21.旅立ち
隣村へと拠点を移すことを決めて一日。
宿屋は三か月分の宿泊費を前払いして、部屋を借りたままにする。
屋台の人たちや商店街の人たちにも挨拶をして回り、また来ることを約束する。
冒険者ギルドへも顔を出し、シィルさんとギルドマスターに挨拶をした。
「そうですね、そろそろレベルも上がってきた頃ですし、旅立つにはいい時期だと思います」
「うむ、場所が変われば盗めるアイテムも変わる。まだ見ぬアイテムを求めて新天地へと赴くのも冒険者の楽しみの一つじゃ。楽しんで来ると良い」
「それにゴウさんは運がいいですから、未発見のレアドロップを見つけるかもしれませんね」
「おお、そうなったら是非とも見せて欲しいのう」
確かに運はいいんだけど、レアドロップは盗むのおかげなんだよな。
いつか話せる日が来るだろうか。
とりあえず、「珍しい物が手に入ったら帰ってきますよ。すぐ近くの村なので」とだけ言っておこう。
クズハさんのお店はエルフの人たちに貸し出すらしい。
どうも差し入れに持っていった食べ物を気に入って町に住みたい人や、錬金術を勉強してエルフの集落を発展させたい人などが住むようだ。
元々交流もあったのですんなりと町の人たちに受け入れられ、エルフは顔立ちが美しく美男美女揃いなのもあって、彼らや彼女らを目当てにお店に来る人も多いとか。
新しい交流の場になればいいな。
クズハさんは高価な調合器具や素材を魔法の袋にしまい込み、旅に同行してくれる。
……アイテムボックス的なやつあったんだ。
といっても相当魔力を消費するらしく、気軽に使えるものではないそうだ。
王様からもらった三十万ガルドは返金することができた。
謁見こそ叶わなかったものの無事に返金できたので、これでもう気にすることはないな。
取り次いでくれた人には「追い出されたというのに、変わり者だな」と言われたが、実際にこの三十万のおかげでゆっくりと生活基盤を築くことができたんだよな。受けた恩は返さないと。
……とりあえず、これでやり残したことはないな。
クズハさんと合流して隣の村へと向かおう。
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「それにしても便利ですね、その袋」
「うむ。しかし内容量によって常に魔力を消費するので、一長一短じゃな」
魔力が膨大なクズハさんだからこそ使える物なんだな。
一応、俺も魔法が使えないけど魔力自体は255あるし、ドロップアイテム入れに欲しいな。
そのことをクズハさんに打診してみる。
「そうじゃな、長いダンジョンだとあれば心強いのは確かじゃ。今度作ってやろう」
「いいんですか?」
「うむ。しかしお高いぞ。そうじゃな……今までお主がワシにアイテムを売って作った貸しが全てなくなるぐらいじゃな」
「そんなに」
クズハさんにレアドロップを結構売ったし、確か百万ガルドほど売掛金があったはずだが……。
でも魔法の道具だし、使い勝手はかなり良いからそれぐらいはするか。
他の人が使ってるところも見たことないし、貴重なのだろう。
「でも、便利ですしお願いします」
「うむ。ちなみにマジックポーションを入れておけば魔力の補充が常にできるから、魔力の残量を気にせずに持ち歩けるぞ」
「商売上手ですね……」
「ふふん、ワシを誰じゃと思うておる」
錬金術師という職業上、かなり多くの人と取引をするだろうし、お手の物か。
……などと街道を歩きながら話をしていると、向こうから人が来る。
連れているのは……モンスター?
「おお、魔物使いか。珍しいのう」
「魔物使い……ですか。モンスターって人に懐くんですね」
今まで出遭ったモンスターは全てこちらに敵意を向けていた。
それを飼い慣らすなんて、並大抵のことではないと思うのだけど。
「うむ。圧倒的な力を見せつけて服従させたり、心を通わせて友人の関係になったり……じゃな。前者じゃとモンスターが育って、モンスターの力が主人を上回った場合、主従が逆転することもある」
「うーん、なんだか怖いですね」
「他には人の言葉を理解するモンスターもいる。ワシみたいないわゆる亜人系のモンスターじゃな」
「なるほど、意思疎通ができるから仲間の関係になれると」
「そうじゃな。じゃがモンスターと人では価値観が違うから、なかなか上手くいく事例は少ないのう」
なかなか難しいものなんだな。
動物系のモンスターと仲良くなれれば、いつでももふもふし放題なのに……。
まあ盗賊だし、そういうのには縁がないかもしれない。
……そんな会話をしていると、街道を抜け、開けた草原に出る。
こちらは町の周りの草原とはまた違う顔を見せてくれる。
小高い丘があちらこちらに点在し、風の通り方もまた違う。
丘のどこかにダンジョンへの入り口もあるのだろうか。
「さて、まずは拠点の確保からじゃな」
「村はどのあたりにあるんですか?」
「うむ、ここから西に行った所の丘の上にある。そしてその村から北、西、南にそれぞれダンジョンがあるのじゃよ」
「なるほど、では出発しましょ……」
刹那、何かの気配に気づく。
グルルルルと威嚇するように喉を鳴らし、こちらを鋭い目で見る。
「ほう、ワーウルフか」
「ワーウルフ……?」
見た目はほぼ人。しかし獣の耳と尻尾が付いている女の子だ。おそらくさっき話していたいわゆる亜人系のモンスターか。
「うむ、好戦的な種族での。獲物を見つけたら襲い掛かってくるぐらいじゃ」
「……ということは」
「そうじゃな、戦闘は避けては通れぬ」
クズハさんが言い終わる前にワーウルフは俺に向かって飛びかかってくる。
腕を大きく振りかぶり、鋭い爪で俺を引き裂こうとする。
俺は盾を構えてそれを受け止めると、ワーウルフは衝撃の反動を利用して後ろへと飛び退く。
「結構素早いですね」
「うむ、しかしお主に比べれば遅いじゃろう?」
まあレベル60だし素早さは200超えてますしね。
本気を出せばまず追いつかれるスピードではないはずだ。
「……よし」
俺は地面を蹴って、ワーウルフへと突進する。
ワーウルフは避けようとするが、遅い。
勢いに任せワーウルフを地面へと組み伏せる。
「もし言葉が通じるなら退いてくれないかな。できれば傷つけたくない」
「なんだと……!」
ワーウルフが拘束から逃れようと足掻き始める。
しかし手首を抑えているので、自慢の爪は意味を成さない。
「くっ、くそ……!」
「これで実力差が分かっただろう?」
「本気の爪さえ使えればお前など……」
「……そうか、それじゃ爪を完全に防ぐことができたら、退くかい?」
「ふん……まあいい、それに乗ってやろう」
俺はワーウルフの拘束を解く。
そして、盾を構えて彼女の攻撃を待つ。……盾に隠れてこっそり硬化の実も食べる。
「後悔しろニンゲン……ッ!」
ワーウルフが爪を盾に振り下ろす。
ギィン、と鈍い音が響き、ワーウルフ自慢の爪が宙に飛ぶ。
「ぐっ……ぐぁっ……!バカな、普通の盾など今まで何度も切り裂いてきたのに……」
「これで分かったかな?」
「……ああ、オレの負けだ。認めよう」
ワーウルフは背中を見せ、撤退のため歩き出そうとする。
「あ、ちょっと待って」
「……?何だ……」
「クズハさん、ポーションを頂けます?」
「ふむ、よかろう」
クズハさんは俺にポーションを投げ渡す。
それをキャッチした俺は、ワーウルフに渡す。
「なんの真似だ……」
「言っただろ、傷つけたくはないと。これを飲めば爪の傷も回復するはずだから」
「……フン、変わったニンゲンだ……まあいい、どうせ飲まないと言ったら無理矢理にでも飲ませるんだろう」
「バレてたか。まあ、分かってるなら早く飲むといい」
ワーウルフにポーションの使用を促す。
彼女はそれに従いポーションを飲み、それと同時に折れた爪が元通りに回復する。
「……借りにしておいてやる」
ワーウルフはそれだけ言うと、素直に撤退を始める。
「ふぅ、なんとか倒さないで済んだ……」
「なんじゃ、やはり亜人系のモンスターは倒しづらいか?」
「ええ……見た目がほぼ人間ですからね。ドリアードみたいに肌の色が人外というわけでもないですし……」
「ふむ……しかし、ああいうタイプのモンスターはまだおる。いつも今回のように退いてくれるわけではないことは肝に銘じておけ」
……できれば倒したくないけど、倒さないとどうにもならないこともある……か。
「ところでゴウよ、こっそり何かを盗んでおるようじゃが……」
「あっ、バレました?」
そう、新規のモンスターだったので実はこっそりとレアドロップを盗んでいたのだ。
それは袋で、中身は……。
「……丸薬か」
「クズハさん、鑑定お願いできますか?」
「うむ…………ふむ、これは……素早さの丸薬じゃな」
久々の丸薬!
しかし丸薬ドーピングを除き一番ステータスが高い素早さかあ……。
でも255まで上げればほぼ全てのモンスターより速く動け、それに伴い盗むの成功率も上がる。
……ほぼ全て、と言ったのは限界を超えるステータスを持ったモンスターも、世の中にはいるだろうから。
「これは結構、幸先のいいスタートですね」
「うむ、この調子でどんどんレアドロップを盗んでいくぞ……くふふ」
どうやらクズハさんは久々の新規の丸薬に興奮しておるようだ。
こうなると、ダンジョンの攻略も早くしたいな……。
しかし何はともあれ、まずは宿の確保だ。
素早さの丸薬を道具袋に入れると、村への道を再び歩き始めた。