第119話 ゲームの終わり
冬の女王が用意したロールプレイングゲームは、勇者によってクリアされた。
想定していた陰鬱なエンディングすら蹴飛ばして。
裏技上等だとばかりに、世界の理すらも書き換えて。
冬の魔王を焼き滅ぼし、二人の少女に春を届けたのである。
勇者にとってこれ以上の勝利は無く、また、冬の女王――九重美冬にとってもこれ以上の結末は見当たらないだろう。
ただ、物語は終わっても現実は続いていく。
そう、二体の超越存在を元の存在に回帰させることによって生じる、諸々の問題をどうにかしなければならない。
具体的に言うのであれば、二体の超越存在がため込んでいた魂たちをどうするべきか、という後始末が残っているのだ。
「…………えー、九重さん」
「はい」
「シラノに観測して貰ったけど、随分と貯め込んでいたね? いや、それが悪いというわけではなく、むしろほとんどの魂を定期的に輪廻に吐き出していたクーラよりは、ある意味ではマシだったのかもしれないけど」
「…………この罪は、ずっと償っていくつもりだから」
「いや、そういうのはいいから。いちいち贖罪のあれこれを考えていたら、マジで数百年は余裕で過ぎる魂の量だから、これ。余計な感情は排して、世界単位での情報をさっさと教えてください」
「あ、はい」
「吐き出した後の魂の置き場所とか、肉体と一緒に新生させる環境の設定とか。今の俺はマジで忙しすぎるので」
そして、それは大翔にとってかなりの重労働となった。
故郷の世界の人々――その魂ならば何も問題ない。冬の女王が回帰することにより、何事もなく日常に戻ることが可能だろう。それだけの修正力は、今の冬の女王にもある。
しかし、問題は滅んだ世界の魂の方だ。
帰還する世界が無ければ、冬の女王が吸収していた魂を吐き出したとしても、多くの者を路頭に迷わせるだけだ。ただ死なせるために蘇らせるという、残酷な行為になってしまう。
正直、大翔がその迷える魂を救う義務や義理は無い。
見捨てても誰も文句は言わないだろう。
むしろ、そのまま輪廻の流れにぶち込むのが正しい方法かもしれない。
――――それでも、見捨てないからこそ佐藤大翔という大馬鹿野郎なのだ。
「というわけで! 仮想世界の設定を弄りまくって、時間加速とか俺に便利スキルとかを山ほど生やしてください。でないと、いつまで経っても作業が終わらない」
「あー、仮想世界を終了させなかったのはこのため?」
「そう。君だって音無さんとイチャイチャしたいだろうけど我慢して欲しい。俺も、俺だって! 美少女をシラノから紹介してもらうという素敵なエンディングを早く迎えたい! でも、それでも勇者だから『ぶっちゃけ面倒臭い』って放棄することもなく、後始末も凄く頑張っているんだよ!?」
「わ、わかった。わかったから、目を血走らせて泣くのは止めて!? 普通に怖い!」
かくして、大団円で終わったロールプレイングゲームであるが、その終了までしばしの間、インターバルが生まれることになった。
大翔と美冬が『デバックルーム』に閉じこもり、死んだ目で出てくるまでの数日間ほど、思わぬ余暇が生まれたのである。
◆◆◆
仮想世界は美冬の意のままに構成される。
ゲームの勝敗は既に決し、クーラとリソースの削り合いをする必要が無くなった今、世界中の被害を『無かったこと』にするのも容易いことだ。
故に、仮想世界は平穏な日常を再現する。
現実の記憶を取り戻した者を除いて、終了するまでの間、つかの間の平和を再現するのだ。
「初めまして、音無真白さん。私はシラノ、佐藤大翔の相棒です」
「オレはシラノの友達のアレス! よろしくな!」
「……よろしく?」
そして、再現された平和の中、特にやることも無い面子は各自で自由に行動していた。
勇者同盟の勇者たちは、それぞれ観光やら打ち上げに。
そして、シラノ、アレス、真白の三人はとある街中の喫茶店で女子会を開くことになったのである。
「それで音無さん。うちの大翔が何かとご迷惑をおかけしませんでしたか?」
議題はもちろん、大翔について。
そう、この女子会は『同じ年頃の女子同士の親睦会』という名目で、シラノが真白と大翔の関係を探るために開かれた物なのである。
「迷惑はあんまり。むしろ、彼には助けられてばかりだった。その恩は、この世界の正体を知った今でも変わらない」
「ほうほう、それはよかった。大翔は基本的に善人ですが、時々、やり過ぎてしまうところがありますので」
「……あー、なんとなくわかるかも?」
コーヒーカップ片手に苦笑する真白の姿を見て、シラノは複雑な気持ちを隠すように笑みを浮かべた。
喫茶店を利用して、スイーツやお茶を嗜みながらの女子会であるが、そもそもシラノが事の詳細を知りたいのならば、千里眼の異能を使えばそれだけで事足りる。今の真白は単なる一般人に過ぎない性能なので、シラノの千里眼ならば容易くあらゆることを見抜くだろう。
ただ、シラノは大翔との旅を通して学んだことがある。
例え千里眼だろうとも、『見通して理解した気になっていると見落としが生まれる』ということを。
あまりにも格上が多く、千里眼が通じない相手が多かったからこそ、シラノは千里眼を使わぬ情報収取が鍛え上げられることになった。
そして、その過程で千里眼では拾えぬささやかな情報――けれども、それが本人を思わぬ方向へと向かわせることになる変化に繋がるかもしれないことを知ったのだ。
「今回の件も本当に最後は驚きました……下手をすれば、この世界ごと焼却されていましたからね?」
「そんなにヤバかったの?」
「ええ、ヤバかったです……でもまぁ、大体あんな感じですよ、奴は」
故に、シラノは今、千里眼使わぬ状態で真白を向かい合っている。
今回のロールプレイングゲームを通して、明らかに『ヒロインっぽいポジション』に居た真白が、大翔に対してどんな感情を抱いているのか探ろうとしているのだ。
「旅を始めた時もそうでしたけど、奴は虚勢で押し通して不可能を可能にする馬鹿です。その行動のお陰で助けられたことも、驚愕したことも一度や二度ではありません」
「そうなんだ……そういえば、何度も世界を救っているとか言ってた」
「ええ、あの馬鹿は自己満足のために色々と世界を救いまくって……本当に大変でしたよね、アレス?」
「まー、それに救われたオレとしては何も言えない」
「とまぁ、こういう感じなのですよ! まったく、相棒である私がどれだけ苦労したのか……でも、そこが大翔の良いところでもあるので困りものですが……」
けれども、シラノは気づいていない。
真白を探ろうとしていたのに、いつの間にか自分が語ってしまっていることに。
「ふふふっ」
その様子を、真白が微笑ましく眺めていることに。
「シラノちゃんは佐藤君のことが大好きなのね?」
「ええ、それはもちろん――――ふぉあ!!?」
「アタシが思うに、シラノはわかりやすすぎるよね、態度的に」
従って、シラノは思わぬ不意打ちに顔を林檎の如く赤く染めることになって。
「安心していい、シラノちゃん。私と彼は友達同士。友情以外は存在しない。少なくとも、シラノちゃんから奪ったりなんかしない」
「んにゃ、にゃにを……」
「焦り過ぎて呂律が回らなくなっているぞ、シラノ」
その後の女子会はほとんど、シラノが真白とアレスによって弄られる展開になってしまったのだった。
◆◆◆
男子会には肉が付き物である。
酒が飲める年齢になっていれば、大抵の場合、肉に加えて酒も出てくる。
もっとも、年齢が行き過ぎると今度は肉を『脂が辛い……』と悲しい表情で控えるようになるのだが、それはさておき。
「俺は蘇生処置を受けたら、勇者同盟に所属したい」
焼き肉屋で男子会をしている最中、参加者の一人――九郎がふと思い立ったように決意表明した。
牛カルビを白米と共に口内へと掻き込んだ後の決意表明だった。
「そういうのはあの馬鹿――盟主のヒロトに言え。人事採用は俺の管轄じゃなねぇ」
「まぁまぁ、ニコラス。君がヒロトに進言すれば、採用される可能性があるのは事実なわけだし。もうちょっと話を聞いてあげたら?」
九郎の決意表明を聞いたのは、焼き肉用の網を挟んで、対面に座る二人。
ジンギスカンを山ほど皿に乗っけたニコラスと、ナイフとフォークで行儀よく豚の肩ロースを食しているソルだ。
合計、三名での男子会である。
自分の意志でNPC状態から解放された九郎であるが、それ故に、今後の身の振り方に対して悩んでいたところを、ニコラスに誘われて男子会という流れになったのだ。
悩んだ時には、とりあえず肉を食えば何とかなるという、ニコラスのアバウトすぎるアドバイスに従って。
「話ねぇ? こんなガキ相手に本音を話せるのなら、好きにすりゃあいいさ」
故に、このようにぶっきらぼうな口調のニコラスだが、最初から九郎には気をかけているのだ。自分一人だけの対面相談ではなく、傭兵としての人生経験に長けたソルを巻き込んだのも、九郎に有意義な助言を与えるためだろう。
どうやら、美冬との最後の戦いで根性と覚悟を見せた九郎を、それなりに気に入っているらしい。
もっとも、ニコラス本人は口が裂けてもそのようなことは言葉にしないだろうが。
「感謝する、ニコラス。俺は……退魔機関という組織に所属し、誰かのために働いていたつもりだった。より多くの人を守るため、必要悪を為していたつもりだった。だが、その結果、俺はクラスメイトを見捨てて、世界を滅ぼす要因を作ってしまった」
九郎はニコラスに礼を告げると、淡々と動機を語っていく。
「もしも、俺が過去にクラスメイト――九重美冬と音無真白を少しでも助けようと行動していたのなら、もっとマシな末路になっていたはずだ。そうできるだけの力はあった癖に、俺は結局何もできなかった」
「ふん。何もできなかった、は自虐し過ぎじゃねーの? 少なくとも、ヒロトの奴は感謝していたぜ。お前がNPCの縛りを越えてまで、こっちの味方をしてくれたことを」
「そう言って貰えるとありがたい。でも、まだ納得できない。自分自身が納得できていないんだ。だから、俺は納得できるまで、見知らぬ誰かのために尽くす人生を歩もうと思おう。そのためには、勇者同盟に入ることが一番の近道だと思ったんだ」
「……ったく、真面目君がよぉ」
九郎が語った本音に、ニコラスはこれ見よがしに溜息を吐いた。
けれども、その様子は呆れているものの、九郎を侮辱するものではない。
むしろ、どこか親しみを感じさせる口調で、九郎に答える。
「言っておくが、俺は本当にちょっとだけ口添えするだけだぜ?」
「そうか! ありがとう、本当に助かる!」
「はんっ、礼なんざ不要だ……っておい、ソル! なんだその生温かい視線は!?」
「いやぁ、ニコラスってば成長したなぁって」
「魔王級の魔術師になっても、まだその保護者視線は変わらねぇのか!?」
男子三人は肉を食らいながら、互いの本音を投げつけ合う。
僅かの間でも戦いを共にすれば、男子というのは理解を深め合う生物である。
「つーか、ソルは俺のことよりも恋人のことを考えろや!」
「ああ、それはちょっと封印都市への移住を検討していてね?」
「ちょっ! 二人とも、肉が焦げているぞ!?」
少なくとも、この三人は男子会で騒ぎ合える程度には打ち解けたらしい。
こうして、大翔と美冬が大忙しで仕事をしている中、仲間たちはつかの間の休息と交流を楽しんだのだった。




