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第十五話


「お嬢様ー! ミュリエルお嬢様ー!!」


 森の中を駆ける一人の少年。


 額には汗を浮かべ、息は乱れ、服は汚れながらも、止まらず走り続けている。


 どこにいるんだ。


 かれこれ一時間以上は探したが、お嬢様の痕跡すら見つからない。


 やっぱりトレイスが言っていたことは嘘だったのか。


 あんな奴の言うことを信じるべきではなかったんだ。


「クソッ……」


 森は木で視界範囲が狭い。


 見落とさないよう慎重に探さなといけない。

 

 奥に行き過ぎると帰れなくなる危険性もある。


 太陽はもうすぐ沈む。


 明かりもなく森の中に取り残されれば、明日まで生き残れる保証はない。


 それでも……探すしかないんだ。


 一縷の望みを握り締める。


 お嬢様を探す為に。


 大切な人を、守る為に。









「よし、完成だ」


 肉に塩をかけながら、ウユリはそう言った。


 皮と毛を毟らずに焼いてしまったアクシデントがありつつも、ミュリエルの前には焼けたうさぎの肉が置かれる。


 キツネ色で食欲がそそられるが、うさぎの愛らしい姿を思い出すとどうしても抵抗が生まれてしまう。


 それに……道具がない!


 ナイフ、フォーク、スプーン。


 食べる為の道具がない!


「手で食べろ」


 貴族の娘なのに、と抵抗したが、何を言ってもここには道具がないと言われ、おとなしくなる他なかった。


 色んな思いを断ち切り、うさぎ肉を噛み千切る。


「ちょっとクセがあるけど美味しいわね。ただ小骨が……多い」


「噛めばなんとかなる」


「噛むと骨が当たって痛いでしょ!」


「じゃあ慣れろ」


 なんの解決にもなってないじゃない!


 これだから野蛮な考えは嫌いなのよ!


 屋敷に住まなくて正解、ここに一生住んでいればいいわ!


「何か邪念を抱いていないか?」


「きっ、気のせいよ! へ、へ、変なこと言わないで!」


「そうか」

 

 何よこいつ……、人の心でも読めるっていうの?


「……それで、どうしたんだ? どうして森の中に居た?」


「……イザヤが悪いのよ」


「その悪いと思った理由を聞いている」


「言われなくても分かってるって……ちゃんと言うから!」



 私は話した。


 部屋で何があったのか、イザヤがどんな態度を取ったのか。


 そして私が逃げ出したことを。


「ふむ、なるほどつまるところ、拗ねたのか」


「拗ねてないわよ! ムカついたの!」


「系統は同じだな。それで、何故ムカついた?」


「なんでって……、ムカついたからよ」


「答えになっていないことくらい自覚しているんだろう?」


 何よコイツ……見透かしたようなこと言って!


 やっぱりウユリ、嫌いだわ!


 生理的に無理!


「きっとイザヤは疲れていたのだろう。素っ気ない態度を取ってしまうくらいに気が滅入ってしまっていた。お前があれこれ注文するからな」


「私のせいだって言うの!?」


「そうは言っていない。主が使用人に命令するのは普通のことだ」


「そうよ。私は何も悪くないのよ!」


「だが、お前はそれに慣れ過ぎてしまっている」


「慣れ過ぎるも何も、使用人が言うこと聞くのは普通でしょ」


「その普通じゃない事態がやって来たからこうなったんじゃないのか?」


「……」


 黙り込むミュリエル。


 そうだ。


 普通じゃなかった。


 いつものイザヤじゃなかった。


「あたしは彼とつい先日あったばかりだ。だから彼の人間性は掴めていない。今回の理由はごく普通のことかもしれないし、あたしたちでは理解出来ない内容かもしれん。結局は会って見ないと分からない」


「……答えになっていない」


「あたしたちでは答えを知りえないからな。ミュリエル、もしお前が答えに執着するならイザヤに会って確かめる他あるまい」


「やだっ……私は悪くない! イザヤが悪いんだもん! 会う必要なんて――」


「なら、なんでお前はそんなにイザヤが恋しいんだ? どうしてさようならって言わないんだ?」


「なんでって……それは……」


「本当に嫌ならあたしが何か言うまでもなく上に報告して事は終わる。けどお前はそうなって欲しくないんだろう?」


「……どうして、どうしてそう思うの!?」


「イザヤのことを嫌いと言わないからだ」


 身体が貫かれたような衝撃が走った。


 そうだ。


 私は決してイザヤが嫌いだとは思わなかった。


 ただ、受け入れたくなかったんだ。


 彼までもが、私を公爵家の娘だと認識してしまったのだと、気付きたくなかった。


 イザヤは、私をミュリエルとして見れくれた。


 エトワール家を、私に押し付けてこなかった。


 私自身を見てくれる人。


 『ガブ』と同じように、本当の私を受け入れてくれる人。


 それがイザヤだった。


「自分の心を理解しろ。理由もなく怒る人間はいない。必ず心の中に要因がある。ミュリエル。お前の譲れないモノはなんだ?」


 胸に手を当てる。


「言わなくていい。自分が理解さえすればいい」


 私の中にある、本当の私。


「理解したか? じゃあ、その譲れないモノと、イザヤが居なくなること、どっちが嫌だ?」


「……どっちも嫌……どっちも嫌よ!」


「なら、両立出来る道を考えろ。譲れないモノを少しだけ譲って、イザヤを許せるか?」


 


「……ゆる……せ、る」


 振り絞って出した答えは、両立の道。


 イザヤを許し、主従関係をやり続ける道。


 震えているミュリエルを、ウユリは撫でて言った。


「……そうか。今のミュリエルなら、彼に会えるはずだ。さあ行こう。早く屋敷に向かわないと、ここで一晩過ごすことになるぞ」


「……そんなのごめんだわっ!」

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