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第117話 佐藤大翔という馬鹿

「まず、前提を確認しよう」


 大翔は名探偵の如く、朗々と語りだす。


「音無さんは冬の魔王の転生体だ。だからこそ、冬の権能を使えるし、魔物を支配することもできる。ただし、魔物の発生を止めることはできない。何故ならば、冬の魔王にとって魔物を発生させることは呼吸することと同じ。即ち、息の根を止めるような手段でなければ本来、魔物の発生は止めることができない」


 真白の魂の問題点を。

 冬の魔王という、生まれながらにして世界を滅ぼす者の呪いを。


「退魔機関とやらが音無さんの排除を試みようとしたのも、これが原因だろう。対処療法で魔物の発生を抑えても、音無さんが存在している限り、魔物はいずれ必ず発生する。今は世界規模で結界を張り巡らせて、この場だけに魔物の発生を集中させているとはいえ、これだけの無茶をいつまでも続けられるとは限らない。故に、排除するしかないと判断したのだろう」


 大翔の説明に、退魔機関の人間たちは苦々しい顔で頷く。

 彼らも好き好んで一人の少女を殺そうとなど思っていない。それしか手段が残されていないからこそ、排除という手段を取ろうとしたのだ。


「ただ、この手段は『過去』に一度失敗している。音無さんを追い詰めた結果、冬の女王という超越存在が生まれることになった……そうだろう? 三上君に九重さん」


 そして、大翔の語りは仮想世界の枠を超える。

 NPCとしての制限を壊した九郎と、ゲームマスターである美冬へ、ゲームの範疇を越えた問いを投げかける。


「…………俺の記憶の限りでは、本来の過去では佐藤大翔の立ち位置には、九重美冬が居た。封印の異能使い。音無真白の異能を唯一封印できる実力者であり、唯一の友だったと思う」


 九郎の思考は、正しくこの世界が仮想の物であることを認識していた。

 過去、どのような無様を経て、己が死んだのかも理解している。たった今話している自分自身が、魂の情報から参照した再現体であろうことも。本物の九郎自身はとっくの昔に死亡し、魂は超越存在である冬の女王に囚われていることも。


「る、ルール違反だ! 佐藤大翔! 三上九郎! ゲーム内の設定を――」

「お前の友が救われるかどうかの瀬戸際だぞ、九重美冬。それでも、こんな馬鹿げた茶番を続けろというのか?」

「――――っ!」


 だからこそ、九郎は恥じない。揺るがない。

 既に雪げないほどの恥も罪も、魂に刻まれているが故に、言葉を紡ぐことを止めない。


「答えよう、佐藤大翔。俺たち退魔機関が音無真白を追い詰めた結果、彼女は九重美冬を守るために自害したのだ」

「――――えっ?」


 やめろ、と美冬が叫ぶ前に、真白が戸惑いの声を漏らす。

 しかしそれは、思わぬ真実に戸惑う声ではない。


「なにこれ、頭が……」


 この仮想世界では存在しないはずの記憶。

 けれども、間違いなく身に覚えのある記憶が脳裏を過り、困惑している声だ。


「そして、音無真白が自害した結果、九重美冬は世界に絶望した。世界を呪った。異能者としても、人としてのタガが外れてしまったのだ――死んだ友の魂を取り込み、世界を滅ぼそうとしてしまうほどに」


 真白の困惑に苦々しく表情を歪めつつも、九郎の語りは止まらない。


「こうして、冬の女王という超越存在は誕生した。当然、超越存在相手に俺たちが抗えるわけもなく、世界は冬に閉ざされた。俺は紅蓮の剣を持っているが故に最後まで生き残ったが、結局は取り込まれて終わりだ」


 過去の罪悪を吐露するように、血を吐くような思いで。


「冬の女王という、もはや九重美冬ですらなくなった怪物に取り込まれて終わった。これが、俺に話せる全てだ。何も守れなかった愚かな人間の全てだ」


 それでも、前に進もうとする意志を込めて九郎は語り切った。

 仮想世界の原点となった、悲劇の物語、その結末を。


「…………今更、今更だよ、何もかも。私も、君も! 何もかもが今更手遅れなんだよ! 夜鯨とリソースを削り合って! 超越存在から人としての思考に戻って! ようやく、ようやく! 私は真白を大切に思う気持ちを取り戻せたのに!」


 そして、堰を切ったように美冬が叫ぶ。

 限りなく弱体化を重ねて、ようやく人間の在り方に戻った美冬が叫ぶ。


「私の力じゃ助けられない! 冬の女王の力では無理なんだ! 冬の魔王の魂こそが、冬の女王の根源だから! 例え、今の感情のまま冬の女王に戻れたとしても、真白を完全に助けることなんてできない! ましてや、今のまま救済の権能なんて受けたら――――私はきっと、真白と切り離されてしまう」


 始めてしまったゲームの中で、ずっと抱えていた絶望を。

 人間の思考に戻ったが故に、どうしようもないことに気づいてしまった苦悩を。


「意味ないんだ! 私だけが救われても! 超越存在から人に戻ったとしても! 真白を助けられないんじゃ意味がない! だから! だから、佐藤大翔! 因果を覆す勇者! どうか答えて欲しい!」


 美冬は声が裏返るほど無様に、けれども必死に大翔へ問いかける。


「本当に真白を救えるの?」


 それは縋りつくような問いかけだった。

 暗闇の中に差し込んだ、僅かな光明に手を伸ばすような声だった。

 だからこそ、大翔はその問いかけに躊躇わず答える。


「ああ、救える」


 虚勢ではなく、確かな自信と覚悟を持って。



「陽光の乙女を召喚すれば、そんなことは実に容易いさ!」

「………………えっ?」



 全ての前提を蹴り飛ばすような、馬鹿極まりない答えを告げた。



●●●



「「「ちょっとタイム」」」


 大翔は自信溢れる発言の後、仲間たちに引きずられていった。

 美冬の視界からフェードアウトした場所で「大翔、聞いていませんが?」から始まり「なんで君は無茶するの?」やら「オレたちの心臓を潰す気なの?」等々の説教を受けた大翔だが、今回は譲らない。

 きちんと根拠を説明し、大丈夫だと仲間を説得してから再び、美冬の前に立つ。


「さぁ、救済を始めようか!」

「あのさ、佐藤大翔君。君の顔面に打撲の痕跡があるけれど、それは本当に大丈夫な作戦なのかな?」

「もちろん! 仲間も納得済みさ!」


 シラノから痛烈な拳を受けた痕を、さっと治療魔術で治して答える大翔。

 美冬からするとこの時点で既に、大分信頼していいものかと怪しくなっているのだが、それも大翔の態度は揺るがない。


「納得させたのはついさっきに見えたけど……そもそも、前もって相談してなかったの?」

「あんまり遠距離で通信すると、君ら傍受するでしょ? そうなったら、ここまで追い詰める前にゲームを反故する可能性だってあっただろうし」

「…………まぁ、あの尻軽女の召喚とか、化身でも嫌だったからそうなる可能性はあったけど」

「ちなみに、同じく嫌がったクーラ……夜鯨は黄金の猫缶で説得しました」

「私と同格の超越存在ぃ……」

「そして、冬の女王である君は、今から説得する――ニコラス!」


 いまいち納得していない様子の美冬へ、大翔は更に畳み掛けるように仲間を呼ぶ。

 先ほど大翔を引きずっていく面々に加わらなかった一人。クーラと同様に、予め大翔の作戦を知っていた――否、大翔と共に作戦を練り上げたニコラスを。


「おうよ。んじゃあ、さくっと簡単に説明するわけだが、冬の魔王の呪いをどうにかするには生半可な力じゃ無理だ。大翔の聖火でも、冬の女王の根源となった呪いを浄化するのは不可能だろう。だが、その聖火をもたらした存在、陽光の乙女ならば話は違う。あの超越存在ならば、冬の魔王の呪いを焼き滅ぼし、真白の魂を正しく人間の物へと昇華させられる」

「…………確かに、あの尻軽女の力だったらできるかもね? でもさ、君たち忘れていないかな? 私とクーラがこの様だから油断しているのかもしれないけどさ」


 美冬はニコラスの説明を受けてなお、その表情を変えない。

 不安を隠さず、深刻な表情のまま、作戦の問題点を指摘する。


「超越存在は都合よく利用できるような相手じゃない、関わるだけ損だ…………超越存在を知る誰もが口にする警句を、まさか忘れていたのかな?」


 超越存在の召喚という、無謀極まりない手法について。

 その危険性を指摘する。


「陽光の乙女は確かに、私たちとは違って人類に配慮する個体だよ? 超越存在の中では取引はしやすい方だと言ってもいい。でも、君たちは知っているはずだろう? 人類に対して歪んだ愛情を持つ陽光の乙女は、その愛故に数々の世界を滅ぼしたって」


 陽光の乙女という超越存在は、間違いなく世界を滅ぼす要因になるのだと。

 真白を救おうと召喚したとしても、何かのすれ違いで世界を滅ぼしても不思議でないのだと。


「佐藤大翔君、悪いことは言わない。あんな尻軽女……ううん、超越存在を利用しようとするのは止めた方がいい。でないと、真白を救うどころか、君の世界だって――」

「策はあるさ」


 けれども、大翔は美冬の指摘に、不敵な笑みを持って応える。


「陽光の乙女が絶対に協力せざるを得ない、とっておきの策が」

「とっておきの作戦? 本当?」

「ああ、本当だとも。いいか? 今から――――」


 そして、大翔は作戦の詳細を説明する。

 実に馬鹿馬鹿しく、だがそれ故に、美冬でさえも否定できない作戦を。


「………………わ、わかったよ。君に賭けよう」


 作戦内容を告げられた美冬は、微妙な顔で頷き、それを了承する。

 かくして、冬の魔王を滅ぼすための作戦は始まるのだった。



 陽光の乙女を呼び出す手順は、以下の通りになる。

 まず、紅蓮の剣――陽光の乙女から賜った権能を持つ九郎を、召喚主として登録する。


「……ふっ。いいさ、いつかこんな日が来ると思っていた――さぁ、この魂を薪としてくべて贖罪としよう!」

「いや、犠牲にはしないから。テンション下げて、三上君」


 やたら覚悟を決めた九郎の精神を落ち着かせた後は、ニコラスによる術式調整。

 陽光の乙女本体ではなく、まずは数多の世界に散らばる化身の一つを呼び寄せるように調整する。


「念には念を入れて、お二人とも万が一の時はよろしく」

「ボクに任せるがいい。猫缶の分は働こう」

「なんとなく釈然としないけど……真白のためだからね」


 安全を確保するために、クーラと美冬には削り合ったリソースをある程度戻して、化身に対抗できる状態になってもらう。

 これにより、陽光の乙女の化身が万が一にも暴走した時に対処可能となった。

 後は最後に一つ。


「さぁ、準備はいい? 音無さん」


 この作戦の当事者である真白へ語りかける。


「……正直、わけが、わからないし……頭が痛くて、仕方がないけど」


 真白は美冬の腕の中に抱かれながら、額から脂汗を流していた。

 仮想世界の設定と、魂に刻まれた設定の矛盾。

 ゲームマスターである美冬でさえ、易々と変更できない設定の差異に苦しめられながらも、確かに見た。

 覚悟を決めた九郎の顔を。

 心配で仕方がないといった――奇妙な既視感のある、美冬の表情を。


「皆と、佐藤君を信じてみる」


 そして最後に、真白は柔らかな微笑みと共に、大翔に信頼を預けた。


「ああ、任せてくれ!」


 故に、今の大翔に不可能なんてない。

 実際のところ、不可能な事なんてたくさん存在するが、それでも『不可能なんてない』と虚勢交じりに自分を騙して、作戦に臨む。


「ニコラス、召喚開始!」

「了解――偉大なる陽光の一滴! 紅蓮をもたらした偉大なる黒翼の君よ! 我らが眼前に、再び姿を現したまえ!」


 ニコラスを基軸として、アレスの権能で万全にバックアップした召喚魔術。

 数十人の勇者たちの魔力補助を受けながら発動した召喚魔術は、正しく効果を発揮した。


『くははははっ! よくぞアタシを呼んだ! 愛おしい人間よ!』


 仮想世界の構成を揺るがして。

 空を焦がしながら、陽光の化身が降臨する。

 烏の如き黒翼を持つ、黒髪の少女の形で。


『よくもまぁ! こんな世界にアタシを呼んだ! その愚かさをアタシは愛そう!』


 真っ白のワンピース姿は、大翔の脳内にあった化身の姿を模した物。

 仮面として付けたペストマスクは、周囲の人間に配慮した存在抑制の枷だ。

 けれども、油断してはならない。

 超越存在の化身として、破格の配慮を行う化身であっても心を許してはならない。

 何故ならば、陽光とは恵みを与えるだけではなく、近づきすぎた者を焼き滅ぼす力でもあるのだから。


『さぁ、何を望む!? 多重権能所有者にして! あり得ざる帰還者よ! 陽光の乙女に何を望む!?』


 全てを見透かしたように問いかける化身。

 その恐ろしい眼光に、大翔は身を震わせながらも、畏れない。

 恐怖を抱きながらも、畏敬は向けない。

 不遜にも笑みを浮かべ、対等な存在として言葉を紡ぐ。


「陽光の乙女よ! その御先である化身よ! 俺が望むのは! 我が友、真白から冬の魔王の呪いを取り除くことだ!」

『よろしい! お前の言語ならば、こちらも意図を間違えない! すれ違わない! その賢しさを愛そう! 故に、アタシがお前に望む対価は――』

「不要だ!」


 傲慢にも化身の言葉を遮る。


『いや、不要とかそういうことではなく――』

「何故ならば!」


 そして、化身すら戸惑う勢いで、大翔は力強く宣言した。



「俺から陽光の乙女に差し出す対価は! 『陽光の乙女の救済』だからだ!!」



 対価としてはあまりにも不相応に重すぎる、化身にとっての望外な言葉を。

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