第弐話
【神の鉄槌】が日本へ密入国したという情報は瞬く間に広がった。しかもその犯罪組織の大幹部である。
【神の鉄槌】の大幹部は、単独で国を崩壊させる程だ。現にある大幹部が国を一夜にして半壊させたという情報は新しい。それ程人外的なバケモノが所属する【神の鉄槌】は危惧される存在。
―――――だが。
「はぁ!?【神の鉄槌】を捕らえただと!?しかもあの【道化】をか!?」
『は、はい。確かに指名手配の写真と同一人物です』
「被害は!?」
『え……………ぜ、ゼロです』
「…………………は?」
『じ、実は未成年が路上で飲酒していると通報がありまして。事情聴取していたのですが、その……………【道化】でして』
「現在【道化】は」
『ね、寝てます』
総本部局長は受話器を静かに机に置き、項垂れていた。
世界最悪とも、最凶とも呼ばれる【神の鉄槌】の―――――――――しかもあの【道化】が未成年飲酒し、あまつさえ警察官にお世話になっている。更には寝ているその【道化】を、既に異能省管轄の独房にぶち込まれているという、なんとも情けない。
もしかすると、他人の空似の可能性もあると思い向かったのだが―――――――――。
「すぴ〜〜〜…………Zzz」
「まじか」
独房に気持ちよさそうに眠るは【道化】御本人。しかも焼酎瓶を大事そうに抱えながらだ。酒臭く、鼾は無いもののこの状況は飲み込めない。
飲み込みたくない。
「………………このクソガキがぁ」
「むにゃ?あ、え、ここ何処?そこの人、水貰えませんか。え、ダメ?そんなぁ」
「おい【道化】」
「はい、皆様の驚いた顔が栄養分な【道化】です。名刺入ります?」
「電話番号あるのな」
「名刺ですし」
「おい、馬鹿野郎。何やってんだ」
総本部局長は、寝転がりながら社会人の如く名刺を渡す【道化】に睨みつけながら、そして若干呆れながら言う。【道化】はじーっと総本部局長の顔を見て暫くすると、ハッ!と思い出した。
「あ、局長さんじゃぁないですか!いやぁ、結構老けましたねぇ!確か50代ですし、そろそろ頭皮の心配したほうがいいんじゃないですか?ソレか思い切ってスキンヘッドとか、似合うと思いますよ」
「………………………そうか?」
「でも、只でさえ厳ついからスキンヘッドになると余計に厳つくて怖くなるかと。なのでスキンヘッドするなら、そのピカピカの頭部に入れ墨入れましょう!皆から恐れられますよ!きゃぁ〜〜〜、こわーいっ♪」
「却下じゃ、ボケェ!」
「えぶぁらっ!?」
そのまま【道化】に拳骨を振り下ろされ、ガチんっ!と鈍い音が響く。そして頭部にたんこぶが出来てしまい、痛みで悶える【道化】。
「も、元部下にする仕打ちですかぁ」
「現犯罪者だろうが、バカヤロウ!しかも国際手配された、世界最大の犯罪組織、大幹部さんよぉ!」
「えへへっ♪カッコいいでしょ?」
「カッコよくねぇわ!大迷惑だわ!総本部の局長になった俺の身になって考えてみろやボケナス!」
「え、出世したんですか!?総本部局長とか、凄いですね!でもボクはわかってましたよ。局長なら――――――って」
「褒めても何もでんわ」
「あーれー?せめて飴ちゃん下さいよ――――――――まヴェラスっ!?」
再び拳骨投下。
またまたその場で痛みに悶える【道化】。そしてその光景を呆然と眺めている警察官達。そして何故か熱々のカツ丼を持ってきたベテランそうな刑事さん。
「え、誰」
「これから事情聴取があると思いまして出前を」
「そんなのでコイツが素直に――――――」
「え!?カツ丼!?食べたい食べたいっ!やるやるー!事情聴取するよー!されてもいーよー!」
「何となくこんなタイプじゃないかと」
「やるなテメェ」
ベテラン刑事が大人しく正座で大人しく待つ【道化】の眼の前に置く。そしてお漬物に沢庵に豚汁もだ。
「お〜〜〜っ!」
「で、刑事ドラマみたく何か―――――」
「あ、そう言えば日本の何処かに封印されてた邪神や悪魔やら荒神的なヤバい系の封印が解けたみたいですよ」
「……………は?」
「そのヤバい系を倒そうとこの国の暗部やら、魔法少女的な娘達が頑張っていますけど……………」
「お、おい?」
「相手は“神”ですからねぇ。ボクは組織内で最弱ですからあんなの無理無理。あれですよね。ボク、立ち位置的に一番やられる敵の四天王やら大幹部的なアレみたいなヤツです、はい。あと海外からの密輸とか、他国の暗部が潜入してますね。飛行機内とか釣りしてる時に遠目で見かけましたよ。間違いありません。あぁ、それと―――――」
「まてまてまて!」
【道化】の口からぞろぞろと、到底無視出来ない情報がわんさか吐き出す。それもカツ丼を食べながらだ。慌ててベテラン刑事が何処かへ連絡し、メモを取る。更には新たに入ってきた初老の人物がここにいた警察官らを退去させる。恐らく一般の警察官には知られては不味い情報があったのだ。しかし、どれも総本部局長が耳にしたことや知り得ないこともあったが【神の鉄槌】に関する事柄は一切ない。
「――――――一つ聞きたいことがある」
「え、スリーサイズですか?それは流石に。ヤロウは興味ないんで」
「その右腕、どうした」
局長が目を向けるは、【道化】の右腕。
容姿は黒髪黒目の何処にでも居そうな日本人だが、右腕――――――右肩から指先まで呪符の包帯が巻かれていたのだ。一切隙間無く巻かれてはいるものの、機能としては支障ないだろう。これが単なる服装では気付かなかったが、今の【道化】は白いタンクトップ。まるでジョギングでもするのかという軽装だ。
「これは――――――――うん、愛なのかな…………なんて」
「―――――――は?」
「ぶっちゃけるとコレ、斬り落としたい。というより、ヤだ」
「お、おい」
「―――――――いや、そこまでだ。後は我々に任せてもらおう」
総本部局長が何か言おうとするが、その前に後ろから何者かの手が彼の肩を置かれる。その手の主は、初老の男性であった。総本部局長は何かを察したのか、渋々この場から退出してしまう。
この場に初老の男性と【道化】、そしてベテラン刑事の3人のみ。しかし、この独房外には本来ならあり得ない程の護衛や暗部の者達が待機していた。
「任務ご苦労、小岩捜査官」
「ども」
「それで、【神の鉄槌】についての情報は」
「皆無ですね。もう監視するだけで精一杯です」
「監視だけでも十二分だ。内部に君が居るか否かで大分違う。しかし、右腕はどうしたのかね。報告では、腕は切り落とされたとあったが――――――」
「それより、重要なことがあります」
「何かね」
先程とは打って変わり、カツ丼既に食べ終えた【道化】――――――――その正体は内部から【神の鉄槌】を監視する日本の最年少の【特別捜査官】である――――――――――は、真剣な表情で上司に言うのだ。
上司である初老の男性は、その重大なことについて確認しようと心構えをしていたのだが………………。
「もっと出前頼んでもいいですか?お寿司とかラーメン、卵焼きとかハンバーグとか、ステーキとか食べたいです、今すぐに」
「…………重大なことかね?」
「最、重、要、です。腹が減っては戦はできぬ、と言うじゃないですか」
「――――――――好きに頼むがいいさ」
「じゃあ―――――――マカロニグラタンとフライドポテト、激辛カレーライスに、山椒が効いた麻婆豆腐、お肉ホロホロなビーフシチュー、ミートパイ、パリパリ羽の餃子、本わさびの入ってるお寿司30巻に野菜とにんにくマシマシ豚骨醤油ラーメン―――――あ、麺は普通で替え玉はバリカタ2つですね。トムヤムクンと800gのステーキとハンバーグ、あ、どっちもおろしポン酢で御願いします。それと卵焼きと赤出汁、チキンかな。デザートには果物の詰め合わせにクレープシュゼット、クグロフ、ミルフィーユ、そしてみたらし団子30本お願いしますっ!」
「―――――――――相変わらずだね。まあいいさ」
約20分後、監獄前に何人もの出前の人が行き来することとなる。本来あり得ない光景であり、そこに常駐する警備官やら検査官やらがこの状況に戸惑いを隠せない。何より戸惑っていたのは、指定された住所に出前を運んできた様々な店の従業員であった。その対応をする外を警備していた護衛と暗部の者達は、自分たちは何をしているんだろうと疑問を抱かずにいられない程出前料理を中へ運ぶのであった。