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第21話 真紅の騎士

『よくぞ陽光の乙女が仕掛けた試練を…………そこの彼は、腕を抑えてうずくまっているが、どうしたのだ?』

「僕を思いっきり殴った反動で、利き手の骨が砕けたみたい」

『馬鹿すぎて愛おしくなりそうだ』


 蜃気楼の試練を抜けた先にある、蒼天の荒野。

 そこには、ペストマスクの少女――幻想領域の核である化身待ち受けていた。

 ソルからしてみれば、別個体の化身とはいえ、怨敵である陽光の乙女との対面である。当然、気分の良い物ではない。少し前であれば、怒りによって精神が乱されることがあったかもしれない……だが、今は違う。

 自分を勇者と言ってくれた仲間が居る限り、ソルは怒りに任せた軽率な行動などは取らない。冷静に、平静に、当たり前の口調で化身と接することができていた。


「うごぉおおおおっ……右手ぇ、俺の右手がぁ、じわじわ痛くなってくるぅ……」


 なお、その仲間である大翔といえば、化身の足元で涙を流しながら悶絶していた。どうやら、精神世界でもきっちりと現実に準拠したダメージが入るらしい。


『さて、この馬鹿を愛でたいところだが……背中をさすりながら、よしよしと甘やかしつつ、苦痛に歪むその横顔にキスしてやりたいところだが、我慢しておこう。今は、化身としての責務を果たそうじゃないか』

「超越存在に気に入られるとか、ヒロトは本当に不憫な奴だね」

「ごめん、ちょっと反論する余裕ない……ガチで俺の発言が必要な時まで放置して?」


 ぷるぷると震える大翔を横目に、ソルは化身と向き直る。

 この情けなくも頼もしい勇者に恥じないよう、化身との問答に挑む。


『黒剣の勇者、ソル。夜に誰よりも愛された男。悲劇の生き残り。お前は一体、試練を突破した褒美に何を望む? 故郷の解凍か? 愛する者の解放か? それとも、アタシに対する復讐か? そのどれを望んだとしても、アタシができる限りで、お前の望みを叶えてやろう』


 ペストマスク越しに告げられる、賞賛と誘惑。

 己の内側から湧き上がるのは、何百年経っても色あせない、過去の悲劇への憎しみ。後悔。


「…………僕は」


 何かを言おうとして、ソルは一度口を閉じる。

 本当にそれでいいのか? と冷静な理性は警告を鳴らす。もっと、上手い最善があるのではないかと。

 本当にそれでいいのか? と獰猛な感情は不満を漏らす。もっと、上手い復讐があるのではないかと。

 しかし、やはりこれしかないだろう、とソルは己の中に戻った誇りに従う。


「僕は、ヒロトの腕の治療を君に望む。ほら、いつまでも痛がっていたら、可哀そうだし」


 蜃気楼の中に続いているような近道ではなく、自分らしくあれる遠回りを選ぶために。


『…………く、くくくっ。なぁ、ソル。お前は理解しているのか? そんなことのために、千載一遇の好機を失うってことを』

「もちろん、理解しているさ、陽光の乙女。こういうやり方が唯一、お前に対する意趣返しになるってことぐらいは」


 飄然と言葉を返すソルへ、化身は愉快だと言わんばかりに肩を震わせる。


『くはっ! おいおい、どうした、臆病者? 随分と見違えたじゃないか』

「利き手の骨と引き換えに、目を覚まさせてくれた仲間が居るからね。見栄を張りたいのさ」

『くはははっ! いいなぁ、お前! そこの馬鹿ほどではないが、本当にアタシたち好みになってくれたものだ。そして、残念だよ。そんなお前たちを愛せないなんて』

「生憎、僕の恋人は生涯で一人の予定なんだ。そこのヒロトは…………うん、あまり色事方面で誘惑しないでもらいたい」

「ソルぅ! 激痛に苦しんでいても聞こえているんですけどねぇ!? つーか、俺は大丈夫だし! 世界を救い終わったら、シラノから美少女を紹介して貰える手はずになっているから! 世界が救ってからが、俺の青春本番なんだよ!!」

『紹介された美少女が、お前を好きになるとは限らないぞ?』

「うるせぇ!! さっさと手を治してくださいやがれ!!!」


 ぎゃあぎゃあと、二人と一体は騒ぎ立てる。

 終わりゆく幻想領域の中、その核である化身は、勇者たちを愛せぬ悔しさを感じながらも、不思議と満足していた。

 まるで、普通の人間みたいに誰かと言葉を交わし合える。そういう時間を得て、化身の役目を終えることができたのだから。



●●●



『《大翔! 起きてください――起きてっ、大翔!》』


 いつになく焦った相棒の声で、大翔は目を覚ます。

 瞼を上げた先で見えるのは、月光が差し込む通路と、同じく今にも起きようとしているソルの姿。

 そして、相棒の声の聞こえる方――自らの腰元へと目線を移すと、シラノがラジオ越しに大翔を起こそうとしている様子があった。


「…………あー、おはよう、シラノ」

『《おはようじゃない! 凄く心配した!!》』

「ごめん。でも、どうにか何事もなく戻って来られたから――」

『《いきなり倒れたかと思えば、こっちの声に全然反応しないし! 挙句の果てには、大翔の右手がいきなり打撲音と共に、骨折しているし! これでも何事も無いって言う!?》』

「ご心配をかけて、大変申し訳ございません」


 シラノの敬語が取れる時は、かなり余裕が無い時だということを大翔は理解している。

 従って、こういう時はひたすらに謝罪するのが正解だった。シラノが落ち着くまで、何度も丁寧に謝り、敬語が戻ってきた辺りで改めて対話するのである。


「まぁまぁ、そこら辺で勘弁して欲しいね、シラノ。今回は明らかに僕の不足で、ヒロトはそれを補うために、それはもう大活躍だったんだからさ」


 ただ、今回はソルがフォローに回った。

 油断なく周囲の安全と、現実の経過時間を確認しつつも、シラノへと説明していく。陽光の乙女という超越存在が残した罠と、それを管理する化身について。

 そして何より、その罠を打ち破る鍵となった、大翔の活躍について、いつにないぐらいの良い笑顔で語ったのだった。


『《なるほど、幻想領域に精神を転送する罠ですか。確かに、超越存在が仕掛けた物であれば、私にも解除は不可能です。その罠を、ええと……大翔が? 本当に?》』

「シラノさん、相棒に対する信頼が足りていない気がしますが?」


 しかし、ソルのフォローで落ち着きはしたものの、シラノが大翔の功績を素直に信じるのかは、また別の問題だった。


『《逆にお尋ねしますが、貴方なら超越存在が仕掛けた罠を解除できる! みたいな信頼が欲しいですか?》』

「次は流石に死んじゃうので遠慮しておきます……いや、でも、たまに大活躍したんだから、もっと素直に褒めて欲しいんだけど?」

『《お二人が幻想領域に囚われた時間は、現実では約一分程度でしたが、その間、私がどれだけ焦って、生きた心地がしなかったのか懇切丁寧にご説明しましょうか?》』

「ごめんて」

『《…………いえ、私も言い過ぎました。滅多にない機会なので、大翔を存分に褒めたい気分はあるのですが、こう、生身だったらギャン泣きしているぐらいにはメンタルが落ち込んでいましたので、私》』

「あー、うん。一人にして本当にごめん」


 間違いなく事実ではあるだろうが、素直に受け止めるには、シラノの精神的余裕が足りていない。そのため、大翔は自分の功績を誇るよりも前に、僅かな間でも、孤独を感じさせてしまった相棒の精神ケアに努めた。


「あのレベルの罠だとどうしようもない感じがするけど、次からはどうにかするように頑張ってみるからさ、元気出してくれよ、シラノ」


 具体的には、腰元にあるラジオのボディを撫でながらの会話である。

 シラノとしては、単なる媒体を撫でられても感覚が伝わるわけではないのだが、『《だ、大丈夫です! もう大丈夫ですから!》』と途中から、明らかに恥ずかしがっていた。


「やっぱり、良いコンビだね。シラノと大翔は」


 勇者とその相棒の初々しいやり取りを眺めて、ソルは朗らかに微笑む。

 その顔にはもう、自虐の色は浮かんでいなかった。



 シラノのメンタルが回復すると、三人はいよいよ最上階へと踏み入った。

 周囲に罠や、伏兵の気配はない。最上階の様子は、聖火の影響が強く、シラノでも見通せないが、もはやここまで来たら、踏み入る以外の選択肢はないだろう。


『《ソルが前衛。大翔が後衛。基本的に、大翔は回避に専念して、余裕があればソルのフォローか、聖女との接触を試みる……この作戦でよろしいですね?》』

「「問題ない」」


 最後の作戦確認の後、まずソルが扉を開けて、最上階の内部へと体を滑り込ませる。

 既に、黒剣は鞘から抜刀済み。持ち前の戦闘勘を働かせながらも、最上階の様子を素早く確認した。

 神殿の最上階は、ほとんど壁が無く、石柱のみで屋根が支えられている。

 床は石畳であり、神殿内部と違った材質の物。どちらかと言えば、最上階と言うよりは屋上と呼んでも差支えのない、開放感あふれる空間。

 その奥。入り口からは最奥となる台座に、聖女は居た。

 純白の貫頭衣を纏う、骸骨の姿となって。

 己の身を紅蓮の――聖火の松明としながら、煌々と燃えていた。


「相変わらず、陽光の乙女は趣味が悪い……聖女を確認した。二人とも、警戒しながら中に入ってくれ」

「うい、了解」


 ソルは周囲を警戒しながらも、二人を招き入れる。

 その指示を受けて、大翔も自分なりに周囲に意識を割きながら、最上階へと足を踏み入れた。


『《ふむ、予想通りといえば、予想通りですね。もはや、まともに思考するのも困難な状況ですが、こんな有様になっても、この聖女は生きています。他の亡霊とは違い、この聖火によって無理やりにでも生かされているようですね》』

「うわぁ、酷い」

『《とはいえ、元々はこの世界の住民が望んだことですからね。聖女がどのように承諾したのかはさておき、我々は自分たちのために、聖火を継承させていただきましょう》』


 シラノの言葉通り、その聖女にはもはや、まともな意識は無かった。

 最上階へと侵入者たちが現れたというのに、リアクション一つ取ることはない。ただ、祈るように両手を結び、台座の上で燃え続ける姿は、即身仏の如き神聖さがあるだろう。

 ただ、その神聖さは三人が聖女に干渉することを躊躇う理由にはならない。

 三人とも、終わった世界に抱く感傷よりも、まだ終わっていない世界――自分たちの故郷のためにここに居るのだ。

 聖火を継承――あるいは、奪還する過程で、聖女が死ぬことになろうとも躊躇ったりはしない。もっとも、この場合は明らかに終わらせた方が慈悲ある選択なのだが、生憎、三人がそれ以上聖女へと近づくことはできなかった。


 ――――かしゃん。


 屋根の上から聞こえる、金属が擦れ合ったような音。

 それを耳にした瞬間、ソルは迷わず黒剣を上方へ向けて振るった。


「伏兵! 上に一体!」


 警告の声とほぼ同時に、幾重にも重ねられた斬撃が着弾。屋根を易々と切り裂いた一撃は、けれども、金属音によって迎えられた。

 つまり、受け止められたのだ、ソルの斬撃が。

 天井――否、神殿の屋根の上に潜んでいた、伏兵の亡霊によって。


『――――我、聖女を守る騎士とならん』


 がぎぃんっ! という斬撃を弾く音と共に、亡霊の言葉が降って来る。

 ただ、言葉よりもその迎撃者が放った、応報の一撃の方が早い。

 ソルの斬撃にも劣らない、恐るべき剣圧が込められた一撃。それが落ち行く瓦礫すらも切り裂いて、最上階に入り込んだ侵入者たちへと振り下ろされる。


「ちぃっ!」


 自分と負けず劣らずの力が込められた一撃。それをソルは正しく受け流した。下手をすれば、床どころか神殿全体すら両断される威力のそれを、神殿外部に向くように逸らしたのである。


「づぅうおおおおおおおおっ!!?」


 一方、大翔の行動は完全に蚊帳の外ながら、最適なものだった。

 天井の崩落に伴い、落ちてくる瓦礫を上手く避けながら、床をローリング。そのまま、聖女の台座の近くまで進み、安全圏を確保した。

 最上階に向けられた剣圧も、落ちてくる瓦礫も、聖女の周囲には及ばないからだ。


『《ナイスです、大翔。この最上階を守る亡霊は、やはり聖女には手を出せない! ならば、必然とその周囲が安全圏!》』

「修行の成果が上手く行ったみたいだ! でも、この状況で聖女から聖火を継承することってできる?」

『《ソルと勝負になるほどの凄腕を前にして、大翔が無防備になっちゃいますので……ええ、不可能ですね》』

「だよね! 死にたくなーい!」


 大翔は這うように身を低くしながら、ソルと戦う亡霊――否、守護者を観察する。

 それは、一言で表現するのならば、真紅の騎士だった。

 深い赤色のフルプレートアーマーを身に纏い、身の丈ほどの大剣を振り回す騎士。しかも、その一撃は重く、ソルが黒剣で受けると威力を殺しきれず、やや後ろに下がらなければならないほど。


「ヒロト、絶対にこちらへ手を出さないように。下手すると、君を守り切れない」


 なおかつ、いつも戦いを即座に終わらせてきたソルがここまで言うのだ。亡霊だったとしても、神殿内部に居た者たちとは格が違うのだろう。

 事実、大翔にはソルと真紅の騎士の戦いが、ほとんど見えなかった。確認できるのは、攻撃の余波と、剣同士がぶつかった後の残響のみ。


「ああ、もちろん! ソルの足は絶対に引っ張らない! というか、怖くて無理!」

『《……うん。大翔はやはり、こうでなくては》』

「シラノさん!? そんなこと言っている場合じゃないんですけどぉ!?」


 明らかに格が違う者同士の戦いを目の前にしながら、石畳に這いつくばる大翔。

 格好悪いことこの上ないが、この際、そんなことは言っていられない。這いつくばり、聖女の陰に隠れることにより、大翔は戦いの余波から完全に逃れる位置へ移動していた。


「頼むよ、ソル。格好良いところを見せてくれ」


 できる最善は、足を引っ張らないことと、信頼の言葉を告げることだけ。

 己の無力を噛みしめながらも、大翔はソルと真紅の騎士との戦いから、目を離すことはなかった。

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