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第120話 殺し合い

「準備はいいかな? 二人とも」

「私はオッケー」

『ボクも問題ない』


 校舎の屋上。

 大翔たち対策委員会が拠点としていた校舎の屋上で、二人と一匹は向かい合っていた。

 空は夏らしい晴天。

 周囲には人影どころか、虫一匹すら見えない。

 この仮想世界は既にその役目を終えて、NPCや勇者同盟の者たちは全てログアウト済み。

 今や、この仮想世界で動く生命体は、大翔と美冬、クーラしか存在しない。


「じゃあ、確認だ。九重さんは手はず通りに魂の分配をすること。その後、救済と共に俺たちの世界を再構築。主に取り込んだ者たちの認識のすり合わせの担当で。クーラは時間や環境の調整をよろしく」

「了解だよ。今の私たちだったら問題なく再構築は可能だと思う。ただ、調整する時間が必要だから……三十分ほど世界はがらんどうの状態になっちゃうけど」

『その間、外側からの妙な横槍が来ないよう、勇者たちが世界を防衛する……という流れでいいんだよな?』

「うん。無いとは思うけど、念のためにね? 世界ががらんどうの時を狙ってよからぬことを企む輩が来ないとは限らないし」


 青空の下、二体の超越存在と一人の勇者は最終確認をする。

 最後の最後、つまらないミスで世界を滅ぼさないように、世界を滅ぼすに足る力を持つ者たちは、入念に細部を確認し合う。


「まぁ、二人は世界を再構成することに集中してほしい。何かあっても、それは俺たちが何とかするからさ」


 そして、確認は終わった。

 神経質なほどのチェックを終えて、ようやく大翔は二体の超越存在へと手を伸ばす。

 夜鯨であるクーラを左手で抱き上げて、冬の女王である美冬の肩に右手で触れる。

 後は、とても簡単。

 救済の権能を――――晴れの日にやって来る嵐の如く、どこまでも澄み渡る突風を吹かせるだけ。


「世界を救い終わったら、また会おう」


 二体の超越存在から返事が来るよりも前に、それは発動する。

 吹き荒れる風が、二人と一匹の視界を奪うように吹き荒れて――――。




「……っと」


 気づくと大翔は、無人の街中に立っていた。

 空には太陽と雲。どこまでも青い広がる空。

 じわりと首筋から流れる水滴は、雪解けの水ではない。夏らしい温度が、大翔の体を熱したからこそ流れ出た汗である。


「…………あぁ」


 元の世界だった。

 大翔の故郷だった。

 例え無人であったとしても、見覚えのある商店街の光景は、心を震わせるには十分過ぎるものだった。


「はははっ、どうりで暑いわけだ」


 歩道沿いにある百貨店のショーウィンドウには、銀灰のコートを纏った姿の大翔が映っている。もはや、大翔にとっては慣れ親しんだ姿だが、この光景の中では明らかな異物だった。


「いや、暑い? ロスティア師匠の作品だぞ? 温度調整なんて基礎的な機能が故障するはずが…………ああ、そうか。冬の女王が救済されたから、俺の権能も余波を受けて効力を失っているのか」


 大翔は銀灰のコートを脱ぎ、まじまじと目の前で観察する。

 新米ながら、魔導技師として故障の原因を見極める。


「中核となっている冬の権能が消え去ったから、連鎖的に他の機能も失われている。そもそも、銀灰のコートに使用した銀狼の毛皮自体が、普通の狼の毛皮になってしまっているんだ。確かに、これじゃあ師匠の傑作でも効果を失うのは仕方がない…………でも、まぁ。これを戦闘に使うことももうないだろうし」


 大翔は独りごとを呟きながら、銀灰のコートを収納空間へとしまい込んだ。

 銀灰のコートの下は長袖のシャツだが、先ほどよりは断然に涼しい。


「冬になったら、また着よう」


 商店街の中を通り過ぎる風を浴びながら、大翔は空を見上げる。

 無人の街。

 人の存在しない環境音。

 滅んだ世界でしかあり得ない、静寂なる夏の空間。

 世界が再構成されている三十分間しか味わえない、奇妙な夏の光景。

 まるでそれは、世界を救った勇者に与えられた、つかの間の休息のようで。



 ――――タァンッ。



 故に、大翔の下に訪れた銃声は、無粋極まりないものとなった。


「はっ、知っていたさ」


 けれども、大翔は慌てない。

 銃声が鳴るよりも前に動き出していた大翔は、到来した銃弾を軽々と避けてから駆け出す。

 各種様々なアーティファクトの能力を起動し、虚空を足場として疾走。

 数キロという距離を一瞬で縮めて、目的地であるビルの屋上――銃弾を放った者の前へと降り立った。


「ええ、知っていましたともぉ……これくらいでは死なないことは」


 狙撃手はスナイパーライフルを放り投げ、偽装として身に纏っていた透明化のマントを脱ぎ捨てた。


「どうも、お久しぶりです。佐藤大翔」


 偽装の下から姿を現したのは、陰気な女子高校生だった。

 黒髪サイドテールで、黒縁眼鏡をかけた、目つきの悪い小柄な少女。中学生と間違えられそうな体躯を覆い、高校生だと証明しているのは学校指定の制服だ。

 そして、その両手にはそれぞれ、制服には似合わない無骨なナイフと拳銃が握られている。


「……あのさ、何度も出て来て恥ずかしくないの? 潔さとか欠片もないの?」

「残念ながら、この私は往生際の悪さでは定評があるので。ああ、お仲間に連絡しようとしても無駄ですよ? お前を殺すまで、きっちりと通信をジャミングさせていただきます」

「俺を殺しても何も止まらないよ。世界は再構築される。世界は救われる」

「いいえ、何も終わりませんとも。だって、貴方は約束した。あの陽光の乙女と約束した。ならば、その約束が果たされないのならば?」

「世界の一つぐらい滅びる可能性はある、と…………はぁ。まったく、ろくでもないことばかりに知恵を働かせる」


 大翔は深々と溜息を吐き、陰気な女子高校生――浅井結衣と相対する。


「いい加減、決着にしようぜ、黒幕」

「それはこちらの台詞ですよ、勇者」


 勇者と黒幕は、互いにとても晴れ晴れとした笑顔で向かい合い、次の瞬間から真顔で殺し合いを始めた。



◆◆◆



 結衣はずっと、この瞬間を待っていた。

 早々にゲームから脱落してから今まで、ずっとこの瞬間を待ち構えていたのである。

 そう、佐藤大翔が一人になる瞬間を。


「身体強化、最大」


 大翔と殺意を交わした直後、結衣は躊躇わず相手の懐へと飛び込んだ。

 身体強化の魔術は、己の肉体が自壊するほど過剰に。けれども、戦闘が継続できるギリギリの範疇を見極めて発動させる。

 そうしなければ到底、大翔の回避術にはついていけないと理解しているのだ。


「二体の超越存在が救済を受け取り、影響力が弱まる瞬間。世界が再構成される僅かな猶予。そこを狙って自由を取り戻したってわけか……まったく、そこまで用意周到な真似ができる癖に、どうしてゲームでは早々に脱落したんだか」


 ナイフによる近接戦闘術。

 拳銃による近接狙撃術。

 一流とは呼べずとも、その道のプロの範疇に入るであろう結衣の技巧を身体強化で後押しした攻撃。

 それでも、まだ英雄クラスには足りない。

 今の大翔を殺すには足りない。


「なぁ、そこまでできるのなら、大人しく逃げた方が良かったんじゃないか?」


 素人臭く、けれども無駄のない回避で結衣を翻弄する大翔。

 その顔には虚勢の笑みが張り付けられ、口からは結衣の精神を削ぐための挑発が重ねられていく。

 結衣は知っている。学んでいる。大翔は強がる時ほど、追い詰められているのだと。


「来たれ、雷風。我が身を切り裂き、敵も穿て」


 だからこそ、結衣は大翔の挑発には応えない。

 予定通りに魔術を発動させ、大翔の動きを制限する。

 ――――例え、自らが魔術の効果範囲に入っていたとしても、引かない。


「っづぉ!?」

「―――っ!」


 驚愕の声は大翔。

 押し殺した苦悶は結衣。

 前者はとっさに護符で守って、後者は傷つきながらも次の手を打っている。


「赤き束縛よ。我が怨敵の自由を奪え」


 雷風によって傷ついた箇所から、更に魔術を用いて自身の血を流出。

 魔力をたっぷり込めた即席の拘束具として、大翔の足に絡みつく。


「ちぃっ!」


 舌打ちしつつも、大翔の反応は早い。

 懐から抜き放ったアーティファクトは、周囲一帯を吹き飛ばす衝撃波を放つ小型爆弾だ。

 この爆風に巻き込まれれば、大翔も結衣も等しく吹き飛ぶだろう。血の拘束すら、消し飛ばすかもしれない。


「――――そこ」


 しかし、大翔によるこのもろともの自爆こそが、結衣が最初から見出していた勝機だ。

 結衣は放り投げられた小型爆弾に構わず、一切の防御を行わず、血の拘束に全ての魔力を込める。体内の血液、それを失ってもいいギリギリのラインまで使って、大翔の肉体を拘束しようとする。

 そう、このまま小型爆弾の直撃を受ければ、結衣が即死するほどのギリギリのラインで。


「ああ、くそっ」


 思わず吐いた悪態は、大翔が判断をミスした証拠。

 結衣が即死する。その想像が頭をよぎった際、大翔は思わず小型爆弾の起爆を止めてしまったのである。

 恐らくは、特に何か考えのあってのことではない。

 本当にただの条件反射。

 大翔が優しすぎるが故に、とっさの判断を間違えた、ただそれだけのことだ。


「佐藤大翔、認めます……お前は強いです。ただの端役じゃない、ちゃんと勇者だ。でも、だからこそ、勇者であるからこそ、お前は私に負けるんですよぉ!」


 血の拘束を強めて、結衣はそのまま大翔の肉体を締め上げる。

 このまま、相手を確実に絞殺するために、全身全霊の魔力を込める。


「優しすぎるからぁ! お前は死ぬんですよぉ!」


 脱落した後から、結衣はずっと大翔を観察していた。考察していた。

 どうして敗北したのか? どうすれば勝利できるのか?

 もはや侮ることはなく、ただ一人の敵として――否、最愛である朝比奈久遠に匹敵する勇者であると認めて、思考を続けていたのである。

 そして、導き出した答えは奇しくも、朝比奈久遠に対する攻撃と同じ。

 ――――相手が善良であることを逆手に取った、卑劣なる奇襲。


「ぐ、が……」

「お前さえ! お前さえ死ねば! 後は同じ事を繰り返すだけ! そうとも! 認めますよぉ、佐藤大翔! 最初から、最初からお前だけが私の敵だった!!」


 意識をもうろうとさせながらも、結衣は手を緩めない。

 体を締め上げるだけではなく、大翔の魔力に干渉し、確実に息の根を止めようとして。



「これ、も……計算の、内か? 朝比奈、久遠……っ!」



 己の背後へと向けた、大翔の視線に。

 自分以外の誰かに向けた、大翔の言葉に。

 結衣はとっさに振り返る。

 何故ならば、それは十分にあり得る展開だったからだ。

 朝比奈久遠という勇者ならば、世界が再構成される隙を突いた結衣の封印を破り、この瞬間に駆け付けてもおかしくない。

 そういう信頼と期待があるからこそ、結衣は振り返ってしまったのである。


「――――あ?」


 誰も居ない、ビルの屋上の空間へと。

 大翔から僅かな間、視線を外して。


「嘘だよぉ! ばぁーかっ!!」


 直後、ビルの屋上が丸ごと吹き飛ぶほどの爆発が起こった。

 覚悟を決めた大翔による自爆である。しかも、この威力はありったけの攻撃用のアーティファクトを自爆させたのだろう。

 結衣の拘束を解くには十分過ぎるほどの威力があった。


「ぎっがぁ!? あ、あ、あぁあああああああああっ!!」


 けれども、結衣は諦めない。

 全身がばらばらになるような衝撃を受けても、回復よりも先に追跡を優先。大翔に付けた血液の反応を辿り、虚空を蹴り出す。


「お前を! 殺す! それだけでぇ! それだけでいい! そうすれば、そうすればきっと! 何もかもが上手く行くんだぁ!」


 爆風と煙幕の中を突っ切り、結衣は大翔の痕跡を追う。

 無人の商店街の中。

 人気のない路地裏。

 入り組んだ道の先。

 大翔が回復しながらも追跡魔術を振り切れない様子を見て、結衣は勝利を確信する。


「殺せる」


 地力では結衣が上。

 瀕死になりながらの泥沼も、結衣ならば十分過ぎるほど経験している。

 後は行き止まりの袋小路に追い詰めた後、殺せる。

 この確信は運命に関わるものではない。

 大翔を殺すには運命ではなく、実力と意志で凌駕しなければならないと思い知っているが故に、結衣は慢心しない。

 例えどれだけ惨めで泥臭い戦いになろうとも、勝利に齧りつく。


「殺す」


 そして、結衣は大翔を追い詰めた。

 路地を曲がった先の行き止まり。

 ろくに空を駆けることもできなくなった大翔を、全力の近接戦闘で仕留めて殺す。

 油断しない。

 慢心は要らない。

 ただ、殺意だけあればいいと、結衣は残り少ない体力と魔力を振り絞って進む。

 大翔の死地になる場所へと、躊躇うことなく踏み込む。



「残念、殺させはしませんよ」



 背後から放たれた銃弾にも気づかずに。


 ―――ダダダンッ。


 大口径の自動拳銃によるフルオート射撃。

 魔術も魔力も用いない奇襲。

 かつて、結衣自身が大翔に対して行ったことが今、因果応報の如く返って来る。


「…………な、ん」


 結衣は言葉を紡げない。

 ごぼりと口から吐き出される血液が邪魔をするから。

 故に、結衣は惨めに路面へと倒れ伏し、その声を聞くことしかできなかった。


「だって、大翔の相棒はこの私ですから――――どんな殺意も見逃しません」


 シラノ。

 千里眼を持つ、勇者の道先案内人――白樺梨乃による勝利宣言を、受け入れることしかできなかったのだ。

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