第24話 ある晴れた朝に
とりあえずはここまで。
またキリの良いところまで書き溜めたら、更新を再開しようと思います。
更新再開は、一か月後あたりを目標に頑張ります。
多分、活動報告かTwitterあたりで連絡するかと。
空の変化は色鮮やかに。
着古した衣を脱ぎ捨てるように、空は晴れ晴れとした青へと変わっていく。
長い間、生命が存在しなかった世界に、降り注がれる輝きはまさしく陽光。夜鯨によって飲み込まれ、この世界から失われたはずの光。
概念ごと失われ、本来、この世界に朝が来ることなどは無かった。
それは例え、ソルが世界中の夜の残滓を集めたとしても、変わらないはずだった。
ただ一つ、要因があるとすれば、それは気まぐれだろう。
とある超越存在――陽光の乙女の気まぐれ。
「試練を突破したんだ。アタシがこれぐらい融通しても、本体は怒らないだろう」
青空の中、誰の視界にも入らない場所で、陽光の乙女の化身は笑う。
ペストマスクを外し、久しぶりの朝を堪能しながら、けらけらと笑う。
陽光の乙女。
人類に最も友好的であり、人類を最も殺した超越存在。
触れ合うことも、言葉を交わすことすら、本来は害悪にしかならないような価値観の持ち主。
けれども、たまにはこういう事もあるらしい。
「長い後日談が終わる時ぐらい、晴れているべきだ」
歪んだ愛ではなく、真っ直ぐな賞賛によって、この世界に朝が来る。
世界が終わる、そんな朝が。
『…………そっかぁ、もう朝なのね』
ソルの一撃が、真紅の騎士を終わらせた時、聖女は静かに思念を呟いた。
懐かし過ぎて、もはや覚えていないような朝焼けに体を向けた後、のろのろと台座から立ち上がる。
骸骨の体で、よろめきながら。
長い間、ずっと動けなかった……あるいは、動かなかった骸骨は、ゆっくりと大翔の前へと近づいていく。
「これは怒られる流れ!? ねぇ、シラノ! これって怒られる流れだと思う!? いやだって、動くとは思わないじゃん! 駄目だった!? ソルが去った後、ラップ調で説得したのは、流石に悪ふざけが過ぎたかなぁ!?」
『《メロディー! メロディーが合ってなかったんですよ! オルゴールと大翔のラップは明らかに不協和音だったんですもん!》』
「でも、多分、妨害はできたよ!? ほら、ソルだって『勝ったよー』みたいな感じで、遠くから手を振って来てくれるし!」
『《それは! ソルが強かっただけでしょう!?》』
一方、大翔とシラノは大変騒がしかった。
ソルの勝利を確認してはいるものの、まさか聖女が動き出すとは思わなかったらしい。あらゆる魔法道具をそこら辺に出しながら、どうしたものかと言い争っている。
そんな様子を眺めて、魂で知覚して、聖女は緩やかに笑った。
かたかたと、骸骨の骨を動かして。
不思議と、擦り切れたはずの感情も、記憶も、聖女の中に蘇っていた。
それは、朝を迎えたことによる契約の成就か。あるいは、心理的な救いによって精神性が復活したのか。
どちらにせよ、肝心なことは一つだけ。
『――――ありがとう』
「へっ?」
『《ほへっ?》』
聖女にはもう、抗う理由が無くなった。
従って、ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を襲うことは無い。大翔を焼き殺そうなどとは思っていない。そもそも、聖女が扱う聖火では、大翔を殺せない。
『…………』
聖女はぽかんと口を開ける大翔へ、無言で右手――その骨を差し出す。
右手の骨の上には、ふわふわと揺れる小さな火がある。聖火の核である始まりの灯が、そこにはあった。
「ええと、シラノ?」
『《恐らくは大丈夫でしょう。駄目だったら、即座に自分の右手を切り落としてください》』
「物騒な指示だけど、最適解だから困る……了解」
大翔はシラノと相談の後、恐る恐る手を伸ばして、その灯へと触れた。
瞬間、流れ込んだのは聖女の記憶だ。
しかし、それは悔恨の記憶ではない。夜に苦しんだ記憶ではない。それより前、幼馴染と遊んだり、口喧嘩したり、世界に光が溢れていた頃の記憶。
『中々、素敵な世界だったでしょう?』
大翔には骸骨の表情なんてわからない。
ただ、そう思念を発した時、聖女は微笑んでいるように見えたのだ。
「あっ」
それが気のせいだったのか、それとも真実だったのか、確認する術はない。大翔の右手に、聖火が確認されると、骸骨はそのまま塵となって消えたのだから。
焼き尽くされ後の灰のように。
しかし、海辺の砂のように。
美しくも清らかに、その塵は一陣の風に乗って舞い上がる。
上へ、上へ。
朝の中へと、消えていった。
●●●
ここに一つのオルゴールがある。
先ほど、大翔たちを救うという大活躍をした、木箱のオルゴールである。
今では蓋を閉じられ、大翔の隣に転がっているこのオルゴールだが、実は単なる遺物ではない。亡霊にも満たない、矮小な残留思念がくっ付いているというアーティファクトなのだ。
しかし、残留思念がくっ付いているからといって、特に害も無ければ利益も無い。
特別な効果も何もなく、単に作り手の少女の想いが込められているだけの代物。
千里眼が効きづらい環境では、シラノからもスルーされて。
無害過ぎて、ソルからは特に言及されない程度のクソしょぼいアーティファクトだ。
――――だから、そのオルゴールにできたのは、ほんの少し、大翔の気を惹くだけ。
『珍しい形の石ころが足元に転がっている』程度の、ささやかな興味を抱かせることだけが、そのオルゴールにできた全てだったのだ。
『(まったく、あの二人は色々と遅すぎ)』
ただ、それだけでオルゴールは本懐を果たした。
少なくとも、オルゴールに残っていた思念が満足する程度には、この結末は作り手である少女にとって、幸いな物だったらしい。
残留思念は、未練が無くなれば、後は霧散するだけ。
その事実に対して、オルゴールは何の不満も抱かない。
騎士団長の兄と、幼馴染の聖女。二人の結末を見届けられたのだから、ただの残留思念としては上等な結末だろう。
何より、こんな素敵な朝に終わることができるのならば、最高だ。
あの二人と同じように、朝の中に消えていこう――――そんなセンチメンタルな感情と共に、思念が消えていこうとした、その時だった。
「うぉおおおおお!? なんか、足場が! 『がこ』って!?」
『《本格的に崩壊して来ましたね。大翔、魔法道具で飛行してください。失敗すると、うっかり死ぬ可能性があるので、急ぎながらも丁寧に》』
「ボス戦が終わったばかりなのに、落下ダメージで死にたくないよぉ!」
騒がしく、センチメンタルな気分を邪魔する声が。
佐藤大翔。
情けない勇者。
神殿攻略前に散々泣き言を吐き出して、オルゴールとシラノに慰められていた、ただの平凡な少年。
しかし、見事に本懐を果たさせてくれた恩人の声が、オルゴールの結末を邪魔する。
『(ええい、早くどっかに行きなさいよ!)』
聖女や他の亡霊のように、他者へ意識を伝えるほど思念を発せられないオルゴールは、そのような感情を内心で抱く。そう、抱くだけ。文句は言えない。
だから、この勇者たちが何処かへ行くまで、渋々消え去るのはお預けだと我慢して。
「ぎぃやあああああ!? 無駄に魔法道具を外に出していたのが、仇に!?」
『《必要な物だけ! 必要な物だけ選んで、後は捨ててオッケーです! 命優先!》』
「いよっし、了解っ!」
『《何故、真っ先にオルゴールを!?》』
ぐぅわし、とオルゴールは大翔の手に鷲掴みにされ、真っ先に確保された。
一体何故に!? と驚くシラノとオルゴールであるが、大翔は何かを答える前に、収納空間へとめぼしい魔法道具を詰め込んでいく。
そして、最後の最後、少しだけ迷った表情を見せた後、オルゴールも収納空間へとしまい込んだ。
「聖女説得の功労者だからね。俺が世界を救った暁には、苦楽を共にした装備品と一緒に飾る予定なんだ」
『《ただのオルゴールには荷が重すぎるのでは!?》』
収納空間から響くシラノの言葉に、まったく同感だとオルゴール――その残留思念の少女は頷いている。
「そうでもないさ。少なくとも、俺はこのオルゴールを気に入っているし……大分助けられた」
ただ、その次に紡がれた大翔の言葉に、オルゴールの少女は少しだけむず痒い感情が生まれるのを自覚した。
明らかに、残留思念には過ぎた人間的な思考。
それが、大翔が無意識に供給している聖火による存在補強だとも気づかずに、オルゴールの少女は小さく笑った。
『(仕方ない。消えるのは、もう少しだけ先延ばしにしましょうか)』
情けなくも頼もしい勇者の旅路が、幸いなものであれるように。
オルゴールの少女は、その音色をもう少しだけ、大翔のために続けることにしたらしい。
●●●
朝の時間は、やがて終わりを告げる。
ぴしりと、鉱物がひび割れるような音は、青空が割れたことの証明。
ごごごと、地の底から獣が唸るような音は、大地が崩壊する予兆。
つまりは、世界の崩壊が起こっていた。
「ごめん、ちょっと気合を入れ過ぎて、世界にもダメージを――ごほっ」
「吐血ぅ!? 大丈夫、ソル!? というか具体的に、どういう損傷で吐血したの!? 外傷は見当たらないんだけど!?」
「ふふふっ、ちょっと無理をし過ぎて……内臓がぐちゃぶちゃ……おぶえっ」
「うわぁああああ!? 赤と黒が混じった血がぁ!? しかも、そこからよくわからない怪物が、ぽこぽこと生まれ始めているぅ!?」
ソルと真紅の騎士が戦った余波により、世界は消滅寸前の状態だ。
当然、そんな場所にはいつまでも居られない。大翔たちはソルと合流し、壊れかけの世界からの脱出を図っていた。
『《……よし、座標指定は終わりました。さぁ、転移を開始します……って、大翔はどうして、ソルを背負っているのですか?》』
「なんか死にかけているから!」
「いや、この程度では死なないんだけど……まぁ、いいや。動くのも億劫になってきたことだし。後は任せたよ、ヒロト」
「雇い主に背負われる傭兵って、イマイチ格好つかないなぁ!」
文句を言いつつも、大翔はしっかりとソルを背負い込む。
そして、シラノが神殿の瓦礫で作った簡易祭壇――その隣に形成された、ゲートへと入って行こうとした。
「…………」
『《どうしました、大翔?》』
けれども、その寸前、足を止めて空を見上げる。
ひび割れた青空。
世界が終わる光景の中、大翔は小さく誓いを言葉にした。
「間に合わせるさ、絶対に」
終わる世界から、勇者たちが去っていく。
後には何も残らない。
ある晴れた朝に、この世界は滅ぶ。
とっくの昔に死んでいた世界は、ようやく役目を終えたかのように消滅する。
けれども、希望の火は絶えない。
夜を明かすための聖火は、確かに、次なる者へと受け継がれたのだから。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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作者のモチベーションがダイレクトにぶち上りますので。




