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第七話


 執事(バトラー)、それは男性使用人を纏め上げ、主人と使用人の間を取り持つ超重要な存在だ。

  

 思慮分別を求められ、ときには厳しく、ときには寛容に男性使用人を纏め育てる。


 執事の下にフットマンがいて、更にその下に俺のような雑用を主にする男性使用人が居る。


 つまり上司中の上司に当たる存在ということだ。


 逆らう訳にもいかないし、ひとまずヘンリ様の後ろをついていく。


「これからは私の事を様付けする必要はありませんよ」


「え?」


「専属使用人である貴方様が仕えるのはミュリエル様ただ一人。御当主様とエトワール家に仕える私たちとは違うのですよ」


「……どういうことですか?」


「ようするに、イザヤ殿はもう、私の部下では無いということですよ」


 そうか。専属なのだから扱いとしては独立した形になるのか。


「……実感が湧きません」


「緊張していますか?」


「ええ……まあ」


「確かに、あれは想定外でしたね。当人が断っているのに巻き込まれた挙句、決められる。しかし全ての決定権は雇い主にあるのです。我々使用人は最終的には従う他ないのです」


 平民は貴族に逆らうのは難しい。


 そんな貴族ですら自分より位の高い貴族には媚びへつらう。


 更には最高位の貴族であろうとも、王家には頭が上がらない。


 階級制度とはそういうものだ。


 ゲームの頃は何とも思わなかったけど、いざこうやって舞台に上がらされると、決していいものではないな。


 国民主権で民主主義の前世を知っているのも、影響している。


「そういえば、トレイスのことですが……」


「トレイス殿……ですか? 彼がどうかしたのですか?」


「実は、あやつは私の孫なのですよ」


「えっ!?」


 ちょっと待って!?


 それって不味いんじゃ……。


 まさか恨んでたり、するかもしれない。


 執事の顔を横から確認するが、仮面の下にある感情が何かまでは分からない。


 思い切ってイザヤは聞いてみることにする。


「……トレイス殿をどう思っているんですか?」


 するとヘンリは笑い、


「勘違いなさらず。私はどうとも思っていません。トレイスの父、つまり私の息子とは縁を切っていますので」


 想定外の返答に、イザヤは反射的に聞き返す。


「縁を切ったって……同じ屋敷で働いているのに、ですか?」


「どうしてもお互いに意見を譲れなかった、それだけですよ」


 それだけって……家族なのに。


 人格者と言われるヘンリ……殿が縁を切るなんて、よっぽどの内容だったに違いない。


「息子と縁を切ったことで、自然に孫とは距離が出来ました。その為個人的な側面でも贔屓目に見たりしていませんし、執事として見ても平等に扱わない理由はありませんよ」


 簡単に言うが、孫と距離があるって凄い寂しいことじゃないのか?


 事情を知らない自分がとやかく言える訳ではないけども。


「さてイザヤ殿」


「は、はい。何でしょうか?」


「ミュリエルお嬢様は純粋な方です。くれぐれも道を外れないように先導なさってください」


 ヘンリはそう言って足を止め、視線をある方向に向ける。


 イザヤもつられて止まり、視線を動かすと、そこにあったのは一つの扉。


 何の部屋なんか、想像は簡単につく。


「貴方の導きでお嬢様が進む道が変わる。つまりイザヤ殿がエトワール家の未来を決めると言っても過言ではありません」


「流石に、それは言い過ぎでは?」


「結果は辿り着かなければ分かりませんが、少なくとも私はそう確信しています」


 疑いは無い、謎に説得力のある雰囲気に、イザヤはこれ以上反論する気は無かった。


 洗練された手つきで、ヘンリがノックする。


「お嬢様。イザヤ殿がいらっしゃいました」


「入って良いわよ!!!」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 元気で、無邪気で、思いださせる声が。


「さあ、中へ。お嬢様が待っておられます」


 本当に、なんでこんなことになったんだ。


 心の中で文句を垂れながら、恭しく開けられた扉の中へ入る。


 

――――居た。


 光を発しているんじゃないかと錯覚するくらいに眩しいオレンジ色の髪を携えた少女が待っていた。


 ベットの上で両手を腰に当てて立ちながら。


「書庫ぶりね!」


「ついさっきあったばかりじゃありませんか」


「話すのが書庫のときぶりってこと!!」


 本来身長はこちらが上なのに、ベット分で見下される形になっている。


 謎の距離感のせいで、降りろときっぱり言った方がいいのか判断がつかない。

 

「よろしくねイザヤ! 今からアンタは私の言うことだけ聞いていればいいから!」


「はい……危ないのでベッドから降りた方がよろしいのでは?」


「えー、こっちの方が楽しいからやだ」


「……そうですか」


 使用人として働いてきたと言えど、今までやっていたのは清掃や雑用だったので、正しい主との接し方が分からない。


 そもそも、言う必要があるのかさえ疑問だ。


「……して、お嬢様」


「なに? お嬢様じゃなくてミュリエルで良いわよ!」


「……申し訳ありません。私如きがお嬢様を名前で呼ぶ訳にはいかないのです」


「……そう。それでなに?」


「何故私を専属使用人にご指名なさったのでしょうか?」


 ずっと抱いていた疑問。


 なんで専属使用人に自分を指名したのか。


 原作通りならトレイスが成るはずだったのに、こうなってしまったのか。


 何となくなんて理由で納得出来ない。


「あーそれは、サボりたいからよ」


「サボり……たい……ですか?」


「うん! だってイザヤ、サボりで書庫に来てたんでしょ? だったら私のレッスンサボりたい気持ちも理解してくれるかなって」


「……はぁ」


「どうかしたの?」


「いえ、完全に理解できましたので……」


 あーやっちまった。


 確かにあの時、




『サボりに来たの!?』


『え、ええ! そう、なんです! ……多分』




 なんて言ったけどさ、言ったけどさ!


 そんなことで俺が選ばれたんですかい……?


「ふーん。あ、そうだ! 紅茶飲みたい!」


「……用意しろってことですよね?」


「そーいうこと! お砂糖とミルクと茶菓子も!」


「……かしこまりました」


 こうなっても、やるべきことは決まって変わらない。


 破滅に巻き込まれないよう、母さんと共にエトワール公爵家から逃げる。


 だが専属使用人のままでは当初の目的を達成するのは困難だ。


 となれば、簡単、専属使用人を辞めればいい。


 しかし、『はい、辞めます』とはいかないだろう。


 簡単に辞めれるならば最初から成っていないだろうし、もし辞めれたとしたら、それはお嬢様の問題に直結する。


 すぐに辞めるような人材をミュリエル=エトワールが選んだ、と。


 お嬢様はそんな不名誉を受け入れないはずだ。


 更に、無事に屋敷から去るためには乱暴な行いはアウト。そして自分の名声に傷をつけるようなことは駄目だ。


 屋敷を離れるということは、仕事を失うということ。


 使用人以外ノウハウが無い状態で、なにに転職するのか、となれば自然と他の屋敷の使用人に行きつく。というかそれ以外が現実的じゃない。


 乱暴なことして無事でいられる可能性は低い。


 自らの使用人としての名声に傷が付けば、他で雇ってくれなくなる可能性がある。


 それに問題を起こして、母さんに迷惑を掛けたり、傷つけたりしたくない。


 だから俺がやるべきことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――お嬢様」


「ん? なに?」


「これからよろしくお願いします」


「ええ! よろしく!!!」


 お嬢様、私は貴方に嫌われてみせましょう。


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