第十八話
あの日、俺はお嬢様から嫌われようとすることから、悪役令嬢かを確かめる方針に変化した。
だがお嬢様に対する態度は変わらない。
お嬢様と接しているうちに、自然と砕けた態度になっていたのだ。
今日も今日とてお嬢様の部屋でお嬢様の傍にいる。
そしてお嬢様も相も変わらず、だ。
「ねぇ、どっか行きたい」
「お嬢様が言う事は毎回脈略がありませんね」
会話がない静かな空間だと思ったら急に言われる。
理由を言わないか、理由を。
「察せるようになってよ!」
「察した内容がお嬢様の思っていることと違ってすれ違うよりはいいでしょう。それで、なんでそう思ったんですか?」
「別に理由なんてないわよ。ただ外出てないから外に出たくなっただけ」
「まあ言いたいことは……分からないですね」
「なんでよ!」
「いやー、私も最近屋敷の外に出てないなーって思ったら、つい昨日スギレンに行ったことを思い出したので」
「ずるい! なんで私も呼ばなかったの!?」
「訓練の一環で、走っている途中にスギレンの中を通っただけですから」
まあ、最初の方は休憩の為に歩いて街を眺めていたけどね。
今後訓練で走る度にスギレンへ行くことになるだろう。
「私もスギレン行きたい! 自由な人生を謳歌したい!」
イザヤの服を掴み揺らすミュリエル。
「そんなこと言われても……私がどうこう出来る問題ではありませんし。どっちかと言うとお嬢様自身
が直談判してもらうのが一番いいと思うんです」
「ぶー!」
「私は万能機ではありません」
「……なら、私が許可を取ってきたら一緒に行ってくれるわよね!?」
「それならお供しますよ? それが専属使用人としての仕事ですし」
「分かった!」
「許可取って来たわ!!!」
「え? いけたの!?」
許可を貰うと飛び出して、戻って来た開口一番、それはイザヤの想定外の内容だった。
「最近レッスンちゃんと出たりしてるから特別にって。条件付きだけど」
まさか本当に許可が出るとは。
御当主様と奥様はとても厳しい方だからこんなこと許さないと思っていたのだが。
「はぁ……。その条件がヘンリ様同伴ってことでしょうか」
お嬢様の背後に立っている老人、ヘンリ様が俺に向かって一礼をしてきた。
俺も一礼をし返す。
「いえいえ。私ではありませんよイザヤ殿」
「え? そうなんですか?」
「私が抜けると男性使用人の指示出しする者がいなくなってしまうのですよ。それに今は忙しいので、より穴を開けさせることはできません」
「なるほど」
ヘンリ様は執事だ。
執事は家令を除けば実質男性使用人のトップ。
トップがいなくなれば、使用人間の指揮系統が崩れる。
簡単に席は外せないという訳か。
「ですから私の代わりに……アリシャ!」
「はい、アリシャです! お呼びでしょうか!」
と、部屋に入って来たのは、アリシャさんだ。
俺たち三人にそれぞれお辞儀をしてくる。
「アリシャは武道の心得があります。並大抵の人間なら対処が可能でしょう」
「この命、お嬢様の為に精神誠意捧げさせてもらいます!」
「……ということです。アリシャと共になら許可を出しましょう。ただしこのことは内密にしてください」
「どうしてですか?」
「ご主人様や奥様には伝えていないのです。ですから……よろしくお願いしますね、イザヤ殿」
バレたらみんな纏めて罰か。
……いや結構危なくない?
躊躇しそうになるのを堪えて頭を立てに振る。
選択肢はないし、これはいい機会かもしれない。
お嬢様が街でどんな反応や行動をするのか。
これを観察すれば、悪役令嬢かの判断材料になるだろう。
ヘンリは仕事がとのことで退室する。
三人になったところで、アリシャは口を開いた。
「それでミュリエルお嬢様、スギレンで何をなさる予定ですか? 公爵家の娘として行ける範疇ですよ?」
「え? うーん……考えてなかった!」
そんな気はしていた、イザヤはそこである提案をする。
「でしたらお二方、気になるところがあるので行ってみませんか?」
馬車に揺られて十五分。
スギレンの街に到着し、イザヤは二人を目的の店まで案内した。
「ここ? イザヤが言っていたのは。へぇ……お花のスムージーねぇ……」
目的の店とは、走った際に見かけた、花で作るスムージーの店だ。
「そうです。折角の機会なので行ってみたいと思って」
「イザヤは今後も走る度に街へ来れるくせに」
「怒らないで下さいお嬢様……。男一人で入るにはハードルが高すぎるのです」
「ふんっ」
そっぽを向くミュリエル。
「お二人とも、喧嘩はおやめください」
「このくらいの言い合いは日常茶飯事なので気にしないで下さい」
「そ、そうなんですね……流石イザヤさん」
「それは褒めているんですか……?」
「何やってんの二人! 早くしないと置いてくわよ!」
声のした方へイザヤたちが向くと、ミュリエルは勝手に店に入ろうとしていた。
「すみませんミュリエルお嬢様! イザヤさん、行きましょう」
「ええ」
中に入るとまず、花のいい香りがやってきた。
アンティーク調のレジカウンターに店員がいて、椅子やテーブルはツーセットだけの小さな店で、壁側には彩り豊かな花が飾られている。
それぞれの花の下には名前であろう表札が付けられているが、見たことのない名前ばかりだ。
自分の場違い感が凄い。
「いらっしゃいませ!」
「ここはお花を使ったスムージーを提供している店なんですよね?」
「そうです。花をすり潰した物を混ぜたスムージーでして、花を指定していただく形になります」
そう言って店員に花の名前の一覧が書いてあるメニューを渡された。
しかし書いてあるのは名前だけで、何がどんな花なのかは、周りに飾られた花を見ないと分からない。
「ふーん。なんかいいお花はないの?」
「そうですね……今の季節だとそれこそバラとか、あとはマロウとかですかね。どれも甘くなるよう調整してありますので、見た目と気分でお決めになっても大丈夫ですよ」
「どれにしますかミュリエルお嬢様。私は王道でバラにしようと思います」
「うーん、じゃあマロウってやつ! イザヤは?」
「そうですね……」
どうしようかな……。
折角だからお嬢様たちとは別のやつにしたいな。
何にするか迷いながら、イザヤは花たちを眺めていると、ある白い花が目についた。
「じゃあ……このカサブランカってやつでお願いします」
「かしこまりましたー!」
三人は席に座って完成するまで待つ。
時間にして十分くらいだろうか。
赤、紫、白の各色をしたスムージーが運ばれて来た。
「お待たせしましたー!」
スムージーの下には丁寧に花の名前が書かれた紙があったのでカサブランカと書かれたスムージーを手に取る。
ストローも忘れずに。
「ちなみに普通カサブランカのようなユリ科の植物の多くは毒を持っていますが、この子は毒がないよう栽培されているので安心してくださいねー」
えー。
これ毒あるの?
本当に大丈夫か疑いたくなってきちゃった。
これが知らぬが仏ってやつか。
イザヤが自問自答していると、ミュリエルたちが何やら騒がしい。
「ミュリエルお嬢様、ますは毒見を……」
「えー。それ必要なの?」
「お身体の為にございます。公爵家の嫡子に万が一でも何かあってはならないのです」
アリシャさん、そういえば護衛として来ていたんだった。
ごめんなさい、今の今まで忘れてしました。
「……仕方ないわね。沢山飲んだら許さないから!」
「分かっていますよ……」
アリシャは自分のストローをミュリエルの紫色スムージーに刺して飲む。
飲み終わったら胸に手を当てて、深呼吸をし始めた。
「すー、はー……すー、はー」
「……どうですか? アリシャさん」
「はい、アリシャです。多分大丈夫!」
多分を付けた途端に信憑性が薄くなりました。
日本語って凄いね。
この世界だとヒール語って名称だけど。
「ちなみに味は美味しかったですよ」
「ずるい! 私も飲む!」
お嬢様はストローを刺しフロウのスムージーを飲む。
釣られてアリシャさんも赤色のバラスムージーを飲み始めた。
「っ! 美味しい! 不思議な味だけとちゃんと美味しいわ!」
「本当ですね……後味で抜ける花の香りが素敵です」
俺も意を決して白いカサブランカスムージーを飲む。
一瞬苦みが来たのかと思ったら、口内に甘くまろやかな匂いが広がった。
「……うまい」
毒うんぬんの話を忘れるくらい衝撃的にうまい。
もし街に住んでいたら毎日行くよ、これ。
「イザヤ! 私にもちょうだい!」
「え? 別にいいですけど……」
両手を伸ばし、ミュリエルはスムージーを強奪した。
そしてイザヤの使ったストローをそのまま使って飲む。
「うん! 美味しい!」
お嬢様……それって間接キスじゃ……。
「あ、はい……お嬢様、ストローそのままで――」
「私も下さい!」
俺の話を遮って体を前に出してきたアリシャさん。
この人護衛だよね?
ようやく護衛だったことを思い出させてくれたと思ったら、すぐに元通りになってしまった。
アリシャさんはお嬢様の手からカサブランカスムージーを奪い、俺のストローを使って飲む。
「本当だ……これも凄く美味しいです!」
二人共間接キスしてるの気付いている?
気付いてやっているの? それとも気付いてない純情なの?
こんなときどんな反応をすべきなんだ……。
イザヤの元にスムージーが帰って来たが、イザヤの目線は自分のストローに向いていた。
黙っているべきか……ツッコむべきなのか……。
間接キスに関する脳内会議が行われていたことで、イザヤは気付くのが遅れた。
「……え? 半分くらい減ってる……」
カサブランカスムージーは半分程度まで量が減っている。
つまりミュリエルとアリシャが沢山飲んだということ。
飲み過ぎだって!
一口頂戴って言ってめっちゃ一口デカい人みたいなことしてる!
「イザヤどうしたの?」
「……いえ……何でもないです」
落ち着け俺。
また走ってスギレンにやって来た際に飲めばいいだけの話だろう?
それに問題は量が減ったことよりも、ストローをどうするかの方だ。
覚悟を決めろ、俺。
恥ずかしながらもイザヤはスムージーを飲む。
「うん……うまい」
このカサブランカスムージーの味は一生忘れられない、そんな気がした。