40.ドラゴン
冒険者を操り、人間を同士討ちをさせていたドールマスターを倒して数日。
操られるという被害はなくなっていて、やはり原因はあいつだったようだ。
似た事件もないことから、同じようなモンスターはこの辺りにはもういないのだろう。
そして、事件を解決してからというもの、俺たちは何かと注目されるようになっていた。
時々腕試しとして模擬戦を挑んでくる、BやAランクの冒険者たちを完封してしまっていたのもあるが……。
そりゃ基礎ステータスが圧倒的に違うんだからそうなる……やっぱりステータスアップの丸薬を盗めるのはやり過ぎだよなあ。
それはさておき、AランクやBランクのモンスター討伐依頼を順次こなしていき、町の脅威も徐々に減りつつあった。
また、周りのダンジョンにも潜り、レアドロップを収集しつつ経験値を稼ぐなどしていたが、ここでようやく技の丸薬を盗めるモンスターを見つけることになる。
モンスターの名前はシャドウシーフ。暗闇に乗じて接近し、道具や装備を奪う盗賊系のモンスター。
俺のような盗むスキルを持っているのか、直接対象の道具に触れることなく盗みを働いてくる厄介なモンスターだ。
……ただ、クズハさんの索敵魔法のおかげで会敵までの間に対策を練ることができ、技の丸薬を盗んで倒すのは楽々だった。
おかげで全員の技がカンストし、俺とクズハさんは魔力を、アネットは素早さを限界突破させた。
……あとは力の丸薬だけなんだけどなあ。いつ頃手に入るようになるんだろう。
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「ゴウさん、いつもお疲れ様です」
いつものように依頼をこなし、冒険者ギルドに報告に行くと受付嬢が労ってくれる。
そういえばシィルさんは元気かな。駆け出しのころはお世話になったし、クズハさんと会えたのもシィルさんのおかげだった。
落ち着いたらたまには戻りたいものだが……。
「そういえば、少し不穏な噂がありまして……」
「不穏な噂?」
「はい、数日前に西に向かった冒険者たちがボロボロになって帰ってきて……聞くとドラゴンの炎で焼かれそうになったとか。直接冒険者たちに会ったわけではないのですが、おそらく本当のことかと」
……ドラゴンか。
確か西の国を滅ぼしたという……同じ個体かどうかは分からないが、本当ならこちらから打って出ないと町への被害が甚大な物になってしまうだろう。
「ありがとう、俺たちでも調査してみるよ」
「はい、よろしくお願いします。……お気をつけて」
俺は宿に戻るとクズハさんとアネットを呼び、作戦会議を行う事にする。
「ドラゴンか……厄介じゃな。やつの吐くブレスは鎧をも溶かすほどの高熱じゃ。まともに受けられるものではないぞ」
「となると、オレとゴウの速さでかく乱するのがいいか?」
「もしくはブレスを盗む……盗めるんだろうか?」
「それとやつは翼を持ち、巨体ながらも短時間なら飛行もできる。上空からブレスを吐かれたら防ぐ術はない……普通ならな。同程度の炎で相殺するか、水や氷で中和するかという方法もある。ただしワシの魔法は詠唱が必要じゃが、やつのブレスは詠唱など必要ないからのう……」
ゲームでも上位存在ということが多いドラゴンだけあって、凄まじい高スペックだ。
動けなくするという意味では素早さを盗むのもありか。もしくは翼を使えなくするか……。
その後も作戦会議は一時間ほど続き、まとまった頃には既に夕暮れだった。
「あー、頭を使い過ぎて腹が減ってきたな……」
「うむ、ワシもじゃ……ドラゴンの件もあるから酒は飲まんが、がっつりと食べたいのう」
「それじゃ最近の討伐依頼でお金も貯まりましたし、食べに行きますか」
**********
翌日、俺たちは西へ向かうため町を離れるので、冒険者ギルドに挨拶に来たのだが……。
「た、大変です!つい先ほど斥候部隊からドラゴンを確認したとの報告が!」
「!……来おったか……」
「クズハさん、急ぎましょう」
俺たちは駆け出し、町からできるだけ離れた所で戦うため、西へと急いだ。
西の門から出て数分、丘の先から炎が上がっているのが見える。
「あんな大きい火柱が……?」
「へへっ、ドラゴンなんて初めてだから身体が震えるぜ……」
「武者震いというやつじゃな……ワシは楽しみじゃな。どんなレアドロップ持ちなのか」
こんな時でもクズハさんらしい。まあ俺も楽しみではあるんだけど……盗む余裕があるかどうかは戦ってみないと分からないしな。
「見えたぞ!……流石、大きいな……」
ファンタジーのゲームなどで出てくる、よくある造形のドラゴン。
しかしゲーム画面で見るのと実際に見るのとでは威圧感が全然違う。
身体はそこら辺にある一軒家よりも大きく、首や尻尾を含めた全長は五階建てぐらいのビルに匹敵しそうだ。
マウントゴーレムに比べれば小さいものではあるが、ゴーレムよりも知能は断然上だろう。
……こりゃあSランクモンスターと言われるのも頷ける。
まずは接近してマジックアローを撃ち込める射程内に入らないとな。
「念のためじゃ、各種の実は使っておくのじゃぞ」
しばらく使っていなかった実を頬張り、ドラゴンへと接近する。
「ほう……そちらから打って出てきたか。存外賢いと見える」
「できるだけ犠牲者は出したくないんでね……あんたはどうやら派手にやってるようだな」
ドラゴンの背後の森は跡形もなく焼き尽くされていた。それだけブレスの威力が強いということだ。
とりあえず会話をしながらこっそりとマジックアローを二発射出、さて何を盗むか……。
「ふむ……マウントゴーレムを倒したのもお前たちか、今まで見た人間よりも強者の気を感じるぞ」
「ああ、あの町を襲おうとしたやつか。あんたに比べて知能がなかったようで倒しやすかったさ」
「くくく……知能がないから倒しやすいと来たか。ただの人間には倒せない程度の耐久力はあるはずなのだがな」
まああの硬さを正面から突破するのは無理だな。だからコアを狙ったんだけど。
「さて、実力があるようなら……この攻撃、防いでみせよ!」
ドラゴンが大きく息を吸い込む。ブレスの予備動作か!
「ゴウ、アネット!ワシの後ろへ!」
ドラゴンがブレスを吐くと同時に、クズハさんが炎魔法をドラゴンに向かって放つ。
ブレスと炎魔法が空中でぶつかり合い、お互いにかき消される。
「……ふん、なかなかやるようじゃな。ゴウ、呪いを頼む」
「分かりました!」
なるほど、クズハさんが本気を出さないといけない相手か。
俺はクズハさんから呪いを盗み、クズハさんは本来あるべき姿へと戻る。
「ほう、珍しい能力上昇だ、姿まで変わるとは」
……どうやらドラゴンは勘違いしているようだな。それがチャンスだ。
「アネット、次のブレスが来たら一気に畳みかけるぞ」
「おう、合図は任せたぜ」
「だが先程のような魔法は詠唱があるから乱発できまい、ならば……」
ドラゴンが再び大きく息を吸い込む。……今だ!
「ぬぅっ!?」
ドラゴンはブレスを吐けず、狼狽える。
……まさかブレスを盗まれるとは思ってないだろう。俺も盗めるとは思ってなかったけど。
「封印魔法か何かか……だが、圧倒的な質量差があるのは覆せまい!」
ドラゴンが尻尾でこちらを薙ぎ払う。
俺とアネットはギリギリでそれを避けるが、周りにあった木は全てが根っこごとなぎ倒される。
「ありゃ当たったらやべーな……」
「ああ、だから動きを封じる。アネット、翼は頼んだぞ」
「ああ!」
俺は新しい方のダガーを抜くと、地面に突き立てる。
そこから地割れが発生し、ドラゴンの巨体を飲み込む。
「な、なんだと!?」
地面が割れるなどとは想像できなかったドラゴンは地割れに巻き込まれ、身動きが取れなくなる。
「くっ……だがこの程度、我には翼が……ぐぎゃぁっ!?」
「へっへー、まさかこのスキル、ここまで強いとはな」
素早さが三倍になり、更にそれが攻撃力に上乗せされるアネットのスキル「神速」。
それにドワーフの族長が作った武器の威力が加わり、ドラゴンの翼を両断する。
「まあ連発できるスキルじゃないんだ、クズハ、後は頼んだぜ」
「任せよ」
振り向くと、大人に戻ったクズハさんは炎と風を纏っている。
これは……。
「喰らうがよい、炎と風の合成魔法……ファイアストーム!」
クズハさんから放たれた合成魔法は炎と風の性質を併せ持ち、風でドラゴンの鱗を切り裂き、更に傷口から内部に炎が侵入し、ドラゴンを悶え苦しめる。
……ただでさえ強い魔法を合成したんだ、正に一撃必殺だな……。
「ば、バカな……たかが人間ごときに、こうも容易く竜が敗れる……と……は……」
ドラゴンの身体が光り、ドロップアイテムへと変化す…………あっ!あいつのいるところは地割れの中……!
……結局、ドラゴンを倒すよりもドラゴンのドロップアイテムを探す方に時間がかかってしまった。
「これだけ苦労して手に入れたんだ……いいアイテムだといいんだけど」
「まったくだぜ……オレ、町に帰って風呂に入りたい……」
「ふむ……これは『竜の牙』じゃな。加工すれば強力な武器になる素材じゃ」
よかった、結構なアイテムだ……。
「これ、レアドロップも出さぬか」
「あ、そうでしたね……これです」
俺は懐にしまっていた袋を取り出し、クズハさんに渡す。
「おお、これは『竜の加護』か。装備することで炎攻撃を半減することができる優れものじゃ」
「あいつが炎を使っていたからですかね……それにしても結構強力なアイテムばかりでしたね」
「うむ、やはり強いモンスターほどレアドロップの効果も高い。西へ行くのが楽しみじゃな」
俺もこの先が楽しみな反面、もしそこでクズハさんの呪いを解くアイテムが見つからなかったら……と思ってしまう。
それは、クズハさんも薄々感じているかもしれない。クズハさんは本当の感情をあまり表に出さないから……。
「なぁ、とりあえず一旦町に戻ろうぜ」
「……そうじゃな、ワシも疲れたし風呂にしたい。ゴウよ、なんならお主も一緒に入るか?」
「それなら町よりもあの温泉に行くか?」
「そうじゃな、それもよかろう。では行くぞ?」
「えっ、ちょっ……俺の意見は!?」
俺の抗議もむなしく、結局山にある温泉へと連行されるのだった。