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第101話 早すぎる退場

 虚勢だ。

 結衣は素早くそう判断すると、逃げの一手を打たれる前に群衆で大翔を囲む。

 何の変哲もない、ただの一般人による包囲網。けれども、仮にも勇者を名乗るのならば、この『肉盾』を殺すような真似はできないはず。

 機関や組織の人間ならばまだしも、佐藤大翔という勇者は元々ただの一般人に過ぎない。この仮想世界の人間を殺すのにすら躊躇いを覚えるだろう。あるいは、殺すことすらできないかもしれない。

 仮に、一般人を殺せるだけの精神性があったとしても、この群衆は単なる囮と『手数を稼ぐ』 ための駒に過ぎないのだ。

 大翔が一般人の処理に躊躇いを見せたのならば、その時を狙って殺す。

 大魔術を用いて、大翔を囲む群衆ごと吹き飛ばす。

 結衣は悪党であり、外道でもあるので、この程度のことを躊躇う精神性など持ち合わせていない。

 故に、大翔が何をして来ようとも問題は無い。


「【――――眠れ】」


 そんな結衣の侮りを咎めるように、大翔の音声魔術が周囲へ響き渡った。


「ん、なぁ!?」


 結衣ですらとっさに耳を塞がなければ、意識を落とされていたほどの効力。

 それは当然の如く、群衆の耳朶を打つ。

 結衣が施した洗脳魔術を凌駕して、群衆の――洗脳された者たちの意識を奪う。


「まさか、こんな雑な手段で襲ってくるとは」


 意識を奪われた者たちは、次々と地面に倒れ伏していく。

 そんな中、結衣は見た。


「……まぁ、いいか。楽に勝てる分には」


 不可解そうに。

 失望したように。

 けれども、獲物を見つけた狩人のように鋭く。

 結衣に殺意を向ける、大翔の姿を。


「――――ストック解放!」


 胸の中に沸き上がった恐怖を否定するように、結衣は即座に次の行動に移った。

 魔術ストックの解放。

 超越存在の眷属と化していた状態では使わなかった、結衣本来の戦闘スタイル。

 数多の魔術を予め『術札』にストックして置き、戦闘ではそれを収納空間から取り出して使うのだ。

 こうすることにより、さほど多くない魔力量の結衣でも、ストックさえ十分ならば大魔術だって連発できる。

 そう、倒れ伏した一般人ごと大翔を屠るに足る火力を生み出せるのだ。


「ここで死んでください! 偽物の勇者ぁ!」


 無数の火球が、大翔の下に到来する。

 無数の雷が、大翔の肉体を貫かんとする。

 巨大な岩が、周囲の建物ごと大翔を押し潰さんとする。


 例え、一般人を見捨てたとしても回避は不能。

 外付けの力が剥がされた偽物の勇者には、過剰な火力。

 多少、何らかの魔術が使えたとしても、この火力の前では無意味だろうと結衣は己が放った破壊の行き先を見つめて。


「だからさぁ、舐めてんの?」


 大翔の蹴りが巻き起こした突風に、全てが無効化された。

 偽物であるはずの勇者は、倒れ伏す一般人に怪我の一つも負わせていない。結衣が用意した悪意ある選択も、十分過ぎるはずの火力も、あっさりと一蹴してみせる。


「せめてそこは、殲滅級の魔術だろうが。いや、それでも防げるけどさぁ」


 はぁー、やれやれと大翔は呆れたように肩を竦める。

 自分よりも遥かに劣るはずの素人が、何故か、自分の攻撃を凌駕している。そればかりか、結衣にまるで『戦場を知らない素人』を見るような目を向けて来ているのだ。

 そう、朝比奈久遠という『本物の勇者』と共に過ごした、共に戦った、相棒足る自分を馬鹿にしている!


「調子に、乗るな」


 大物ぶった敬語のロールプレイすら捨てて、結衣は大翔の確殺を決意。

 以前、確定した運命を覆されたからこそ、今回はあえて使っていなかった異能を即座に使用。大翔の運命を観測し、この戦いの中で死ぬように干渉しようとして。


「馬鹿が」


 吐き捨てるような大翔の声と共に、己の内側から血が弾ける音が聞こえた。


「ごっぷ……うぇ、あ?」


 口から零れ落ちる鮮血は、内臓が破損したという証拠。

 鼻から垂れ流れる鮮血は、脳に甚大なダメージを受けたという証拠。


「ぎ、ぐ」


 まともに思考が回らない状態で、それでも結衣は体に染みついた感覚で魔術を行使する。回復魔術を行使して、少しでもマシな状態へ修復しようとする。


「きちんと自分の性能を確認したか? 何を使えて、何が使えない状態なのか確認したか? こっちにも夜鯨というバックアップが居るのを忘れたか?」


 そんな結衣の思考を乱すように、大翔は呆れ交じりの言葉を告げる。


「そっちの長所を潰すために、相応のリソースを使うのは当然だろうが。お前の陰謀遂行能力は危険だからな。きちんと事前に夜鯨と相談して、お前の『そういう能力』だけはきちんと封じるって決めていたんだよ」

「ぐ、ぎ、い、が……お、まえ」

「だというのに、お前は無理に使おうとした。感情に任せて使おうとした。なら、これぐらいの反動は覚悟しておくべきだ」

「おまえ、お前、は!」

「そもそも、お前の能力は多分、俺には通じないぞ? さっきの失敗した感じから察するに、因果律……いや、運命干渉とかそこら辺だろう? いくら権能を封印されていたとしても、俺は一度超越存在にまで成り果てた存在だ。因果律を覆し、不可逆すらも巻き戻す権能を振るった存在だ。権能が使えなくても、お前程度の能力に囚われるわけがない」

「お前がぁ!!」


 血反吐を吐き、両目から血の涙を流しながらも、結衣は吠えることを止めない。

 肉体の修復さえ終われば、その首を噛み切ってやる! と言わんばかりの殺意だ。


「ところで。お前には俺が、余裕綽々に相手の回復を待ってやるような人間に見えたのか?」

「――――あ」


 だが、遅い。

 何もかもが遅い。

 結衣が殺意を向けるよりも先に、大翔の己の殺意を完遂させていた。


『バウワウ!』


 役目を終えた不可視の猟犬は、主のオーダーを遂行したことに歓喜する。

 鳴き声でしか存在を主張しない、隠密特化の使い魔。

 その牙と爪には、英雄すら鈍らせる麻痺毒が仕込まれてある。


「こいつの毒が回るまでの時間稼ぎに決まっているだろうが」


 大翔の言葉を理解した瞬間、結衣の体から力が抜けた。

 いつの間にか付けられていた傷口から、結衣の感覚が失われていく。

 もはや、魔術を行使するだけの余裕も無い。

 ここから状況を覆せるだけの策は無い。

 それを仕込む間もなく、大翔を殺しに来たのだから。


「じゃあ、そろそろ死ね」


 つまり、結衣は大翔に敗北したのだ。



◆◆◆



 なんで勝てたんだ? と大翔は首を傾げていた。

 権能ははく奪か、封印されている状態。

 虎の子のアーティファクトも取り上げられている。

 朝の短い間で、最低限の身体強化を施すための魔法道具は作ったが、『銀灰のコート』とは比べ物にもならないほど低い性能だ。

 収納空間に残った使い魔も、攻撃力の低い陽炎の猟犬のみ。

 大翔の戦闘力の大半を代行する、亡霊騎士のイフも居ない。

 最高の状態から比べたら、一割も性能を発揮できないコンディションだったのだ。

 そう、精々――――英雄クラスをあしらえる程度の性能しかなかったのだ。

 魔王クラス相手には、真っ先に逃げ出さなければ死ぬ。

 世界最強クラス相手には、抵抗も逃亡も出来ずに殺されるだろう。

 故に、大翔は本当にビビっていたのだ。目の前に黒幕――結衣が現れた時、大翔は必死に生存の道を探り、活路を見出そうとしていた。


「しぶとい……ああ、不死のアーティファクトを内蔵しているな。まったく、用意周到なんだか、雑なんだか」

「ぐ、ぎぃ……ぐ、がぁああああ!!」

「騒ぐなよ。俺の結界術は音声を完全に遮断できるほど、高性能じゃないんだからさ」


 けれども、結果として大翔は勝利していた。

 麻痺毒で動けなくなった結衣の肉体に、果物ナイフを加工した魔法装備を突き立てている。この状態から逆転されないように、細心の注意を払いながら、確実に結衣を殺すために全力を尽くしている。

 もちろん、そんな必死さは結衣には見せない。

 敵対者には、大翔が淡々と獲物を解体するように見せている。弱みは見せず、自分を圧倒的な存在と誤認させている。

 大翔の感覚では、結衣がここから逆転勝利を掴める可能性も十分にあったのだから。


「よし、アーティファクトの除去完了。うん、これで殺せる」

「ぐ、あ……なん、で……偽物の、勇者なんかに、私……まだ……負けてな、い……」

「…………」


 血の涙を流しながら、こちらを睨む結衣を見下ろして、大翔はやはり首を傾げる。

 意味が分からなかった。

 ゲームマスターである冬の女王と結託し、即座に大翔の居場所に襲撃を仕掛けるところまではいい。仲間の数で劣る結衣がそのような判断を下すのは間違っていない。だが、そこからが意味不明だった。

 最初の奇襲は杜撰。

 殺気が出過ぎて、もはや挨拶しながら攻撃してくるのと変わらない。

 わざわざ周囲の人間を洗脳して、手番を無駄にしたのも無駄だ。一般人レベルの洗脳や無効化など、一定レベル以上の魔術師には簡単すぎる。大翔の音声魔術で一掃できる程度の手駒のために、わざわざ洗脳魔術を使う時点で無駄が過ぎる。

 そもそも、あれだけの魔術のストックがあるのならば、最初からそれを奇襲に使っておくべきだった。一般人に考慮しないのならば、最初から周囲を薙ぎ払うつもりで奇襲を仕掛ければよかったのだ。

 そうすれば大翔だって、一般人を庇うだけの余裕がなく、一般人を見捨てたことによる精神的なダメージを食らってしまうだろう。

 そして何より、状況把握を怠って自滅するのが馬鹿すぎた。

 大翔からすれば、『ひょっとしてわざと死のうとしてる?』と逆に罠を疑うレベルの馬鹿で、迂闊すぎる行動だった。


「お前なんて! お前なんて! 久遠さんと比べれば! お前みたいなゴミなんて!」


 故に、死に際でも元気に罵る結衣に対して、大翔もまた一つの無駄を行う。



「あのさ、お前は一体、誰と戦っているつもりなの?」



 純粋なる疑問。

 黒幕にして、怨敵である結衣を目の前にして、大翔の言葉は本当に単純な疑問で構成されていた。

 思えば、最初からこいつはおかしい。

 封印都市で狙撃して来たような、慎重さと狡猾さがまるで見られない。

 先ほどまでの戦いはまるで、感情のままに相手を殴ろうとする子供のようだった。堪え切れない感情を抑えきれず、涙を流しながら相手を殺そうとする児戯だった。


「――――ぁ」


 大翔の疑問に、結衣は何も答えない。答えられない。

 ただ、ようやく正気に戻ったかのように、今までの自分の愚行に気づいたかのように、喉の奥からか細い声が漏れていた。


「まぁ、どうでもいいけどさ」


 当然、大翔はその隙を見逃さない。

 死に際でも何かを企んでいただろう結衣が見せた、致命的な隙。それを咎めるかのように、大翔は己が持っていた果物ナイフを結衣の喉に突き刺した。


「奔れ、紫電」


 次いで、果物ナイフに付与した魔術を発動する。

 雷属性の初級魔術を発動させて、内部から結衣の肉体を焼き殺す。

 抵抗も許さずに。

 死に際の呪いも許さずに。

 負け惜しみの言葉も残させずに。

 大翔はきっちりと結衣の生命活動を停止させた。

 ――――人を、殺した。


「あ、そっち側も死んだら退場するのね?」


 とはいえ、これは仮想世界の出来事である。

 加えて、結衣はこの仮想世界においては異物。大翔とは異なり、役柄も割り当てられていない存在である。

 故に、死んでも死体は残らない。

 異様なほどの現実感がある仮想世界ではシュールなことに、ぱきゃん、というガラスが砕けるような効果音共に、光の粒子となって消えていく。


「…………んー、罪悪感や嫌悪感が迷子になるなぁ、これは。一度、超越存在化したから、人を殺すことに罪悪感を覚えないとか、そういうのじゃなければいいんだけど」


 大翔は結衣の死にざまを眺めながらも、油断なく周囲に気を配っていた。

 黒幕ならば、自分の死すらフェイントに使って何かの攻撃を仕掛けてもおかしくはないと警戒して。


「…………」


 けれども、攻撃は来ない。

 本当に何も来ない。油断したところに、魔物や洗脳した人間による奇襲も警戒していたが、何も来ない。

 つまり、本当に結衣は何も出来ずに死んだのだ。


「いや、まぁ。多分、何かしらまだ策を一つ二つ残しているだろうし。絶対に、俺たちがこの仮想世界に居る間、外で何かを仕掛けているとは思うけれども。それにしたって、本当にこれはもう……うん」


 無論、大翔は黒幕である結衣を過小評価はしない。

 このまま終わるわけがなく、何かしらやらかすんだろうなという予想はある。

 ただ、この場に限った戦闘とその結果に関しては。


「何をやりたかったんだ、あいつ?」


 本当に困惑し、結衣の行動に疑問を持っていた。

 そう、天涯魔塔で自分が強くなり過ぎたという正解に至ることはなく、学校に辿り着くまでの間、大翔はずっと頭を悩ませていた。

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