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第103話 夜に猫

「勇者?」

「そう、勇者」

「魔王を倒したり、世界を救ったり?」

「そう。もう二桁は魔王を倒しているし、世界を救っているよ」

「…………嘘っぽい」

「だよねぇ」


 大翔と真白は現在、共に並んで通学路を歩いていた。


「でもまぁ、嘘っぽくても俺は勇者だからね。色々と君の症状に対する治療……というか、応急処置の方法ぐらいは知っていたわけなんだよ。本格的な治療は、魔術師の仲間と合流しないと無理そうだけど」

「仲間が居るの?」

「居るよぉ、たくさん居る。百人以上は居るね」

「嘘っぽい。嘘ね。嘘に決まっている」

「なんでそんな過剰反応???」


 真白を治療した後、大翔は迷った末に、可能な限り真実を伝えることにした。

 もちろん、この世界が冬の女王が作り上げた仮想の物であることは伝えない。それだけは頼まれても伝えない。伝えて不審がられるのもそうだが、たとえゲーム内のNPCとして発生した存在でも、そんな残酷なことを伝えるほど大翔は擦れていないのだ。


「だって、たくさん居るなら、すぐに貴方を迎えに来るはず」

「んー、まぁ、そうだろうけど。多分、敵と戦っているのかな? 俺も今朝、一人の敵を倒したばかりだし。遅くなっても文句は言えないよ」

「…………居るの? 敵」

「居るよ、敵。でも、これが難しいところでね。この敵とは仲良くならないといけないんだ」

「敵なのに?」

「そうとも。正直な話、複雑な気持ちはあるけれども…………まぁ、憐れな奴だからね。世界を救うためっていう目的のついでだけどさ。助けてあげたいとも思うんだよ」

「へぇ、傲慢ね」

「はははっ、傲慢でないと世界なんて救えないよ」


 大翔が肩を竦めてお道化ると、真白は初めて笑顔を見せた。

 花咲くような笑みでも、朗らかな微笑みでもない。

 くっくっく、と喉を震わせて、悪役令嬢がするような意地の悪い笑い方だった。

 そんな笑顔ですら、真白がすれば魅力的である。

 今までずっと仏頂面だった美少女が笑えば、誰もが目を奪われるのだ。

 通学路を歩く、他の学生たちも。

 まったく関係ない一般人も。

 ただ、大翔だけは美貌とは違う理由で目を奪われていた。


「なんか、佐藤君って全然勇者っぽくない」

「それは自覚しているさ」


 そう、隣を歩く真白が、あまりにも普通に笑ったから驚いたのだ。

 強く、美しく、気高い。

 ほとんどの人とは慣れ合わない。

 刷り込まれた情報には、そのようなプロフィールがあるが、それだけではないことを大翔はこの時、理解した。


「俺は仲間たちの中でも一番弱いからね。他の人に助けて貰わないとほとんど何もできない。虚勢で誤魔化しながら、その場しのぎに頑張るのが関の山だよ」

「…………その場しのぎで、私は助けられたの?」

「まぁ、運が良かったよね、お互いに」

「…………複雑」

「そんなものらしいよ、世の中って」


 普通だ。

 音無真白という少女は、外見や異能とは裏腹に、普通の少女だった。

 少なくとも、大翔はそのように感じた。

 昼間と比べて言葉数が多いのは、大翔に恩義と興味を感じているから。

 常日頃、他者を遠ざけるような発言をしていたのは、暴走する異能の所為。

 自分に近づいてくる他者を巻き込まないために。

 無論、その行動の全ては優しさだけで構成されているわけではない。怒りや妬み。どうしてお前たちだけが幸せそうなんだ、という敵意もあったかもしれない。

 その上で、それでも他者を積極的に傷つけず、一人を選んだ孤高が音無真白という少女なのだろう。


「ねぇ、佐藤君。助けてくれた時に、私に血を飲ませたけど、あれってどういう理由で? ただの性癖?」

「あの状況で性癖を優先させる奴は勇者ではないと思うよ、多分。あれはだね、一時的に俺と音無さんの同調を深めるため、体液を摂取させる必要があったからで。血液だったのは、その効率が良かったからだよ」

「ふぅん、なんかエロいね」

「なんかエロいね!?」

「佐藤君は私に無理やり突っ込んで興奮した?」

「医療行為に興奮したりしないよ、流石に。いや、医療行為じゃなくても、女の子に自分の血を飲ませて興奮するのは、特殊性癖が過ぎる」


 故に、大翔相手に饒舌になっているのも無理からぬことかもしれない。

 真白は必然的に孤高であっただけで、別に他者との会話を嫌っていたわけではない。そもそも、今までまともに他者と会話した経験も皆無なのだ。

 自分を助けてくれる。

 異能の暴走を止めてくれる。

 そういう相手が出現すれば、はしゃぎたくなるのも無理はないだろうと、大翔は推察していた。


「じゃあ、佐藤君はどんなことに興奮するの?」

「待って。そっちの方向に話を広げていくのかい、音無さん?」


 ただ、それはそうとはしゃぎ過ぎて、よくわからないテンションに張り始めているので、そろそろ落ち着かせた方がいいとも考えていった。


「あのね、音無さん。俺の性癖のことは置いといて、今は君の異能について話し合った方がいいと思うんだけど?」

「…………もちろん、冗談だった」


 真白自身もそれに気づいたのか、取り繕うように澄ました顔に戻る。

 もう既に大分手遅れな感じはあるが、真面目な話をしてくれるのであれば、大翔も野暮なツッコミはしない。


「音無さん、あの異能が発現――自分の力に気づいたのはいつ頃?」

「物心ついた時には既に。私にはむしろ、他の人にはこの力が無いのが不思議だった。水を凍らせて遊ぶことが普通じゃないのが、おかしいと思っていた」

「なるほど。じゃあ、その力が暴走し始めたのはいつ頃から?」

「…………小学校低学年頃から。私がいじめられていた時、感情が暴走して、危うくいじめてきた奴らを氷漬けにするところだった。その後、色々あって…………今は、『特別』な施設で一人切り」

「ふぅむ。何か、異能者を管理する系の組織から接触はあった?」

「………………『特別』な施設を用意してくれたのは、多分、そういう組織だと思う」

「他の異能者と接触したことは?」

「ない。だから、世界で私だけが異常な力を持っているのかと思っていた」

「ははは、そんなわけないよ! まぁ、多少は特殊な力だけど、俺もその手の力は扱っていた時もあるし!」

「ん、そっか……そっかぁ」


 大翔の聞き取り調査に、真白はとても協力的だった。

 それは大翔の人柄のおかげもあるが、何よりも、自分の暴走を止めたという実績に対する信頼があったのだろう。

 受け答えをする最中の真白は、澄ましてはいるものの、安堵の表情が見え隠れしていた。


「あのね、佐藤君。その、お願いなんだけど……私が、この異能を制御するのを、手伝ってほしいの…………欲しいのです」

「いや、かしこまらなくても普通に手伝うけど? というか多分、俺の目的にも繋がると思うから、こちらこそ手伝わせてくれないかな?」

「…………なんでそっちが頼んでいるの? くくくっ、なんか、変」

「変かな? 世の中は助け合いって、多分こういうことじゃない?」

「くくっ。だったら、私も後で佐藤君を助けないとね」


 そして、安堵の表情はやがて、自然な笑みへと変わっていった。

 敵意に満ちた形相でもなく。

 澄ました仏頂面でもなく。

 年相応の顔で笑う真白に、大翔もまた、心からの笑みを返したのだった。



●●●



 大翔は真白と連絡先を交換した後、何事もなく別れた。

 流石に、真白の異能を制御するためのアーティファクトを作るには、それなりの時間が必要である。魔導技師としての才能に優れる大翔でも、一朝一夕ではいかない。

 加えて、真白が住んでいる施設には門限があるので、放課後にあまり長く外出することはできないのだ。仮に、そうする必要がある場合は、三日前からの申請と、外出時には職員の付き添いが必須なのだと真白は語っていた。

 どうやら、想像以上に真白は自由を制限された暮らしを送っているらしい。


 とはいえ、この仮想世界に於いては、大翔もまた十全に動くことはできない。

 一般的な高校生としてのロールプレイのため、夜間の外出は制限される。無論、家族を誤魔化せばいかようにも外出は可能だが、ファンタジー世界とは違い、相応の準備をしなければ補導の危険性もあるのだ。

 故に、大翔は必要がある場合は除き、当面、夜間は自宅で過ごすことにした。


「初日で黒幕を排除し、キーパーソンである音無真白とも接触。ふっ、計画通り――じゃないな。全てが計画とは違うけど、何かその場の勢いで全力ぶち込んだら、良い感じになっただけだもんな…………シラノが居ない場合、俺ってこんな行きあたりばったりなのか」


 そして今、大翔は登校初日の疲れを癒すため、素直に自室のベッドで横になっている。

 本来であれば、空いた時間は鍛錬とアーティファクト作成に費やす予定だったが、流石に今日は色々あり過ぎたので休息を選んだのだ。


「あー、シラノとアレス。早く、皆を連れて来てくれないかなぁ」


 ベッドの上でだらけながら、小さく弱音を零す大翔。

 学校の時もそうだが、基本的に大翔は誰も居ない時に弱音を吐く人間である。

 それは単に、他者に本音を言わないというだけではなく、大翔という勇者の在り方にも繋がることだった。

 一人ではないこと。

 見栄を張る誰かが居ること。

 信じてくれる仲間が居ること。

 これらの条件を満たせば満たすほど、大翔は強くなる。戦闘力はともかく、勇者としての力は増す。具体的な数値ではなく、在り方として。

 大翔は誰かと共に在った方が、勇者らしくなれるのだ。


「まぁ、仲間を頼りにし過ぎるのも情けないから、自衛のためのアーティファクトや、音無さんのための封印具を作っておこう、明日から…………と、んん?」


 そして今、ついに最初の仲間が大翔の下へと集おうとしていた。

 ランダム配置の運が良かったこともあるが、何より、大翔の下に駆け参じるべきだと考えたからこそ、急いで集った仲間が。


 ――――かりかりかりかりかり。


『おーい、ヒロト。開けてくれー』

「…………あ、どもっす」


 そして、その仲間は黒猫の姿で、ベランダからかりかりと窓に向かって爪を立てていた。

 かくして、大翔は相棒やパーティーメンバーよりも先に、夜鯨の化身と合流することになったのである。



『情報が皆無だとヒロトが困るだろうから、ボクが駆けつけてやったぞ』

「ありがとうございます」

『さぁ、あのいけ好かない女と冬の女王に対抗するため、ボクとお前で作戦会議をしようじゃないか』

「あー、その件なんですけど」

『んむ?』


 大翔は初日の経緯について、夜鯨に報告する。

 今回のゲームに関して、夜鯨は完全に大翔たち側だ。冬の女王とは違い、結衣に寝返る理由も存在しない。従って大翔は、基本的に夜鯨は信頼して動くことに決めていた。

 当然、報告に虚偽も混ぜない。きちんと全ての情報を開示する。


『ほーう。初日でいけ好かない女を排除して、しかもキーパーソンに恩を売って連絡先も交換した、か。流石は勇者……いや、流石はサトウヒロトだな!』


 すると、夜鯨は機嫌よく大翔を褒め始めた。

 黒猫の前足で、ぴしぴしと大翔の太ももを叩くなど、かなりフランクな態度である。


「ええと、褒めていただいて光栄です」

『むぅ? なんか心の距離が遠くないか? ボクに遠慮しているのか?』


 しかし、大翔からすれば夜鯨は故郷の世界を滅ぼしかけている相手だ。

 救済の権能によって理性を取り戻し、協力的になったとはいえ、流石の大翔もすぐさま仲良くなるのは難しい。


『気にするな、気にするな! ボクは確かに夜鯨だったが、今はきちんと生命としての在り方を取り戻したんだ。仲のいい奴に暴虐を働くつもりはないし、そもそも今、ボクにはそんな力は残っていない』

「え、力が残っていない?」

『お前の仲間たちの性能を十全にするため、ボク自身のリソースは皆無になった』

「作戦会議の時、せめて三割は残しておいてほしいって言ったのに!!?」

『ごめんて』

「嬉しいけど! その気持ちは嬉しいけど! 夜鯨……さんが退場したら! 冬の女王とのリソースの引っ張り合いがどうなるかわからないって話したでしょ!?」

『夜鯨さん、なんて他人行儀な。クーラと呼んでくれ。ボクが一介の猫妖精だった時の名前だ。お前にならそう呼ばれてもいい』

「怒られながらもフレンドリー! さては反省していないな!?」

『説明しておくと、ボクの世界の妖精は基本的に気分屋だ』

「んああああ!! 内心複雑ではあっても、その力には頼りにしてたのにぃ!」

『ごめんて』


 そして、そもそも大翔と夜鯨――クーラの相性は微妙な感じだった。

 大翔にとってクーラは、一緒に遊びに行くのはいいが、大事な仕事は任せたくないタイプの性格だったのである。


『だが、心配はするな。女王とリソースを削り合った感じ、奴はそこまで攻勢に力を割いていない。いけ好かない女が退場したとなったら、余計に守勢に回るだろう。勇者という特異点が何十人も仮想世界に居るんだ。下手に戦力を小出ししたところで、対処されることが目に見えている』

「勝利条件にはしているものの、俺を殺すことには頓着が無いと?」

『あれは女王からいけ好かない女に対しての義理立てだろう。むしろ、奴の目的はお前の勝利条件にある』

「……『冬の魔王』を滅ぼすこと。それがこのゲームの肝であり、冬の女王から俺たちに対する試練でもある、と言うことですか?」

『いいや、なんというか、あれは単純に』


 ただ、それはそれとして。

 クーラもまた超越存在である。理性を取り戻しても、それは生命を超越するに足る存在の思考だ。

 従って、大翔と相性が悪くはあっても無能ではない。


『お前に甘えているだけだと思うぞ、ヒロト』

「……甘えている?」

『そうとも。あいつは優しくて、根性無しで、ドジっ子で、不器用で。そして、失敗した女だ。だから、お前ならどうするのか? みたいな答えを知りたいんだろうよ』

「なんとなく、言わんとしていることは理解しました。『冬の魔王』を滅ぼすというのは、冬の女王――その前身となった人ができなかったからこそ、俺のやり方を見てみたい、と?」

『大体そんな感じだ。だから、試練なんて気負わずに行くといい』

「なるほど」


 クーラから告げられる冬の女王に関する考察も、大翔にとっては重要な判断材料だ。

 例え、何の力を持っていなくても、クーラの存在はきちんと大翔の助けとなっていた。


「クーラさん」

『呼び捨てでいい』

「じゃあ、クーラ」

『おうとも』

「それだけの知性がありながら、何故やらかしたの?」

『その場のノリ』

「これが妖精……猫妖精……気まぐれすぎる……」

『あ、猫の姿をしているが、食事は普通に人間と同じものを食べられるから気にしないでくれ。むしろ、油とか塩がじゃんじゃんある料理を食べさせるがいい。玉ねぎとかチョコも余裕だぞ』


 そう、助けにはなっていたが、微妙に頭を悩ませる種でもあるので、素直に歓迎しづらいのが本音だった。

 ただ、当然ながらこの状況で贅沢を言っていられる余裕などは無い。

 故に必然と、他の仲間たちが集まってくるまで、大翔はこの気まぐれな黒猫と共にゲームに挑むことになったのだった。

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