9.視線の正体
ドリアードから魔力の丸薬を盗むために森の奥に入った際に感じた視線。
その正体を探るために、今日はクズハさんと一緒に森へと赴いた。
「でもよかったんですか?店の営業はしなくても」
「うむ。もともと割と気まぐれで開けておるからのう。店をやっているのは研究の資金集めのためであって、商売をしたいからではない」
研究のため、か。
いったい最終的には何を作り出すのが目的なんだろう。
錬金術の最終目標は金を生成すること、というのがよくあるんだけど。
「ということで今日はとことん付き合ってやろう。ワシが索敵魔法でドリアードを探し出すから、あとはお主に任せるぞ」
「索敵魔法……この場合はモンスターを探すということでしょうか?」
「いや、もっと絞り込むことができるぞ。ドリアードのみ、バトルビートルのみという風にじゃ。ただし、一回でも自分が出逢ったことがあるモンスターに限るがの」
そんな便利な魔法があるんだ……盗賊は魔法が使えないけど、使えたら役に立つだろうなと思う。
「おお、早速いるようじゃの、さあ行ってこい」
「分かりました!」
**********
クズハさんの魔法は精度、範囲共に凄く、なんと一時間も経たないうちに魔力の丸薬が十個も集まった。昨日の俺の一日の成果を一時間って……改めてクズハさんの魔法はチートだと思う。
「まさかこんなに短時間でこれだけの丸薬が……」
「くふふ……どうじゃ、ワシを見直したか?惚れ直したか?」
「見直したも何も、ミノタウロスを一撃で倒した時からずっと凄い人だと思っていますよ」
「なんじゃ、面白くないのう……むっ」
クズハさんが一瞬険しい表情になる。そして遅れて俺も気づく。
「……確かに、視線を感じるのう」
「はい、おそらく昨日と同じ……」
「ふむ、では正体を明かしてやろう」
クズハさんはそう言うとすぐに索敵魔法を展開する。
そして同時にもう一つの魔法の詠唱をする。
「我が敵の自由を奪え……拘束魔法!」
「きゃぁっ!?」
聞こえたのは女性の声。
声のした方に駆け寄ると、そこには蔦で拘束された耳の長い女性がいた。
「ふむ……エルフじゃな」
「エルフ……?」
俺の中のエルフのイメージは……森と共に暮らし、耳が長くて色白で、弓と魔法を武器に使う長寿の種族……といったところだ。
実際に目の前の人も耳が長くて色白で、弓を持っていてイメージ通りのエルフだ。
「さて、お主はなぜ我らを狙う?」
「そ、それは……」
エルフの女性は言い淀む。隠したいものがあるのだろう。
「ふーむ、口を割らぬのならこちらにも手がある。蔦をもっと食い込ませることもできるのじゃぞ……?」
「ひっ……!?」
クズハさんが普段は見せないような鋭い眼光でエルフを睨みつける。
それと同時に一部の蔦を更に肌へと食い込ませ始めた。
……ちょっと……青少年には目の毒なんですけど……。
「わ、分かりました……全てお伝えします……」
「なんじゃ、あっさりじゃのう。もっと愉しみたかったのじゃが」
クズハさんが残念そうに蔦を緩める。
食い込んだ所には蔦の跡がハッキリ見えるあたり、かなりの強さだったのだろう。
「まあよい。洗いざらい話すがいい」
**********
エルフの女性が俺たちを狙っていた理由、それは魔力の丸薬にある。
といっても、俺が確定でレアドロップを盗めると知っていたわけではなく、ドリアードを多数討伐していたから目を付けたとのことだった。
彼女が魔力の丸薬を欲しがった理由、それはエルフの長の娘に魔力が全くなかったからである。
エルフは皆何かしら魔法を使える種族なのに魔法が使えないことから、長の娘なのに同族から蔑まれている。
その子に魔力の丸薬を使い、魔力を上げることで魔法も使えるようになるのではないか、と考えたらしい。
「なるほど。ちなみにその子の魔力のステータスはいくつじゃ?」
「レベル23で……1です」
「……なんと。呪いをかけられておるのか?」
「いえ、呪いの類ではなく、生まれつき魔力が全く育たない性質を持っていると言われております。ただ、その代わりに……」
「代わりに?」
「力が、150あります」
力が150のエルフ。ちょっと筋肉ムキムキのエルフを想像して笑いかけてしまった。
俺は32しかないので羨ましいと思いながらも、他の子たちと同じことができないのは辛いだろうな。
……俺にできることだから、なんとかしてあげたいとは思うのだけど、魔力の丸薬を大量に用意すると俺のスキルがバレてしまうかもしれない。
「珍しいのう……そのレベルかつエルフでそこまでの力を持つとは」
「はい、多少力の高い者はいても、ここまでの特化ステータスは聞いたことがありません」
「……ふむ、ゴウよ、ついてこい」
俺はクズハさんと共にエルフから少し離れ、この問題をどうするか相談することにした。
「お主なら助けられるとは思うが……」
「そうですね。ただ魔力の丸薬を盗めることは知られたくはないので……」
「うむ、それならワシが錬金術師であることを話し、職業上での伝手があると伝えればよいじゃろう」
「確かに自然ではありますね。……ところで、結構協力的なんですねクズハさん」
「そうじゃのう……ま、エルフの長に恩を売っておけば後々役に立つこともあるじゃろうて」
結構打算的だ……まあクズハさんらしいというか。
「それに……いや、まあよいじゃろう」
「?」
クズハさんは何かを言おうとして途中で言葉を止めた。
少し寂しそうな表情をしていたが、深く聞くのは止めておこう。
「では戻るぞ」
「あっ、はい」
話をまとめると俺たちはエルフの元に戻り、協力することを伝えた。
「伝手があると言っても時間はかかる。そうじゃな……一週間後に町の錬金術の館まで来るが良い、できればその子も連れて、な」
「……分かりました、ご協力感謝いたします。申し遅れましたが、私はフィーリア。お嬢様……ティア様のお付きをしています」
「ではフィーリアよ、長と娘にこの事を伝え了承を得ておけ。……反対はせぬじゃろうが念のため、な」
「はい、では直ちに」
フィーリアさんは一瞬で木の枝に飛び移り、そこから森の奥へと消えて行った。
……なんだかエルフと言うより忍者に近い気がするな……。
「エルフは弓を主に使う。相手に気付かれづらい木の上から攻撃を仕掛ければ奇襲もできるし、葉が身体を隠すので相手からの反撃も受けづらい。相手にすると厄介じゃぞ」
俺がフィーリアさんが去った枝を見ていると、クズハさんが解説をしてくれる。
確かに木の上から攻撃を仕掛けられると反撃できるものは限られる。リーチの長い槍か魔法、または同じ弓で応戦するかだ。
ただ、木の上ということはこちらの動きは丸見えだ。今回のクズハさんのように拘束魔法で先手を取らなければ一方的な戦いになるだろう。
正直、相手にはしたくないタイプだな。
「さて、それでは魔力の丸薬を集めるぞ。一週間後までに……そうじゃな、最低でも二百は集めるから覚悟しておけ」
「は、はい……」
いったいどれだけこき使われるんだろうか。
でも、これで一人の大きな悩みが解決するなら安いものだと思う。
俺は気合を入れ直し、再びドリアード狩りに勤しむことにした。