5.強襲
「ゴウさん、今日もありがとうございました。依頼者からの評判も上がっていますよ」
「ああ、ありがとう。ただモンスターから盗んできたものを納品してるだけなんけどね……」
実際、スライムやバトルビートルなどから盗んで、倒して、納品して……行動パターンも完全に把握してるから、こんな楽してお金がもらえてもいいのかというぐらいだ。
「多くの冒険者はだいたい自分たちで使う分を狩るだけですからね。ずっと同じモンスターと戦っていても経験値が少ないし、飽きる……と聞きます」
うーん、スリルを求めてるんだろうか……俺は安定した生活を送ることができればそれでいいんだけど。
でも、新しいものに触れた時の高揚感は分かる気がする。初めてバトルビートルのレアドロップを手に入れた時はワクワクしたし。
「ところでゴウさん、錬金術師のクズハさんからご指名で依頼が来ていますよ」
「えっ、俺に?」
何なんだろう……嫌な予感がしなくもないが……。
「ええ、詳しい内容は教えてくれませんでしたが……あの人が指名をするなんて、よほど気に入られたのですね」
まあそんなことは言っていた気がするが……行かないと後が怖いよな……。
「分かった、受けよう。とりあえず家に行けばいいんだろうか?」
「はい、時間帯などの指定もありませんし、すぐに向かわれてもいいと思います」
「そうなのか、では早速向かうよ」
「行ってらっしゃいませ。報酬はいつものようにしておきますね」
**********
「おお、来たか。」
家に入るなりクズハさんに声を掛けられる。
「依頼内容が分からないなんて、ちょっと酷いんじゃないですか?」
「くふふ、そう憤るでない。秘密にしておきたいものじゃからのう……」
「……それはどういう……?」
不思議そうな顔をしていると、クズハさんが胸元からポーションのようなものを取り出す。
「言っておったろう?特別な調合をしてやると。それがこれじゃ」
「ポーションのように見えますが……」
「これはな……お主からもらった守備の丸薬と硬化の実、その他いろいろな物を調合したものじゃ」
貴重な素材をふんだんに使っている……ちょっと贅沢過ぎないかな。
「となると、その効果も凄そうですね」
「無論じゃ。この薬の効果はのぉ――――」
カンカンカンカン!!!!!
突然街中に鐘の音が鳴り響く。
「む、なんじゃ。警鐘とは珍しい」
「何かあったんでしょうか?……外に出てみましょう」
ドアを開けて外に出てみると、パニック映画のように多くの人が町の中心部へと駆けていた。
「み……ミノタウロスだ!ミノタウロスが出たぞー!!早く逃げろー!!!」
「ミノタウロスじゃと……」
「クズハさん、ミノタウロスとは……」
「頭が牛の大型の上級人型モンスターじゃ。ダンジョンの深層に棲むようなやつなのじゃが……なぜこのようなところに……」
「ダンジョンの深層……ということはかなりの高レベルなんじゃ……」
「ああ、スライムがレベル1ならミノタウロスは50。並大抵の冒険者では太刀打ちできないようなモンスターじゃ」
嘘だろ……!?
なんでそんなモンスターが町のすぐ近くに……?
「なお、この町にはミノタウロスを相手できるような冒険者はおらん。魔王討伐のために出払っておるからのう」
「なっ……!」
「ふむ……しょうがない、ゴウよ、少々ワシを手伝え」
「お、俺が……?」
何を言ってるんだクズハさんは。
ミノタウロスのレベルは50。俺は今日レベル6に上がったばっかりなんだぞ!?
「なに、お主は死なぬよ。守備力255の盗賊よ」
なんでその事を……!?
「事態は一刻を争う。やらねば町への被害が増えるだけじゃ、どうする?」
「わ、分かりました!俺で良ければ力になります!」
「いい返事じゃ。それでは向かうぞ」
**********
郊外に出ると、遠目でも分かるぐらいに大きな異形のモンスターがいた。ミノタウロスだ。
周りでは兵士が応戦しているが、斧の一振りで次々と紙のように吹き飛ばされ、倒れていく。
それもそのはず、ミノタウロスの背丈は兵士のおよそ五倍。体格が違い過ぎる。
「クズハさん、どうすればいいんでしょうか……体格差がありますぎます」
「これを飲め、そして先程渡した盾でやつの攻撃を……2分でいい、食い止めるのじゃ」
「これは……」
さっき店内で見たポーションと……もう一つは……。
「片方はワシが特別に調合したポーションじゃ。一時的に守備力を四倍に引きあげる。もう一つは筋力の実じゃ。その盾を持って戦闘するには、お主は力が足りぬから補助として飲んでおけ」
確かに渡された盾……全身を覆い隠すぐらいの大きさのタワーシールドは重量があり、これを持って普段のように動くことは難しいだろう。
「奴は自分の周りにいる者を全て敵とみなして攻撃する。なのでお主が近づき、囮となるのじゃ」
ミノタウロスの注意を引き、四倍になった守備力でミノタウロスの攻撃を防げ、ということか。
「……勝算はあるんですよね?」
「無論じゃ、勝てぬ戦などせぬよ。ワシの準備ができたら合図を送る、それまで持ちこたえてくれ」
「分かりました……行ってきます!」
俺は与えられた薬を飲み干し、ミノタウロスへと向かう。
「はっ……なんて大きさだよ、まるで俺が赤ん坊みたいじゃないか」
近くまで行くとミノタウロスの重圧に押しつぶされそうになる。
なにせ五倍以上の体格差だ。見下ろされることによる圧もさることながら、その巨体で空が見えなくなる。
手に持つ斧は尖ってはいるものの、斬ることではなく叩き潰すことを目的に作られたと勘違いするようなサイズだ。
果たして、これを受け止めることができるんだろうか……?
グォォ……!とミノタウロスが唸りをあげると、斧を振り被り、力任せに振り下ろしてくる。
俺はクズハさんを信じ、それをタワーシールドを構えて受け止める。
鉄と鉄がぶつかり合う、鈍い音がする。
「なんて馬鹿力だ……!」
ポーションの効果で守備力は1000を超えているためダメージこそないものの、そのパワーによって足が地面にめり込みそうになる。
まるで重機でも相手にしているような力の差だ。
ははっ、これを2分か……気が気じゃないぞ。
ミノタウロスは俺が一撃で死なないと見ると、二度、三度と、どんどん籠める力を増しながら斧を叩きつけてくる。
それでも全くダメージは受けない、これがクズハさんのポーションの力か……。
そして四度目のミノタウロスの攻撃は……盾を構えた俺から離れた場所に振り下ろされる。
……外したのか?
それならなぜ持ち上げない?
そんなことを考えていると、突然斧が横に動き出す。
怪力で地面を抉り取りながら、斧の側面で俺は薙ぎ払われた。
瞬間、身体が宙に浮く。
そしてそのまま十メートルほど吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
強化のおかげでダメージこそないものの、俺が吹き飛ばされたせいで、クズハさんの方がミノタウロスに近くなり……ミノタウロスの標的がクズハさんへと変わる。
「しまった……!」
態勢を立て直し、ミノタウロスへと駆け寄ろうとすると、クズハさんが手元を光らせる。
……合図だ!
「よく耐えたゴウよ……。猛り狂う地獄の劫火よ、その炎を以って我が敵を焼き尽くせ……ヘルフレイム!」
クズハさんの詠唱が終わると、一瞬にしてミノタウロスの巨躯が炎に包まれる。
ミノタウロスが悲鳴をあげながら、力なくその場に崩れ落ちる……なんて威力だ。
……しかし、スライムやバトルビートルを倒した時のように、身体が光りドロップアイテムへと変化しない。
俺はクズハさんに走り寄ると、まだ終わってないと告げる。
「うむ、わざとトドメを刺していないのじゃよ。……ゴウ、こやつからレアドロップを盗むがよい。そしてお主がトドメを刺せ。そうすれば経験値はお主に全て入る」
俺がレアドロップを盗めることを知っている……!?クズハさんはいったい……。
「ほれ、早くせぬとまた起き上がるぞ、急所はワシが教えてやる」
「わ、分かりました……」
俺はミノタウロスからレアドロップを盗み出すと、クズハさんの手によって強化されたダガーでミノタウロスの急所を一突きにする。
するとミノタウロスの身体が光り、ドロップアイテムへと変化する。
それと同時に、脳内に再びあの声が響く。
【『盗む』のレベルが上がりました】
こんな時にか……。
いや、ミノタウロスが上位モンスターだから盗むの経験値も一気に入ったのだろうか。
「さて、レアドロップが何かが気になる所ではあるが……お主は兵士たちの救助をせい。もうすぐギルドマスターがここに来るはずじゃから、ワシはそちらの対応をする。ほれ、これが救助用のハイポーションじゃ」
「は、はい……それでは行ってきます」
兵士たちは重症ではあるものの、クズハさん特製のハイポーションのおかげで一命を取り留めることができた。
ギルドマスターが引き連れてきた冒険者たちは、俺と一緒に救助に入り、ギルドマスターはクズハさんと何かを話していたようだ。
とりあえず、皆が住む町にまで被害が及ばなくてよかった……。まさか俺の守備力がこんな時に役に立つとはなあ。