23.再会
南のダンジョンに入り続けて二週間。
疾風の実、ハイマジックポーション、石の指輪が充分な数になったため、そろそろ西のダンジョンに潜ろうかと考えていた。
「そういえばこの村では自由市をやっておるらしいぞ」
「自由市……俺たちも参加できるんですか?」
「うむ。……というよりは、冒険者が主な参加者じゃな。ダンジョンで手に入れたものを持ち寄り、売買をするようじゃ」
「なるほど、それなら潜ったことのないダンジョンのアイテムが手に入ったり……」
「レアアイテムが売られていたり……じゃな」
クズハさんが俺の持ち物を見ながら言う。
そうか、少量でもレアアイテムを売り出すこともできるのか。
そしてどこで手に入れたか聞かれたら、南のダンジョンだと答えればそちらに冒険者を誘導できるかもしれない。
西のダンジョンに挑む前にそれをしておけば、レアドロップを盗んでいるところを見られる確率も下がるはずだ。……もちろん、常に警戒はしてるんだけど、人が少ないに越したことはない。
「そうですね……石の指輪を一つ、ハイマジックポーションを五つぐらい出品しましょうか」
ハイマジックポーションはレアドロップの盗む以外にも、普通に倒した際にもそこそこ手に入ったのだ。
運のステータスが高いのが原因かは分からないけど、落とすと分かれば狩る人も出てくるはず。
「まあそのぐらいが良かろう。多くし過ぎても出所を疑われるしのう」
「そうですね、他は薬草やマジックウォーターのノーマルドロップを大量に出品しましょうか。……そこで問題があるんですが……」
「なんじゃ?」
「値段付け、分からないんですよね。商人というわけではないので相場が……」
「やれやれ、しょうがないのう……ワシも一緒に出向いてやろう」
「ありがとうございます……お礼はレアドロップ品で」
「くふふ……お主も悪よのう……」
そんなどこかで聞いたような約束を交わして、自由市へと出店することになった。
結果、出品物はレアドロップを含め完売になった。
出所を聞かれて答えると、
「まさかあいつらがそんなレアなアイテムを持っていたなんて……」
「西のダンジョンは自分たちには手強くて、実入りもいいけど消耗が激しいから変えてみようかな」
「二階層は魔法職にとっては天国のような場所だったんですね……しばらく稼いでみようかしら」
など、南のダンジョンに狩り場を変えようとする冒険者たちも多かった。
……これでちょっと西のダンジョンにも入りやすくなったかな。
**********
人が少なくなったのを見計らって、西のダンジョンに潜ることにする。
クズハさんは疾風の実や石の指輪を使った研究で忙しいようなので、今回も俺一人だ。
「まあお主の今のレベルなら一人でも楽勝じゃろ」と言われたけど、それフラグか何かじゃないですかね。
さておき、自由市で知り合った人たちに教えてもらったのだが、このダンジョンは全五階層だ。
五階層までたどり着くにはレベルが25は必要だそうだが……まあ余裕で超えてはいた。
それでも少し不安なのはクズハさんのフラグ……ではなく、特殊な攻撃をしてくるモンスターが多いと聞いたからだ。
守備力も魔力もカンストしてるから、攻撃自体は痛くないはずだが、気を付けて進むことにしよう。
第一階層。
周りにちらほらと冒険者たちを見かける。
出現するモンスターはスライムの上位種のアシッドスライムで、武器や防具を溶かしてくる。
攻撃するにしても防御するにしても、武器や防具がダメージを受けてしまうのでかなり厄介だ。
なるほど、自由市で聞いた消耗が激しいというのはこういうことか……。
他のパーティーを見ると、魔法で対処したり、投石で消耗させて岩で潰したりしていた。
確かに自分の持っている武器で攻撃しがちだけど、そういう対処の仕方もあるのか。
ちなみにノーマルドロップは痺れ薬、レアドロップは鉄壁の実という守備力が2.5倍になるアイテムだ。
硬化の実の上位互換の性能だから、クズハさんに言うと狩り尽くしてこいと言われた。自分でも欲しいから、目立たないようにこそこそと盗もう……。
第二階層。
困った。
非常に困った。
モンスターが強いとか、攻撃が厄介とかそういうのではなく。
いや、攻撃自体は厄介だ。
伸びるツタを自在に操り、四方八方から攻撃を仕掛けてくる。
素早さが足りなければたちまち集中攻撃を喰らって倒されてしまうだろう。
でも、それがかわいいものに思えるぐらい厄介なことがある。
……そのモンスターはアルラウネ。
大きな花に包まれた、女性型の植物系モンスターだ。
何が厄介かと言うと……その……裸だ。
全身が茶色のドリアードと違ってアルラウネは肌色、人間と同じだ。
更にまずいことに、赤く光る空間……盗むの当たり判定が、ちょうど胸の前。
盗むためにはどうしても注視しないといけないわけで……健全な男子には辛いんですけど?
そして、人間型のモンスターだからどうしてもダガーで刺すのを躊躇ってしまう。
誰だよこんなところにこんな厄介なモンスター配置したの!責任者出てこい!
……などと言ってもどうにもなるわけではなく。
幸い、植物系だけあってその場から動けないため、ささっと盗んでささっと撤退するようにした。
ノーマルドロップは調合素材のアルラウネの蜜、レアドロップは魔力の丸薬だった。
もうカンストだからガッカリするところなんだろうけど、アルラウネとそんなに戦わなくて済むということなのでホッとした。
……ちなみに、このアルラウネの件で滅茶苦茶クズハさんに弄られたのは言うまでもない。
第三階層はどうも一匹しかモンスターがいないらしく、他の冒険者に討伐されて再出現待ちのようだ。
後から知った話だが、ミノタウロスの下位であるタウロスがいるらしい。
盗めるアイテムも似たようなものなんだろうけど、いない以上は先に進むしかない。
第四階層に入ると、突然ダンジョンなのに森が出現した。
不思議だ、光合成ができないはずなのに木が育つなんて……まあ、ファンタジーの世界だし不思議な力的なものなのかな。
モンスターを探すも、森に隠れているのか全く遭遇しない。
時々、木の葉から赤く光る空間がちらちらと見えるから、おそらくかなり小さいモンスターなのだろう。
警戒心が強いから姿を現さないのだろうか。こういう時クズハさんの索敵魔法があればなあと思ってしまう。
時間を無駄にすると帰り道に困るし、とりあえず先に進もうと階段を探す。
幸いすぐに見つかったが、ちょうど第五階層から帰ってきたパーティーと鉢合わせする。
「なんだ……?こんな所までソロで潜ってきてるのか」
「実力はあるみたいだが、ここから先は行かない方がいいぜ……この先のモンスターは強すぎる」
怪我をしている冒険者から忠告を受ける。
ここまで潜ってきているからこの人たちも強いはずなんけど、それなのにここまで言わせるなんて……。
「基本的にモンスターは階層間の移動はしない、ここまで追ってくることはないだろうけど早く撤退した方がいいぞ」
「ご忠告ありがとうございます。そうだ、情報の対価にこれをどうぞ」
もしもの時のために持ってきていたハイポーションを人数分配る。
「ありがたい、感謝する」
ハイポーションで回復した冒険者たちはお礼を言って、第三階層へと戻って行った。
さて……ちょっとだけ覗いてみるか、第五階層。
好奇心とレアドロップへの興味から、俺は第五階層に降りていった。
**********
「ふん、懲りずにまた来たかニンゲンめ…………お前はッ!」
第五階層に到着するなり、誰かが呼びかけてくる。
あれ?この声、どこかで聞いたような……。
声の方を見ると、獣の耳と尻尾を付けた人型のモンスターがいた。
「もしかして、あの時のワーウルフ……」
同族の取り巻きを数人従えていたのは、ここに来た時に出逢ったワーウルフ。
もしかして、このダンジョンの主って……。
「あの時は不覚を取ったが……この数では捌き切れまい!」
リーダーのワーウルフが指示を出すと、取り巻きたちが俺の周りに展開し、一定の距離を取る。
「素直に退くなら攻撃はしない。お前には借りがあるからな」
できるなら争いたくはないけど、この数の素早さの丸薬があればカンストできるんだよな……。
確か階層を跨いでは追って来ないらしいし、盗んでから撤退しようかな。リーダーの速度は俺よりも遅かったし、取り巻きの子たちはそれよりも遅いはず。
「……退かないという事は敵対の意志があるのか。ならばしょうがない……死ね!」
そんなことを考えていると時間切れになり、一斉にワーウルフたちが襲ってくる。
だが……遅い!あの悪魔に比べればまるで子供のようだ!
攻撃を避けながらレアドロップを盗み、丸薬を魔法の袋に入れる。
「攻撃してこないとは……舐めているのかッ!」
リーダーが激昂する。
まあ盗むだけしてたら舐めてると思われてもしょうがないか。
……だとしたら、力量差を見せつければ大人しくなってくれるかな。
俺は秘密兵器の方の地属性が付与されたダガー――とりあえず大地のダガーとでも呼ぼうか――を抜く。
そして思いっきり地面を斬りつけた!
「なっ……ば、バカなッ!?」
ダガーに付与された硬化の効果により、ダガーは地面の石畳を破壊する……どころか地面を陥没させた。
まあ、ゴーレムを破壊できるぐらいだ。これぐらいは余裕みたいだな。
ワーウルフたちは足を取られ、陥没した地面へと身体が叩きつけられる。
そこですかさずリーダーに詰め寄り、首にダガーを当てる。
「……ということで俺の勝ちだから、降参してくれるかな。君も、君の部下たちもこれ以上傷つけたくないし」
「……ああ、分かった……お前ら、オレたちの負けだ」
「よかった、じゃあこれで戦いは終わりだ。ほら、皆の傷を癒してあげて」
俺はワーウルフのリーダーに人数分のポーションを渡した。
「……いいのか?」
「ああ、傷つけたのは俺だし、女の子がケガしてるのは見たくないし」
「そうか……」
リーダーが取り巻きの子たちにポーションを配り、次々と傷を癒やしていく。
皆、先程までの敵意は感じられない。
「……すまないな、一度ならず二度までも」
「いや、俺だって女の子の見た目をしてる子はできるだけ倒したくないしな」
「お前はヘンなニンゲンだな……」
「だからアネットもその人の事、好きなんでしょー?」
「バッ……な、何バカなこと言ってるんだ!」
……ん?今好きって聞こえたような。
「この前からニンゲンの男の子に完封されたって言ってたし」
「そうそう、それなのにケガを治したヘンな奴だって言ってたし」
「四六時中この子のこと考えてたよねー」
「……お前らッ……!」
……俺が何か言うと悪化しそうで、見守るしか手がない……。
「それで今回は全力な上に私たちもいたのに全く手が出なかったし」
「もう完全に堕ちちゃったんじゃない?ねーアネット?」
「う……」
アネットと呼ばれるワーウルフのリーダーが硬直する。
……そういえば、クズハさんが言ってたな「圧倒的な力を見せつけて服従させたり、心を通わせて友人の関係になったり」することで、仲間になれると。
確かに前者は当てはまる。
「ここでダンジョンの主をしててもいずれ誰かに倒されるだけだし」
「できれば好きな子の傍にいて欲しいな」
「……私たちは大丈夫だから、ね?」
「……」
アネットは赤面してしばし沈黙した後、俺の方を見て口を開く。
「……オレはお前に二回も敵対した。そんなオレがこういう事を言うのはどうかと思うが……」
「いいよ、一緒に行こう」
「……いいのか?」
「ああ、仲間は多ければ心強いしな。でも気になるのは残った彼女たちなんだけど……」
アネットの取り巻きたち、ここに残ればいずれは……。
「いや、大丈夫だ。オレが仲間になる事でダンジョンの主から解放されれば、ここに縛られることはない」
「そうなのか。それなら安心……かな?」
ダンジョンのシステムはまだよく分かっていないが、彼女たちが別の場所に移動できるなら倒される恐れも減る。
「できるだけ人間を襲わないようにしてくれるとありがたいかな」
「ああ、そこは言い聞かせておこう。いいか、お前ら」
「はーい」「アネットはお幸せにね」「アネットたちの子供を見るまでは死ねないからそうするね」
……ん?何か今ちょっとさらりととんでもないことが聞こえたような……。
「ところで、俺と一緒にいてアネットは襲われないの?」
「常に一緒にいれば仲間だと思われるだろう。あとは奴隷のような恰好でもさせておけば……」
「いや、仲間なんだからそんなことはできないよ。一緒にいればいいならそうするさ」
「……お前は本当に変なニンゲンだな……」
まあ、異世界から来てるんだから価値観は確かに違うかもしれない。
クズハさんもだけど、女の子型のモンスターだって普通に倒しているし。
でもこうやって分かり合えるならそうした方がいいと思ってる。
「じゃあ拠点まで戻ろうか、クズハさんにも紹介しないと」
「ああ、よろしく頼む」
俺たちは他のワーウルフに別れを言うと、クズハさんの拠点まで戻ることにした。