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第10話 交渉

 傭兵の雇用に関する交渉に使う場所は、教会から少し離れた場所にある生活区域。その中でも、比較的老朽化が少ない書斎にて行われることになった。

 交渉に参加するのは、全員で四人。

 当事者であるソル。

 ソルが所属する組織のリーダーであるニコラス。

 雇用主となる立場の大翔。

 そして、大翔の代わりとして交渉役を請け負った、シラノだ。

 四人の内、一人はラジオ越しでの交渉となったが、それを咎めるほどニコラスもソルも上品な立場ではない。

 ただ、ちょっとした皮肉として、書斎のテーブルには『四人分』のお茶が置かれることにはなったが、シラノとしてはその程度は許容範囲だ。


『《さて、単刀直入に言いましょう、ソルさん。貴方は我々の仕事を受けるべきです》』


 従って、社交辞令も無しに、いきなり本題を切り出したのは機嫌が悪かったわけではない。

 少なくとも、テーブルの上に置いたラジオを見守っている大翔としては、そのように思っている。自分の相棒は、あえて性急に話を切り出したのだと。


「ええと、初対面の相手にそう言われてもね?」


 ソルは突然の言葉に面食らったように、一瞬だけ目を見開いたが、それだけだ。苦笑交じりに、困ったように答えを返す。


『《もちろん、理由はあります。まず一つ。貴方の力を、我々が求めているからです》』

「……あー、僕よりも強い傭兵なんて、そこら辺に居ると思うけど?」

「いねぇよ! だから、なんでソルはそんな意味不明な謙遜するんだよ!? 俺たちに絡んで来たマフィアの用心棒とか、殺し屋とか、そいつらをあっさりと畳んだだろうが! 明らかに無理がある言い訳だぞ、それ!」


 頬を掻きながら謙遜するソルに、声を荒げて抗議するニコラス。

 どうやら、このやり取りは二人の間では定番の流れらしい。


『《ソルさん。貴方にとっての強弱は関係ありません。我々は戦力を求めています。何故ならば、私の相棒である佐藤大翔――彼は、世界を救うという重大な使命とは裏腹に、何の力も持たない、無力な勇者だからです》』

「…………っ!」


 だからこそ、シラノはそれを踏まえた上で交渉を続ける。

 シラノの能力は千里眼。周囲の過去、現在、未来を見通す力だ。

 例え、ソルという存在がシラノにとっての格上であり、見通す能力を阻む力があろうとも、『他者の記憶を通して観測する』ことを止めることはできない。

 そのため、シラノは知っている。

 ストリートチルドレンの護衛として雇われている傭兵が、どのような性格で、どのような力を持ち、どのような態度で子供たちと関わっているのかを。


『《我々の世界は、冬の女王と夜鯨という二体の超越存在によって浸食されました。もはや、まともな生命体は残っていません。本来、強者に与えられるはずの勇者の資格も、何の因果か、無力な一般市民である大翔に与えられました。正直、彼一人では何もできません。私が支えて、指示して、どうにか今、生き延びているのが現状です》』

「…………」

『《諦めた方がいい、と冷静な第三者からは言われるでしょう。けれども、大翔はそれを良しとはしませんでした。何もできないのに、彼は世界を救うことを諦めませんでした。彼よりも遥かに強い戦士でさえ絶望するような状況で、けれども彼は、勇気をもって踏み出しました》』

「…………むぅ」


 熱が籠った語りに、ソルは唸り声を漏らす。

 ――――シラノの予定通りに。

 シラノは子供たちの過去を観測することにより、ソルが『関わった相手を見捨てられないような、お人よし』だと推測していたのである。

 故に、情に訴えかけることは有効だと判断したのだ。


「え、ヒロトってマジで勇者なの?」

「そうだよ。昨日からずっと言っているだろ?」

「ラジオの――シラノって奴の言葉もマジ?」

「マジマジ」

「うっわ、俺たちを憐れむクソ野郎は結構いるけど、俺たちが憐れまないといけないような奴は珍しいんだぞ? マジかよ、お前かわいそう」

「やめろ、俺を憐れむんじゃない!」

「その台詞を俺に吐く奴なんて相当だぞ」


 なお、当事者である大翔は、ニコラスと共に気の抜けた会話を交わしていた。

 この手の交渉はシラノに任せた方がいいと判断して、外野に徹することにしたらしい。

 もっとも、『ニコラスと気安いやり取りができる』という時点で、既に、交渉におけるかなりのアドバンテージとなっているのだが、大翔自身はそれを知らない。


『《ソルさん。大翔が心半ばで倒れないように、貴方の戦力が必要です。どうか、彼の勇気を無駄にしないために、ご一考くださいませんか?》』

「……いや、まぁ、うん。考えはするけれど」


 そのアドバンテージを知り、活かすのはシラノの役割だ。

 ソルが悩む素振りと共に、ちらりとニコラスへと視線を向ける。そのタイミングでシラノは、畳みかけるように言葉を重ねる。


『《もちろん、悩まれるでしょう。即断して貰えるとは思っていません。ただ、理解してほしかったのです。貴方に仕事を頼むのは、生半可な覚悟によるものではないと》』

「それは、十分に分かったよ、うん。ただ、僕は――」

『《そして、もう一つ》』


 何か言い訳を吐き出そうとするソルを制して、シラノは告げる。


『《ソルさん。貴方が我々の仕事を受けるべき理由。こちら側ではなく、そちら側の理由を教えて差し上げましょう――――実は貴方、そろそろ限界なのでは?》』


 推測に基づく、ソルの急所を。

 ソルが大翔たちの仕事を受けなければならない、切実な理由を。

 本人が目を逸らそうとしていた事実を。


『《こちらには十分な資金があります。安全な異世界、安全な場所、道徳と倫理に溢れた素晴らしい学び舎の場所も、知っています。ソルさん、貴方が後顧の憂いを断ち切る程に》』

「…………おい」


 シラノの言葉に、真っ先に反応したのはニコラスだった。

 戸惑うソルよりも先に、真っ先にシラノへ食って掛かる。


「アンタさぁ、ソルと交渉するのはいいけどさぁ。俺たちを理由にするのはやめろ。正直、ガチで不愉快だぞ?」

『《不愉快にさせて申し訳ございません。ですが、勘違いを訂正しましょう。貴方たちを理由にしているのは、ソルさんの方では?》』

「…………っ!」


 ニコラスは苛立ちのままに席から立ち上がるが、その後、何かを言おうと口を動かした後、結局、「くそっ」と悪態だけ吐いて、席に戻った。

 年齢以上に賢いニコラスだからこそ、シラノが語る正しさに反論できなかった。


「……???」


 一方、何もわからないのが大翔である。

 シラノは【攻略本】と名乗るぐらいに、色々なことを知っていることは理解している大翔であるが、ソルの何を知って、何に付け込んで交渉しているのかは不明だ。


『《ソルさん、誰もが幸せになれる選択をしましょう。それが最善です》』


 ただ、大翔だけがなんとなく察していることもある。

 それは、シラノという相棒は、誇りたくなるほど凄い奴であるが――時々、笑ってしまいたくなるほど不器用なってしまうということ。

 つまり、今こそ相棒である自分の仕事だ、と大翔は判断した。



◆◆◆



 ソルという傭兵が、ニコラスたちの下へとやって来たのは一年ほど前のことだった。

 ある日、虚ろな目をしたソルが、聖堂の前で座り込んでいるのを発見し、ニコラスが気まぐれに食事を与えたのがきっかけである。

 もちろん、ニコラスとしては全て打算から来る行動だった。


 辺獄市場では、様々な理由で子供が捨てられる。身を引き裂かれるような後悔と共に、子供を捨てる決意をする者や、単に食い扶持を減らすための捨てる者など、その理由はピンからキリまで存在する。ただ、やむを得ない理由だろうが、くだらない理由だろうが、捨てられる側としてはたまったものではない。

 捨てられる年齢にもよるが、大抵の孤児は一年にも持たない間に死ぬ。魔術師の素材、変態の玩具、悪党の鉄砲玉――様々な理由で死ぬ。だが、一番多いのは餓死だ。自分で食料を得る手段を知らない子供は、あっさりと数日で死ぬ。

 だからこそ、腹を減っている相手に食事を恵むのが、手っ取り早い他者の懐柔方法だとニコラスは学んでいた。その学びを活かし、仲間を増やすようなこともしていた。

 故に、死人のような顔をしていたソルへと食事を与えたのも、懐柔が目的だ。


「…………ああ、ありがとう。君には借りができてしまったな……困ったね、これは」


 堅いパンを分け与えられたソルが、どんな顔をしていたのか、ニコラスは今でも覚えている。それは『仕方ないな』と、何かに対して諦めたような顔だった。嬉しくもあり、悲しくもあるような、そんな顔をしていた。


 ソルが何故、そんな顔をしていたのか、ニコラスにはわからない。

 確かなのは、それがきっかけになり、ソルが仲間となったこと。『僕は弱い』という言葉が口癖で、戦うことをあまり好まない腰抜けの傭兵――そんな風に見せかけて、実は物凄く強い力を持っていたこと。

 そして、ニコラスを含めた孤児たちを、何かの代償行為として守っているということだ。


「ニコラスは僕のことを強いと言うけれど、どうだろうね? いくらドラゴンを殺せても、巨人を絶滅させても、大切な人を救えないんじゃあ、何の意味もないと思うんだ」


 ソルが共に暮らすようになって半年が過ぎた時、弱音のように言葉を吐き捨てたことを、ニコラスは覚えている。

 だから、本当はその時からずっと理解しているのだ。

 ソルは守れなかった誰かの代わりに、ニコラスたちを守っているのだと。

 ニコラスたちを理由にして、現実から逃げているのだと。

 本当ならば、ボロボロの教会に居て良い人材ではない。凄く強い傭兵なのだと。


 ――――粋がってはいても、ニコラスたちが比較的まともな生活ができているのも、ソルと言う武力の後ろ盾があるからだと、知っていた。


 ソルにとって、ニコラスたちは仲間ではなく、保護するべきか弱い子供たちなのだ。

 そのことを十分理解していて、利用していたつもりであるが、他者からその事実を指摘されてしまうと、ニコラスは知らずに怒りを抱いてしまった。


『《ソルさん、誰もが幸せになれる選択をしましょう。それが、最善です》』


 クソみたいな路地裏生活から抜け出すためには、シラノの言う通りにするべきだと理解できている。シラノには十分な資金があり、ニコラスを含めた孤児たちに『安全な場所』を用意することだってできるのだ。今回の依頼で、それを対価とすると暗に提示している。

 事実、ソルが加入してからの一年間、誰も仲間たちが死ななかったことが奇跡なのだ。ソルの武力で周囲を上手く牽制していたとしても、ここは悪徳の街。絶対に安全な場所は無く、誰でも次の日に死んでいてもおかしくはない。


 見透かすようなシラノの言動は気に入らないが、どう考えても、ソルを説得した方がいい。

 だというのに、ニコラスは自分が合理的に動けず、ラジオを睨みつけている理由が知りたかった。



「待ってくれ、シラノ。ソルさんへと決断を迫る前に、俺にもわかりやすく状況を説明してほしい。このままだと、当事者である俺が置き去りだ」


 ニコラスやソルが苦悩していると、その沈黙を縫うように大翔の声が上がる。

 他三人にとっては冗長となる要求であるが、確かに、当事者である大翔が何も知らずに契約が進むのはよろしくない。


『《えー、大翔にもわかりやすく言いますね? ソルさんは子供たちの用心棒みたいなことをしているようです。なので、彼を護衛として雇うと子供たちが防衛力を失います。それでは不都合が生じるので、その損失を補填するために、子供たちを安全な場所に送って、生活を保障しましょうというやり取りをしていました》』

「ああ、なるほど! 確かにそうだ、ごめんね、シラノ。すっかりそれを考えていなかった」

『《いえ、こちらも先に話を進めて申し訳ありませんでした》』


 他二人に態度とは異なり、優しい声色で大翔に対応するシラノ。

 露骨かよぉ、と顔を顰めるニコラスだが、からかう気にもなれない。そんな余裕はない。文句がつけようがない利益が発生する取引だというのに、苛立ちを覚える自分自身を抑え込むので精一杯だ。

 ソルがそんなニコラスを気遣う視線を向けるのもまた、腹立たしい。

 もはや、ソルにこの取引を断る理由はない。絶対に受けるだろう。そうして貰うために利用して、打算的に付き合ってきたのだ。間違いなく、このお人よしは自分たちのために仕事を引き受けるだろうという確信があった。

 だというのに、ニコラスはそれが苛立たしいのだ。


「わかった。そういうことなら、後は俺に任せて欲しい。シラノはラジオ越しだと、対応が難しいだろ? 今でも精一杯に言葉を尽くしているみたいだけど、こういうのは実際に対面した方がやりやすいからさ」

『《はい? あの、大翔。一体何をしようと?》』


 そんなニコラスにとって、暢気とも言える大翔の声は癇に障るものだったのだろう。

 今更、お前が何を言うんだ? とばかりに敵意を込めた視線を向けようとして――その姿を見失った。


「えっ?」


 思わず間の抜けた声を漏らすニコラス。

 何がどうなった? とばかりに視線をさ迷わせると、大翔は予想よりも視線が低くなる場所で見つかった。そもそも、椅子に座ってすら居なかった。

 大翔は決して綺麗ではない床に四肢を着き、深々と頭を下げていたのである。

 ニコラスとしては、『え? 床に落ちたゴミでも食べているの?』という体勢であるが、大翔の故郷――日本では、これを土下座という。

 主に、最大級の謝意を示すための体勢だ。


「すまん、ニコラス!」

「え、いや、何が!!?」

「本当に申し訳ない!!」

「こわいこわいこわい! いきなり謝るな、びっくりするわ、その行動!」


 突然謝罪を続ける大翔に、ニコラスは当然の如く戸惑いの言葉を返す。


「この度は、俺たちの事情で君を――君たちを大切な仲間と引き離すような仕事を依頼して申し訳ない!」


 ただ、そんな戸惑いは直ぐに吹き飛ばされることになった。


「……は?」

「こちらの仕事の期間は、どれだけ伸びるかわからない。正直、かなり危険な内容になると思う。その上で、可能な限り君たちの安全を保障するとしたら、この方法が最善だったんだ! それでも、君たちには寂しい思いをさせてしまうと思う!」


 かっ、とニコラスは顔に血が上がっていくことを自覚する。

 一体何を言っているんだ、と文句を言いたいが、上手く呂律が回らない。


「だから、せめてここで約束しよう! 絶対なんて言えない、そんな保証なんてできる力は俺にはない。それでも、俺は俺ができる限り最大限で、君たちを再会させると誓おう!」


 否定しなければ。

 早く、そうじゃないと文句を言わなければ、本当になってしまう。

 寂しいから、なんて子供みたいな理由で癇癪を起していた奴になってしまう、とニコラスは慌てていた。

 けれども、それじゃあ、代わりになんと言い訳すればいいのかわからない。いつもはスムーズに回転するはずの思考が、この時ばかりは熱暴走を起こして役に立たない。


「頼むっ! しばらくの間、ソルさんを俺たちに雇わせてくれ!!」

「う、ぐぐぐぐ…………か、勝手にしろ! クソ馬鹿っ!」

「ありがとう!」


 色々考えた結果、恥ずかしさを押し殺すように吐き捨ててから、八つ当たりのように大翔の尻を蹴り始めるニコラス。

 一方、大翔は蹴られた尻を抑えながら、『言質は取ったぜ!』とばかりに土下座を解除。襲い掛かるニコラスから逃れるため、書斎の中を駆けまわる。


『《……まったく、大翔はこれだから》』

「く、くくくっ。酷いな、これじゃあ断りようがないじゃないか」


 そんな二人の様子を眺めながら、シラノは呆れて溜息を一つ。ソルは心底愉快、とでも言うように腹を抱えて笑い始めた。

 それぞれの運命に関わる重大な交渉があったというのに、今ではもう緊張感の欠片も残っていない。

 異なる世界の者同士だというのに、そこには当たり前のような日常があった。

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