38.新しい町へ
俺たちは新しい町を目指して西へと進んでいた。
不思議と身体が軽く、疲労もそれほどない。
「ゴウよ、どうかしたのか?」
俺が不思議そうな顔をしていたのか、クズハさんが声をかけてくる。
「ええ、実は……」
先程まで感じていた疑問をクズハさんにぶつけてみる。すると答えは意外なものだった。
「なるほどな。結論から言えばあの温泉じゃな」
「温泉が?」
「あの温泉には疲労回復などのほか、身体能力が少しだけ向上する効果があったのじゃよ」
「へー、オレは全く分からなかったけど、言われてみれば確かに身体が軽いな」
一緒に入れってそういう事だったのか……それならそうと言ってくれればいいのに。
「拘束魔法で無理矢理ひん剥くと言った時のゴウの顔は面白かったのう」
「やめてください……」
まあ過程はどうあれ、温泉に入ることでこんなに変わるとは思わなかった。
こんな不思議なスポットがこの世界には他にもあったりするんだろうか?
「そういえばマウントゴーレムってどこから来たんでしょう?西から来たのならこの先の町が壊滅してたりしないでしょうか?」
「いや、それはない。あの後調べてみたのじゃが、どこからともなく突然湧いたと言われておる。あの巨体なら西から来たのであれば途中で観測されておるはずじゃろう?」
確かに。
あの町よりも大きい巨体の接近に気付かないはずがない。
「もし召喚みたいなものだとすると、それを召喚できるだけの実力を持つということですよね?」
「うむ、マウントゴーレムは四天王よりも弱いがレベルは60から70程度と言われておる」
そんなモンスターをポンポン召喚できるなら恐ろしい。連発なんかされたら数で押されていつかはジリ貧だ。
しかしマウントゴーレムは一体だけ。その後も増援が来ることはなかった。
そう考えれば召喚後はある程度のクールタイムが必要になると考えるのが妥当か。
町の中で召喚すれば混乱は必至なのにそれをしなかったのも、召喚に何か条件があると考えられる。
……まあ、分かったところで後手に回るしかないのでどうしようもないのだが。
「そういえばゴウ、ドワーフの族長が新しい武器を作ってくれたんだろ?試し振りしてみないか?」
「ああ、そういえば全く振ってないな。武器の威力を把握しておくのも肝心だ、ありがとうアネット」
俺はアネットにお礼を言うとダガーを取り出し、試しに地面に突き立ててみる。
すると、こちらとは逆方向に向かって地面が割れた。
え?
割れた?
割れてる。
真っ二つに。
「ははは……笑うしかねーなこりゃ」
「ゴウよ、自然破壊は感心せぬぞ」
苦笑いするアネットに、俺の行為を諫めるクズハさん。
え、俺が悪いの?
「……何にせよ、軽々しく振るえるものじゃないですね」
そう結論づけて、ダガーは懐の奥深くにしまいこみ、再び西に向かって歩き出した。
……これを収納しておける鞘もかなり凄い気がする。
**********
歩くこと二日、ようやく町が見えてくる。
前回の山越えよりは比較的楽な旅だったと思う。途中でモンスターに襲われたものの、実力が違い過ぎて一方的な戦いばかりだったし。
町の入り口が見えてきたころ、門のところで小規模な戦闘が起こっていることに気付く。
あれは……人?
「人間同士で争っているのでしょうか……?」
「いや、様子が変じゃな。町を防衛しておる方は相手に攻撃をしておらぬじゃろう?」
言われてみると確かに、防衛側の兵士は攻撃を防いでいるだけで反撃をしていない。
何か理由があるのだろうか?
「クズハさん、拘束魔法で無力化できますか?」
「無論じゃ、任せい」
クズハさんが詠唱を終えると、攻撃をしていた人間たちは蔦に絡まれて身動きができなくなる。
しかし戦闘の意欲は落ちておらず、蔦を力ずくで引き千切ろうとする。
「妙じゃな……?」
クズハさんが蔦に絡まれた人を見る。確かに、何かを叫んでいるようだが……。
俺たちは人間に駆け寄り、何を言っているのか確かめようとする。
しかし、その男たちは言葉にならない言葉を発していて、まったく何を言っているのか分からない。
「助かったよ……最近、何者かに操られたような冒険者が多いんだ。理由を聞こうにもこの有様でね」
交戦していた兵士が言う。操られている……か。
俺はこっそりとマジックアローを飛ばし、ステータスを見てみる。
すると、状態に『操り』と表示されている。これは……モンスターの仕業か……?
「ゴウ、何か分かったのか?」
「ええ、『操り』の状態異常になっているようです。そんなモンスターがいるんですか?」
「操り、か。ふむ……いや、それよりもこやつらを治すことが先決か。万能薬を使えばおそらく治るはずじゃな」
「よっし、オレに任せときな」
アネットはクズハさんから万能薬を受け取ると、蔦で縛られた冒険者たちの頭上に飛び、万能薬を浴びせる。
近寄れば反撃を受ける可能性があるからなんだろうけど、シュールな光景である。
「ぶはっ!た、助かった……」
「お、俺たちは何を……?」
正気を取り戻した冒険者たちから話を聞くと、ダンジョンの探索中に意識を失い、気が付いたらこの場所にいた、ということだった。
操ったモンスターを見ていないかと兵士に尋ねられても、首を横に振るだけで敵の正体は不明だ。
「クズハさん、心当たりは?」
「近いものとしては、ゴーレムや人形を操って戦う『ドールマスター』というモンスターがおる。しかし、人間を操るなど聞いたことがないのう。しかも、ドールマスターも操れる範囲が限られておるから、おるならこの周辺のはずじゃが……人もモンスターも見当たらないじゃろう?」
つまり、正体は分からないままか……知らないうちに操られて人間同士で殺し合いなんて冗談じゃない。
「なにはともあれ助かったよ。万能薬で治療できるというのを知れたのも大きい、今後の対策にさせてもらうよ。使った万能薬はこちらで補填するから、時間がある時に兵舎まで来て欲しい」
「うむ、ワシらはこの町に来たばかりでまだ右も左も分からぬでな。後日寄らせてもらうぞ」
俺たちは兵士に別れを告げ、町へ入って行った。
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「うーむ、まさか宿が空いてないとはのう」
「……以前もありましたね、こういうの」
「やはり家を買うか……今回はダンジョンもあるから長期滞在になりそうじゃしのう」
家ってそう簡単に買えるようなものじゃないんだけどな……。
でも、錬金術の道具とかを置く場所も考えると家の方がいいんだろうな。
「でば探しに行くとするかのう」
結局、町のはずれにある一軒家を購入することになった。
手持ちのお金とレアアイテムを売却することでなんとか買えるような値段ではあったが、三人でしばらく暮らすにはちょうどいい大きさの家だ。
庭には不思議な枝を植え、錬金術の道具を一室に出し……とやっていると、いつの間にか夕暮れ時になっていた。
「ゴウよ、新しい町に着いた時は……」
「食べ歩き、ですかね」
「おっ、肉か?オレは美味ければ何でもいいぞ」
俺たちは各所で名物を買いながら、町を見て回る。
夕方でもかなり活気はあるし、冒険者ギルドも大きい。アイテムや装備も高品質の物が多く、町というよりは都市のような感じだ。
マウントゴーレムは召喚されたのか、冒険者たちを操っていたのは誰か、などと不安となるものも多いが、やはり新しい町は心が躍る。
明日はギルドの依頼を見てモンスターの品定めをしつつ、新しいアイテムを求めてダンジョンに潜って行こうと思うのだった。