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第109話 運命を覆す者たち

 当然ながら、白樺志乃という異能者単独では世界を救えない。

 他の生き残りの異能者たちが協力しても、星食らいの衝突を防ぐ手段は無い。

 運命の観測と干渉を異能とする黒幕が、そのように『デッドエンド』を定めたが故に、どう足掻こうとも破滅は覆ることはない。


 そもそもの話、月に相当する物量を人間が対処するのは困難だ。

 現代科学文明をもってしても、星食らいの進路をずらすことも不可能。考えうる限りの最大の火力の兵器を使っても、星食らいはびくともしないだろう。

 仮に、それだけの物量を破壊できるだけの人類文明があるとすれば、宇宙規模の進出を果たすほど高度な科学か、神話級の魔法に満ちたものでなければならない。


 そして、星食らいの場合はその二つでも不可能である。

 単なる衛星や、巨大な隕石ならばともかく、星食らいは生きている。意思がある。明確に生命体にぶつかろうという願いがある。

 従って、星食らいは星一つ分の魔力によって自己強化を済ませてある。

 己のコミュニケーションを妨げる、あらゆる者を拒むために。

 だからこそ、白樺志乃や生き残りの異能者たちが集まろうともこの災厄は防ぐことはできないのだ。

 それが運命なのだと、黒幕によって定められている。


「衛星級の災害を確認!」

「最高ランクの宇宙怪獣として設定!」

「はいはーい! うちの世界から取って置きの兵器を出しますよぉ!」

「いよぉし! 勇者一同! 奴の魔力を少しでも削るぞ!」


 だが、この世界を守るのは志乃や生き残りたちだけではない。

 大翔が集めた勇者たちが、数十人も待機しているのだ。

 そう、『運命を覆した実績のある大翔』が、信頼できると認めて頼った仲間たちが大勢居るのだ。単独で世界一つを救える可能性を持った勇者たちが。

 ならば当然、話は違ってくる。

 運命に狂いが生じてくる。


「ふむ、あの馬鹿を褒めるようで業腹だが…………やはり、勇者というのは頼もしい」


 校庭に立つ志乃は、赤い月に向かって立ち上る幾多の反撃を見た。

 空に向かう光の柱の如き、凄まじい魔力の奔流。

 それらは遥かなる距離を跳躍し、赤い月――星食らいへと突き刺さっていく。


「ならば、私も負けてはいられないな」


 勇者たちの干渉により、星食らいの力は弱まった。

 だからこそ、志乃が行使する異能の影響からは逃れられない。


「固まり、定まれ。動くことのないように」


 志乃が行使する異能、それは『固定』の概念を操るものだ。

 感知範囲にある者に対して『固定』を強制し、物理的にその動きを停止させることも可能である。例えば今、星食らいが宇宙空間で固定され、動けなくなったように。

 星食らいの精神が固定され、対抗策や逃亡手段の思考もできなくなったように。

 志乃の異能はあらゆる存在を固定する。

 この異能の強度は極めて高く、例え、超越存在の残滓が二体分重なる空間であろうとも、超越存在の内部に取り込まれた後でも、存在を固定し、維持することが可能なほど。

 故に当然、星食らい程度の脅威では、志乃の異能から逃れることはできない。


「さぁて、狙いやすくしたよ。後は任せたのだよ、神話の狩人さん」


 数多の勇者たちの攻撃により、志乃の異能は星食らいへとスムーズに通った。

 黒幕が定めた運命ならば、志乃が命がけで異能を行使しても、三分間程度の猶予しか生まれないという結末だったというのに。

 今の志乃は余裕綽々といった表情で、その視線を学校の屋上へと向けている。


「任されたわぁ、志乃ちゃん」


 志乃の視線の先には、大弓を構えるリーンの姿があった。


「おぐぐぐ……マスターにも弄らせたことのない体が……」

「軽いメンテナンス作業程度で何を。大体、あの弟子はまだ貴様の体を弄れる程度の実力ではない。後三年程度は待て」


 そして、リーンの隣にはさめざめと泣くノワールと、仏頂面のロスティアの姿もあった。


「しくしく……壊すだけなら他の手段だって……」

「壊して砕けたら破片が散るだろうが」


 二人は世界崩壊の危機にあるというのに、そのやり取りに緊張感は欠片もない。

 駅前で電車を持つ学生たちの雑談のように、気が抜けているものだ。


「まったく、雰囲気が台無しだわぁ」


 そんな二人のやり取りを眺めて苦笑しつつも、リーンはそれを諫めようとはしない。

 何故ならば、必要ないからだ。

 この程度の茶番に、いちいちシリアスを求めるほど世界最強クラスは安くない。


「久しぶりの活躍だから、精一杯に格好つけようと思っていたのに、もう」


 頬を膨らませながら、リーンは大弓を引き、矢を放つ。

 ロスティア特製のアーティファクトである大弓を引き、ノワールの重力操作――その制限を取り払ったことにより生み出した『仕掛け』を付与した、特別は矢を放つ。

 そして、放たれた矢は当たり前のように物理法則を超える。

 世界の法則を書き換え、星食らいへと問答無用に突き刺さる。

 ただの一射。

 ただの通常攻撃。

 それで世界の法則すら覆すのが、世界最強クラスだ。


【『衝撃! 挨拶!?』】


 リーンが放った矢は、当然のように星食らいの下まで到達する。

 星食らいの外殻を貫き、核に近い場所まで突き刺さるほどの威力で。

 その威力と衝突に、思わず星食らいが『コミュニケーションをくれる生命体が居たんだ!』とはしゃぎ出す。



 ――――ガォンッ。



 それが星食らいにとって最後の思考となった。

 何故ならば、放たれた矢には仕掛けがあるからだ。目標に突き刺さった後、重力操作によって生み出された極小の疑似ブラックホールが発生する仕掛けがあったからだ。

 いかに、衛星級の宇宙怪獣であったとしても、それに抗うことはできない。外部からの干渉ならまだしも、内部に突き刺さった矢がそれを発生させているのならば、抗う手段などありはしない。


「うーん、兎を狩るよりも楽なのは、自慢にならないわぁ」


 赤い月は消え去り、暗黒の空が戻る。

 けれども、それを成し遂げたリーンはどこか不服そうな顔で溜息を吐いて。


「…………あなたのお姉さん、凄いね?」

「ああ、ちょっとどうかと思うところもあるが、とても凄いぞ」


 隣で待機していた二人に、賞賛と呆れが混ざった微妙なコメントをされていたという。



●●●



 かくして、黒幕が用意した『世界崩壊』の仕掛けは全て失われた。

 もはや、盤外戦術によって世界が滅ぶ余地はない。

 後は大翔たちが望むロールプレイングゲームの結末が、この世界の行く末を左右することになるだろう。

 無論、ここに至っても待機組は油断しない。

 つまらない取りこぼしを起こさないように、警戒は怠らずに大翔たちの決着を待ち続ける。

 ただ、それはそれとして。


「では、話を続けよう。ロスティアさんが駄目ならば、リーンさんはどうだろうか?」

「続けるのねぇ?」

「続けるのか?」

「続けるぞ! 世界を救うことも大切だが、世界を救った後にも目を向けることは大切なことだろう?」

「志乃ちゃんは言っていることは立派なのにねぇ」


 大体のタスクが終わってやることが無い三人は、ガールズトークを延長することにした。

 元の教室に戻って、更には聖火で祝福したスナック菓子をつまみながらのトークである。


「立派だろうがくだらなかろうが、私は世界を救った後も自身の安寧を守りたい。具体的に言えば、妹とイチャイチャしながら暮らしたい」

「……きもちわるっ」

「ロスティアちゃんが嫌悪のあまり、素のトーンに!?」

「気持ち悪くて結構! そうだとしても、私は私の信念を貫きたい! 妹に彼氏とかできて欲しくない! そのためには、リーンさん! 貴方の協力が必要なのだ!」

「えぇ……」


 世界崩壊級の災厄を片付けた後の所為か、志乃のテンションは完全にどこかおかしい。

 ロスティアとリーンがドン引きするぐらいにはおかしい。

 けれども、それを自覚しつつも志乃の舌は止まらない。


「というか、リーンさんは大翔君のことが好きではないのかね?」

「うぐっ」

「シラノからの報告と、大翔君とリーンさんのやり取りをいくらか見させてもらった結果、私はそのように推論を立てたのだが、どうだろうか?」


 しかも、無駄に冴えわたる頭脳と観察眼を用いて、リーンの恋心を指摘する始末。

 普段の志乃では滅多に見せない暴走っぷりだが、何せ今は世界の命運を分ける戦いの最中である。待機組は結末を待つしかないとはいえ、色々と逸ってしまうのは仕方ないだろう。

 志乃はその焦燥を誤魔化すように、あるいは、あえて醜態を晒すことによって周囲の不安から意識を逸らそうとしているのかもしれない。


「もしも、この推論が当たっていた場合、私は心を鬼にして君を応援しようと思う。例えそれが、愛しい妹の恋路を邪魔することになろうとも!」

「最低の覚悟ねぇ……うーん」


 ただ、それはそれとして、シラノに対して異様なほどのシスコン情念を向けていることは紛れもなく真実なので、周囲からドン引きされるのも仕方が無かった。


「リーンお姉ちゃん……ヒロトのこと、好きなのか?」

「んー、あー」


 更に、そのシスコンの暴露により、姉妹の中にも妙な空気が生まれ始めている。

 ついさっきまでのガールズトークでは、『ヒロトは弟子枠だからな!』と薄い胸を張っていたロスティアだが、今ではどこか不安そうな視線をリーンへと送っている。

 具体的に何をどう感じているのかはロスティア本人も理解していないだろうが、とにかくもやもやとした感情があることは事実らしく、じっとリーンの反応を待つ。


「…………んんー」


 ここで苦しいのはリーンだ。

 シスコンの志乃の気持ち悪い計画はどうでもいい。

 問題はロスティアが感じているもやもやとした不安をどう解消するか、である。

 この場でさらっと否定するのは簡単だ。あるいは、部分的に肯定して、本気ではないように思わせるのも簡単だ。

 けれども、それをするのはロスティアに対して誠実さに欠ける行いだ。

 二千年以上も自分を待った妹に、そんな適当な誤魔化しの答えを言いたくない。


「ん、好きよぉ」


 故に、リーンは今ある素直な気持ちでロスティアと向き合うことにした。


「というかね、ロスティアちゃん。考えてもごらんなさい。ずっと狼になってガウガウしていたところに、颯爽と呪いを解いてくれる少年が現れたのよぉ? これはもう、自分がヒロインの物語が始まった! と思い込んじゃっても仕方がないと思わない?」

「…………確かに。私もヒロトを弟子にした瞬間、『始まったな!』というノリだった」

「ふふふっ、姉妹よねぇ、そういうところはきっちりと」


 花が咲くような朗らかな笑みで、リーンは己の思いを語る。


「吊り橋効果の一目惚れ。そう言われたら否定できないけど、でも、好きになったら仕方がないわよね? 実際、ヒロト様は凄く格好良い人だったんだもの」

「まぁ、うん。不承の弟子だが、そういうところもある」

「だから、普通に好き。普通に好きだけど…………うーん、正直に言うとね?」


 既に自分よりも年上になってしまった妹へ、素直な気持ちを語る。


「私は多分、私の隣に居るヒロト様よりも、ロスティアちゃんやシラノちゃんの隣に居るヒロト様の方が好きなんだと思う」

「…………リーンお姉ちゃん」

「あはははっ! んもう、なんて顔しているかしらぁ?」


 ロスティアの声は少し震えていて、リーンはそれをおかしく笑った。

 このやり取りだけで、姉妹はどうやら不安を解消できたらしい。

 従って、残った問題はあと一つ。


「……ふーっ、わかったよ。これも仕方がない。この世界の恩人でもある君たちに、これ以上迷惑はかけられないようだ」


 妙に悟ったような表情の志乃が紡いだ、次の言葉だけだ。



「佐藤大翔……私の妹を毒牙にかけようとする狼藉者は、私自身が責任を持って篭絡してみせよう!」

「「ちょっと??」」



 確実に脳の良くない部分でシスコンを拗らせた志乃を、姉妹は冷や汗を流しながら落ち着かせようとする。

 このよろしくないシスコン問題がどうなっていくのか?

 それは恐らく、世界を救った後の話になるだろう。

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