。

 頼れる者は自分一人だけ。

 苦手な相手だったとしても、状況的にそうも言っていられないので、大翔は気合を入れて志乃と向かい合う。


「まず、生存者への浄化作業を感謝しよう。おかげで、彼らも戦力として数えられるようになった。怪物化して自我が曖昧になっていたけれども、人間に戻りさえすれば、彼らは皆優秀だからね。これからの助けになるはずさ」


 そんな大翔の決意すらも見透かしているように、志乃は大翔へ感謝を告げた。


「これからの助けって……あー、俺と一緒に生存者を探してくれるってこと?」

「いや、生存者の捜索は行うけれども――――それはあくまで、私たち残留組が行うべき仕事だ。大翔君、君は余計なことに時間を割くべきではない」


 そう、感謝を告げて――けれども大翔の考えを斬り捨てるように、冷たく断言する。

 生存者の捜索は、余計な作業であると。


「……志乃。詳しい理由を訊いても?」

「もちろん。ただ、誤解を避けるために、一つだけこちら側からの質問を許して欲しい。大翔君、『存在が消えてしまった人々』について、君はシラノからどんな風に説明を受けているのかな?」


 志乃の質問は、軽やかで鋭い。

 大翔が触れられたくない部分を容易に刺した上で、返答を求めてくる。


「なんというか、即死休眠……みたいなことは言っていたね。ほとんど死んでいるけど、超越存在を説得できれば、まだ生き返る可能性があるって」

「うん、大体その認識で合っているね。現在、この世界では生命体のほとんどが存在を溶かされて、超越存在に吸収されてしまっている。けれども本来、超越存在は無補給でどこまでも活動可能な怪物だ。怪物と呼ぶのがおこがましい規格外だ。故に、世界中の生命体を吸収したのは糧を得るための『食事』ではなく、あくまで『惰性』なのさ。だからこそ、エネルギーとして消費されることもなく、吸収されてしまった人々の情報は綺麗に保管されているんだよ。超越存在の内側でね」


 長々とした志乃の補足であるが、結論としては何も変わらない。

 大翔が超越存在を説得できれば、消えてしまった人々は生き返る。シラノは余計なことは付け足さずに、それだけを説明した。

 世界中の人々が、超越存在に吸収されているという事実を。大翔の精神的な負担になりそうな部分を省いて、分かりやすく。

 だからこそ、志乃の補足は正しくあるが、悪意を感じざるを得ない。

 あえて、傷つくような言葉を選び、大翔を試しているかのように。


「そして、それは生存者の末路であっても変わらない。仮に、この世界で『存在が溶ける』以外の理由で死んだとしても、超越存在に吸収される。超越存在が君臨している世界では、魂は輪廻に還るよりも先に、超越存在に吸収されてしまうんだ。つまりだね、大翔君。君が目的を果たしさえすれば、どの道、この世界全ての人間は復活させることができるんだ」

「…………逆に言うと、生存者を助けようとする行動は、『失敗した時に、少しでも言い訳ができるように準備している』ように見えるってことかな?」

「ふふっ、そこまでは言ってないさ」


 焚火によって照らされる志乃の姿は、あくまでも気さくな笑顔を浮かべる美少女だ。

 けれども仮に、その影が悪魔の形をしていたとしても、大翔は驚かない。


「生存者を助けることに意味はあるとも。シラノから君にはまだ言うな、と口止めをされているから説明はできないけどね? 体育館でのパフォーマンスも全て必要なことだったのさ。でも、それはあくまでも『余計』なことに過ぎない。無駄ではないけど、本筋じゃない」


 志乃はそっと、その左手を大翔の顔に添える。

 天使のような美貌で、悪魔の如き笑みを浮かべながら、命じるように告げる。

 今までのような感情の無い言葉ではなく、確かなる悪意を込めた言葉で。


「佐藤大翔。君が、シラノが選んだ勇者だというのならば、いつまでも偽善に浸っているべきではない。雑事は私たちに任せて、君の地獄を再開するといい」


 勇者よ、苦しめ。

 まるで呪いのようにその言葉は告げられた。

 目を逸らしていたことを突きつけて。それでもなお、さっさと走り始めろと背中を蹴り出すように。もっともらしいことを、けれども悪意を込めて。


「――――ありがとう、志乃」


 だが、大翔はよりにもよってこの言葉は『激励』だと解釈したらしい。『あれ、なんかおかしいぞ?』と目を丸める志乃の左手を、大翔の右手が決意を込めて握る。

 いままでろくに異性の手を握ったことのない大翔ではあるが、この時ばかりは一切の下心無しに志乃の手を握っていた。特別な美少女の手を、躊躇いも、恥じることもなく。


「確かに俺は、逃げていたと思うし、偽善に浸っていたと思う。いや、聖火を得ることができて、どこか驕っていたのかもしない。もう無力じゃない。自分でも誰かを助けられるんだって、調子に乗っていたのかもしれない」

「いや、あの……流石に、世界最強クラスの守護者を倒した後は、偽善はともかく、達成感には浸ってもいいとは思う――」

「でも、違うんだ! 俺にとって、力の有無は誤差だ! そうだ、力なんて俺には最初から無かった! それでも、シラノやソルが俺についてきてくれたのは、前に進む意志があったからこそ! 俺は危うく、自分にとって一番大切なものを失うところだったんだ……そう! がむしゃらに突き進む勇気って奴を!」

「それは蛮勇の間違いではないかな?」


 大翔の中にはもう、志乃に対する苦手意識はない。

 自分勝手でポジティブな解釈により、志乃に対する評価が裏返っていた。

 これが、まったく関係ない相手だったのならばこうならなかっただろうが、志乃の肩書は『シラノの協力者』である。信頼する相棒の協力者だ。ならば当然、志乃の言動は全部、世界を救うためにプラスとなることではないか? そう考えた結果、こうなったのである。

 つまり、志乃はあえて悪辣に現実を突きつけ、大翔という勇者を叱咤する諫言役なのだと。


「改めてありがとう、志乃! 目が覚めた気分だぜ!」

「そ、そっかぁ……あの、手をそろそろ……」

「この拠点と、生存者については任せた! 俺は仲間たちと一緒に、先に進む! 次にまた会う時は……その時は、救われた世界で、だ!!」

「いや、補給と連絡のために、ちょくちょく戻って来ては欲しいよ?」


 握った左手をぶんぶんと上下に振られて、志乃は完全に毒気を抜かれてしまっていた。

 実際、大翔の考えも間違いではない。

 どれだけ志乃の性根が悪辣だろうとも、『ちょっとした私情』で大翔に対する悪意があったとしても、世界を救うための協力者であることに変わりはない。

 間違いがあるとすれば本来、シラノと共に予定していたのは、あくまでの志乃は『現実を突きつけて嫌われる担当』だったということ。大翔に嫌われる勢いで気を引き締めさせて、後はシラノが優しく立ち直らせるという予定だったのだが、大翔は勝手に立ち直ったのである。


「でも、俺は忘れない。最善のために、今、世界のどこかで苦しむ生存者を見殺しにしていることを……その罪も、きちんと背負って、俺は前に進むんだ」

「私が言葉を付け足すことも無いぐらい、メンタルが成長しているのだけれど!?」


 揺るぎない勇者メンタルで目を輝かせる大翔を見て、志乃はもはや敗北を認めるしかなかった。具体的に何に負けたのかはわからないが、敗北感だけは確かにあるので、認めるしかないのだ。


「まったく……これだから、勇者って奴は」


 何一つ、特別な要素を持たずに、舞台に上げられた役者でも。

 個人的に気に食わない相手だったとしても。

 ――――佐藤大翔は、間違いなく勇者であると。



●●●



「じゃあね、志乃! 無理しない程度に、生存者の捜索を頑張って!」


 大翔のポジティブ思考に、志乃がドン引きしたこともあるが、『勇者の時間を無駄にしてはいけない』という意見が取り入れられた結果、大翔たちの旅立ちは早まることになった。

 けれども、志乃はその門出を見送らない。

 見送りに時間を掛けるよりも、浄化した生存者たちへの説明を優先したためである。

 ただ、それはあくまでも建前。志乃の個人的な感情としては、多少、生存者たちへの説明が遅れようとも何も問題としてない。少しばかり不安にさせようが、生存者同士の関係が拗れようが、どうとでも挽回できる自信を持っていた。

 だから、大翔たちの――大翔の見送りをしなかった、志乃の本音は以下のようになる。


「言われなくても頑張るよ、大翔君。大嫌いな君が、『私のシラノ』と一緒に旅をする時間を少しでも短くするためにね」


 つまりは、単純で個人的な感情による好悪。

 一言で表してしまえば、嫉妬。

 志乃は、シラノの相棒となった大翔に嫉妬し、大変嫌っていた。


「そのためだったら、私はどんな難事でもこなしてみせよう。忌まわしき敵対者の尻尾すら、掴んで見せるとも」


 大翔の前で見せていた悪魔の笑みはけれども、誰も居ない場所ではその意味を変える。

 どこまでも身勝手な『普通の理由』で、誰かに嫉妬する少女の精一杯の反抗心へと。

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