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第三十四話


「駄目っーーー!!!」


 辺りに響き渡る少女の声。


 お嬢様の声だ。


 なんでお嬢様の声が?


 それよりも……斬られた感覚がない。

 

 目を開けると、トレイスが剣を振り下ろす途中で固まっている。


 そして横腹に、お嬢様が短剣を突き刺していた。


「なんでっ……ここに……いる」


 痛みに耐えきれず直剣を落すトレイス。


「イザヤは私のものなのっ!!! アンタに渡す気はないわっ!!!」


 なんでお嬢様がここに……いや、今はそんなこと関係ない。


 お嬢様が作り出してくれたこの状態。


 こんなチャンスを見逃すわけにはいかないっ!!!


 残った力を振り絞って全身に命令を行う。


 短剣を拾い、トレイスにとどめをさすのだ!


 イザヤは短剣を拾い、立ち上がる。


「やめっ……ろ……」


 イザヤがとどめをさそうとしていることに気が付いたのだろう。


 この場から離れようとするが、ミュリエルが刺した短剣がそれを許さない。


「終わりだ、トレイスッ!!!」


 短剣がトレイスの左胸を貫いた。


「ガグゥ……」


 吐血した血がイザヤの顔にかかる。

 

 遅れて肉を断った生々しい感覚がやってきた。

 

 俺は、トレイスを刺したのだ。


「……」

 

 刺してすぐは、びっくりするほどに雨の音だけの静かな空間だった。


 イザヤが短剣を抜くと、トレイスが膝をついて倒れる。


 刺した部分から大量の血が流れ始めた。


 ミュリエルも短剣から手を離す。

   

「……そう……か……お前は……ひとを……ころ、し……たの……だな」


「……」


 トレイスの出血量から見て、死亡は確定している。


 そうだ。


 俺は人を殺したんだ。


 この手で……人を。 

 

「ふふっ……うれ……しいぞ……イザ、ヤ……おまえ……の……かち……だ……」


「ええ……お前の負けです……トレイス」


「そう……だな……あぁ……から、だ……が……なくなっ……て……いく……」


 これから死んでいくというのに、笑みをこぼすトレイス。


 俺はこの男が許せない。


 他人をゴミと侮蔑し、平気な顔して人の大切な物を奪うこの男が。

 

 だが、トレイスは俺から目を離さなかった。


 死んで瞼を閉じる、その時まで、視線を俺に向け続けた。


 だから俺も答える。


 死に向かう一部始終を見届ける。


 それが勝者の責務だと信じて。


「……終わり……ですよね」


 トレイスは死んだ。


 雨に打たれ、血を流し、死んだ。


 言葉が出ない。


 こうなった時になんと言えばいいのか、イザヤは分からなかった。


「あのっ……イザヤ――――」


 ミュリエルはイザヤに声を掛けようとしたが、誰かの足音に遮られる。


 敵かと思い目を向けると、そこにいたのはウユリだった。


「何がどうなっている? どうしたんだお前たち……」


「師匠……」


 なんでここにとは言わない。


 俺の知らないところで何かあったのだろう。


「この倒れているのがトレイス=ビルターネン……お嬢様を攫って、母さんを突き飛ばした主犯格です」


「……そうか」


 全てを察したのか、それだけ言うと、トレイスを調べ始めるウユリ。


 服の中をまさぐったり、傷口の観察をしたのち、トレイスを担ぎ上げた。


「この死体は持っていく。すまないな」


 申し訳なさそうな顔で言う師匠。


 ん?


 ああ、俺に謝っているのか。


「気にしないで下さい。もう終わったので」


「そうか……」


 ウユリはミュリエルを一瞥したのち、街の方へ進んでいく。


「私は少し離れた場所で待っている」


 俺は師匠を追いかけようとしない。


 深く深呼吸をする。


 そして……お嬢様の方を向いた。


「……ッ」


 俺と目線があったことで、ビクッと体を震わすお嬢様。

 

 警戒しているのか。


 それもそうだろう。


 喧嘩別れして久しぶりの再会がこれなのだから。


 嘘偽りなくお嬢様に向き合おう。

 

 たとえここで絶縁するのだとしても。


「お嬢様」


「……イザヤ」


「――申し訳ありませんでした」


 俺は頭を下げた。


 専属使用人としてイザヤとして、俺の行いはお嬢様を危険に追い込んだ、傷つけた。


 クビを言い渡されてもおかしくない。


「――そして、無事で良かったッ……」


 あれ?


 急に力が抜けて座り込んでしまう。


 あれ?


 顔から水が流れていく。


 雨じゃない、瞼から……涙が……。


 そうか。


 俺はお嬢様が無事だったのが、何よりも嬉しかったんだ。


 トレイスを殺したことなんかどうでもいいくらい、お嬢様が大切だったんだ。


 今になって、ようやくお嬢様を認めていたことに気が付いたのか……本当に鈍いな俺……。


「ははっ……情けなくて申し訳――」


「イザヤッ!!!」


 ミュリエルはイザヤに抱きついた。


「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……私、イザヤに謝りたかったの……。ずっと我が儘言って……イザヤの気持ちも考えないで……ごめん、なさい」


 大泣きしながら少年に想いを伝える少女。

 

 呼応するように、イザヤの涙もこらえきれず漏れていく。


 もう何も我慢する必要はないのだ。


「謝るのはこっちの方……ですっ……ごめんさない……傍にいてやれなくて……」


「えぐっ……そうよ……イザヤも悪いわよ……だけど……私も悪いの……ずっと……謝りたかった……」


 ははっ……そうだ。


 お互いに悪かった。


 認め合えた。


 ならば俺も言わなければならない。


「お嬢様っ……俺、ずっと……お嬢様に言いたいことがあったんですっ……ずっと言えていないことがあったんですっ」


 より強くお嬢様を抱きしめる。


 小さなこの体を、もう二度と逃がさないように。


「俺を……お嬢様の……専属使用人として……認めてください」


 本当に、本当に、ずっと言いたかった


「ずっと……俺は自分自身が……お嬢様の、専属使用人に……相応しくないって……思ってた……お嬢様を……真に、認めてなかった……だから……ようやく…………」


 なんで言葉が上手く出てこないんだ。


 伝えたい。


 この気持ちを伝えたい。


「ようやく……お嬢様が主でいて欲しいって……思えたんです……」


「……イザヤ」


「だから……改めて……お嬢様に専属使用人って……認められたいんです……」


 子供のようにイザヤは訴え、求めた。


 ミュリエルは笑う。


 そしてイザヤの背中をさすった。


「なに言ってるの……ずっと言ってきたじゃない……イザヤはっ、私の世界で一番の……専属使用人だってっ!」


 あぁ……よかった……。


 安心し、力が抜ける。


 そのまま俺たちは抱きつきを解き、至近距離で向かい合う。


 すると――


「……え?」


 唇が暖かくて柔らかい何かに当たってる……。


 あれ?


 お嬢様の唇と俺の唇が触れ合っている。


 これってまさか!?


――――キス!?


 イザヤの驚いた反応を楽しんだのか、ミュリエルは唇を離す。


「お、お嬢様っ!?」


 いつの間にか雨は上がっていた。


 雲の隙間から差し込んできた太陽の光が彼女を照らす。


 ミュリエルは最高の笑顔で言った。

 

「これはお礼! そして証! だから、ずっとずーっと、私の傍にいて! 絶対よ!」


「――――はい。お嬢様」

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