33.侍
「ふぁあ……よく寝た……」
新しい町に着いてから一夜明けた。
前の所に比べてベッドの質がよくふわふわで、ぐっすり眠れて疲れも取れたようだ。
……初日からワイバーン襲来って、俺何か持ってるのかな……ミノタウロスも四天王も……。
その分速攻でレベルが上がって楽になったのは確かではあるが、こうも連続で大ボス続きだとなかなか精神がきつい。
まあ、勇者である勇斗たちは俺の比じゃないぐらい頑張っているだろうし、向こうもかなり精神的にきつそうだなと思う。
「さて、冒険者ギルドに顔を出して依頼を見てみるかな」
俺は自分の部屋を出て、クズハさんとアネットに扉越しで出かけることを伝えた。
どうも二人は昨日夜遅くまでお酒を飲んで二日酔いなようだ。
クズハさんにも弱点があるんだな、と思いながら冒険者ギルドへと足を向けた。
「うーん、『キマイラ討伐 Bランク』『ウィッチ討伐 Cランク』『ゴールドゴーレム討伐 Bランク』かあ……」
魔王の居城が西の果てにあるらしく、どうも西に進むにつれてモンスターのレベルも上がるようだ。
Bランクはレベル50相当、Cランクもレベル40相当のモンスターらしい。
俺のレベルなら楽勝ではあるんだけど、Dランクだからちょっと怪しまれるよなあ……でも依頼を受けないと詳細は教えてもらえないし……。
まずは手ごろな依頼を受けてランクアップを目指した方がいいか、いやそれとも……などと考えていたら、ギルドに誰かが入ってくる。
ふとそちらを見ると……。
(あれは刀……?もしかして昨日俺たちを見てた侍の冒険者……!?)
……おっといかんいかん、変に意識したら怪しい奴だ。ここは平常心平常心……。
「……それではこちら、キマイラを討伐してきたのでご確認ください」
んん?キマイラ?
それってこのBランク討伐依頼の……。
ということはレベル50以上は確定か?
「さすがはAランク冒険者のオボロさんですね、かすり傷一つありませんし、お見事です」
「いえ、拙者は研鑽中の身。まだまだ上がいます」
うーん、謙虚な人だ。こういう高ランクって実力も高いから横柄な人が多いイメージなんだけど。
それにしても名前も朧か、ファンタジーなのに日本人っぽい。
……おっと、感心してる場合じゃない。目を付けられる前にこっそりと撤退……。
「おお、そこにいらっしゃるのは昨日のワイバーン襲撃の際に、負傷した兵士を救護した人ではないですか?」
目を付けられたー!?
だからなんでこんな面倒事にエンカウントするんだ……。
「え、ええ……丁度手持ちにポーションがあったので少しお手伝いぐらいはと思いまして」
「いえいえ、ワイバーンと言えばランクBのモンスター。それがいると知りながら戦場に向かうのはなかなか胆力が必要です」
「そ、そうですか……」
「……そう、自分がワイバーンより強いと自覚しているか、はたまた見返りを求める愚者か。恐らくあなたは前者です」
……うわぁ、お見通しだよこの人。
「いえいえ、俺はDランクですし後者ですよ後者。ポーションの代金も色を付けてもらいましたし」
「ふふふ、面白いことを言いますね。……あなたと一緒にいたワーウルフ、ランクDの冒険者ではまずテイムできませんよ」
あっ。
あー、そこからバレることもあるのか……。
「……何がお望みですか」
これ以上やっても墓穴を掘るだけ。ならば要望に応えた方が早いだろう。
……この人かなり有名な人っぽいし、周りに人が集まる前に。
「なに、拙者と手合わせして欲しいだけです。なにせあなたは拙者よりも強いですからね」
オボロさんが小声で言う。
……確かにステータスでは勝ってるかもしれないが、実戦経験では敵わないと思うんだけどなあ。
「……分かりました、では人がいないところで……」
「それでしたら町の北の丘へ行きましょう、ランクCのウィッチが確認された場所なので、普通の人は寄り付きません」
……ということで、北の丘で一対一の手合わせをすることになった。もちろん相手を殺傷するわけにはいかないので、使うのは木刀ではあるが。
ほどほどに戦って早く済ませよう。
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「さて、準備はよろしいですか?」
「……ああ、いつでもいいよ」
オボロさんが構える。あれは……居合か。本当に日本っぽいな。
おそらく素早さはこちらの方が上だけど、力や技による剣速はかなりのものだろう。
予備動作がないからどこに放ってくるか分からないのも危険だ。
オボロさんがジリジリと間合いを詰めてくる。
これは……後の先を取るよりは、先に仕掛けて太刀筋を固定させた方がいいかもしれない。
俺はオボロさんに向かって駆け出すと、攻撃範囲の先端と思われる場所に踏み込んだ瞬間、跳躍する。
「なっ!?」
ビンゴ。オボロさんの一撃は空を斬る。
そしてオボロさんの頭上を飛び越える際に、木刀で軽く一撃を入れる。
「……参りました。いやぁ、やはりお強い」
「いやいや、居合を相手にするのなんて初めてで、滅茶苦茶プレッシャーが凄かった……それに多分次は撃ち落とされると思う」
「そうですね、対策は考えておかないと……剣を受けずに飛んで避けるというのは頭になかったですし」
普段戦っているのはモンスターだろうし、割と動きが単純なやつも多いからな。
対人間というのは結構イレギュラーな動きもあるだろうし。
「……あなたと、お仲間の二人がいれば、ドラゴンも討伐できそうですね」
「ドラゴン……?」
「ええ、ここから遥か西の国……魔王城に最も近い国がドラゴンによって滅ぼされたそうです」
「となると、いずれこちらに侵攻してくる恐れがあると」
「はい、その時のために拙者は研鑽を重ねているのです。やつらはAランクよりも上、Sランクに認定されるモンスターですから」
同じ竜種のワイバーンですらBなのにSか……あんまり相手にしたくないな。
「もしその時が来たら、共闘して頂けるとありがたいですね。それでは」
オボロさんがお辞儀をして去っていく。
……ドラゴンかあ、ファンタジーだからいつかは相手にする時が来るとは思ってたけど、まさかこんなに近いなんて。
もしかすると四天王よりは弱いのかもしれないが、Sランクと言われるだけで格上のように感じる。
とりあえずレベル上げかな……あと、できれば盗むのレベルも上げておきたいけど、これはどういう基準で上がっていくのやら。レベル7になってから上がる気配は今のところないし。
まあ気にしててもしょうがないし、町に戻るとしよ……あれ?
草原の向こうに人影が見える。人が寄り付かない場所と聞いたのだが……。
しかしその特徴的なとんがり帽子から、おそらくモンスターのウィッチと思われる。
「ついでだ。レアドロップを頂いておくか」
俺はウィッチの方へと走り出した。
**********
「ほう、ワシらが二日酔いで寝込んでいた時にそういうことがあったとはのう」
「ゴウもお人好しだな、ウィッチなんて討伐すればいいのに。そうすれば報酬でも出るだろう?」
「あー、やっぱり人型のモンスターって戦いづらいですし、同じ人間を殺してるみたいでちょっと……」
ウィッチは遠距離からマジックアローを二発当て、レアドロップを盗み出し、その後交戦、魔法の詠唱を始めた際に魔力を盗んで無力化した。
魔法が使えず慌てるウィッチにダガーを突きつけ、今後人を襲わないという約束をさせる代わりに解放することに。
……ダガーを突きつけた際に粗相させてしまったのが、ちょっと心が痛む。
「まあよい。それでレアドロップはなんじゃ?見せてみい」
「ええと、これなんですけど……」
俺はウィッチから盗んだ袋をクズハさんに渡す。中身は指輪だ。
「ふーむ、『対呪の指輪』か」
「対呪!?ということは……」
「いや、これはこれからかかる呪いを防ぐもので、既にかかっている呪いには効果がないようじゃ」
「そうですか……」
俺はがっくりと肩を落とす。見つかったと思ったんだけどなあ。
「しかし今までの場所では呪いに関するアイテムは見つからなかった。それが見つかり始めたというのは吉兆じゃぞ」
「……確かに」
そうだな、ここにはまだ来たばかりだ。
もっと色々なモンスターから盗んでいこう。
「さて、それではまた明日から探索を再開しようかのう」
「……今日は飲み過ぎないでくださいね」
「……うっ、痛い所を突いてくるのう……」
まだ飲む気だったのか……と苦笑しながら、俺は部屋に戻って疲れを癒すことにしたのだった。