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第115話 一人じゃない

 冬の魔王の転生体は、基本的に孤独な人間だ。

 境遇。

 能力。

 時代。

 様々な要因があるが、基本的に冬の魔王の魂を持つ者は、孤独な人生を送る傾向がある。


 ある者は魔女として迫害されて。

 ある者は虐殺者として忌避されて。

 あるものは聖者として祀られて。

 誰かの温もりを知ることも無く、孤独のままに死んでいく。

 そして、冬の魔王の魂を持つ者の死因は二つ。

 一つは討伐。

 その時代の勇者や、『紅蓮の剣』の継承者に殺されることが多い。孤独な人間であるが故に、誰からもろくに異能の使い方を学ぶことができず、意外とあっさり殺されてしまうのだ。

 そして、もう一つの死因は自殺。

 孤独な人間でありながら、他者を尊ぶ人格を持った人間は自殺を選ぶ。

 自らを殺すことによって、世界を存続させることを選ぶのだ。


 そんな死の記憶を、真白は思い出していた。

 魂に刻まれた、転生体たちの記憶を閲覧していた。

 だからこそ、真白は知っている。

 自らが生きている限り、冬の魔物は尽きることはなく。

 ――――特殊な殺害方法でなくとも、自殺でも、冬の魔王は死ねるのだと。



 ざくり、ざくりと真白は雪を踏みしめて歩く。

 夏用の靴ではあるが、問題ない。

 今の真白ならば、素足で雪道を駆けまわろうとも、しもやけ一つもできることはないのだから。それどころか、柔らかい足裏が鋭い小石に傷つけられることも無いだろう。

 冬の魔王として覚醒した今、その程度の障害は何も苦にならない。


「…………仕方がない。だって、それしか方法がないから」


 故に、真白の声が震えているのは寒さが原因ではない。


「仕方がない。仕方がないことなの」


 自分に言い聞かせるように、真白は繰り返し呟く。

 これから行おうとすることは、真白にとっては途轍もなく怖いことだった。

 冬の魔王として覚醒しようとも、真白の感性はあくまでも普通だ。普通の少女だ。それを考慮するのならば、声が震えることを馬鹿にするものは少ないだろう。


「皆を助けるため、だから」


 真白は声を震わせながらも、右手に氷の刃を出現させる。

 冬の権能を用いて作った、どんな名刀よりも鋭い氷の刃。

 まるで三角定規のように不格好なそれの切っ先を、真白は自らの喉元へと突きつける。


「悪くない人生だった。孤独なだけじゃない人生だった」


 息を荒くしながらも、喉元に突きつけた氷の刃は下ろさない。

 後、ほんの少し。刃を十数センチほどずらすための勇気を生み出すため、真白の口は、もっともらしい言葉を紡ぎ始める。


「誰かに頼られた。誰かを助けた。誰かにお礼を言われた」


 為すべきことを成し遂げるため、氷の刃を持つ手の震えを止める。


「最後の最後、悪くない人生になっていた――――だから!」


 気合を持って声の震えを止め、真白は氷の刃を一度離す。

 勢いを付けて、自らの喉元を切り裂くために。

 冬の魔物の根源である自分を殺し、世界に平和を取り戻すために。


「だからきっと、最後に世界を救えるのなら、私はそれでいい」


 自己陶酔だった。

 自己犠牲に酔っていた。

 普通の少女である真白は、そうでもしないと自らの首を切ることはできない。

 何故ならば、自殺はとても怖くて、とても嫌なものなのだから。

 それでも、普通の少女である真白にとっては、生き残る方が怖くて嫌だった。

 自分一人が犠牲になれば世界が助かる。この状況で生き延びようとするほど真白の精神は図太くない。

 自殺を選ばなくても、精神を病んで死んでしまうだろう。

 従って、真白は自殺を選んだ。

 せめて、誰かに惜しまれている内に――孤独ではない間に、自らの命を終わらせるために。


「それでいいはずなんだ」


 真白は勢いを付けて、氷の刃を振り下ろす。

 冬の魔王である自分を殺し、世界を救うための刃を振り下ろす。



「はい、馬鹿ぁ!」



 けれども、その刃は真白の喉元に突き刺さらない。

 真白の命を奪わない。

 氷の刃が突き刺さろうとした瞬間、大翔の痛烈な蹴りが、真白の手から氷の刃を弾き飛ばしたのだから。


「…………痛い」

「あはははっ! ごめんねぇ、どこかの馬鹿の自殺を止めるために急いでてさぁ!」


 真白は大翔へと恨みがましい視線を向けるが、返って来たのは笑顔と皮肉。

 ここ数日、大翔と多少なりとも交流した真白はそれで察した。

 これはかなり怒っているぞ、と。


「あ、言っておくけど、また懲りずに自殺しようとすると、今度は頭を蹴り飛ばすからね。俺は攻撃が苦手なヘタレ野郎だけど、それでも、自殺しようとする仲間を気絶させるためには手段を選ばないつもりだから」

「今の私を気絶させるとか、できると思っているの?」

「はっはー! 逆に聞こう、音無さん!」


 すっと大翔は表情を消し、真顔のまま真白へ告げる。


「できないと思っているのか?」

「…………っ!」


 怖かった。

 普段怒らない人間が怒ると怖いというが、その意味を真白はようやく理解した。

 確かに、怖い。途轍もなく怖い。

 真白のために怒っているからこそ、尚更に。


「で、でも、駄目だから。私は……私が死なないと、魔物は止まらない。私の権能でも、支配するのには限界がある。あれは私の中の魂に積み重なった呪いなの。こんな世界なんて壊れてしまえ、っていう呪いなの。私が冬の魔王である限り、呪いは尽きない。魔物も消えない。だったら! 私が死ぬしかない! そうしないと、貴方だっていずれ死ぬ!」


 真白は大翔の剣幕に怯えながらも、言い訳がましく言葉を積み重ねる。

 死ななければならない理由を積み重ねる。

 そうしなければ、必死に取り繕っていた自殺への恐怖が蘇ってしまうから。


「……はぁ。だから、なーんで君たちは勝手に悲劇的になるというか、そんなネガティブに前向きなの? 悲劇大好き人間が集まっているの? まったく、馬鹿らしい」


 そんな積み重ねられた言い訳は、大翔のため息混じりの罵倒で崩されてしまった。


「ば、馬鹿らしいって! そんなの!」


 あまりにもあんまりな言い方に、真白は柄にもなく激昂する。

 いっそのこと、冬の権能でその舌を凍らせてしまおうかと思うほどに苛立ち、両目からは涙が零れ落ちた。


「私は、私は! 必死に! 皆のために――」

「要らないよ、そんな覚悟」


 それでも、大翔は真白に対して容赦しない。

 本気の怒りと涙が込められた言葉を、あっさりと切り捨てる。

 切り捨てて、告げる。


「俺たちが何とかするから、そんな悲劇的な覚悟はまったく要らない」

「――――は?」


 絶望的であるはずの状況に似合わない、馬鹿みたいな考えを。


「音無さんの問題を解決する。世界も救う。たったそれだけで終わる話だ」

「た、たったそれだけって……あのね、佐藤君。私は、私の魂は冬の魔王っていう――」

「『たったそれだけ』だよ。俺たちにとっては」


 ただし、どこまでも堂々と自信たっぷりに。

 冷たい冬なんて吹き飛ばすほど、晴れ晴れとした言葉で告げる。


「何を隠そう、俺たちは勇者だからな! 世界を救うことなんて日常茶飯事! 誰かの絶望なんて、今まで飽きるほど覆して来た!」


 それはさながら嵐のように荒々しく。

 けれども、灰色の雲の間から差し込む光のように、優しく。

 真白の前に、大翔の手が差し伸べられた。


「だからさ、一人で悩む前に頼ってくれないかな? いくら勇者でも、友達に勝手に死なれるのは、とても辛いからさ」

「…………友達、なの?」

「友達だよ。友達じゃなかったとしても、今から友達になればいいから問題なし」

「ふ、ふふふっ。なにそれ」


 気づけば、真白はいつの間にか大翔の手を握っていた。

 多分、言葉よりも先に。

 真白の冷たい手は、大翔の暑苦しい手を握っていた。


「じゃあ、私を助けてよ、友達」

「ははっ、最初からそう言えよ、友達」


 自分の物じゃない体温が、手の先から心に伝わってくるように。

 強く、強く、握っていた。



◆◆◆



「そんなことができると、本当にそう思っているのかな?」


 二人の和解に水を差すように。

 あるいは、都合の良い未来を思い描く頭に冷や水をかけるかのように。

 魔人、九重美冬は姿を現した。

 二人を見下すように、虚空に立ち。

 上空には無数の魔物たちを引き連れて。


「騙されちゃあ駄目だよ、我らが魔王。その勇者の目的は、『冬の魔王を滅ぼすこと』なんだ。口では都合の良いことを何とでも言えるかもしれないけど、実際のところ、君を滅ぼさない限りは――」

「あのさ、魔人さん」


 美冬は嘲るように二人に語り掛けるが、大翔の言葉がそれを遮る。


「君、悪役のロールプレイが下手くそ過ぎないかな?」

「――――」


 挑発ではなく、純粋なる指摘。

 大翔による、九重美冬の正体を看破した上でのメタ発現。

 だからこそ、美冬は――冬の女王はその笑みをくしゃりと歪めた。まるで、図星を突かれた子供のように。


「素直に言えよ、音無さんが心配なんだって。本当に俺が音無さんを助けられるのか、心配で仕方がないから出て来たってさ」

「…………『ルール違反』ギリギリだよ、勇者」

「そうか? 俺はそうは思わないけどね。だって、君は名乗ったじゃないか。九重美冬と、人の名前を告げたじゃないか。だったら当然、俺は人として君を扱うさ。音無さんが心配で仕方が無くて、ろくに悪ぶることもできない馬鹿な奴だと笑ってやるさ」

「…………」

「そして、その上で証明してやる。俺の使命は『冬の魔王の滅ぼすこと』であり、音無真白を殺すことじゃないってことを。君が本当に求めている『エンディング』は、誰もが笑い合える未来だってことを!」


 大翔の言葉に、その眼差しに、思わず美冬は目を逸らした。

 人としての理性を取り戻しても、冬の女王のままならば、こんなに動揺することはなかった。

 けれども、今は違う。

 夜鯨であるクーラとリソースを奪い合い、互いに制限を掛け合ったからこそ、今の冬の女王は限りなく、九重美冬だった時の思考に近い。

 だからこそ、美冬は大翔から逃げるように視線を逸らしてしまったのだ。

 大翔の隣に居た、真白へと視線を向けてしまったのだ。


「…………あの」


 そして、視線が合った真白は、悩むような表情を見せた後、美冬に対して問いかけた。


「貴方、どこかで私と会ったことがある? 昨日のことじゃなくて、もっとずっと前に」

「――――っ!」


 その問いかけは、美冬にとって致命傷になりかねないものだった。

 まともに答えてしまえば、もはや悪役のロールプレイは続けられない。

 自分で始めたゲームを台無しにしてしまう。

 自らが望んでいるはずの展開を終わらせてしまう。


「さぁ? きっと、気のせいだよ」


 故に、美冬は血を吐くような思いで拒絶の言葉を紡いで。


「私は魔人! 君は魔王! この世界では、それでいい!」


 会話を打ち切るように、魔物を降下させ始めた。

 自らが作り上げた魔物の中でも、特に強度の高い者を選んで編成した精鋭部隊。

 それを惜しみなく投入して、勇者である大翔を討ち取ろうとする。

 己の役割に従って。

 己の想いに反して。

 心をひび割れさせながら、美冬は魔人として振る舞う。


「いいや、それは困る」


 だが、魔物たちは大翔たちに攻撃を仕掛けるよりも前に、消し飛ばされた。

 空に引かれた紅蓮の軌跡。

 九郎が放った紅蓮の剣による一撃によって。


「音無真白に、冬の魔王になられては困るんだ」


 九郎は己の権能を解放した状態で、大翔たちと美冬の間に割って入る。

 背後に、退魔機関が派遣した無数の退魔師を引き連れて。

 大翔たちの味方とも言い切れない立ち位置で、『紅蓮の剣』を構えている。


「来たね、役立たずの退魔機関」


 そんな九郎と退魔機関の人間たちに、美冬は演じるまでもなく罵倒を吐き捨てた。

 大翔と真白はともかく、美冬にとって九郎は手加減の対象ではない。

 殺害を躊躇う対象でもなく、むしろ『九重美冬』としては殺意を込めてもいい対象である。


「世界も守れず、誰も助けられず、何も為せずに死んでいけ」


 故に、美冬は権能を振るう。

 子供じみた行動だと理解しつつも、己が鬱憤を晴らすために。

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