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第108話 ゲームの外側

 大翔が仲間と合流している頃、仮想世界の外側では待機組たちが万全の警備を敷いていた。

 拠点となる学校の周囲は、勇者たちによる厳重な防衛網で守られている。たとえ、世界最強クラスが現れたとしても、増援を呼ぶまでの間、確実に持ちこたえられる布陣だ。


 そして、学校の内部は生存者組によって守られている。

 魔術師、異能者、達人。

 超越存在に溶かされぬ程度の実力を持つ者たちは、大翔の聖火によって怪物化から救われた者たちばかりだ。

 例え、世界を救うという大義がなくとも、その関係者である仲間たちを全力で守り抜くだろう。


 勇者と生存者。

 二組の守護者たちが守るのは、学校内部に存在する一つの教室。

 そこに集まった三人の重要人物だった。


 一人目は白樺志乃。

 概念クラスの異能を持ち、超越存在の残滓にも対抗可能な手段を持つ者。

 二人目はロスティア。

 大翔の師匠にして、権能クラスのアーティファクトを生み出す、規格外の魔導技師。

 三人目はリーン。

 ロスティアの姉であり、待機組の中で唯一の世界最強クラス。


 この三人こそ、待機組の中でも最も重要な三人である。

 黒幕である結衣は現在、仮想世界の中だ。しかし、超越存在を二体も招き入れ、本来の勇者さえ倒してしまうほどの悪意を持つ結衣に対して、その程度のことで安心はできない。

 万に一つの可能性だろうとも、結衣が何かを企んでいるのならばそれは防がなければならない。

 その際、最も頼りになるのがこの三人なのだ。

 志乃は権能に抗うほどの異能を。

 ロスティアは権能に迫るほどのアーティファクトを。

 リーンは純粋なる戦闘力を。

 待機組の中でも群を抜いて優秀な三人はまさしく、万が一の最悪に抗うための切り札なのだ。


「私の妹が佐藤大翔という勇者に誑かされている」

「うん?」

「ふんっ」


 そして現在、そんな三人が教室内で何をやっているかというと。


「まず、私の妹である白樺梨乃――シラノは可愛い。恐らく、全世界の中でも並ぶ者は居ないほどの可愛らしさだろう」

「あらら? そんなことを言っていいのかしらぁ? うちのロスティアちゃんだって負けないぐらい可愛いわよ! ほら、この不健康そうな二の腕とか!」

「リーンお姉ちゃん」

「……くっ! 確かに、中々の魅力だ。うちのシラノの鎖骨には及ばずとも、肋骨ぐらいの魅力はあるかもしれない」

「おい、異世界の馬鹿」


 だらだらとガールズトークをしていた。

 それはもう、女子高校生たちが放課後の教室に集まっているようなノリで、完全に黒幕や世界の危機とは関係のない話をしていた。

 だが、彼女たち三人を責めるのは酷だろう。

 何故ならば、暇だからだ。

 この三人は優秀であるが故に、既に『万が一の最悪』に対する備えは終えてしまっている。優秀な人材が三人かけ合わさった結果、恐るべき速さで多種多様な準備を終えてしまったのだ。

 そこは問題ない。むしろ、流石だと賞賛されるべき行動力だろう。

 しかし、予想以上に早く終わってしまった上、まだ何も起こっていないため、かなり暇を持て余してしまう結果になったのだ。


「それほどの魅力があれば、シラノを誑かす忌まわしい勇者……大翔君を誘惑できるかもしれない。シラノは嫉妬深いから、一度でもそういう浮気をされたら怒り狂うし」

「あの、志乃ちゃん? もう『浮気』とかいう単語が出る当たり、内心ではもう――」

「認めない! シラノは……梨乃はぁ! 私と結婚するんだぁ!!」

「リーンお姉ちゃん。異世界の馬鹿が、想像以上に馬鹿なんだが大丈夫か? それと一人の妹としてはこういうのマジで気持ち悪いと思う」

「ごふっ! だ、大丈夫よ……人格があれでも能力は優秀だもの……」

「なんでリーンお姉ちゃんまでダメージを受けているんだ?」


 女三人寄れば姦しい、などという言葉もあるが、もはや『騒々しい』の領域に達している三人のガールズトークだった。


「いいや! 幼稚園の頃は私と結婚すると梨乃は言ってくれた! 組織に用意させた特注の金庫の中には、その時に書いてくれた契約書も存在する!」


 なお、騒々しさの中心は志乃である。

 そろそろ異世界の存亡が決定付けられる頃合いなので、良くも悪くも不満をぶちまけるタイミングがこの暇な時間しかなかったらしい。

 それはもう、ほとんど面識のない異世界人の姉妹へぶちまけるほどなのだから、よほど不満が溜まっていたのだろう。

 志乃は大翔の前で装っていた賢者の仮面を脱ぎ捨て、シスコンとしての面を遺憾なく発揮してしまっていた。


「私たちの世界でも責任能力が認められない事案だぞ」

「そもそも姉妹は結婚できないわぁ? もっとこう、良い人に嫁ぐことを祝福できないの?」

「私の常識の中には、妹の後に嫁ぐという単語は続かない」

「妹の一人として言っておくが、それをシラノの前で言ったら一か月ぐらいは存在を無視されるかもしれんぞ?」

「ううっ、やだぁ!」

「泣いちゃったわぁ」

「梨乃が嫁ぐ前に、お二人のどちらかでも奴を誘惑して、既成事実を作ってくれ!」


 世界を救うために頑張っている勇者に対して、割と酷い計画を実行しようとしている志乃。

 なお、千里眼があるため、この妄言も後々シラノに知られることになるのだが、志乃にとってはそれすら覚悟の言葉らしい。


「ふん、馬鹿らしい」


 けれども、応じるロスティアの態度は軽蔑と呆れが混ざったものだ。

 純粋に妹属性としてドン引きしているのもあったが、『大翔への誘惑』という話題に対しても、ロスティアは呆れ切ったような言葉を紡ぐ。


「私と奴は、師匠と弟子だ。それ以上でもそれ以外でもない」


 素っ気なく、当然のように。

 恋愛なんてミリ単位でも興味はありません、といった顔つきで。


「恋人? 夫婦? 家族? 好きに作ればいい。どうせ、ヒロトとはこれから長く、長く、私と共に時間を過ごすことになるのだ。僅かの間にころころと変わりそうな関係性に興味などは無い。ただ、私の弟子として弁えた態度を取らせるだけだ」


 さらりと、あるいは『どろり』と。

 長命種族特有の重たい感情を伴った言葉を紡いでいた。


「そ、そうかね」

「んんんー、もうちょっとねぇ?」


 先ほどまで熱烈に語っていた志乃は、すっかりドン引きしていた。

 姉であるロスティアも、『よくわからない方向性に向かっているわぁ』と苦笑する。



『警告! 警告! 異変を察知したから、待機組は警戒態勢へと移行するように!』



 ガールズトークと呼ぶには混沌とし過ぎていた場の空気が、空から降って来た警告の音により引き締まった。

 音の主はノワール。

 高度な飛行能力を持つノワールは、学校の上空を飛びまわって警戒していたのだ。

 故に、誰よりも先にその異変に気付いたのだろう。


『赤い月が落ちてくる!』


 暗黒の空から、煌々と光る天体が接近しているという異変に。



●●●



 基本的に黒幕である浅井結衣は、何も信用していない。

 他者は己の手駒。

 自分の目的を果たすために使う、手足の延長に過ぎない。

 異能で簡単に操れる人形のような物だ。

 例外があるとすれば、それは勇者である朝比奈久遠だけ。

 愛しい相棒だけだ。

 けれども、警戒に値する敵に対しては、『都合よく動く人形』などとは思わない。そんな油断をする相手はそもそも、敵認定などしない。

 この心の隙を突かれて――というよりは、勝手に自滅して、仮想世界からは早々に退場することになった結衣であるが、超越存在や、世界最強クラス相手には油断していなかった。

 つまりは最初から、冬の女王や夜鯨がどのような選択をしようとも、世界を滅ぼすためのサブプランはいくつか用意しているのである。

 ――――暗黒の空から近づいてくる、赤い月もその一つだ。


【『落ちるよ? くっつくよ? 愛しいよ? 回るよ? 曲がるよ? よ? よ、ヨヨヨヨ! 悲しんじゃうヨ!』】


 赤い月は歌う。

 歌うように嘆く。

 この世界の言語で、この世界の生命全てに響くように歌う。

 無論、月に口なんてあるわけがない。

 故に、この歌は全て赤い月――――巨大なる衛星生物の思念通信だ。


【『悲しいから! 会いに行くよ!』】


 赤い月の正式名称は、『星食らい』という。

 発生は人類が万物の霊長ではない、遠い世界線に所属する異世界。

 発生原因は、偶然。

 たまたま、巨大な隕石がぶつかった衝撃で分かたれた衛星が、そのまま生命を得ただけの存在である。

 ただし、その存在は寂しがり屋だった。

 孤独に宇宙空間をさ迷うだけの生活なんて認められない。

 自分も多くの生命体と交流したい。

 友達を作りたいと願っているのだ。


【『ぶつかりに、行くよ!』】


 問題は、その『挨拶』だ。

 星食らいは単純に、生命としての規模が違う。

 故に当然、コミュニケーションの手段も異なってしまう。

 言語で呼びかけているように見えるのは、単なる習性だ。言葉の意味なんて知らない。人間が犬や猫の鳴き声を真似ているようなもの。

 本命のコミュニケーションは、『衝突』である。

 かつて、巨大なる隕石の衝突によって生命を得た星食らいにとって、衝突こそが一番鮮烈なるコミュニケーションなのである。

 そのコミュニケーションの結果、幾百の惑星を砕こうとも。

 友達になろうとした生命体を皆殺しにしようとも。

 それしかやり方を知らないのだ。


【『友達に、なろう!』】


 この星食らいは、邪悪なる黒幕が誘致した『世界の危機』の一つだ。

 黒幕は超越存在二体を招いておいてなお、自分の思い通りに事が進まない可能性も考慮していた。

 そのため、自らの能力が及ぶ限り、数多の世界から世界崩壊級の災厄を集めていたのである。

 万が一――今回のように、黒幕である結衣が早々に動けなくなっても、何か一つでも世界を滅ぼせればいい、と。

 そして、その悪辣なる企みはシラノや志乃も承知の上だった。




「やれやれ、どうやらあれが『最後の一つ』らしいね」


 志乃は校庭の中で一人、赤い月を見上げている。


【『友達! 友達! 友達!』】


 発狂し、熱狂し、歓喜する思念があらゆる生命の精神を圧し潰そうとするが、今の志乃には通じない。

 悠然と、身じろぎすることも無く、迫りくる脅威を見上げている。


「黒幕よ。そろそろ、君の仕掛けも飽きて来た――――これで終わりにしよう」


 志乃の顔に、恐怖の表情は無い。

 何故ならば、こんなことは既に慣れたものだからだ。

 大翔とシラノが共に冒険をしている間、ずっと世界を滅ぼそうとする『外側からの災厄』に対応し続けて来たからだ。

 故に、恐怖も焦燥も無い。

 生き残りを先導し、共に世界を『外側の災厄』から守護し続けた志乃は、当たり前のように赤い月――星食らいという衛星生命体へと立ち向かう。


「世界は砕かせない。ここは、妹とあの馬鹿勇者が返って来る場所なのだから」


 全ては、最愛の妹を守るために。

 最愛の妹が望む未来を、失わせないために。

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