29.ダンジョンの深層へ
「ふむ、やはりワシの力が必要か」
「どうしても俺の魔法の袋だと容量が足りないんですよね」
「よかろう、ワシが一肌脱いでやろう」
クズハさんはそう言うと本当に服を脱ぎ始め……。
「クズハさん、冗談はいいので行きましょう?」
「なんじゃ、そこは恥ずかしがるかじっと見つめるところじゃろう?」
相変わらずクズハさんはクズハさんだなあ。
でもクズハさんの助力があれば、アイテムを集めながら深層まで進められるはずだ。
「なるほどそうやってゴウの気を引けばいいのか……」
……なんだかヘンな方向にアネットが向かおうとしている。
せめて反面教師にしようよ。
**********
「さて、久々のダンジョン探索じゃな」
「そういえばクズハさんはずっと研究を?」
「うむ。今回も持ってきておるから必要になったら渡してやろう」
クズハさんの作るアイテムは効果が高いからそうそうお世話になることはないはずだ。
ミノタウロスの時も守備力四倍とか、普通のアイテムではできない上昇率だったし。
「それでは始めるが……このダンジョンは何階層かはまだ分かっておらんのじゃな?」
「そうですね、南は三階層、西は五階層でしたが、ここはまだ未踏破のようです」
宴会をした後に昼まで寝た時、その日は休日にして村で情報を集めていたのだが、北のダンジョンの情報はまだそれほど出回っていなかった。
というのもほとんどの冒険者が第一階層のミミックで稼いでおり、第二階層のロックゴーレムを討伐した冒険者はごく僅か。
更に第三階層は狭さで戦いづらい上に迷路になっているため、ここで面倒になって脱落する冒険者も多いと聞く。
第四階層のサイクロプスも討伐にはレベルが30程度は必要なので、なかなか手強いようだ。
討伐に失敗して緊急脱出のアイテムを使う冒険者も多いらしい。
……って、緊急脱出用のアイテムなんてあったんだ……。
クズハさんにそのことを聞くと、「確かにあるがかなり高価な一品でな。本当に命の危険がある時にしか使わないようなものじゃ」と言っていた。
「高価でも一つは持っておきたいですね」と返すと「そうじゃな、それでは百万ガルドになるぞ」と言われる。そんなにするんだ……まあ命には代えられないか。
今度レアドロップを売ってお金を作っておこう。
さて、そんな話をしながら潜っている間に、気が付けばサイクロプスを倒していた。
元々苦戦した階層はない上に、今回はクズハさんもいるから楽々と潜れている。
「それじゃ、第五階層のモンスターは、っと……」
第五階層に踏み込むと、急に空気がヒンヤリとする。
「ふむ、これは悪霊系のいる階層の特徴じゃな」
悪霊か、それだと物理攻撃が通らないのかな。
「それならオレは役に立たないな……あいつらは魔法攻撃でしかダメージが入らないからな」
俺の疑問をアネットが即払拭してくれる。やっぱり物理は相性が悪いのか。
……属性武器だと大丈夫なのかな。もしそうなら次に潜る時は、アネットの装備が到着するのを待ってからの方が良さそうだ。
「……お出ましのようじゃな」
クズハさんが壁の方を見ると、壁をすり抜けて悪霊が登場する。物理法則無視してるな……。
「物理攻撃は効かんが、それは向こうも同じ。じゃからあやつらも攻撃は魔法のみじゃ。特にアネットは魔力が低いから気を付けるのじゃぞ」
「ああ。……来るぞ!」
ゴーストたちが持っているカンテラが怪しく光り、中で燃え盛る火の一部を火球として飛ばしてくる。
「ふん、この程度はどうということはない。さあゴウよ、盗んだら順にトドメを刺せ」
クズハさんはアネットの前に立ち、火球を相殺する。
俺は攻撃の隙を突いて悪霊からアイテムを盗むと、距離を取ってマジックアローを放つ。
一撃で悪霊は霧散し、足元にはドロップアイテムが転がる。
「壁をすり抜けるのは厄介ですね……安全地帯がないと同じですから」
「うむ、ワシの場合は索敵魔法ができるが、そうでなければ気が休まらないじゃろう。常に相手を不安にさせ、気力を消耗させるのがこやつらのやり口じゃな」
確かに普通の敵なら休息する機会もあるだろうけど、壁をすり抜けられると背後を取られて奇襲されることも考えておかなければならない。……そういえば、足元からにゅっと出てくることもあるんだろうか。
「そうこともあるが、ダンジョンは基本的に階層移動ができぬから、足元や天井からこやつらが襲ってくることはないのう」
それを聞いて安心した。まあダンジョンじゃなければあり得るということなんだけど……怖いな。
「さて、ドロップアイテムは……ノーマルはマジックポーション、レアは……ゴーストのカンテラか」
「カンテラってゴーストが持ってたやつですか?」
「そうじゃな、魔力が籠っておるのか常に煌々と火が灯っておる。明かりにするには最適のアイテムじゃな」
便利そうだな……夜中に出歩く時や、暗いダンジョンのお供によさそうだ。
とりあえず何点かは盗んでおいて、村で売ってみようかな。
「それ、あいつらに持たせてやりたいな。今はどこにいるか分からないが……」
アネットが言う。あいつらとは他のワーウルフの子たちのことだろう。
確かに野宿も多そうだし、夜の暗がりは不安を掻き立てられそうだ。
「それじゃ、また会えた時に渡せるようどんどん盗んでおこう」
「うむ、では回収しながら下を目指すぞ」
「おう!」
こうして、俺たちは最下層を目指していく。
**********
「結構潜ってきましたね……次で第十階層です」
第五階層からはずっと悪霊系のモンスター……物理攻撃タイプのスケルトンや、魔法攻撃タイプのゴーストの上位種などが出現していた。
第四階層まではバラエティに富んでたんだけど、急に系統が統一されていたのが気になる。
クズハさんもそれを気にしていたらしく、ここまで統一されていることはそうそうないとのことだ。
もしかすると、最下層に行けば何か分かるかもしれない。
第十階層に到達すると、そこには大きな扉があり、それを開けると大きな広間が異様な雰囲気を漂わせていた。
……なんだか妙に重苦しい空気の中、立ち並ぶのは骸骨のオブジェ。背筋がぞっとした。
「なんだこりゃ……悪趣味だな」
「……なんじゃ、この大きな魔力……この魔力は……まさか……」
いつも冷静なクズハさんが動揺している。それほどまでの敵なのか……?
「ほう、ここまで来る者がいるとは……」
「誰だ!?」
部屋に敵と思われる声が響くものの、姿は見えない。
「どこを見ている、人間よ。我はここにいるぞ」
その言葉と同時に、部屋を満たす重苦しい空気が一ヵ所に集まっていく。
そしてそれは人の姿を形作っていく。
しかし現れたのは人ではなく、スケルトンのような骸骨。しかしそのプレッシャーはスケルトンやゴーストなどとは比べ物にならない。まるで、以前戦った悪魔のような……。
「我は魔王軍四天王のリッチ。死者の王なり」
リッチ。ゲームではよくスケルトンやゴーストなどよりも遥かに強い、不死者を統べる者として扱われることが多い。……この世界でもそうみたいだな。
……そしてまた四天王か、なんでお前たちは始まりの町の近くにばっかり生息してるんだ。
「ダンジョンをエサにして冒険者を集め、魔王様の障害とならないよう排除していたが……ここまで来るということは相当な実力者のようだ。我が直々に相手をしてやろう、光栄に思え。……そして、死後は我らの仲間になるといい」
リッチが合図を出すと、部屋中のオブジェが動き出す。いや、オブジェではなく元々スケルトンだったのか。
「リッチとやら、お主『カース』という仲間がおらぬか?……いや、『おった』という方が正しいか」
一触即発の時、クズハさんがリッチに言葉を投げかける。カース?いったい誰だ……?
「なぜ貴様がその名を知っている……?……いや、狐ということは……そうか、もしや貴様が『カースに呪いをかけられた狐』か」
「そうじゃ、カースに『成長できない呪い』をかけられた、な」
成長できない……?
じゃあ以前『これ以上成長しない』って言ってたのは、ステータスがカンストしてるのではなくて、呪いのことだったのか……?
「なるほど、あの狐であればここまで到達できたのも頷ける。死後は良いゴーストとなるであろう」
「ふん、お主の思惑通りにはならぬわ」
「俺もここで死ぬわけにはいかないからな」
「へっ、話が大きくなってきたが、オレはゴウのために戦うぞ」
「……脆弱な人間どもよ、その言葉後悔するがよい」
こうして、二人目の四天王との戦いの火蓋が切られたのだった。