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第106話 冬の魔物

 仮想世界でも大翔の日常は忙しい。

 睡眠時間は三時間程度。健康に害が無い程度に眠気を散らすアーティファクトを装備して、ついでに魔法薬もいくつか服用。

 学生としてのロールプレイが崩れない程度に時間を確保し、トラブルに備えている。


『ボクの勘だけど、そろそろ女王が動くかもしれないね?』


 夜鯨――クーラからの警告も受けているので、大翔なりに戦闘の準備も万全だ。

 もっとも、大翔自身の戦闘力は相変わらず皆無なので、ちまちまと召喚獣を強化したり、新しい召喚獣と契約したりなど、地道な活動が続いているのだが。

 ともあれ、戦闘の準備はあくまでもおまけ。

 本命は音無真白への対処である。

 大翔の予想では、真白こそがこのロールプレイングゲームに於ける、キーキャラクター。即ち、真白の悩みを解消させれば、物語を何かしら進めることはできるだろう、という意識の下、異能操作の改善に尽力していた。

 この『やたら目つきの悪いペンギンのぬいぐるみ』も、そのための一環だ。

 魔導技師として人並外れた才能を持つ大翔が、残り少ない貴重な素材を使って作り上げたそれには、心身を癒す効果がある。

 幼子のようにぎゅっと抱きしめれば、例え激怒寸前の状況であっても冷静になれるし、銃弾で胴体を貫かれた程度なら、瞬く間に修復されるのだ。

 ただ、これはあくまでも保険に過ぎない。

 もしも、真白が暴走する危険や、真白の命の危機に陥った際、機能してくれればいいという保険だったのだ。


「図書館での喧嘩はよろしくないよ? というか、図書館じゃなくても喧嘩はよろしくないと思うんだよ、俺は」


 まさかその保険が、こんなに早々機能することになるとは。

 大翔は余裕綽々といった表情の裏側では、『なんでこんなことになっているの!?』と喚き散らしたい気分だった。


 部活で久しぶりのバドミントンを満喫していたと思いきや、姿を隠してこそこそと真白の様子を窺っていたクーラからの緊急連絡。

 部活の仲間や先輩たちに『ぐぁあああ! お腹が割れそうなほど痛いっ!』などと雑な言い訳を残して、即座に図書館前へと空間転移。

 一触即発の真白と九郎の間に入り込み、『やたら目つきの悪いペンギンのぬいぐるみ』を真白に押し付ける。さりげなく、九郎から真白を守るように立ち、内心の焦りを悟らせないように虚勢を張る。

 そう、何もかもがギリギリで精一杯の行動だった。


「…………佐藤大翔」


 従って、九郎から『このタイミング……まさか、全てが計画通りだとでも』みたいな顔をされても、何のリアクションも返せない。

 そもそも、三上九郎という人物に関しては、彫り込まれた情報で、退魔機関という組織に所属する異能者であることぐらいしかわからないのだ。

 何なら、どうして真白と九郎が睨み合っていたのかもわからない。


「君は、何者だ?」

「えっと、勇者だけど?」

「…………?」

「…………?」


 故に、何故九郎が怪訝そうな顔をしているのかもわからない。

 普通に答えたはずなのだが、一体、何が引っかかってのか? と大翔もまた首を傾げる。


「勇者なんて、ふざけているのか?」

「…………あー、ひょっとして、知らない?」

「何がだ?」

「いや、その、世界を救う系の」

「そういうゲームは山ほどあるが、現実で自分を勇者と自称する者は馬鹿と呼ぶんだ」

「あー、なるほど、そういう」


 大翔の説明に、凛々しい顔を不快に歪める九郎。

 どうやら、煙に巻かれていると判断したらしい。

 だが、大翔の方は理解した。九郎の反応で理解した。

 どうやら、世界によって選ばれ、資格を与えられる存在――勇者については、この世界ではあまり公言されない存在なのだと。

 とはいえ、退魔機関などという如何にもな『裏組織』の一員が、その存在を知らされていなかったのは驚きであるが。


「なんて静かな心地。怒りに心が波立たない。うん、今ならできる……正しく、間違えずに私の力が使える……」


 ただ、大翔にはいつまでも驚いている猶予はない。

 真白がアーティファクトのぬいぐるみを得たことにより、本格的に異能を行使せんと準備を始めているからだ。

 心を落ち着けた状態でもなお、攻撃を実行しようとするあたり、真白の敵意や不満は並々ならないものがあったらしい。


「くっ、これが目的か!」


 一方、九郎は『嵌められた!』という表情で大翔を睨んでいる。

 何一つ嵌めていないのだが、九郎からすれば大翔は、真白に対してパワーアップアイテムを放り投げた敵対者という認識になっているようだ。

 このままでは、この平和な図書館は二人の異能者によって戦場と化してしまうだろう。


「だーかーらっ! 喧嘩は禁止! もう! 人払いをしていてもここで争ったら迷惑になるでしょうが! とりあえず外! 誰も居ない校舎裏できちんと話し合いをするよ!」


 いくら仮想世界とはいえ、そのような被害は見逃せない。

 大翔は躊躇いなく真白の手を掴むと、そのまま図書館から校舎裏まで廊下を歩いていく。


「ちょっ、待つんだ!」


 待たない。

 背後から九郎の声が聞こえたが、待つはずがない。

 大翔はぐんぐんと歩を進めて、廊下を早足で歩き、校舎裏まで進んでいく。


「ああもう!」


 その背後を追うように、九郎もまた小走りで廊下を駆けていく。


「…………???」


 ぬいぐるみを抱きしめた状態でもなお、異性に手を引かれるという状況に追いつけていない、真白の困惑顔にも気づかずに。



◆◆◆



 雪が降る。

 空から銀色の雪が降る。


「さぁ、始めよう」


 雪ははらはらと空を舞い踊る。

 どんどんと、雪はその数を増していく。

 さながら、世界全てを祝福するため、空から紙吹雪をまき散らしているかの如く。


「私の絶望を始めよう」


 だが、その真っ白な空の中から、幾つもの影が生まれ始めた。

 それぞれが仮初の命を持ち、一つの主上命題のために動き始めた。


「私と君のゲームを始めよう」


 つまりは、『冬』がやって来たのだ。



◆◆◆



「凍って」


 真白の言葉に応じ、水の入ったペットボトルは凍結した。

 破裂対策で、予め水量を減らしたペットボトルである。

 真白は五メートル先の地面に置かれたペットボトルに対して異能を発動させ、見事にペットボトルは中身の水ごと凍結した。


「溶けて」


 次いで、真白はやや緊張した声で言葉を紡ぐ。

 ぎゅっと片手でぬいぐるみを抱きしめたまま、自分の異能を操作する。


「…………あっ」


 すると、数秒後にペットボトルの凍結は解除された。

 異能によってかちんこちんに凍結されたペットボトルは、今は凍る前の状態へと戻されている。周囲の地面にも凍結や解凍の余波は見られない。

 小規模なれども、完全に真白が異能を操作しているという証拠だった。


「ふふん」

「いよっ! 流石! 天才! この短期間でもう異能の使い方をマスターするなんて!」


 真白は通算して幾度目かの異能の成功に、『当然』と言った様子で胸を張る。

 そんな真白を賞賛するように、大翔は満面の笑みで言葉を尽くしていた。

 けれども、紡がれた大翔の言葉に『お世辞』は含まれていない。

 凍結するだけではなく、この短期間で『凍結したものを解凍する』という状態の回帰まで習得したのだ。

 アーティファクトの補助があったにせよ、紛れもなく天才の所業だろう。


「…………まさか、ここまでとは」


 一方、九郎は二人のやり取りを見て、顔を青くしていた。

 権能クラスの異能の制御。

 それはもちろん、できた方が暴走を抑えるには都合が良い。何がきっかけで爆発するかわからない爆弾が、解体されたような安心感すらある。

 しかし、それは同時に、『権能クラスの力が、思春期の少女が扱えるようになってしまった』ということでもある。


「むぅ」


 何の前触れもなく、突然、世界が滅ぶ危険性は減少した。

 これは確実に『良いこと』だろう。社会秩序にとっても、真白にとっても。

 だが、世界の存亡を左右するほどの力が思春期の少女に――否、一人の人間に託されているという状況は、『悪いこと』かもしれない。

 例え、真白が善良で普通の少女だったとしても、権力を持つ人間ほど、そういう危険に過敏だ。過敏であり、過剰な反応を取りがちである。

 加えて、退魔機関も一枚岩ではない。

 半端に力を操作できるようになったのならば、『無意識の攻撃』が起こらないと仮定して、真白の排除に動く可能性すらある。

 しかし、それでも、退魔機関に所属する九郎は、この情報を上司へと伝えないわけにはいかない。秩序を守る人間が、秩序を破るのはあり得ない。


「あらら、仏頂面。折角のイケメンが台無しだ」


 そして大翔は、九郎が苦悩する様子を油断なく観察していた。

 口調こそは軽薄であるが、大翔はさりげなく九郎から真白へ視線が通らないよう、きっちりと位置取りをしている。

 退魔機関に関して、大翔は詳しい情報を刷り込まれていない。

 ただの学生では、そこまで詳しく調べられる権限を持っていない。

 しかし、それでもわかることがある。

 九郎が真白へ向ける視線。

 罪悪感が混じった覚悟ある視線。

 あれは、泥を啜りながらでも正義を実行するタイプだと。

 そして大抵の場合、その正義の矛先が向かうのは、『未確定の危険』や『秩序を破壊する恐れがある力』だったりする。

 『勇者同盟』の盟主として、数多の世界を救って来た大翔は、九郎のような人間をそれなり見て来たのだ。


「気にしなくていい、佐藤君。どうせ、私がちゃんと異能を使えるようになったのが気に食わないだけだと思う……本当に、器の小さい組織」


 だからこそ、大翔は知っている。

 この手の場合だと、秩序を重んじる正義と真白の相性は最悪。なおかつ、そこまで腹芸が得意ではなさそうな九郎が相手の場合、真白は余計に苛立つのだ。

 孤高でも、孤独でも、一人だけの人間というのは敵意や害意に敏感であり、それを過剰なまでに排除しようとするのだから。

 なお、この摩擦が原因で起こった世界の危機もそれなりに存在する。


「いっそのこと、誰も私を知らない土地に……」


 この期に及んでも『自分が逃げればいい』という判断に落ち着く真白は、大翔の経験上、まだまだ善良な方の危険人物と言えるだろう。

 扱い方さえ間違えなければ、爆発することはない。


「まぁまぁ、音無さん。あっちにも仕事上の理由が――」


 故に、真白の機嫌がこれ以上悪くならないよう、大翔は上手く二人の関係性をフォローしようと言葉を紡いで。


『警戒しろ、ヒロト。そろそろ来るぞ』

「――――」


 足元からの警告に、言葉を止めて空を見上げた。

 校舎裏であるが故に、見上げた空の半分以上は校舎によって隠れている。

 だが、それでも見えた。黄昏色の空に見えた小さな『点』が、段々とその数を増して、急速に大きくなっていく光景が。


「襲撃が来るぞ! 迎撃準備!」

「いや、何を――っづ!?」


 大翔の判断は早い。

 九郎に警戒を促すと共に、即座に真白を抱きかかえる。


「ほわっ!?」


 腕の中から可愛らしい声が聞こえて来たが、生憎、それに反応する余裕は無かった。

 背筋から首元に向かって虫が這うような、嫌な予感。

 歴戦の中で生まれた直感。

 大翔は躊躇うことなくそれに従い、校舎裏から急速に離脱した。

 そして、その数秒後。


 ――――ドドドドッ!!


 砲撃を撃ち込まれたような衝撃が、校舎裏を襲った。

 九郎は警告のおかげで辛うじて直撃は避けたものの、余波によって地面を転がされている。

 衝撃により、校舎のガラスは一斉に割れて、混乱した生徒たちの悲鳴や混乱の声が、放課後の学校中から響いて来た。

 しかし、大翔は目を離さない。

 着弾の跡。

 立ち込める土煙。その中から、浮かび上がる無数の影から目を離さない。


『ゴルルル』

『フシャア』

『ギギギッ』


 やがて、土煙は一気に晴れることになった。

 着弾の跡から、雪の混じった豪風が吹き荒れることにより、土煙が吹き飛ばされたのだ。

 豪風の発生源は、獣の唸り声が聞こえる着弾の跡。

 真っ白な毛皮を持つ獣たちから、雪交じりの豪風は発生していた。


「魔物……いや」


 もはや歴戦にまで達した大翔の観察眼は、素早く獣たちの特徴を見抜く。

 そう、白い獣たちが纏う、雪交じりの豪風。

 微弱ではあるが、その豪風には真白と同様に、冬の権能の気配が感じられることに。


「冬の魔物か」


 足元には、無力だと自己申告済みの黒猫。

 背後には、脂汗を流しながらも何とか立ち上がろうとする九郎。

 腕の中には、状況が理解できないまま、ぱちくりと瞬きを繰り返す真白。

 周囲からは、続々と白い獣――冬の魔物が集まり始めている。


「まぁ、本番前の準備運動にはちょうどいいさ」


 慣れ親しんだ危機的状況に、大翔はいつも通り、虚勢の笑みを浮かべた。

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