2.レアアイテム
「いらっしゃいませ……あっ、ゴウさんですね。いかがでしたか?」
冒険者ギルドに入ると、先程の受付嬢さんが声をかけてくれる。
「これが薬草だけど……依頼はあとから受けても大丈夫だろうか」
「もちろんです。アイテムを持ってるから依頼を受けて即完了させる、という人も多いんです。その代わり、アイテムを集めている間にその依頼を別の人が完了することもありますが……」
なるほど……受けても難しくて完了できないという事態を避けるために、予め完了させておくことも可能なのか。
「それにしても量が多いですね……これなら依頼二つ分になります。お支払いは即日がよろしいでしょうか?」
「後から受け取ることも可能なんだろうか?」
「はい。持ち歩くお金を減らすために、冒険者の方のお金を預かる仕事もやっています。」
いわゆる銀行みたいなものか。
多く持ち歩き過ぎるのも危険だし、貯めておいてもらおう。
「それでは預け入れてもらえるかな?それとちょっと確認したいことが……」
「はい、何でしょうか?」
「これなんだけど……見たことないドロップで……」
俺はスライムがドロップした袋を机の上に置く。
「これは……!」
受付嬢さんの表情が一変する。
一瞬とても驚いたように見えたけど……ただの袋だよな……?
「すみませんゴウさん、こちらについてきて頂けますか?」
「あ、ああ……」
いったい何だろうと思うが、とりあえずついていく以外の選択肢はない。
そして最奥にある部屋の前まで行くと、受付嬢さんが扉をノックする。
「ギルドマスター、失礼します」
「おお、シィルか。ワシに用事があるとは珍しい」
へー、受付嬢さんシィルって名前なんだ。
「こちらの冒険者……ゴウさんの持ち帰ったドロップアイテムについてです」
「……ほう、もしやレアドロップか」
……レアドロップ?スライムが落とすのは薬草だけじゃないのか?
「ゴウ殿、こちらにかけられよ」
ギルドマスターは俺に長椅子に座るように促した。
……ちょっと長い話になるんだろうか。
「それで、そのドロップアイテムというのは……」
「あ、はい。こちらになります」
俺は懐に忍ばせておいた袋を取り出し、ギルドマスターへと手渡す。
「ほう……これは『守備の丸薬』じゃな……」
「『守備の丸薬』……?」
俺が不思議そうにしていると、ギルドマスターは続ける。
「守備力を上昇させる、ステータスアップアイテムと呼ばれるものじゃ。能力上昇魔法と違い、効果は永続。そのためかなりの高値で取引される逸品じゃ」
「そんなに手に入りづらいものなんでしょうか」
「そうじゃな……一万匹に一匹と言われるぐらいの入手確率と言われておる」
「そ、そんなに……?」
俺は目を丸くした。
そんな貴重な物が一日目で手に入るとは……。
「最近モンスターが活発化してきている影響もあって需要が高まっておるのじゃ。これ一つで二十万の値が付くこともある」
「にじゅうまん……」
お城から出たときにもらったお金と同額……たったこれだけで……?
「……もしゴウ殿さえよければ我々が買い取るが……どうじゃろうか?」
もしオークション形式で売ればそれ以上の価値になることもあるだろう。
しかし、買えなかった人からの逆恨みがあるかもしれないし、そもそも俺の場合この世界に来たばかりで伝手もない。
ここは冒険者ギルドで買い取ってもらうのが上策だろう。
「わかりました、よろしければお願いいたします。代金はお預けしていてもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ。もし予定より高く売れた時は上乗せしておこう」
「あ、ありがとうございます。それでは失礼いたします」
もっと高く売れることもあるのか……どれだけ金持ちの人が買うんだろう……?
まあ、何にせよ当面の資金はかなり安定したと思う。
でもこれは運で得たお金だ。
普段は薬草しか手に入らないんだから、計画的に使おう。
「ふぅ……つ、疲れた……」
ギルドの入り口まで戻ってくるなり、俺は即椅子に座り込む。
「まさかギルドマスター直々とは思わなかった……」
「すみません、それほどまでに貴重なアイテムでしたので……」
シィルさんが頭を下げる。
「でも、おかげで当面の資金は稼げたよ、ありがとう」
俺はシィルさんにお礼を言う。
彼女がいなかったら価値を知らずに間違って使うか、最悪騙されて他の人に取られていたかもしれない。
「そう言って頂けると助かります。それでは依頼分と合わせて二十万と三千ガルド、入れておきますね」
へー、薬草はあれだけで三千ガルド……宿屋三泊分になるのか。
ん?もしかして依頼があれば割と自由な生活ができる……?
もっとたくさん薬草を取ってくれば、一日五千とかも稼げるはず。
一日働いて二日休むとかも夢じゃない……?
案外、ソロでやる分には盗賊も悪くないかもしれないな。
「それじゃまた後日寄らせてもらうよ」
俺はシィルさんに別れを告げると、宿屋へと向かった。
**********
ふー、今日もたくさん盗んで狩ったなあ……。
あれから毎日、スライムから盗んで、狩って、納品して……を一週間ほど繰り返していた。
慣れると盗むのが楽しくなり、今日も薬草を道具袋がパンパンになるまで稼いでいた。
そろそろ帰るかな……おっと、もう一匹いる。
慣れた流れでアイテムを盗み、ダガーを突き立てる。
すると……。
【『盗む』のレベルが上がりました】
脳内に直接誰かの声が響く。
『盗む』のレベルが上がった……?
おかしい、転移直後に「スキルレベルが成長しないスキル」だと言われていたはずなんだが……。
でも、レベルが上がって何かが変わるのか……?
俺はスキルレベルが上がって何が変わったのかを確かめるために、スライムを探した。
……いた。草むらが揺れている。
俺はスライムをおびき出し、観察する。
……赤く光る空間は一つ。特に何も変わっていないように見えるが……。
とりあえず、いつものように赤く光る空間に手を伸ばし、アイテムを盗む。
しかし、手の中には薬草はない。
どういうことだ……?と訝しんでいると、突然目の前にウィンドウが現れる。
そして、そのウィンドウの中にはこう記されていた。
【ノーマルドロップ/レアドロップ】
選べということなのか……?
試しにレアドロップに指で触れようとすると、急にウィンドウが閉じ、手の中には袋が収まっていた。
……まさか。
はやる気持ちを抑え、スライムを斬り捨ててから中身を確認する。
丸薬。
スライムのレアドロップは確か『守備の丸薬』だったはずだが……。
まさか、確定でレアドロップを盗めるのか!?
……いや、何かの間違いがあるかもしれない。
確かめよう、ギルドマスターに会いにいかなければ。
**********
「……まさか、この短期間で二つ目とは……」
ギルドマスターは驚きを隠せないようだ。
入手確率が一万分の一のレアアイテムを一週間で二つも手に入れたからだ。
一日で俺が倒せる数はせいぜい五十ぐらい、一週間でもせいぜい三百五十ぐらいだしね。
「これはゴウ殿が自身では使わぬのか?」
「そうですね、まずは生活の基盤を安定させたいので……それにまだまだスライムを狩り続けるのでチャンスはあるかと思います」
「そうか、それならありがたく買い取らせてもらうとしよう。それと、以前の売上の上乗せ分として一万ガルドを入れておいた」
「そ、そんなに……?」
元々二十万もらってて更に一万……?
「最近勇者殿が召喚されたらしくてのう……国が買い取ってくれたのじゃよ」
あーなるほど、勇斗たちか。魔王を倒すための準備を着々と進めてるんだな。
「その時、また仕入れられたらすぐに売って欲しいと言われておってのう……おそらく今回も前回と同じかそれ以上での買取をしてくれるはずじゃ。そのため今回は最初から二十一万入れておこう」
「あ、ありがとうございます」
さすがに国のバックアップがついているのは凄いな……。
「ところで、守備の丸薬以外にもステータスアップアイテムはあるんですか?」
「そうじゃな……体力、力、技、素早さ、守備力、魔力、運、それら全てのステータスアップアイテムが確認されておる。ただしどれもレアドロップ、もしくはダンジョン深層のランダム宝箱と入手手段が限られておる」
「となると、それらだけでステータスを上げていくのは難しいんですね」
「勇者殿のように、国が全面的に協力すればある程度の数は集まると思うが、それでもせいぜい各種十個にも満たないじゃろう」
国を挙げても十個も手に入らないステータスアップアイテムが、俺の『盗む』だとほぼ無限に手に入る……。
この事実を知って身体が震えた。
「そのうちの二個をゴウ殿が手に入れておる……相当運のステータスが良いのかのう」
「ステータスってどこかで確認できるのですか?」
「……む?職業とスキルは鑑定してもらっているのに、ステータスは鑑定してもらっていないのか?」
「……え、ええ……職業とスキルを鑑定してもらった時点で見放されちゃいまして……」
危ない、不審がられるところだった。
「それじゃったら『鑑定の鏡』が良いじゃろう。鑑定の魔法を籠めた鏡で、姿を映した者のステータスを鑑定できる。消耗品のため五回ほどで使えなくなってしまうが、数が出回っておる。商店街に行けば売っているじゃろう」
「ありがとうございます。情報のお礼にですが、また守備の丸薬が手に入ったら優先的にお売りします」
「ほぉ、それはありがたい。……実はスライムは経験値が少ないからと、皆駆け出しの頃しか相手をしなくてのう」
それもそうか。冒険者は一攫千金を夢見てどんどん難しいダンジョンに潜っていきそうだしなあ。
俺みたいに生活のためにずっと同じモンスター……それも最弱のスライムを狩るのなんて珍しいのだろう。
「ゴウ殿のおかげで薬草の在庫も潤沢になった。自分で倒してアイテムを自給自足する者が少なくての……おっと、愚痴になってしまったな。それでは今後も贔屓にしてもらえると助かるのう」
「分かりました、俺もいつかは旅立つかもしれませんが、その時までは色々と納品させて頂きます」
俺は話を区切ると部屋を出て、鑑定の鏡を買うために商店街へと向かった。