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第13話 正しい資質

 中学二年生の時、大翔は登山を経験したことがある。

 とはいっても、本格的なものではない。子供やお年寄りでも登れるような山を、父親の友人である専門家の指導の下、登ってみただけのことだ。

 当時、既にバドミントン部で体を鍛えていた大翔からすれば、その登山は『少し疲れる』程度の代物でしかなく、ピクニックの延長に過ぎないものだった。多少、歩き方に工夫は必要だったが、所詮はそれだけ。記憶に残っているのは、トイレの不便さやら、食事の準備の面倒臭さ。そして、『明日には部活の練習があるのに、なんで登山に連れて来たんだよ、クソ親父』という悪態のみ。

 結局、その経験から大翔は登山を嫌い、その専門家と会うことも無くなった。


「大翔君。君にとっては今日の登山は退屈だったかもしれないけど、山を侮ってはいけないよ。私たちは整えられた山道を歩けるからこそ、山の中を進めるんだ。だから、もしも将来、山に登ることがあったら、絶対に山道から出ないようにね?」


 唯一、大翔の記憶に残っている専門家の言葉と言えば、苦笑交じりの警告だけ。

 山は危険なんだよ、と何度も告げる専門家の男性に対して、大翔は『もう二度と山に登らないから大丈夫ですよ』とひねくれた答えを返したことを覚えている。

 いわゆる、よくある反抗期のやらかし。

 登山の思い出は、その中の一つに過ぎないのだが――――大翔は現在、その専門家の言葉を深く痛感していた。



「はぁっ、はぁっ! くっそぉ、走りづらい!」


 大翔は現在、野山の中を走っていた。

 装備は上下の登山服に、細かい枝ぐらいは踏み砕ける頑丈な靴。

 最低限の護符は服の中に仕込んであるが、それだけ。身体強化の魔術も付与されない状態で、大翔は道ならぬ山中を走っていた。

 何度も何度も、バランスを崩して、転倒しそうになりながら。


「枝、邪魔ぁ! 根っこもなんで露出してんだこれ――っだあぁ!? 急に凹んでいるんじゃないよ、地面っ!」


 大翔が文句を言いながら走っているのは、人の手が入っていない山の斜面だ。

 草木は生え放題。地面からはよくわからない虫が寄って来る気配がある。山の木々は思うがままに枝を伸ばし、容易く人の進路を阻害する物となっていた。

 人が住む場所ではない。

 手入れのされていない山中に踏み入った瞬間、大翔が感じたのはそのような疎外感だった。

 文明から遠く離れた場所。人間以外の生物が溢れる、混沌とした別世界。それが、大翔が体験している『山』という空間である。


「くそっ、早く離れないと」


 何故、そんな空間を走っているのかと言えば、『追跡者』から逃げるためだ。

 条件は一つ。山中を駆け抜け、一キロ先に立てられた旗を手にすること。

 ハンデはたくさん。『追跡者』は小指の先ほどの実力も出さずに、大翔を追いかける。事前に、一分間という多大な時間の猶予を与えてから、追跡を開始している。


「ぜぇ、はぁっ! と、とりあえず、方角を確認して、そっちの方向に少しでも――まずっ」


 そして、五百メートルにも届かない地点で既に、大翔は『追跡者』によって捕捉されていた。

 ぞくりと背筋に悪寒が走る感覚に従い、とっさに周囲を見回すが誰も居ない。だが、勘違いということは考えにくい。この手の勘を無視した結果、碌な目に遭わないということは既に経験済み。

 よって、とっさの判断として、平面的な視野から立体的に視野へと切り替える。

 つまりは、空を見上げたのだ。


「うーん、ギリギリ及第点な反応だね」


 空を見上げた大翔の視界に移ったのは、朗らかな笑みと共に拳を振り下ろす『追跡者』――ソルの姿。


「次は、僕に捕捉された時点で気づこうか」


 ごん、という衝撃音が脳内へと響き、大翔は意識を刈り取られる。

 たっぷりと手加減され、傷も後遺症も与えることなく、数分後には覚醒させることが可能な一撃。修行を始めてから、合計四十七回目となる気絶だった。



●●●



 佐藤大翔に戦闘の才能が無いことは、修行を始めて即座に判明した。

 何故ならば、ソルが試しに持たせた木刀を素振りさせたところ、一回目で盛大にすっぽ抜けさせたからである。


「もう一回! もう一回! 今のはほら! 手汗! ねぇ、手汗の所為だから! 淡々と木刀を片付けないで!? チャンスをください!」


 なお、この結果に不満を持った大翔が抗議し、素振り百回に加えて、ソルとの立ち合いなどもこなしたが、結論は変わらなかった。

 佐藤大翔には、戦うための才能が著しく欠如している。


「うーん、才能が無いから戦えないとは言わないけど、世界を救いたいんだったら、違う道を探した方が賢明だよ?」

『《そもそも、才能があったとしても、つい最近まで素人だった大翔を戦場に立たせるなんてあり得ません。まぁ、ひょっとしたら異能が目覚めるかもしれない、と一縷の望みに賭けて木刀持たせてみましたが、想像以上に適性が無くてびっくりしました。逆に凄いです》』


 それはもう、ソルとシラノから太鼓判を押させるほどの才能の無さだったという。

 この結果に大翔は露骨に肩を落としたが、そこまで落ち込むことはなかった。既に、伝説の武器屋で浪漫を死滅させられていたので、薄っすらとこうなる予感はしていたのだ。

 しかし、そうなると大翔に当然の疑問が浮かぶ。

 戦うための修行でなければ、一体、何を鍛えるための修行なのかと。


「修行の目的は『慣れること』だよ、鍛えることじゃない。ヒロト、君には優れた魔法道具が幾つもあるからね。それを使う状況に『慣れること』が第一目標なんだ」

『《以前、私が居ない時に竜の息吹を防いだでしょう? あのような動きを火事場の馬鹿力ではなく、意識的にできるようにしなければならないのです》』


 鍛えるための修行ではなく、慣れるための修行。

 いっそのこと『訓練』と呼んだ方がしっくりくるかもしれないが、大翔のモチベーションアップのため、修行と呼ぶことになっている。

 取引の結果、優れた魔法道具を大量に入手した大翔たちであるが、その効果をしっかりと理解し、タイミング良く使わなければ宝の持ち腐れだ。

 下手に付け焼刃の戦闘技術を叩き込むよりも、効率的に魔法道具の使用に慣れさせる。これが修行の目的だった。

 ソルがスポーツジムで脅すようなことを言ったのは、単に大翔の意識を引き締めるためであり、本当に死ぬ寸前の修行を行うつもりは無かったのだ。


「ふぃー、意外と楽しいね、魔法道具を使うのって」


 修行を始めてから三日後。

 大翔が予定よりもかなり早く、魔法道具の使い方を習熟するまでは。


『《これは嬉しい誤算ですね。そっかぁ……そうですよ! 大翔は少し教えただけで、竜の息吹も防げるぐらいの人なんです! これは才能ですよ、凄い!》』


 異世界で訓練場を貸し切り、修行を始めたところ、大翔は見る見るうちに魔法道具の使い方を熟知した。そもそも、多少戦闘経験がある戦士程度なら、誰でも簡単に使えるように製造主が工夫してある魔法道具なので、習熟が早いのは当然のことだが――大翔は元一般人だ。魔法という不可解な現象に戸惑い、下手をすれば恐怖を覚えて修行を中断する可能性もあった。

 だが、大翔は数多の魔法道具の効果をあっさりと覚え、三日の内に使いこなせるようになったのである。これは地味に凄いことだとシラノは喜んだ。

 具体的に言うのであれば、自転車に乗ったことのない素人が数時間の練習で自転車を運転できるようになるぐらいには偉業である。


「ははは、そんなに褒められても。魔法道具の効果とかも、ソシャゲでキャラクターの性能を覚えるよりは楽だったし。実際に使うのもほら、製造者の腕が良かったんだよ」

『《謙遜なさらずに! これは勇者ですよ! 紛れもなく勇者の器!》』

「いやぁ、シラノってばほめ過ぎだって」


 訓練場で相棒を褒め称えるシラノに、満更でもない様子の大翔。

 修行開始前に、ハードルが地面までめり込んだが故の喜びであるが、大翔が予定を遥かに繰り上げて修行を終わらせたことには変わりない。

 この事実に、修行の監督役であるソルも当然喜んだ。


「ああ、よかった。これで、ヒロトの生存確率を上げるための修行に、残りの時間を全て費やすことができるね」

「…………えっ?」


 予定を繰り上げて、『死ぬ寸前まで追い込む修行』を実施できると。

 かくして、合計十日間に及ぶ地獄は始まった。



●●●



 逃げること。

 ソルが大翔に与えた課題はそれだけである。

 限られた装備で、限られた時間の内に、目標の場所まで辿り着く。

 基本的に、大翔の修行はこれの繰り返しだった。

 人が足を踏み入れたことも無いような山の深層で、手加減したソルから逃げ切ること。

 雑多に人が溢れる辺獄市場で、手加減したソルから逃げ切ること。

 その他、様々な状況下で大翔はソルから逃げ切ることを課された。失敗すれば、殴られて気絶。またスタート地点からやり直し。課題をクリアできるまで、寝食も無視してこれが続けられた。

 正直、この時点で修行を始めたことを後悔していた大翔であるが、本当の地獄は、その過酷な課題を乗り越えた先にあった。


「じゃあ、チュートリアルはここまで。本番行こうか」


 過酷な修行が始まってから四日後。

 大翔は前情報なしに、とある異世界へと放り込まれた。

 その異世界は『中世ヨーロッパ風のファンタジー世界』であり、人の倫理も中世レベル。さらには、魔法を扱う獣――魔獣が跋扈して人を襲うような世界である。

 そんな世界の、人類未踏領域へと大翔は放り込まれたのだ。


「今から君を、飢えた魔獣の巣窟に放り込む。周囲は森林と荒野が点在する魔境。そこから無事に、人類の生存圏である最寄りの宿場町まで逃げ切って欲しい。ちなみに、逃げている途中で現地民に会うかもしれないけど、彼らに助けを求めたり、逆に助けたりすることもお勧めしない。こんな僻地に居るのは、人を殺すことを何とも思っていない荒くれ者の冒険者か、街に居られなくなった悪党ぐらいだからね」

「え、あの、し、死ぬよ? 死んじゃうよ、俺?」

「死なないよ、死にそうになったら助けるから。死にそうになったら、だけど」

「…………シラノは?」

「こちらで丁重に預からせて貰うよ。情が湧いてアドバイスをしてしまうかもしれないからね。うん、それじゃあ、頑張って――期待しているよ、異世界の勇者さん」


 このような会話の後、本当に魔境へと叩き込まれた大翔であるが、結論から言えば、無事に安全圏まで辿り着くことができた。六日間ほどの冒険を経て。


 冒険の途中、魔獣に何度か齧られることはあったが、限られた装備の中、魔法道具を適切に使って対処。魔獣を狩りに来た冒険者と携帯食料を対価にして交渉し、生存圏までの道案内役を確保。その際、冒険者が悪党と組んで大翔を裏切るという異常事態もあったが、事前に裏切りを予測していた大翔は、今まで敵対していた魔獣と呉越同舟の同盟を結び、これを追い払うことに成功する。


 その後は、残り少ない魔法道具を駆使して、魔獣たちとの決戦に臨み、あっさりと敗北。しかし、敗北後に大翔が見せた命乞いのカラオケ芸が魔獣たちの関心を引き、その世界で初めて魔獣と心を通わせるという偉業を達成。

 最終的には、大鷲の魔獣に空路で輸送してもらい、安全圏まで辿り着いたのである。

 ――――結局、一度もソルの助けが入ることも無いままに。


「がうがう! うぐるるうう! がうがぁ!!」


 もっとも、その代償として丸一日ほど言葉を失い、野生のままソルを罵倒することになったのだが。


「ははは、これは凄い。想像以上だよ、ヒロト」


 野生溢れる罵倒を受けながらも、ソルは無事に宿場町まで辿り着いた大翔を賞賛する。

 たっぷりのご馳走と、熱々の温泉。ふかふかのベッドなどを用意し、大翔の機嫌を取りながらも、ソルから賞賛の言葉が途切れることは無かった。



「才能が無いなんてとんでもない。君は、勇者として何よりも大事な才能を……いいや、正しい資質を持っているよ――――僕とは違う」



 やや興奮した様子でソルが告げる言葉。

 その意味を大翔が理解することになるのは、それから少し先のことだ。

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