4.新しい出会い
「町の近くにこんな森があるなんてなあ……」
スライムを狩っていた草原とは逆方向から町の外に出て十分ほど行くと、鬱蒼とした森の入り口にたどり着いた。
街道が整備されているため、草をかき分けて進む必要はなさそうだ。
「ただ、モンスターは街道沿いにはそんなにいなさそうだよな……」
街道は人の往来があり、モンスターたちもそんなには寄ってこないだろう。
そのため、モンスターを探すには道から逸れた所に入る必要があるはず。
バトルビートル……いわゆるカブトムシみたいなものだろうから、生態が同じなら樹液でも舐めてそうなものだが……。
それなりの大きさのモンスターであれば、大きい木を探せば張り付いている可能性があるだろうか。
街道沿いから大木を探し、近くに行って確認するのを繰り返す事数回。
「いた……あいつか」
本当に名前の通りカブトムシだ。
大きさは俺の顔ぐらいか。……そんな質量の物が突進してくるんだ、確かにこれは危険な生き物……モンスターだ。
念のために盾を買ってきてよかったな。ちょっと値は張ったけど、命に比べれば安いものだ。
俺はそっと近寄ると、早速アイテムを盗んだ。レアドロップも気になるが、最初は依頼品を優先する。
そして俺が盗むスキルを使ったことに気づき、バトルビートルが木から離れて迎撃態勢に入る。
周りが木ばかりでは戦いづらいので、相手の動きを注視しながら一旦街道まで後退する。
幸い突進は仕掛けてこなかったが、常に一定の距離でこちらを窺う姿勢を崩さなかった。
「虫とはいえ、案外知能が高いのか……?」
そして一定の距離を保ったまま街道に出る。
すると狙いすましたかのように急に突進を仕掛けてくる。
俺は咄嗟にそれを避け、バトルビートルの飛んで行った方向に向き直る。
すると、そのまま空中で大きくターンをして再び突進してくる。
なるほど、木ばかりで戦いづらいのは向こうも同じだったのか。
あの勢いで突進すれば、木に自身が突き刺さって無防備になってしまうのだろう。
開けた場所で速度を活かした突進戦法。これがバトルビートルの戦い方か。
さて、どうするか……盾で受けるか、すれ違いざまにダガーを当てるか……。
後者はおそらく至難の業だ。
となると、カンストまで上げた守備力を信じて、盾で受けるのがいいか。
「……よし、覚悟は決めたぞ」
向こうの突進に合わせて俺は盾を構え、バトルビートルを真正面から受ける。
瞬間、盾に鈍い衝撃が走る。
しかし次の瞬間バトルビートルの角が圧し折れ、腹を向けて地面に転がる。
「……これが守備力255の力か……?」
自身の守備力が盾にまで影響を与えるのかは分からないが、素材にまで使われる角が柔らかいはずがない。それが折れたのだから、多少なりとも影響はあるはず。
俺はこの隙を逃さず、腹にダガーを突き立ててトドメを刺す。
これなら楽に依頼品が集まりそうだな。
**********
「よしよし、納品分は集まったな」
一度パターンが分かればこっちのものだ。
速攻で盗んで街道におびき寄せて、突進をガードしてダガーで刺す。
木にいるのを見つけるまでが大変だが、あとは流れ作業だ。
そしてここからは……。
「お待ちかねのレアドロップタイムだ!」
バトルビートルを探し出して盗み、ウィンドウから【レアドロップ】を選択する。
すると、手には角ではなく、袋が収まっていた。
もしかして守備の丸薬以外の丸薬か!?と思いながらも、まずはバトルビートルを倒す。
そして中身を確認すると……。
「複数の……木の実……?」
丸薬ではなく、普通の木の実のようだった。
しかし、レアならレアなりに強い効果を持ちそうだが……。
もしかすると毒物で、食べたら毒が回り誰も通りがからずに死亡……という恐れもある。
「ギルドマスターに聞くか……それとも……」
頻繁にレアアイテムを持っていっては怪しまれる可能性は大だ。
それに今日はバトルビートル狩りの初日、初日からレアアイテムを入手だなんて更に怪しい。
……とりあえず角だけを納品しよう。
そんなこともあり、今日は早めに狩りを切り上げた。
角も嵩張るし、他の人が依頼を達成する前に納品しよう。
**********
「ありがとうございます、ゴウさんの納品はいつも早くて助かります」
幸い他の人が納品はしていなかったようだ。
バトルビートルの簡単な処理方法も分かったし、次からは依頼を受けてから狩りに行くとしよう。
「ところでゴウさんに提案があるのですが……」
「はい」
「この角の納品先は錬金術師の方なのですが……アイテムの調合も行ってくれるので、知り合いになっておけばゴウさんの役に立つと思います。……つまり、この角を納品先まで届けて欲しいのです、もちろん代金もお支払いいたします」
なるほど、確かにそれは俺にとっても利益になるな……。
「それだとむしろ俺ばかりが得をしそうなものなんだが……」
「ふふふ、短期間でレアドロップを複数手に入れる運のいいゴウさんが、強力なアイテムを使ってもっと上のモンスターを狩ることができるようになれば、それは私たちにとっても利益となるんです」
「なるほど、お互いに利益になると……そういえば運がいいとは言うけど、鑑定したらレベル5で運が39だったんだけど、これは高い方なんだろうか?」
「それは凄く高いですね。普通の人だとレベル5だとほぼ一桁、高くても10程度です。やはりゴウさんは幸運に恵まれているようですね」
高い人の約四倍もあるのか……レアドロップを早々に手に入れられたのもこれが関係しているんだろうか。
「そういえば、ステータスの上限はどれぐらいなんだろうか?」
これはいい機会だと思い、ステータス上限についても訊ねてみる。
「一般的には255が最大と言われています。ただ、この上限を突破する人も中にはいるようですが……詳細は分かっていません。上限値を上げられるアイテムがある、上限に達しても鍛え続けることで限界を突破する……など諸説ありますが、実際に上限を超えられた人は方法を他人に教えることはありません。上限を突破したことが冒険者としての格を上げますからね」
「……確かに。誰もが上限を突破できてしまうと、上限を突破したという価値がなくなってしまうから……」
上限の上げ方が分からないのは悔やまれるが、一般的な上限が255だと知れたのは大きい。
守備力に関しては、高位の冒険者にも負けないぐらい成長していると分かったからだ。
「色々と教えてくれてありがとう、それではバトルビートルの角の納品に行ってくるよ」
「分かりました、錬金術師の人の家は、ここを出て東に5分ほど進むとあります。特徴的な看板が目印ですよ」
「分かった、それではまた」
**********
冒険者ギルドを出ると、教えられた通りに道を進む。
すると、シィルさんの言っていた通り、特徴的な看板……看板?が目に入る。
「うわぁ……」
思わず声が出る。見るからに怪しげな壺にでかでかと『錬金の館』と書かれていたからだ。
……あれ?もしかしてこれ……関わらない方がいい感じの人なのでは……?
でも仕事は仕事。さっさと納品だけして帰ろう……。
ドアをノックして中に入る。あれ、表は怪しげだったけど中は割と片付いてるな。
てっきりぐつぐつ煮え立ったものが入っている壺とか、蛇とかが吊り下げられているイメージだったけど……。
「すいませーん、冒険者ギルドの依頼の品をお持ちしましたー」
店員の姿が見えないため、おそらく店の奥にいるのだろう。声をかけてみる。
「おお、分かった。すぐに行くから待っとくれ」
奥から声が返ってくる。口調からしてお年寄りだろうか。
しかし、現れたのは小学生ぐらいの背丈の……狐の耳と尻尾を持った少女だった。
「ふむ、確かに。これで作業が進められるのう。ん?何を固まっておる」
「い、いえ……思っていたよりもお若かったので……」
「何を言うておる、ワシはお主よりもずっとずっと年上じゃぞ?人を見た目で判断してはいかぬぞ」
頭がこんがらがる。
見た目は小学生、口調も年齢もおばあちゃん。
俺は遊ばれているんだろうか……。
「まあよい。確かに納品物は受け取ったからのう」
「ところでその角、何に使うんですか?」
とりあえず見た目と年齢が詐欺なのは置いておいて。
このバトルビートルの角をどう使うのか気になって質問した。
「バトルビートルの角はのう……武器に素材として付与することで硬度を上げることができるのじゃ。どれ、そのダガーを貸してみい」
「え、あ、はい」
俺がダガーを渡すと、少女?は慣れた手つきで作業を進めていく。
角を高熱で溶かし、刀身へと塗布し、何やら呪文を唱え始める。
すると刀身がバトルビートルの角の色……茶色になり、定着したようだ。
「これで硬度が上がった。切れ味も少し良くなるのじゃ」
「この見た目と色で……」
「そうじゃな、見てくれは悪いが、市販のダガーよりも数段ランクが上がる。これがワシ、クズハの錬金術じゃ」
武器を鍛えるのは鍛冶屋の仕事のような気もするが……錬金術で強化もできるのか。
「あ、ところでお代は……」
「要らんよ。……と言いたいところじゃが、ちと先程からお主が気になってのう……」
気になる?俺何かしたか?という顔をしていると、クズハが続ける
「うむ、お主から木の実と丸薬の匂いがしてのう……それを見せてもらえるか」
全てを見透かしたような目で見つめられ、ドキリとした。
道具袋の中にしまっているのに、匂いが漏れていたのか……?そもそも無臭だった気がするんだが。
「あ、わ……分かりました。これです」
俺は道具袋からバトルビートルのレアドロップの木の実と、守備の丸薬を取り出す。
「おお、これはこれは……お主、これが何か分かるか?」
「守備の丸薬は分かりますが……木の実の方は先程手に入れたものなので、なんとも……」
「これはのう……硬化の実じゃ。食べると一時的に守備力が倍になる、いわゆる能力上昇アイテムじゃ」
倍!?
つまり255の俺は510になるのか……?
「能力上昇魔法と違い、誰でも使える上に持ち運びも楽、更には効果も上なのじゃ。能力上昇魔法は、せいぜい1.2倍じゃからのう」
「な、なんでそんなに……」
「なぜそこまで効果が高いのかは分からぬが……貴重な品ゆえ、高値で取引されておる。そうじゃな、1つにつき五万ガルドはくだらぬ」
「ご、五万……それが……」
「5つ入っておるのう。つまり最低価格は二十五万じゃ」
二十五万。守備の丸薬の二十万を上回ったぞ……。
「それにしても、このようなレアアイテムを複数持っておるとは……お主、気に入ったぞ」
「は、はあ……ありがとうございます」
「これらは錬金術の素材としても重宝するのじゃが、なかなか手に入らなくてのう……硬化の実は三十万、守備の丸薬は二十五万出そう。ワシに譲ってくれぬか?」
「さんじゅう……!?」
最低価格二十五万と言った後にさらりと三十万に増額した。
この人、そんなにお金を持ってるのか……そして、そのぐらい出すほど欲しがっているのか。
「錬金術を長年やっていて金なら余っておる。しかし、貴重なアイテムは入手できる個数が限られるから、このような機会は逃すべきではないと思うておる」
「は、はあ……」
「もし足りぬようなら……そうじゃな、身体で払ってやろうか?」
クズハさんはそう言うと服をはだけさせる。
「ぶっ!?」
思わず吹き出してしまう。
「くふふ……お主のようなボウヤには刺激が強すぎたか……?だが、ワシは本気じゃぞ?」
「わ、分かりました!お金だけで大丈夫ですから!売ります!売らせて頂きます!」
更に服を脱ごうとするクズハさんを制止させる。
「なんじゃ、初心じゃのう。……まあよい、お主さえよければ道具袋に入っている残りも買い取るぞ?」
「!?」
どこまで分かっているんだこの人は……。
まあいつまでも道具袋で腐らせておくのもしょうがないしと思い、全て売り払うことにした。
「ほう、これほどとは……では代金なのじゃが……」
「それなのですが……」
「む?どうした」
「これからもここを利用すると思いますので、利用料金を今回の代金から出す、というのは可能でしょうか?そんなに大金を持ち歩きたくないので……」
硬化の実で三十万、守備の丸薬10個で二百五十万。合わせて二百八十万。
こんな大金を持ち歩くのは危険だし、ギルドに預けようものならどこでこんな大金を、と思われてしまうだろう。
それならクズハさんのお店を利用する際の代金とした方がいいと思った。
このダガーを強化してくれたように、おそらく今後もお世話になるだろうし。
「まあ、お主ほどの年齢の者がそんな大金を持ち歩くのは危険じゃのう……分かった、そうさせてもらおう」
「ありがとうございます」
「またレアアイテムが手に入ったなら持ってくるがいい。お主は気に入ったので特別な調合もしてやろう」
「いいのですか?」
「うむ。お主のおかげで研究が捗りそうじゃからのう、くふふ……」
クズハさんが怪しく微笑む、何を調合しようというんだろうか……。
「ところで、これらは俺が提供したことは内緒にしておいて欲しいのですが……」
「勿論じゃ。ワシらの商売は信用が第一。顧客の情報を流したりはせぬよ、安心せい」
ありがたい。俺がレアアイテムをたくさん手に入れているとか噂になっても困るし。
「それでは俺はこれで失礼します」
「うむ、また来るがいい」
とりあえず会話を切り上げ、宿に戻ることにする。
……変わった人ではあるが、レアアイテムの卸し先が増えたし、ダガーの強化もしてもらえたし、シィルさんの言ってた通り俺にとって有益だったなあ。
明日はこのダガーの強化具合を試しつつ、硬化の実をもっと集めようと思ったのだった。
……しかし、盗賊なのに守備力特化ってどうなんだろう……。